社畜12日目
––––指先に纏わせた王家の魔力によって鉄格子を手刀で切り裂き、マルグリット嬢を中から引きずり出す。
見せ物状態からいきなりこの様な真似をされた為か、絶望感を滲ませていた表情が一転し、困惑の色を浮かべていたのだが、俺はそれに構わず彼女に着ていた外套を纏わせる。
これは彼女の姿をこれ以上晒させない為の措置であり、誘拐後の同行を追われた時に言い逃れをする為の物。
悲鳴を上げる体力すらなかったのか、そのまま大人しく攫われてくれた彼女を抱き抱え、両足に王家の魔力を纏わせてその場を跳躍する。
脚力を高め、跳躍力を飛躍的に上昇させた俺は、野次馬の輪を一気に飛び越えると、騒ぎから出来るだけ距離を取る様に駆け抜け、乗って来た馬の所を目指す。
人間とは思えない高速移動とその中でも空間把握を可能とする思考能力の著しい強化。かなり派手に王家の魔力を使用している為、分かる人間には分かってしまうだろうが、残留した魔力を証拠として保管する技術はまだこの世界には存在していない為、魔法に疎い一般人に素顔さえ割れなければいくらでも揉み消す事が出来る。
雨の様に降り注ぐ矢弾の嵐を振り切り、マルグリット嬢を抱えたまま人混みを無理矢理切り抜け、目的の場所にたどり着いた俺は、そのまま馬の背中へと飛び乗った。
少々乱暴だった為か小さな悲鳴が出てしまうマルグリット嬢を無視し、直接接触している馬に王家の魔力による回復魔法を掛けながら走らせ、何とか追っ手を振り切る。
行き先を誤魔化す為に途中複数の場所を中継した為か、屋敷に帰る頃にはすっかり日が暮れており、マルグリット嬢は完全に寝落ちしていた。
「お帰りなさいませご主人様……そちらのお方は?」
「隣国の公爵令嬢だ。粗相の無いように客室へ運んでおけ」
出迎えたソフィアにマルグリット嬢を渡すと、俺はホワイトを呼び出してこの屋敷の護衛と見張りを命じ、書斎で椅子に深く腰掛けて深いため息を吐く。
ブラックマーケットからの身柄強奪は突発的だったからか何とかなった。しかし問題が解決した訳じゃ無い。
誰も居ない事をいい事に乱暴に頭を掻きながら一旦打ち切っていた思考を復活させる。
公爵令嬢ともなれば外出は愚か常に護衛ないし従者が側にいる筈、彼女が無断で外出していたり、フランシス公爵家が我が家と同じくらい腐っているから護衛を付けていないとか言う俺の様にイカれた理由でも無ければそもそも誘拐どころか接触すら不可能だ。
にも関わらずこの地に売りに出されそうになっていた。となると彼女に近しい者が手引きした可能性が非常に高いだろう。更に言うなら報告書として下から上がって来る情報よりもブラックマーケットの情報屋から購入した情報の方が精度が高いとか言う巫山戯た領地に目をつけ、その内情を下見する事が出来る人物が背後にいる。
手勢の間諜をこの地に回し、内外からの手引きでマルグリット嬢を送り込む。後は目先の事しか考えられないダボハゼに買わせるか、或いは自ら捜索隊などを立ち上げて保護を名目に買取り、奴隷となった経歴を加える。相手側としてもここまでやる以上最後まで確認が必要だ。反社会の連中は撒けたとしてもその黒幕には追跡されている可能性は十二分にあるだろう。
不正と腐敗の見本市だから発生した事件だろうね、死ぬ程胃がキリキリして来た。
恐らくこの件に関わった以上、少なからず身の振り方を考える必要がある。そう考え、俺は書架からこの国の歴史書を引っ張り出し、隣国との関係性を改めて考える。
現在俺が所属している国家。その名前はマレウス帝国。隣国であるオムニア王国から枝分かれして建国された国家であり、起源を辿ればオムニア王朝と血縁関係にある。
王国は歴史が非常に古く、初代オムニア王は神と人間の間に生まれた子供であったとされ、それ故に国家の傾向としてその血を注ぐ者達こそ真に世界を統べる統治者であると言う思考が強く、その地位を揺るがす危険性を孕む変革を嫌っていると言う。
人間至上主義の国家であり、亜人と称される者達も存在しているが地位は非常に低い。しかし魔法技術がズバ抜けて発展しており、貴族一個人の戦闘単位が非常に高い。現実の国家に照らし合わせるなら古代ギリシャに存在したスパルタのような物だ。尤も、栄枯必衰とは良く言った物か、近年では全盛期ほどの国力を持っていないらしい。
そして、帝国の歴史はそんな王朝に生まれた王太子同士の対立に始まる。文明開花によって他種族の多様性を認め、王国の伝統の破壊と変革を望む長男と、神の血を継ぐ聖者の管理運営こそがあるべき形であると言う保守派の次男による王位継承戦争によって追い落とされた長男が落ち延びた先で作り上げた国家、それがこのマレウス帝国。
マレウスは当時の鍛冶屋に与えられる称号であり、この名を国名にした理由は『鍛冶師は鉄を叩いて形成する者。ならば我々もまた伝統と呼ばれる鉄の規律を叩き直す変革者となり、その名は王国と袂を分かつ我々に相応しい』と言う物。
建国当初は大規模な戦争を度々起こしていたらしいが、近年では人間の人口と亜人の人口の差が埋まりつつある為人間同士の潰し合いは好ましく無いとの観点から、両国の関係性は改善傾向にあり、表立った対立や戦争は無い。腹の内では何を考えているかはさておき、現状は情勢は安定期を迎えており、王国及び帝国が作り出した緩衝地帯に『魔法学園』を作る程度には関係は回復している。
と言っても、この学園も単純な友好の証と言う訳とかじゃなく、政治的な闘争を水面下でバチバチにやり合う為の舞台装置かもしれないけどね。
ざっくりとしたおさらいを済ませ、マルグリット嬢の処遇を考える。
彼女の身分は俺と同格であり、血筋的には王族に連なる者である以上速やかに帝に報告すべきだと思うが……正直乗り気ではない。
現皇帝は変革者である祖先の気質を強く継いでいるらしく、行動が読めないと評判な人間であり、有能か無能かの判断が付かない。
これでも公爵家の御令息と言う奴なので、実際に帝を見た事があるが、不良の様な振る舞いをしており、臣下から嗜められたり他の貴族からも対応に困られていた。
しかし、行動の中で他人を値踏みする目を持っていたのを覚えている。演技と言う訳では無さそうだったが、所謂自身の持つ仮面の一枚であり、その下からしっかりと周りを観察していたとするなら切れ者である可能性は高い。
相手の動きが読めないところに戦争の火種を投げ入れたくは無い。不敬罪と取られる可能性は高いが、マルグリット嬢の存在を握りつぶしてしまうのも一つの手だろう。
だがそうなると単独で国境を越えて彼女をフランシス領にまで届けなければならない。彼女が帝国貴族ならやりようはいくらでもあるが、王国の土地には明るく無い以上、見つからずに往復するのは無理だ。
そうなれば悪名高いプレイヤードの人間が王国内部を動き回っていると言う噂を広められ、政治的な隙を作られてしまう。
…………国に報告するしかない、か。
深い深いため息の後、俺は眠気覚ましのハーブティーを飲みながら報告書の文面を書き上げるのだった。




