第三十九話 二章第三話 踊る子猫亭
異世界を舞台としたハーレム冒険小説の通算第三十九話です。
アリサ達から逃げ出したマサキは情報収集を兼ねて噂の酒場を訪れる・・・。
初めまして方はどうぞ第一話から読んで下さい。お願いします!
読んでくれたら、作者のやる気が出て頑張れます!
ギルドを逃げ出した俺はその足を歓楽街の方に向ける。時刻はまだ昼を過ぎたあたりで、冒険者ギルドを除くと昼間から営業している酒場はそこくらいしか心当たりがない。たまには一人で飲むのも良いだろうと思えたのだ。
「ほう・・・」
初めてトリムの歓楽街に足を踏み入れた俺はちょっとした溜息を漏らす。なるほど、見える物全てがなんなく如何わしい。
通りの両側には様々な店が軒を連ねているが、どれも派手な色、特に赤やピンクといた暖色系の色で壁や看板が飾られており、少しでも存在感を示そうとしている。
また、通りには客引きと思われる柄の悪いチンピラ達が所々に立っており、行き交う男達に手当り次第に声を掛けている。
その多くは無視して通り過ぎようとするが、相手にされないとわかるとチンピラは捨て台詞を吐いて、ようやく引き下がるといった様子だ。
もっとも、縄張りか範囲が厳格に決まっているらしく、ある程度は付き纏うものの範囲から外れると諦めるようである。まあ、そうするとまた別のチンピラが絡んで来るのだが、少なくても二人同時に絡まれることはないようだ。
エレンディアに来たばかりの俺だったら、ビビッて直ぐに立ち去ったはずの場所だが、今ではそこまで気負いする場所とは思えなかった。
何しろ俺はドラゴンと戦い、その灼熱のブレスを浴びたこともあるのである。それに比べれば人間同士の喧嘩等大したことには思えない。
そんなわけで俺は客引きを軽くあしらい、店の窓から声を掛ける扇情的な女性達の声を無視して、噂に聞いていた酒場を目指した。
目当ての酒場は歓楽街の中では、かなり地味な店構えをしていた。壁は漆喰で白く塗られているが、所々が剥げており、やや灰色に汚れている。
窓は内側からカーテンがきっちり閉められていて中を見ることも出来ない。その建物が酒場である証明は、軒下の看板に描かれた子猫の絵と〝踊る子猫亭〟の屋号だけだ。
俺は軽い緊張を感じながらも、さっそくとばかりに扉を開いて中に足を踏み入れる。アルコール臭に安い油の焦げた匂いなど、数々の匂いが俺を包むように出迎えた。
いや、俺を待っていたのはそれだけでない。薄暗い灯りの店にいた客達の視線を俺は一身に浴びることになった。
昼間のためか空いている席の方が目立つが、二人連れが三組に、一人でテーブルを占拠しているのが二人、この八人の男全員が何かしらの鎧と武器を身に付けており、狼のような鋭い眼光を俺に送る。
だが、俺は一挙手一投足値踏みするような視線に怯むことなく足を進め、空いているカウンター席に腰を降ろした。
「いらっしゃい、何をお望みかしら」
「とりあえず、麦酒。それと何か軽くつまめるものを」
カウンター越しに女将と思われる美女が注文を聞きに来たので俺は、冒険者にとっては挨拶ともいえる台詞を呟く。
「はい、ただいま」
女将が俺の注文を聞いてカウンターの後ろの下がる頃には、他の客達の警戒はどこかに消えて、俺は酒場の空気に馴染んでいた。
どうやら、ここで一杯やる資格があると認められたようである。俺はハードボイルドの気分を味わう自分に早くも酔い掛けた。
もっとも、俺がこの店に来たのは遊びのためだけではない。実はこの店〝踊る子猫亭〟は一部の男性冒険者の間で流行っている酒場であり、ギルドでは話せない内容の話や極秘の情報を扱う店として知られていたのだ。
そのため、時間潰しも兼ねて顔を出したとういうわけである。バーテンを兼ねた女将が美人という噂もあったが、それは事実だった。
「あなた、お酒はあまり強くないんじゃないの? 一応リンゴジュースもあるのだけど、そっちにする?」
「お、お願いします」
三杯目の盃の減りが遅いことに気付いたのか、女将は小声で俺に声を掛ける。格好を付けるために、早いペースで飲んで気分が悪くなりはじめていた俺はその提案に飛び付いた。
「はい、どうぞ」
女将は飲み掛けの麦酒とリンゴジュースを素早く交換すると俺に笑い掛けて来る。リンゴジュースは麦酒用の盃にいれてあるので、周りからはそのまま麦酒を飲んでいると思われるだろう。気が効く女性である。
「あなた、うちの店は初めてよね?」
女将はそのまま俺の前に立ち止まると肘をカウンターに付けながら俺に語り掛ける。
店にはもう一人、比較的若いウェイトレスが働いているが、こちらもどこかのテーブルの二人組と談笑している。どうやら、この店では客とじっくり話すことが珍しくないようだ。
「ええ、そうです。なんでもここでは色々と情報を聞けるとか」
そんな返事をしながら俺は女将を改めて観察する。彼女の年齢は三十歳くらいだろう。
俺からするとかなり年上だが、ゆったりしたウェーブが掛かった茶髪が特徴的で、ちょっとしたしぐさにも大人の女性を感じさせる艶っぽさがある。それでいてどこか品があるように見えるから不思議だ。
まあ、俺はサキュバスの一号を普段から見慣れているのでそっち方面には耐性が付いているのかもしれない。
いずれにしても色気よりも、母性というか信頼を感じさせる女性だった。そんなわけで、自然と口調が丁寧になってしまう。
「なるほど、でもその手の話は別料金なのよね」
「ではこれで・・・ええっと、この街の冒険者が知っていた方が良い情報を」
特に目当ての情報はなかったが、俺はそれらしい注文とともに銀貨を一枚、女将の前に置く。冒険者として順調に活動出来るようになったとはいえ、銀貨は決して気軽に払える額ではなかったが、まずは試しである。
「そうね、初めてだから少しおまけしてあげようかしら・・・」
女将は銀貨を手に取ると、指を使って巧みに回転させながらそう呟いた。
「・・というわけで、トリムの冒険者達があのゴルディゾーンを倒したため、秩序側は西の混沌や北の私達に戦力を向けざる得ない状況になったみたい。そして、そのために東のテレニア海の海賊が活発になっているらしいの。メーゼルに入って来る船の数も減ってきて、毛織物が値上がるって噂が出始めているわ。資金があるなら、今の内に買い占めておくと、この冬は一財産作れるのではないかしら? まあ冬の厳しさ次第だけど・・・」
「なるほど・・・」
俺は女将の言葉に感慨深く頷いた。メーゼレとはトリムの東、徒歩で四日ほどの距離にある港街の名前だ。
この街も天秤に属しており、テレニア海と呼ばれる東の海域に広がる海洋交易の拠点の一つとされていた。
毛織物の値上がりに関しては特に思うところはないが、ゴルディゾーンを倒したのは間違いなく俺達である。
あの時は街を護るので必死だったが、どうやらドラゴンが消えた影響が巡り巡って経済活動の一部として出て来たようだ。
秩序側にとっても海賊は好ましい存在ではなく、俺達が知らないところで取り締まるか、台頭しないように抑えつけていたに違いない。それがドラゴンを失ったことで、海賊に向けていた戦力を西の混沌や北の天秤に向けざる得なくなったのだ。
強大な敵の喪失は世界そのものに影響を与えることを、俺は女将からの情報で知ることになった。銀貨一枚分の価値は充分にあっただろう。
その後はちょっとした雑談となり、歓楽街の噂や評判の良い店を聞かされたが、客が増え始めたので俺は頃合いと判断し、女将に礼と別れを告げて店を出る。
外はちょうど陽が沈んだばかりの黄昏時で、通りは昼間よりも行き交う男達で賑わっていた。
魔法やランプの灯かりによって照らし出される歓楽街は、昼間に見た時よりも更に刺激的だ。
適度な薄暗さが如何わしさを薄めてより官能的な気配を匂わせている。どうやらこれこそが歓楽街本来の姿なのだろう。
通りを出るまではその気がなかった俺も、このまま女将から教えられた優良店〝人魚の吐息亭〟とやらに向う誘惑に駆られてしまう。
もしかすると、彼女はそれを予見して俺に優良店を紹介したのかもしれない。
だが、俺の精神力はその誘惑に耐えきった。あの状況からアリサ達から逃げ出したのに、プロの女性と遊んで帰るのは、さすがの俺も頭が悪すぎると思えたのだ。
そんなわけで俺は来た時と同じく、客引きをあしらい女達の声に惑わされず、まっすぐ冒険者ギルドの方角に向って歩き出す。
もっとも、店の名前〝人魚の吐息亭〟は忘れないように覚えておく。・・・あくまでも念のためである。
ご愛読ありがとうございました。二章からは一日ごとの更新を予定しております。
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