競走
あれから数日が経つ。
グレイは、特に変わりなく、いつものグレイのままだった。
変わってしまったのは、ロッシーだ。
(あ、あの後から、別に何も言って来ないんですけど…)
1人、放課後の教室に残り、机に突っ伏しながら、ぼんやりとグレイの事を考えていた。
(見た目は、カッコイイし、誰かさんと違って。素振りもスマートよね。優しいし、誰かさんと違って…。頭も良いし、運動神経も良いわ、誰かさんと違っ…運動神経は良いわね。誰かさん…)
突然、突っ伏していた頭を上げるロッシー。
「だ、誰かさんが何で出てくるのよっっっ!」
誰も居ない教室に、ロッシーの叫びが響いた。
その反響で、我にかえるロッシー。
(いやいや、落ち着いてロッシーちゃん。あなたは誰かさんと比べる癖がついてるだけよ。グレイはグレイ。ヒックはヒッ…)
「だから、なんでヒックが出てくるのよっっっ!」
遂に、椅子から立ち上がってしまうロッシー。
(違う違う。落ち着いて…)
落ち着いて、椅子に座り直すロッシー。
(そりゃ突然ヒックに告白されたなら?私だってこんなに動揺しないわ。でも、何でグレイなのよ?あった?そんな告白される要素、私にあった?フラグどこ?フラグ立ってたの?いつ?どこで?いやいや逆にヒックとならフラグ立ってたの?)
「ってまたヒック!」
また椅子から立ち上がるロッシー。
その勢いで、今度は椅子が、倒れてしまった。
その音で我にかえるロッシー。
(よいっしょっと。いやいや、だから何でヒックとグレイを比較するのよ私は…)
誰も居ない教室に、1人で椅子に座り、ぼんやりと、夕暮れの空を見る。
雲がただ流れているだけだった。
「…帰ろ」
ロッシーは、カバンを手にし、教室を出る。
家への帰り道。
少し小腹が空いたので、何かを買おうと、この間グレイとパピコを買ったコンビニへと入る。
俯きながら、同じような事を延々と考えているロッシー。
自動ドアが開き、中へ入ろうとすると、誰かにぶつかってしまう。
「わ!ご、ごめんなさい。考え事してて…」
「なぁにが考え事だよ。どうせ何食うか迷ってたんだろ。バカロッシー」
「はぁ?!」
そう言われ顔を上げると、そこにはグレイが居た。
「ヒックなら、こんな風に言うのかな?」
グレイは、笑ってロッシーを見ていた。
「何考えてたの?考えるというのは人の特権だけど、前を見ないと危ないよ。ロッシー」
「え、あ、ううううう!うん!そ、そうよね!あは、あははははっ!」
ロッシーの目は、グレイを見ていない。
(な、なんで!この!タイミングで!グレイと会うのよ!てか、さっきの何よ!何でヒックの真似したの?!いつもそんなのしないのに!何で!?なんなの?!今じゃないでしょ!)
「あ、そうだ。これあげるよ。豚まん」
そう言われて、初めてグレイと目が合うロッシー。
「…え?あ、ありがとう…」
グレイから、豚まんを手渡されるロッシー。
「それじゃ、また明日学校で」
「あ、う、うん…」
そう言い残すとグレイは、コンビニを去って行った。
コンビニの入口で、豚まんを持ったまま、立ち尽くすロッシー。
そこに、コンビニから出て来る客が現れる。ロッシーは、邪魔になると思い、コンビニへ入ろうとするが、手に豚まんがあることに気づき、顔を赤らめ、外へと出る。
(…あたたかい…)
豚まんから伝わる熱が、何故かロッシーにそう呟かせた。
「何やってんだ、お前。また豚まん、なんて買って。太るぞ」
その声に振り返ると、そこにはヒックが居た。
驚いたロッシーは、豚まんを袋から出し、一気に食べる。
「う!うにゅしゃいわぬぇ!」
「え?!な、なんて?」
するとロッシーが突然、小さく呟き、小刻みに震え出す。
ヒックは不思議に思って見ている。
「…ず…」
何かを囁くロッシー。
「え?」
ヒックは、ロッシーに少し近寄り、耳を傾ける。
「み、み…ず…」
「え?ミミズ?それにこんなコンビニの前に、ミミズなんか…」
そう言いながらロッシーを見ると、顔が真っ青になっている。
ヒックは、慌ててコンビニの中へ入り、水を購入し、ロッシーに手渡す。
それを一気に飲み干すロッシー。
「あんたバカなの?!どう考えても、豚まんを一気に食べたせいで、喉に詰まらせたんだな?って流れだったでしょーが!どう考えてもっ!」
「バカはどっちだよ!豚まん一気に飲みこみゃ喉に詰まるだろうが!」
「…あー、死ぬかと思った。せっかく良い雰囲気だったのに…台無しよ、台無し」
そう言って、コンビニの前に置いてあるベンチに、腰掛けるロッシー。
隣にヒックも座る。が、すぐに立ち上がり、コンビニへと入って、何かを買って出て来る。
「何買ったのよ?」
出て来たヒックを見て、ロッシーは声をかけた。
「いや今日、なんか暑かったから、アイスでも食おうかと思ってよ。コンビニ来たんだって」
そう言いながら、袋から出したのはパピコだった。
「ほら、半分やるよ」
「え、別にいらな…ん、あ、ありがとう」
断ろうとするロッシーの手に、パピコをくっつけるヒック。それに応えるロッシー。
2人は黙ったまま、コンビニの前でアイスを食べていた。
- 数日前 -
(アイツら、様子がおかしかったぞ。俺に隠れて何か企んでやがるんじゃねぇだろうな…)
ロッシー、グレイと別れたヒックは、帰り道を戻り、分かれ道の近くの茂みに隠れていた。
(ん?やっぱりアイツら、戻って来たな…。急に出て驚かしてやろうかな?)
そう思って、出ようとしたが、何かただならぬ雰囲気を、動物的本能で感じたヒックは、茂みに身を隠した。
(何だアイツら…というか、グレイ…どうしたんだろ…なんか変だぞ…)
2人が、コンビニへ行くのを見守るヒック。2人で仲睦まじくパピコを分けて、食べながら公園へと歩いて行く様を、見守るヒックの胸に、何か不穏な空気が漂い始める。
静かな公園にロッシーとグレイは、2人きりだった。
(な、なんだ、この雰囲気…こ、これは…も、もしや…2人は…つ、つつつつ、っつ!)
が、ロッシーの話し方で、そうでは無いと感じとる。
何故か胸を撫で下ろす自分に戸惑いながら、耳を傾ける。
するとグレイから、衝撃の発言を聞くことになるヒックと、ロッシー。
2人は、固まる。
(えええええっ!ちょ!なに?!いつの間に?!てか、なんで?!ドッキリ?!ドッキリか?!俺が隠れてるのを見越したドッキリ?!いやいやいや!それは無い、俺とロッシーならまだしも、グレイとロッシーで、俺にドッキリはねぇよ!え?!マジのやつ?!これマジのやつ?!俺、見てちゃダメなやつなのでは?!)
そう思いヒックは、砕ける腰を引きずりながら公園から這うように、離れて行く。
そして道路へ出ると、走り出す。
「な、なんなんだよ!アレぇ~!?ビックリしたぁ!あー!ビックリしたぁ!」
すると後ろから、足音が聞こえる。
ヒックが、振り返ると凄い勢いでグレイが、走って追いかけて来ていた。
「ヒックゥゥゥゥゥゥゥッ!」
ヒックの名を叫び、無表情のグレイは、とてつもない速さで間を詰めて来る。
それを見たヒックは、もう家に帰るまで、振り向かずに走る事だけを考える事にする。
「うわぁ!うわぁ!うわああああああああああああっ!」
スピードを増すヒック、それを追いかけるグレイ。
2人の距離は縮まりそうで、縮まらない。
(くっ!くぁぁぁっ!足がヤバい!足と息がもうヤバい!無理!怖い!何?!いつから?!いつから俺の事を気づいてたの?!グレイ怖っ!グレイこっわ!)
ヒックが、そんな事を考えながら、限界突破の足と身体を前進させながら、最後の曲がり角へと2人は迫っていた。
(あ、あそこを曲がれば家はもうすぐ!俺、無事に帰れたら!あたたかいお風呂に入って、フカフカのお布団に入って、何もかも忘れて寝て!楽しい夢見るんどぅわっ!)
ヒックが、フラグを立てた事により、グレイがヒックに追いつく。
グレイに肩を掴まれて、引っ張られ、足が縺れ、転ぶヒック。
その勢いに巻き込まれ、グレイもまた道に寝転ぶ。
2人の呼吸は、慌ただしく、酸素を取り込むことに、余念がない。
そんな中グレイが、ヒックへと話し出す。
「僕との競走中に、どうせしょうも無い事を考えていたんだろう、君は。スピードが著しく、落ちていたぞ…。そ、そんな事より、見ていたな。分かったか?僕の気持ちが。君は、ロッシーが好きか?」
息があがりながらもグレイは、ヒックに想いをぶつけ始める。
ヒックは、酸欠の中、思考の壁を巨大な鉄球で、ぶち破られたような感覚に陥り、何も考えられなくなっていた。
目を閉じ、言われた意味を考え始める。
(何を、言ってるんだ。コイツは…こんな時に…何を…好きだ…俺は…ロッシーが…いや…俺も…ロッシーが、好きなんだ…)
「好きだ…」
それを聞いたグレイの瞳が、少し動く。
「だろうな…気づいてたのかは分からないが、僕は痺れを切らしてしまった。でも丁度良かったと思っている。僕は明日から、特に変わらず、今まで通り、ロッシーと接する。チャンスをやるよ。ヒック。僕達は友達だ。抜け駆けは良くないからね…期限は1週間…」
「…な、何を…」
「それじゃ、また明日、学校で」
そう言ってグレイは、また走ってどこかへ行ってしまった。
息を整え、目をつぶり、道に寝転がったまま、ヒックは思った。
(む、無理…。誰か…家まで運んで…)
その閉じられた目の中には、何も光はなかった。
けれど。
1人の少女の笑い顔だけが、見えていた。





