会議
何も無い真っ白な空間で、彼女は目を覚ます。
「…また…叶いませんでしたね…」
残念そうに、目を開らいた少女へ語りかけるアルテア。
「私は…」
少女は、少しだけ寒さを感じ身震いすると、自身の頬を触る。
透き通りが、流れた跡は無かった。
少しだけ安心し、上体を起こす。
「今、寒さを感じたのですか?それは、ここで?それとも…」
それを聞いて少女は、勢い良く立ち上がり、腰に手を当て胸を叩く動作をする。
「ま、まっさかぁ!寝起きだからですよぉ~!アルテア様!」
そう言って快活に笑う。
「…ここまでは、その元気に合わせて来ましたが…今回ばかりは見過ごせません。もう貴女の魂は、限界に近づきつつあります…転生するのも、あと数回…いえ、次の転生で起こるダメージによっては、もうここへ戻る事すらも…」
眉を寄せ、辛そうに伝えるアルテアに、少女は、また笑顔をつくる。
「どうしても私は、天使になりたい。そして沢山の人々を救いたい。お手伝いがしたいのです。ですから、どうか…私を…」
そう言っている少女は、立ちくらみがして、倒れてしまう。
アルテアは、慌てて少女へと駆け寄り、少女の胸へ手を当てる。
優しい光が、少女を包む。
そこへ、2つの影が現れ姿を見せる。
「これは、次が最後だろう…。この者の願いだ。聞き届ける義務が、我々にはある…」
それを見てアルテアは、立ち上がり礼をする。
「ゼウス様…それに、Prof.ロラン…」
するとprof.ロランが、少女へ近づき、何かを渡す。
1冊の黒く分厚い本と、ペンだった。
prof.ロランは、少女の顔を見つめ優しく微笑む。
「なぁ、もう良いんじゃないか?こんなに頑張ってるのに、なんで天使になれない。何がどうなってる。調べても俺には分からない。どうして輪っかが出ない?レベルは振り切っている。神になってもおかしくない。このシステムを作り出したのは、俺なのに…どうして…」
prof.ロランは、涙ぐみ、歯を食いしばった。
その肩に、ゼウスは手をかけた。
「prof.ロランよ、そう自分を責めるでない。きっと何か、方法はきっとある…彼女を信じるのだ…彼女の全てを…我々を信じた彼女を…絶対に…」
ゼウスの横に立つ、アルテアも続ける。
「そうです!私は彼女を信じて居ます。全てから切り離された存在の特異点となりつつも、今、まだ彼女は、人の為、私たちの為に生きようとしている!」
それを聞いてprof.ロランは、白い地面を拳で叩く。
「だからっ!なんで…じゃあコイツは、このまま消えちまって!何も叶えられずに、自分の幸せすら見つけられ無いまま全てが無駄になって!このまま終わるのかよ!俺たちは、ただ黙って遠くから見てるだけで!」
それを聞いたゼウスとアルテは、返す言葉が出て来なかった。
沈黙が、辺りを包む中、声が聞こえる。
「ありがとう。prof.ロラン…私は…大丈夫だから…落ち着いて。元気なのよ、私は。まだ終わりなんかじゃないんだもの。次はきっと…」
そう言ってprof.ロランの手を取り、少女は、prof.ロランの手を両手で包み込む。
そして目を瞑り、自身の胸へと近づけて祈りを行う。
「あなたの心に、どうか平穏と安寧を…」
すると一瞬、少女の頭に金色の細い糸の様なものが現れて消える。
それを、その場に居た3人は、見逃さ無かった。
ゼウスとアルテアは、少女の頭に目が着く程近づく。
「い、今出なかったか?!輪!?輪では無かったか?!」
「で、出てました出てましたっ!絶対にっ!私見ました輪!輪っ!」
興奮するゼウスとアルテア。
prof.ロランは、目が点になっていたが、すぐに少女の顔を両手で掴みながら責め立てる。
「おいっ!今、何をしたんだお前!?なんだ今のは!?俺はそんなシステムを作った覚えはない!ここにあるのは確実な分岐。そんな兆候が見え隠れするあやふやな事なんてあってたまるか…言えっ!何をして、何を考えているんだ。お前は…」
少女は、目を右下に向けながら返事をする。
「べ、別に何も…ただ、あなたに平穏と安寧が訪れれば良いと…そう思っただけです…」
それを聞いたprof.ロランは、少女を睨みながら問い詰める。
「お前…まさか…。俺たちに隠している事があるのか…?いや、ゼウスの能力の前でそれは不可能だ。…自分でも気付いていない。何か引っかかってる部分があるんじゃないのか?なぁ?!」
それを聞いたゼウスは、頷く。
「そうだな。私の能力として、心の考えは読み取れ聞こえて来たとしても、其方の本当の心。自分でも気付いて居ない部分に関して、私は知る由もない…」
prof.ロランが再び、少女へと問う。
「今ので俺は確信した。お前は俺たちに嘘をついている。その嘘を解明しないとお前は天使になんてなれない。自分を、世界を、俺たちを、信じていないからだ…お前の中に何がある…?」
少女は、それを聞いても、俯くだけだった。そして、こう呟いた。
「私には、分かりません」
とだけ。
- 数分後 -
『作戦会議』と書かれたホワイトボードが、少女の前へと運ばれて来ている。
そこにはprof.ロラン、ゼウス、アルテアが書いたであろう、文章や図解、下手くそな絵が描かれていた。
皆は、そのホワイトボードの前に並んで座っている。
「ごっほん!」
と大きく咳払いしながら、ホワイトボードの前に立ったゼウスが、会議を始める。
「では、これより天使成昇会議を始める。よろしいですかな?」
それには皆それぞれ返事をする。
「ではまず、この少女が初めてここを訪れた時を振り返ろうでは無いか。これについては、1番初めに対応したアルテアから説明してもらおう」
するとアルテアが立ち上がり、ゼウスと入れ替わる。
「まず彼女は、この転生空間に突然現れました。通常は、この転生空間を通らずに、そのまま何処かへ自動転生されます。例外として、転生前に著しく歴史に関わった。とんでもない異業を成し遂げた、などなど。特別な精神を持った魂は、そのまま次へ転生されると世界のバランスがおかしくなる可能性があるので、ここへ来て転生か、天使になるのかを、判断されます…が!この少女に限っては、何もしていないにも関わらず、ここへと運ばれて来た。それについてprof.ロランは、どのようにお考えですか?」
するとprof.ロランは立ち上がり、アルテアと入れ替わる。
「この一般的に天界などと呼ばれている世界にゼウスが生まれる。それは当然だと俺は思っていた。神という存在を人に与え、その心に浸透させる事による具現化。神という存在しないものが、思念体として浮遊する空間。この世界の中心部。俺は、それを護る為に守護として、天使というシステムを作った。それは強い魂を野放しにすると、いずれこの存在に気付かれ、この場所を危険にする為だ。その中から神も生まれる。要は敵になりうる存在を、現世での行動から、広く人々の心に浸透し、神格化された者を、味方として取り込むというシステムだ。なので、ここへと来る魂は絞られる。しかし、こいつはココに来た。何もしていないのに。世界から切り離され、言わば漂流して来たんだ…」
prof.ロランは、少女を見つめる。
すると少女は、会釈し
「なんかすみません」
と言いながら、身を小さくする。
それを聞いてprof.ロランは、首を振る。
「いや、これは単にシステムエラーだろう。悪いのは、こっちだ…。そこで俺たちは、お前を世界に再び繋げる為に、理由を付けて転生させる事にした…」
そこで少女は、大きく手を上げる。
「あ!はいはぁいっ!私、そこからなら分かりまぁす!それって私が天使になりたいって言ったやつよね?!」
一同は、少女の方を一斉に向く。
「いや、それはこの後!まずは一般的な生活に戻るって事を、約束として送ったんだよ!」
アルテアも続く。
「そうよ。あなたは普通の魂に戻る事が、当初の予定だったのよ?」
頭を掻きながら、顔を赤らめる少女。
ゼウスは、眉をひそめ顔を伏せながら言う。
「しかし、すぐに死んで戻って来る事を繰り返した。とてもじゃ無いが、見てられん。普通と言えばそうかもしれん…しかし…」
prof.ロランは、声を大きくして言う。
「そうだ。それに通常なら、ここへは戻って来ない。どんな理由をつけても、お前はココに戻って来る…。魂をすり減らしながら…今もそうだ。その結果、お前は魂すらも無くなりそうになっている。これはもう俺達が失敗したからとか、そういう問題じゃない。消えそうな魂があるのならば、それをただ助けたいと思う。それだけだ…」
アルテアは、少女の肩に手をあてる。
「だから、もしかすると天使になれば、あなたの魂が救われるのかも知れない。と伝えたのよ。あなたはその意味を知らずに…だったけれどね…。私は、ただあなたに天使になりたくない?と聞いたわ」
少女は答えた。
「はい。そう言ってくれたので、私はただ、天使になれば沢山の人を助けられると思っていました。けれど、私は転生を繰り返しても、行った世界で何も成果を上げられなかった…。魂として、未熟なまま、何度も転生を繰り返しました…」
ゼウスとロランは、それを見て悲しそうだった。
「少女よ。我々の提案が、其方をこんなに追い詰めてしまう事になるとは思わなかったのだ…けれど、この提案をしなくても、しても、結果は同じだったのかも知れん…」
「そうだ。俺たちは、無駄にお前を何度も転生させてただけなのかも知れないと思っていた。けど…今だ!たった今!それは変わった!あと数回、いや、これがラストかも知れない。このラストチャンスを、絶対に逃さない様にする。お前は、通常の魂と同じだ。けれど何かロックがかかっている。それを解き明かさなくてはならない。絶対に次の転生で!」
3人は、少女を取り囲む。
「頑張りましょうね!」
「絶対に消滅させたりさせんぞ!」
「俺は天才だから安心しとけよな!」
真ん中で少女は、少し困った表情をする。それから、少しだけ、笑った。
「ありがとうございます!皆さん!私は、もしこのまま消滅したとしても、幸せです。だって、こんなに皆と一緒に居させてもらって、皆に頑張ってもらって、私も頑張って…。だから、この次が駄目だとしても、皆は自分を責めないでください。本当に私は幸せだったし。これ以上、何も求めません!」
少女は、笑顔を崩さずに泣いていた。
するとprof.ロランが、叫びながら少女の肩を掴む。
「い、痛っ!何するの?!」
「馬鹿野郎!お前!本気で、それを言えば俺たちが、お前が居なくなっても平気だと思って言ってんのかよ?!責めるとか、幸せとかじゃないんだっ!俺たちは、いや、俺は!お前が居なくなったら寂しいっ!残された俺の気持ちも考えろよっ!」
少女の涙は、止まる。
その瞬きも忘れた潤む瞳に、prof.ロランが反射していた。
「良いか?!絶対にっ!成功させるんだ!お前は天使になる!」
「私は…天使に…なりたい…の、かな…?」
それを聞いた3人は、驚く。
「なっ?!い、今、なんて言った?!」
「私は、天使になりたくないのかも知れない…。皆とは、一緒に居たいけれど、私は、終わりを迎えたいのかも知れない。普通の人として。終わりある中で、大切な人が居たとしても、限りある中で、生を慈しみ、悲しみが生まれたとしても、生きて居たい…そして消えて行く…それこそが、私の…夢…」
それを聞いた3人は、何も言えなくなった。
prof.ロランは思う。
(そうだ。コイツは普通の人間。ここへ来るべきじゃなかった。こうやって出会う事すらも禁忌…。けど、もうこうなった以上、1度はこちらの意志を受け取ってもらう…!)
ゼウスへと目配せをするprof.ロラン。
「分かった。その夢を叶えよう。少女よ…我ゼウス、全知全能の力を使い、其方に、守護を遣わす。名を、prof.ロラン…いや、ロランとしよう。さぁ!もう一度、転生の扉を開き、生きる世界へと赴くのだ!」
少女は、顔を上げロランを見る。
ロランは、少女に向かって、笑顔を作り、親指を突き出す。
「お前の夢を叶える。絶対に。この原因を作ったのは、俺だ。だが、俺を信じてくれ…。転生後、絶対にお前を助けて天使にする。でもそれは(仮)だ。(仮)天使になり、魂の回復を待って、それから人に戻してやる。そこからは絶対に自由だ…。俺の知る所じゃねぇ…分かるか?」
少女は、小さく頷く。
「あなたを、信じるわ…ロラン。ううん。信じるしか方法が無いじゃない。こんなの…」
アルテアが、手の平を真っ直ぐに上げる。
「それでは、天使成昇会議これにて、閉廷~!あなたにどうか、安寧と加護が訪れますように…」
アルテアは、そっと少女の手を取り、手の甲に口づけをする。
すると手の甲に光の円が浮かぶ。
「必ず帰って来れる様におまじないです。prof.ロランが着いているとは言え、念には念をというやつですね…。ゼウス様の守護により、これを執行する事が許されました。我々が全面的にバックアップします。少し大変な事になるかも知れませんが…と言っても、記憶は無いのですが、安心して生涯を送り、もう一度だけ、ここへ来てください…」
何故かゼウスは、涙ぐんでいた。
「それじゃぁ!ちゃんと帰って来るんじゃぞ!2人とも!迷子になるんじゃないぞ!知らない人に着いて行くなよぉ!」
アルテアは、ゼウスを宥める。
「もう、大丈夫ですから。なんで、この子の事になったら、そんなに必死になるんですか…威厳が台無しです…」
ゼウスは、場を、アルテアに任せ、泣きながらどこかへ行ってしまった。
「prof.ロラン!しっかりと導き、守護してくださいよ!」
「分かってるって!あ、そうだ。これを着けろ」
そう言ってロランは、少女に仮面を渡す。
「な、何これ?」
「これはバックアップだ。万が一の時には、ここからお前を取り出す。こうなったら、絶対にお前を消滅なんてさせねぇ!」
「お、お前を取り出すって何?」
「細かいんだよ!ほら!着けろ!」
「きゃっ…んっググッ、は、恥ずかっ…しいっ…て…」
仮面を無理矢理着けられた為、前が見えなくて狼狽する少女と、その横にはprof.ロラン。
その前には、アルテアが杖を構える。
「さぁ!最終天昇転生抜杖!飛んで行きゃああああああああああああいっ!」
アルテアの杖は、弧を描きながら2人を吹き飛ばす。
そして遠くで輝きを放ち、消えて行った。
一息つくアルテアの傍に、ゼウスがやって来る。
「…上手く、行くと良いんじゃが…」
それを聞いてアルテアは、少し膨れっ顔をする。
「んもぅ!ゼウス様がそんな事では困ります!」
「そうじゃな…。信じるしかない。あの2人を…」
白く何も無い空間を、ただ見つめている2人の神は、そっと胸の前で手を組んだ。





