悪寒
翌日ルーナは、悟を祖母の部屋へ預け、会社も休み、ズルワーンからの連絡を部屋で待っていた。
(昨日の話…ズルワーン…あなたは…何を…)
昼の2時、ズルワーンからの連絡が入る。
「もしもし、ルーナよ。ズルワーン、よね?」
「ああ、僕だよ。ルーナ。昨日は取り乱してごめん。あんまりにも衝撃的な話だったから…」
「いいのよ。それより、あなたが話してた、昨日の話。信じたくは無いんだけれど…あなたの研究…確か…」
「あれは本当なんだ。細胞を培養した訳では無いんだけれど、何とか細胞を復元して、人口子宮を作り、そこでフォルを復元させた。少し、僕の遺伝子が混じっているんだけれど…」
「それって…あなた…何がしたいの?そんなマッドサイエンティストな事、フォルが望んでいたと思うの?」
「それはフォルの成長を見ていて、感じている。だから君に助けを求めているんだ…」
「フォルの成長…。何か問題があるの?」
「脳が…発達しないんだ。いや、全く発達しない訳ではないんだけど、体は問題ない。でも…」
「でも?」
「心が無い…」
「…そんな…」
ズルワーンと、ルーナは直接会う事にした。
ルーナは、正直に会いに行くと祖母に伝えたが、祖母には反対された。
しかし、ルーナはそれを聞き入れなかった。
ズルワーンとフォルは、都内のホテルにいた。
ズルワーンはフォルの死後、フォルが分け与えてくれていた、フォルの財産を使い、研究が出来る環境を整えた、家を買った。
そして、そこに篭もり、研究をしていたのだ。ほとんど食事もせずに、眠ることも少なく、ただフォルの青い瞳を思い出して。
ルーナは、少しフォルと話をしてみた。
しかしフォルは、ルーナが思った以上に、無反応で、少し言葉が話せるレベルだった。
まだ2歳程なので、あまり気にはならなかったが、やはり何処か欠けてしまっている事を、感じずにはいられなかった。
「頼む、僕が持っているフォルの脳に、君の電子脳を使ってくれ。そして、このフォルにそのパルスを流してやって欲しい…」
「そんな事出来ないわ!あれはまだ人に使える物ではないし、それに…」
ルーナは、困った顔でフォルを見る。
ズルワーンとの仲を、こんな風にしてしまったのは、フォルだ。
そう考えるルーナであったが、悟と、この幼いフォルを重ねてしまう。
「その…ん、もう1人のフォルは何処に居るの?」
ルーナは、ズルワーンに尋ねた。
「ドイツの地下研究室に保管してある。早く戻りたい。彼女が心配なんだ…」
「まだ電子脳を使うかは決められないけれど、どっちにしろ、記憶容量も、移せる範囲も狭いわ…それに危険すぎるの。私は、反対よ。やっぱり…。きっと、優しく、心を伝えながら育てて行けば、フォルちゃんだって、きっと…」
「どうやって優しさを伝えたらいいか、分からないよ…僕には…」
ルーナは、そっとズルワーンの手に、自身の手を重ねる。
「ううん、あなたは私に、優しさを伝えてくれたわ。心を、愛を。私はあの時幸せだった。だから、悟を今まで育てられたのよ…私は、フォルがあなたの子だと言うのなら…受け入れるわ。この子に何の罪も、ないんですもの…」
「…ル、ルーナ…」
ズルワーンは、ルーナの手の上に、自分の手を重ねた。
2人は、祖母の反対を押し切り、家を出て、4人で暮らしていた。
ズルワーンは、ドイツの家に1度帰り、家を放棄し、荷物をまとめて、日本へ引っ越して来たのだ。
もちろん研究室も、研究対象となるものも。
それから、数年。
何事も無く、平穏な日々が続いた。
悟は6歳になり、フォルは5歳だった。
2人は研究者として、劇的な進歩を遂げていた。
脳電子学と、細胞学の融合を果たし、記憶を持った、細胞を作り出したのである。
それはルーナが研究していた仮想の物では無く、脳そのものを作る事が出来る、人類にとって、夢の様な結果に繋がる、第1歩であった。
それを可能にしたのが、彼女。
フォルの存在である。
彼女は、4人で住むようになってから、劇的な変化を遂げた。
瞳に光が宿り、そこに、心があると感じられる行動をするようになる。
「ママ…これ…あげるわ…」
公園で、悟とフォルを遊ばせていると、フォルがルーナに、小さな花を渡して来る。
少し言葉が足りないとは感じるものの、確実に急成長を遂げていた。
そんなある日の事だった。
フォルの容態が、急速に悪くなったのは。
突然、倒れ、そのまま意識を戻さなくなってしまった。
悟は心配して、泣いてばかりいた。
「いったい…何が原因なの…脳を調べたけれど、特に異常は無かった。普通の人間の脳と変わりはないわ…」
「…フォルっ…君は、また、僕達の前から消えると、言うのか…」
「そんな風に考えてはダメよ…私たちのチカラを合わせれば、きっと、未来は開けるわ…」
この時、ルーナは重大な決断をすることになる。
家に帰り、悟を寝かしつけるとズルワーンに話があると呼ばれる。
「どうしたの?フォルの事なら大丈夫よ。元気になるわ…」
「見てもらいたいものがあるんだ…君に…」
「何かしら?」
するとズルワーンは、ルーナに大きな機械の塊の様な箱を見せる。
「なんなの…これ?」
「見ててくれ…」
ズルワーンは、鍵と、ロックと、指紋認証をその箱に施してあった。
その時、ルーナは全身に悪寒が走り、立ち上がって叫ぶ。
「待って!ズルワーン!私は絶対に認めないわ!認めない!そんなの!なんでよ…」
「僕には電源を切ることなんて出来なかったんだ!ここにはまだフォルがいるんだ!本物のフォルが!」
ルーナは家を飛び出した。
しかし、すぐに引き返す。
(しまった、彼を止めれるのは私だけなのに…!)
家へ戻ると、ズルワーンの姿は無かった。





