レルムの正体
キラキラとした視線に、多少の居心地の悪さを感じつつ鈴は先へ進んだ。旧神殿の最奥には礼拝堂のような大きな建物があり、中に入った全員は辺りを見渡し何も出てこない事に眉をひそめた。
「ねぇイナト」
肩に乗り、耳を済ませずっと警戒していたイナトに鈴は声をかける。ピョコピョコッと三角の長い耳を動かしたイナトは顔を前へと突き出した。
「なんじゃ主よ」
「……私はさ、気配とか分からないんだけど。モンスターいそう??」
薄暗い礼拝堂の中は静まり返り、聞こえるのはそれぞれの息をする音のみ。モンスターの声も、歩く音すらも聞こえない。しかし聴覚や嗅覚が人間より優れているイナトなら何か音を拾っている可能性がある。
「いや、残念じゃが」
しかし期待していた答えは返ってこず、鈴は肩を落とす。その様子に慌てたように、イナトは尻尾を揺らした。
「聞け主よ。音は聞こえぬが、臭うんじゃモンスターは居るぞ、確かにな」
「臭いですか??」
ノアはイナトに視線を向けた。全員の警戒心がグンと上がる。イナトは、コクリと頷いて辺りをかぐような仕草を見せた。
「独特の臭いじゃからな、そう間違いはせん。臭いも濃い、傍に居るはずじゃ」
「……でも、モンスターは人間を襲う習性があるのよ??あっちだって人間の気配を感じてるはず、出てこないって事は居ないんじゃない??」
レルムはこの旧神殿に入ってきたときから、何かとモンスターの存在に否定的だった。今回も同様に、面倒くさそうに腕を組み辺りを見渡してヤレヤレと首をかしげて見せた。
「第一、そのペットが言っている事だって正しいって言いきれるわけ??」
「……我は嘘などいわん」
牙をむき出しにはしないものの、自分の見解をすべて否定するレルムの言い方にイナトはご立腹のようで、いつもより声色が恐ろしく低い。微かに逆立つ毛を、鈴は宥め様と優しくなでた。
「……もしかして、隠れてるんじゃないですか??臭いは濃いのに、動く音も気配もしないって事は。どこかに隠れてこっちの動きを見てるとか」
ボソリと呟いた鈴にノアもグレンも驚いたように目を丸めた。モンスターは凶暴かつ惨忍だが、知能はかなり低いとされている生き物だ。人間の気配を感じれば、自分に有利かどうかなど気にすることなく突っ込んでくる。隠れるなど、モンスターは普通しないのだ。
「バッカじゃないの!?!?回復魔法が使えるちょっと見直したけど、お馬鹿さんね貴女」
かなり馬鹿にした物言いと顔つきで鈴を見上げるレルムに、イナトは落ち着いていた毛を一気に逆立てた。
「小娘、我が主を愚弄する事だけは許さんぞッ!!」
イナトの口元にバチバチと微量の電気が走る。それを見て嬉々とした様にレルムは剣を抜いた。
「なに!?やる気なのかしら、来なさいよッ!!ペット風情が私に叶うわけないわ!!」
一触即発、今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気の中。ノアが「時に」と口を開く、どちらが先に仕掛けるかと互いから一瞬たりとも目を逸らさずいた二人は、いったん戦闘態勢を解いた。
「何かしら、野蛮な生き物退治を早くしたいのだけれど」
一度頭に血が上ると、その勢いとはなかなか落ち着かない。安い挑発ですら今は乗ってしまうようで、襲い掛かりそうなイナトを鈴は腕に抱いて阻止した。ガルルッと牙をむき出しにしているイナトを頭を数回撫でる。暴れるイナトが落ち着くのを確認し、ノアは一歩前へ出た。
「ここを住処にしているモンスターが仮に姿を今隠しているとします」
ノアの仮説に、レルムは正気かと呆れ顔で口を開けた。しかしその表情を気にすることなく、ノアは続ける。
「モンスターは本来単純な生き物です。ですが、以前読んだ報告書の中に、モンスターを操ったという事例がありました。考えたくない事ですが、誰かがモンスターに隠れいるように指示した。そうすればこの状況に納得がいきます」
モンスターを意のままに操る??何のために??そもそもそんなこと可能なのかと鈴は瞬きを数度した。
「そんなこと人間に出来るんですか??」
ノアは、いいえと首を振った。そんなことが出来れば、モンスターと人間の共存が望めますがねとノアは肩を落とした。
「その報告書は、魔族と遭遇したギルドの冒険者が作成したものでした。モンスターを操っていたのは魔族です人間ではありません」
ところで、とノアは体を向きを鈴のほうへ向けた。正確にはレルムへ。そして冷たい表情で彼は言い放った。
「貴女は何故、モンスターの毒に犯されたのがあの教会のシスターだと分かったんですか??」
レルムはハァッ??と眉を寄せものの、唐突に聞かれた質問に動揺したのか何も言い返さない。ワナワナと口元を震わせ、信じられないと彼女は目を見張った。
「私を疑ってるの!?!?」
冗談じゃないとばかりに、怒りの表所を浮かべるレルムに冷静なままノアは聞き返した。
「お気に触りましたか??失礼。しかし、この中で僕にとっては貴女が一番信用できないのは確かです。我々は誰一人、毒に犯されたのはシスターだと言っていません。にもかかわらず貴女は知っていた。それが引っかかるのです、何故知っていたのですか??」
「……そんなの、貴方たちの前に教会で事情を聞いたからよ!!」
興奮気味に返すレルムに、それもそうですねとノアは納得した。かと思いきや、ではと再び笑みを浮かべ彼は口を開いた。
「あの教会の依頼主の名前は??あの人とお会いしたというのなら、名前を聞いたはずですよ??」
レルムはグッと言葉を噛むように、歯を食いしばった。答えが出ず、困っている様子に鈴も目を丸め見下ろした。まさかこんな小さな子がモンスターを操っていたの??そんな馬鹿な。と信じられずいるがレムルは段々と顔を俯かせ、そして徐々に含み笑いから甲高い笑い声を上げ始めた。
狂ったように笑う彼女の笑い声が礼拝堂に響く。一番傍に居た鈴の腕をグレンが引き、レルムから遠ざけた。




