そして君は旅に出る。
― そして現在 ―
巨大なドラゴンに乗った少女の攻撃を防ぎ、ヒックとロッシーは赤い服の少女から逃げていた。
森を走っている途中で、ロッシーの小指に、ヒックが小指を引っ掛けて来た。
(こ、こんな時になんなのよ!?)
とロッシーが思っていると、ヒックが
「アレだよ!アレ!」
「アレ!で分かるほど私たちの関係は深くないわよ!」
と言う。
それを聞き、黙って困惑しているロッシーに続けて
「本!読んだんだろ?!小指の!2人で!」
とヒックは叫ぶ。
そう言われてロッシーは、また頭の中で検索を始める。昨日読んだばかりの本なので、すぐに一致するものがあった。
「あっ!アレね!」
と、ロッシーが言うと、ヒックが続く。
「そう!アレだ!」
そして2人は、小指にチカラを込めて、タイミングを合わせる。
「行くぞ!」
「うん!」
2人は走るのを止め、少女の方を向き、目を瞑って小指に力を込めて、同時に叫ぶ。
「「ユニリンク!!」」
すると2人は、白と黒の光に包まれ、小指を離し、別々に宙へと浮かび上がる。
ヒックの身体は白く輝き、その光は巨大な人型となる。
その中心から光が消えて行くと、中からは巨大な白い騎士のような姿が現れた。
ロッシーは、黒い光に全身が包まれ、黒い帽子に黒い服で、ミニスカートの姿へと…
『変身』
をした。
そして巨大な騎士の姿になったヒックは、こう叫ぶ。
「白き不死の魂よ!我が、主を守るチカラを我が拳に!」
その一瞬だけ騎士は動き、マントを靡かせ両手を広げる。
そして、不動となる。
空に浮く黒い姿となったロッシーも、続いて叫ぶ。
「黒き幼き魂よ!世界に抗うチカラを我らの為に!」
右手の人差し指を空へとかざし、片方の手は腰に。
そして2人は、両手を胸に当て、2人は叫ぶ。
「我は魂を捧げる!白き魔竜騎ヒック!」
「我は全ての絆!黒き魂の片鱗!ロッシー!」
そして両手を同時に前へ出す。
その決めポーズをした瞬間、2人の背後でキラキラとした光が、爆発する。
突然の光と爆発で、ロッシーは驚く。
「うきゃあっ!!!」
そして姿が変わった事と、謎にポーズを決めて叫んでしまった事に、恥ずかしさを覚えたロッシーは、空で照れながら狼狽する。
「な、なんなのよぉ…これぇ…」
ロッシーは、ミニスカートの裾を下げるのに、必死だった。
「ん、、、んもう!嫌ぁ~~~っ!!!」
姿が変わり、慌てふためくロッシーは、ヒックの胸前辺りで、状況を見守る形となっていた。
赤い服の少女が、森の中を颯爽と駆けている。
木々の間から、巨大化したヒックを見て叫ぶ。
「ちょっ!私がズルワーンを降りてからユニリンクするなんて卑怯じゃない?!しかもこんな森の中で!てかっあの女なんなの?!ロランとユニリンクしてた、あのオバサンはどこ行ったのよ!もう~!全然話が進まないわっ!こっちの都合も考えてよねっっっ!」
と叫ぶやいなや、上空にあの青く輝く鉄の塊で出来たようなドラゴンが停止した。
「行くわよ!ズルワーン!こっちもナイトモードよ!」
そうすると、蒼いドラゴンから声が聞こえて来る。
「分かっているよ。フォル。」
ギギギッと音が聞こえると、ダンッ!ダンッ!
と蒼きドラゴン ズルワーンのあちこちが轟音と共に駆動し始め、あっという間に、人型の騎士タイプへと変形する。
森の中に2つの巨大な鎧が、少しの距離を置いて、向かい合う形となっている。
それを、巨大な騎士となったヒックの、胸前で見ていたロッシーは、またもや度肝を抜かれた顔をして、唖然としていた。
が、次の瞬間、ヒックの声が聞こえて来る。
「来るぞっ!戦えっ!!」
ヒックの声はするが、姿は見えない。
「え?戦えって?!」
現在の状況整理が、全く出来ていないロッシーにとって、その声が放つ言葉の意味を、受け取る余裕は無い。
ズルワーンと呼ばれた巨大騎士は、こちらに距離を縮めて来ていた。
気が抜けていたロッシーは、慌てて何も出来ない。
ズルワーンの右パンチが、ヒックの胸部に直撃し、ヒックはそのまま後方へと吹き飛ぶ。
胸前に居たロッシーは、途中で身体が発光し、そのまま宙に浮いた状態でズルワーンの攻撃を回避する。
「え、飛べるんだ、私…」
ロッシーは、自分の体を眺めていた。
そして視線を、赤い少女へと向ける。
よく見ると向こうの赤い少女もフワフワと、宙に浮いてファイティングポーズをとっている。
ヒックの声が、聞こえてきた。
「おい!早く起き上がらせてくれ!俺は今、自分のチカラでは動けない。俺は今、お前のナイトだ。相手のナイトから、お前を守れるだけのチカラはある!だけど戦うのはお前だロッシー!」
ドシンッ!と巨大な音がしたと思って、ズルワーンの方を慌てて見るロッシーだったが、その姿は無くなっていた。
不思議に思っていると、目の前が暗くなる。
森には大きな影が、出来ていた。
「上だっ!!」
ヒックにそう言われ、空を見るが遅かった。
ズルワーンの巨体が、ヒックの上へ足からのしかかる。
森は沈み、ヒックは地中へ、腹部から埋もれていく。
「ぅっぐぅっ...ッ!!」
くぐもったヒックの声が、頭に響く。
ガンッ!ガンッ!!
その後もズルワーンは、片足でヒックを何度も踏みつけている。その都度、聞こえて来るヒックのうめき声。
そしてロッシーにもまた、腹部に鈍い痛みのようなモノが伝っている。
(なんなの、これ、私はどうすればいいの。何を望まれているの。なんなの、これは。私は何をすればいいの。やめて、もうやめて。、、。怖い。痛い。訳が分からないわ...)
ロッシーの目からは、急に涙が。
だが攻撃が止む事はない。
ヒックのうめき声は、強くなっていく。
滲む視界の先には、馬乗りでヒックを殴っているズルワーンと、赤い服の少女の姿がぼんやり見える。
そして赤い服の少女が、口を開く
「どーしたの?!ロラン!さっきは驚いたけど、あの女は飾り?!これで貴方の魂を頂いて完璧な時空魔竜騎を作り出せるわ!!世界は、、、いいえっ!!万物創世、全てが、このフォルヒックトゥーナちゃんとズルワーン!そして、あの人のモノになるっ!!!」
(何を言っているの?あの子は?どうして普通にそんな事が出来るの…?)
ズルワーンが、ヒックの顔を、両手で交互に殴る度、ロッシーの顔にも少し痛みが伝わる。ヒックの呻き声は、弱くなって行っている気がした。
「め、、、て、、、、もう、、、、や、めて、、、」
フォルヒックトゥーナと名乗った少女の高笑いが、辺りに響いている。
ロッシーの涙は止まらない。
痛みで泣いている訳では無かった。
何も出来ない自分に震え、状況が常識を逸してしまっている事への混乱。そして何より、ヒックのうめき声と、戦えという言葉の意味が、ロッシーには理解出来なかった。
(何故、私が戦わなければならないの…?)
いや、理解しようとしていなかっただけかもしれない。
産まれてから特に、誰かと争う事も無かった。
数年前に『本』という人生を楽しむ存在を知った。
1ヶ月ほど前までは田舎で生活し、街の事も知らずに農作業だけをしていた。独りで。本を楽しみに生きていただけの少女。
昨日、突然、変な本を渡されて、遊び半分で魔法を使い、とても怖かった。
数分前まではヒックとお茶をして話をしていただけだった。
それでもロッシーは、良かったと思っていた。
少し不思議な事が、現実に起こる気持ちの昂りと、ヒックと過ごす日々に。
胸は熱くなっていたのに。
その少し不思議なだけの日常は、突然、割られてしまった。
そしてヒックに言われるまま、また魔法を使い、この状況となる。
怖くて普通だろう。
本当なら何日もかけ、心の整理をし、それから満を持して挑むようなこの状況の中。
ロッシーの物語は、本人を置き去りにして、急速に進んで行く。
ロッシーは考えた。
今の、この状況を、打破する為に、
今、自分が、出来る事。。。
震える手を、震える足を、身体を、自分で、少しだけ
抑えて。
「ロッシー!頼む!戦ってくれ!」
ヒックからの願いを、ロッシーは受け入れようと…必死で。
そして、1つの答えに辿り着く。
(私が…頑張らないと、ダメなんだ…今、この時を変える為には…っ!)
目の前にある光を掴むために、出来ることを考える。
視界と心がボヤけている。
涙を拭いて、一生懸命に、今の自分を、周りの状況を考えた。
あの黒い本の事も思い出し。
全てを1つに重ねて行く。
その小さな光へ、重なる様に。
...その結果。
ロッシーは。
飛ぶ。
ただ、思いのまま真っ直ぐに。
飛んだのだ。
(今の私には飛ぶことしか出来ない。
速く、、、もっと、、、、速く速く速く速くっ速くっ!)
「速くぅっっっっっっ!!!!!!!」
ロッシーの身体は、黒く大きな光に包まれて、とてつもない速さで、赤い服の少女に向けて真っ直ぐに、黒い雷光の尾を引いて突進する。
その姿は、黒き流れ星と言ったところだ。
それに気づいたズルワーンが叫ぶ。
「フォル!危ない!!」
振り返る暇も無く、ロッシーがフォルへ激突し、2人共に森の近くの山へと衝突し、土埃を上げる。
「フォルッ!」
「ロッシーッ!」
魔竜騎の2人は、操縦者を心配するが動け無い。
どちらの声も聞こえて来ない。
少しの沈黙が辺りを包む。
そして…
土煙の中に立ち上がる影が、見える。
その煙の中から出てきたのは、、、
「ロッシー!無事か?!」
ヒックは、嬉々として思わず叫んだ。
土埃の中から出て来たのは、ロッシーだけだった。
ロッシーは、倒れ込んでいるヒックへと向かい、走っている。
「ええ、何とか、それよりもヒックは?!大丈夫?!私、、、わたしっ!」
泣き顔のロッシーが、ヒックを見ながら叫ぶ。
「ごめんなさいっ!!」
目からは大粒の涙が、止まらずに流れ落ちる。
ズルワーンが
「フォル!フォル!!」
と何度も叫んでいる。
ヒックがロッシーに問いかける。
「ロッシー、ユニリンクからドラゴンモードへチェンジ。そして時を翔ぶ、、、」
ロッシーは
「分かってるわ!昨日、読んだばっかりだから!私をナメないで!」
と答えて叫び、そのまま詠唱する。
「時を超えし龍の叫びよ!今!この時を揺さぶり!転空の輪を生み廻せ!リンク、フレアッ!!!」
すると
ヒックの身体が、轟音と共に形が変わり、大きな翼を広げたドラゴンのようになる。
ドラゴンモードのヒックは、宙を飛びながら円を描く。
大きなゴオォォォッという、鳴き声のような叫びを響かせると、その円の中がひび割れ、クルクルと光輝く何かが渦巻く空間が現れた。
空を飛びロッシーは、ドラゴンとなったヒックの口の中へと飛び込む。
魔竜騎ドラゴンとなったヒックは、翼をはためかせ、その渦の中へ上昇し姿を消した。
ロッシーは、思った。
本を読んでいる時は分からなかったけれど、でも今なら分かるような気がする。
もっと早く気づくべき事が、沢山あったのだと。
もっと本を沢山読んでおけば良かったと。
落ち着いた状態でないと、物事を思い出せない癖は直さないとダメかもしれない。
どれほどの事を、思い出せるのだろう。
そして私は、まだ大切な事を忘れているような気がする。
ロッシーは物語に少し追いついたのかもしれない。
だけれども。
そして
時と世界を巡る旅に出る。
しかしロッシーはまだ
これが自分の物語なのだと
夢にも思わなかったのだった。
そして…また来たいと思っていた場所へ。
行けないというのは、辛い事なのだと知る事となる。