プロローグ
- 世界中心部 クロイテン-
このクロイテンには、何も無かった。
その空間は、宇宙のようなキラキラとした星の輝き。
それ以外は、何も無い。
虚無に近い所。
そこにある黒い渦が、一点を中心に吸い込まれている。
その一点の中心に、短い黒いズボンと、黒い服を来た1人の少女が居た。
黒い渦は、その少女の胸へと吸い込まれている。
黒い渦は、少女の胸を中心に、少女の身体をすり抜け、まるで黒い渦が、その少女の身体を胸部から、上下に切り離している様だ。
しかし、その黒い渦は、時間をかけて、ゆっくりと回転している。時に少女を、縦に切り離し、時に斜めに切り離す。
黒い渦は、少女の胸へと吸い込まれて行く。
「やぁ、今日もご苦労さま。ロッシー。気分はどぉ?」
そこに、地面と思われる所を歩いて、どこからともなく1人の少年が表れる。
少年は、白髪で、白色の短いズボンと、白色の服を着ている。
その少年もまた、黒い渦と同じく、ゆっくりと地面を起点に回転している。
いや、もしかすると、このロッシーと言われる少女が、回転しているのかも知れない。
「気分はどぉ?…って言われても…私、産まれてから、ずっとこの状態だし。別に…って感じよ…」
それを聞いて少年は、はにかんだ笑顔を見せながら、ロッシーを見ている。
「ご、ごめん。そんなつもりで聞いたんじゃないんだけれど…」
少女は、微動だにせず、身体で十字を作っている。
しかし、顔は動かせる様で、少年から顔を背けて拗ねる表情を作ってから、口を開く。
「ねぇ、ロラン…この9つの空間、世界って言うんだっけ?目を閉じると、好きな所が、空から見えるの。色々な人が、動いているわ。それぞれに、色々な気持ちを持って…」
それを聞いたロランは、その場へ膝を抱えて座り込む。
「ああ、そうだね…楽しそうな人達、悲しそうな人達、大きい人、小さな人、子供?僕達と同じくらいの…燃える街、青く見える広い液体、緑の部分、茶色い所、ピカピカした場所もある…」
黒い渦が、丁度、ロッシーの顔を分断するのが終わる。
するとロッシーは、ロランがいつも座って居るであろう場所を見て、微笑む。
「おはよう。ロラン。ごきげんいかが?」
ロランは、ロッシーから背を向けて座っていた為、座ったまま身をねじ曲げて、ロッシーの方を向きながら笑顔になる。
「おはよう。ロッシー。いつもと変わらないけど、今日も俺は、元気だよ!」
幾度となく繰り返されて来た会話。
幾度となく同じ空間で、幾度も同じ時を過ごす2人。
「ねぇ、世界は、どうして私たちに、気持ちをくれたのかしら?」
いつも2人は、この会話をする。
「どうしてだろう?気付いた時には、ここに居たし。人形じゃダメなんじゃないかな?何か異常があった時に、判断出来ないし。もしロッシーに何かあれば、僕が代わりに、そこに立つって記憶だけは、あるし…」
それを聞いたロッシーは、また目を瞑りながら、話をする。
「そうね。私も。それに動こうったって動けないのよ。この状態から。顔は、こうやって方向を変えれるけれど。はぁ、最近、飽きて来たんだけど、代わってくれない?」
ロッシーの、この表情を見るのは、何度目だろう。と思いながらロランは、ロッシーを見つめている。
(代われるなら、代わってあげたいよ…俺だって…)
ロッシーは、ロランへと質問を続ける。
「私達って、いつからここに居るのかな?9つの世界だって、私が最初に見た時は、真っ黒だったのに、今じゃあんなになってるし。人っていう私達に似た生き物は、とても早い速度で、大きくなって居なくなっちゃう。でも新しく産まれて、命ってのが存在する。それは、どこも同じだわ…」
ロランは、それを聞きながら頷いていた。
「そうだよな。俺なんて、小さいままなのに。でもロッシーは、何だか少しずつ変わって行ってるよな…なんか…デカくなって行ってる。っても、まだ俺とそんなに変わらない。人で例えると10歳とかって感じかな?」
ロッシーは、それを聞いて、顔を動かして、自分の身体を眺めて見る。
黒い渦が邪魔で、全身は見れないが、手の長さなどを見ていた。
「確かに…何だか、自分の手が、遠くなってる気がするわ…」
少し不安そうな顔をするロッシーに、ロランの胸が、何故だか窮屈になる。
それを振り払うかのように、ロランはロッシーへと明るく話しかける。
「なぁ、ロッシー。もし、この9つの世界のどこかに行けるなら、どこに行きたい?俺は、どこでもいいけどさ!」
胡座をかいて、ロッシーの正面に座りながら、両手を頭の後ろで組み、笑うロラン。
ロッシーは、ロランを見つめている。
「そうねぇ、私もどこでもいいけど、、、あの世界が、いいな…大帝都ミシって国がある所…。あの世界って、何だか、他の世界より穏やかだし。あの本っていうやつが、沢山ある場所が、とても大きい。地球ってのがある世界も、同じような所だけれど、あそこは少し住みにくそうだし…」
それを聞いたロランは、優しく笑っていた。
それから2人は、同じような話を繰り返す。
するとロッシーの目が、ゆっくりと閉じて行く。
(そろそろ、休む時間か…)
ロランは、そう思うと、ロッシーに声をかける。
「それじゃぁ、またな。おやすみ。ロッシー」
ロランは、立ち上がりロッシーに背を向ける。
ロッシーは、目を閉じながら呟く。
「えぇ…また…ね。ロラ…ン…」
ロッシーが眠りにつくのを確認せずに、ロランは、何処かへと消えて行った。
それから、幾度となく。
この何もない渦巻く空間に、訪れては、ロッシーと話しをし、ロッシーが眠る頃に。ロランは、立ち去る。
どれ程の時が流れたのだろうか?
2人には、そんな事を考える概念が無かった。
しかしロランは、気になっていた。
恐らく成長しているであろうロッシーと、成長しない自身の身体の違いを。
(このままだと…ロッシーは、どうなっちまうんだ?)
それからロランは、ロッシーを見る度に、不思議な感覚に襲われる様になっていく。
しかし、それをロッシーに悟られまいと、会っている間は、いつものロランでいるように努めた。
「なぁ、ロッシー。最近9つの世界の、宇宙って所のまだ先が、少しずつコッチに近づいている様な気がしないか?」
首を傾げて、ロッシーに問うロラン。
ロッシーの見た目は、もう成人女性となっている。
「そうね、ロラン。私も不思議に思ってたいたのよ。何なのかしら?あれって…」
2人は、今まで疑問にも思わなかった、この世界に、疑問を持つようになっていた。
それから会っている時にロッシーが、目を瞑り休む感覚が、少しずつ早まって行く。
「なぁ、ロッシー。大分とデカくなったと言うか…オバサンみたいになって来たな!」
ロランが、笑いながらロッシーを指さして腹を抱えている。
それをロッシーは、鋭い目つきで睨む。
「何言ってんよの!そっちなんて、ずっとチンチクリンの癖して!こっちが普通なのよ!そっちがおかしいんじゃないの?!」
2人の学習と言えば、目を瞑り、9つの世界を覗く事だけだった。成長するにしても中身は、あまり変わらない。
「なぁ、9つの世界の内、1つが急速に縮小してる。今じゃ、どの世界も、前の様じゃないもんな。生き物が住んでた所は、全部無くなったし、このままじゃ、この世界は、全部消えちゃうんじゃないか?」
ロッシーは、それを聞いて、少し悲しそうな顔をする。
「そうね…もしかすると、そうなのかもね。私が、吸い込んでるこの黒いのって、もしかすると、この世界、そのものなのかもしれないわ…」
ロランは、それを聞いて、何も言えなくなっていた。
「なぁ、ロッシー。大丈夫か?もうシワシワになって来てるぞ?」
ロッシーは、軽く微笑みながら、ロランを優しく見つめる。
「ええ、大丈夫よ…ロラン…でもね、聞いてもらいたい事が、あるのよ…」
ロランは、ロッシーの様子が、今までと違うと感じ不思議そうに見ている。
「9つの世界もあと残す所は、2つだけよ。それももう真っ黒で、何もないわ。光も、空気も、何もない。きっと、ここから消滅するまでは、そう長く無いと思うの…。私の役目は、特異点として、この世界の中心に位置し、この世界の全てのバランスを保つ事…」
それを聞いていたロランは、少し膨れ顔でロッシーを見る。
「んな事、分かってるよ!俺は見た目こんなだけど、中身はロッシーと同じなんだからな!」
それを見てロッシーは、笑った。
「ふふふ、ごめんなさい。なら、しっかりと聞いてね。世界が無くなるって事は、私の役目も終わると言う事だと思うの…きっと、私は、居なくなるわ…」
ロランは、それを聞いて目が点になっている。
「何言ってんだよ。ロッシー。そんな事あるかよ。役目が終わったら自由だよ。少し歳食った、おばあちゃんみたいになっちまったけどよ?俺みたいに歩けるし、座ったり、寝転んだり、自由になれるんだよ!ま、まぁ、ロッシーが見たがってた、本ってのも今となっては無いけどな…でも、俺と2人で、今まで通り、やってこうぜ?な?!」
ロッシーは、目を瞑り初めていた。
それを見ると、背を向けて何処かへと消えるロランだったが、この時は、ロッシーに叫んでいた。
「おい!ロッシー!ロッシーって!なぁ!ロッシー!」
ロッシーは、少し口を開けて答える。
「また、あ…した…ね。ロラ…ン…」
そこに立ち尽くすロランだったが、眠っているロッシーから自然と距離が、離れて行く。
(嫌だ…俺は…ずっと、ずっとずっとずっとロッシーと居るんだ…!一緒に!)
世界の残りは、あと1つとなっていた。
「ねぇ、ロラン。泣かないで…笑っていてよ。いつもの元気なロランは、何処に居るの?」
あれからロランは、ロッシーに会いに来ると、泣いてばかりいた。
ロッシーは、顔を動かす事も、あまり出来なくなっている。
残った1つの世界は、今までの計算で行くと、もう今日で無くなると、2人共に、感じていた。
「私はね、私が居なくなった後、ロランがどうなってしまうのか、とても心配なの…」
ロッシーは、チカラ無く、口を開いて話している。
目は、少し虚ろで、ロランの姿も、霞んでいた。
ロランは、泣くのをやめて、顔をロッシーへと近づける。
「なぁ!ロッシー!俺は大丈夫だ!だから、心配すんなよ。もういっぱい泣いたし、もう泣かない!ロッシーが、居なくなったって、俺はここに居る。もし帰って来たくなったら、ここに来いよ。約束だからな!な!?」
霞む視界の中、ロッシーは、笑っているロランの顔を見る。
「ロラン…ありがとう…いつも。楽しかった…私…。ロランの事が…好き…よ…」
そう言ってロッシーは、ロランに手を近づけていた。
ロッシーの手が、動いた事に驚くロラン。
そしてロランは、その手を、優しく両手で包んだ。
「俺も…好きだよ…ロッシー…約束…しよう…ほら、こうやって…小指を繋ぐんだ…人がしてたやつ…なぁ?覚えてるだろ?」
ロッシーの手を、開いてやり、指を絡ませるロラン。
「…暖かい…何だか…嬉し…い…な…」
微笑むロッシーの目が、ゆっくりと閉じて行く。
すると、この空間の全体が、白いもので包まれて行く。
今までに無い光景と、目の前のロッシーに、ロランは混乱した。何もない所に、手を振り、追い払う様にしている。
ロッシーは、笑顔でロランを見る。
「来るな、来るなよ!戻れよ!ロッシー!なぁ!目を開けろ!こんなの平気だって!なんなんだよ!これ!俺だけ置いてくのかよ!待ってるからな!ロッシー!ロッシー!また明日って言ってくれよ!なぁ、おやすみって!俺の名前を…呼んで…くれ…よ…」
ロッシーの胸部に黒い渦は、全て吸い込まれ、白い空間に、目を閉じて浮いている様なロッシーと。
その前に、膝から砕け落ちるロランだけとなった。
繋がれた小指を見るロラン。
ロッシーの身体が、中心から結晶となり、粒子へと変わって、綺麗な色を放ちながら消えて行く。
その粒子は、ロッシー自身の胸部へと吸い込まれて行く。
ロランは、それを必死に掴もうとしている。
何度も、何度も。それを掴んでは、自分の胸へと近づける。
しかし、その輝きは、手をすり抜けた。
息をするのも忘れ、その動作を何度も繰り返すロラン。
そしてロランは、白い空間に、ただ1人だけとなった。
「うわあああああああああああっ!うわああっ!うわあああああああああああっ!ああっ!ああっ!ぐうっ…!はぁはぁ…うわあああああああああああっ!ロッシー!ロッシーロッシーロッシーロッシーロッシーロッシーロッシーロッシーロッシーロッシィー!うわああああああああ…っ…んっ…くっ…ぁっ…ぁっ…」
ロランは、叫び、咽び、泣き喚いて、ただ、その場に居た。
何度も、何度も、何度も、繰り返す。
ただただ、何も考えずに。
ただ、悲しむだけだった。
そしてロランは、涙を流しながら、その場に意識を置いて、自然と目が閉じ、眠る事しか出来無かった。





