過去
― 東京 ―
鍋を食べ終えたロッシーとニアは、銭湯へと向かっていた。
ニアが持っている風呂桶には、タオルと石鹸に、小さな黄色いアヒルが入っていた。
「…ロッシー姉様…何…見ているの?…」
ロッシーは、何故か、空を見上げながら歩いていた。ニアにそう言われ、我に返るロッシー。
「え?!あ、ううん。何でもないの。ただ…」
「…ただ?…」
「何だか、とても…なんて言うか…えーと、んー、な、何て言うかぁ?」
「…着いた」
気付くと、銭湯の前へと着いていた。
そして2人は話をやめて、銭湯へと入って行く。
― 数分前 グラン 森 ―
ズルワーンは、青白髪のズルワーンと、フォルの安否を確かめた。
そのズルワーンの姿は五、六才の子供の姿である。
「よ、良かった…二人とも、息、してる…」
そう言った次の瞬間、森の茂みが動く音がするのに気付いたズルワーンは、左、右と首をキョロキョロさせながら、1人、ズルワーン達をその場に置いて、木の影に隠れる。
そして、茂みの中から出てきたのはフォルと顔がそっくりな人物だった。
しかし服は全く違う物で、全身真っ白な装飾が施してある布で、頭から足まで全体を覆い隠す様に覆い、顔だけが見える様な服を着ていた。
そして白装束のフォルは、ズルワーン達に近づき、青白髪のズルワーンが抱いているフォルの顔を見て、少し驚いた顔をする。
そしてズルワーンが隠れている、木の方を向いて
「出て来ても大丈夫ですよ。私はアナタ方の敵ではありませんから」
と言う。
ズルワーンは、木の影から顔だけを出して、白装束のフォルを眺めていた。
白装束のフォルは、穏やかな顔で微笑み、ズルワーンへと近づこうとすると、ズルワーンは木の影に顔を引っ込めてしまう。
そして白装束のフォルが、動いていないと感じると、また顔を出す。
それを数回、繰り返している内に、フォルが口に手を当てて、笑い出す。
「な、なんなのですか、プッ…アナタは…フフフッ」
笑うのを我慢しているが、盛れてしまっている。目には涙粒が溢れる。
それを見たズルワーンは、木の影から出て来てこう言う。
「あなたフォルヒックトゥーナって言いますよね?」
「…え?!」
突然の言葉に驚いて、笑いが一瞬にして止まる。
2人はただ、何も言わず見つめ合っていた。
― 9年前 ドイツ ―
ズルワーンは、大学で細胞の研究をしていた。細胞を培養し、皮膚や、身体の一部を再生する研究をしていたのだ。
学生ではあったが、その知識は教授を越えていた。
ズルワーンはいつも、家から持って来たサンドイッチを食べながら、中庭でパソコンを触り、本を読むのが日課だった。
そんな、ある日の事だった。
いつもの中庭に、見慣れない1人の女性が居た。背中の中程まである黒い髪、白い肌に、黒縁メガネ。
顔はとても美しく、聡明で、本を片手にサンドイッチを食べている。
その可憐な見た目とは裏腹に、サンドイッチを歯で、引きちぎるように食べている姿が、ズルワーンからはとてもアンバランスに見えた。
それから数日、中庭に行くと必ず、その人は居た。
「今日もまた、本にサンドイッチか…」
独り言の筈だった。
ズルワーンにとっては。
「なんか文句あるの?いつも私の事ジロジロ見てるけど…」
その人は振り向き、ズルワーンへと怪訝そうな顔を向けていた。
「っえ!い、いや…その…ぼ、僕はズルワーン。よろしく…アハハ…」
「答えになってないでしょーが。私はルーナよ。あなた、いつも何、読んでるの?あとそのパソコンも見せて」
それから2人は昼になると、中庭で読んだ本の事、学んで来た事、世間話などをする様になっていた。
そんなある日の事だった。
「あ、あのさ、今度、ぼ、僕と…その…え、映画でも行かない?」
「…」
「…え?な、なんか言ってよ」
「いや、映画とか観る趣味あったんだ、と思って意外だったの」
「そ、そりゃ僕だって映画くらい観るさ!」
そして2人は、外で会う機会を増やしていった。
半年が過ぎた頃だった。
「ねぇ、私たちって、恋人かしら?」
突然の質問に、ズルワーンは固まった。
「…」
「なんか言いなさいよ」
「え、えーと、、、君が、その気なら…僕は、喜んで…」
するとルーナは、大声を上げて笑っていた。
それからズルワーンの手に、自分の手を繋ぎ、ズルワーンを引っ張った。
「行きましょ!私の恋人さん」
「ちょ、そんなに引っ張らないでよ!あと、その恋人さんって変じゃないかなぁ?」
2人の交際は順調であった。
そして、出会いから1年が過ぎた頃だった。
彼女が現れたのだ。
フォルヒックトゥーナ、その人である。
彼女はドイツでも1、2を争う、人気バンドのボーカルを務めていた。
ズルワーンは、そういった類いの曲など普段聴かないのだが、ルーナと行った、映画の主題歌に使われていたのを期に、そのバンドのファンとなっていた。
そして
2人の出会いは、偶然と突然が重なり合い、その物語が始まった。
「ルーナ、遅いな…」
ルーナを駅で待つ、ズルワーン。
もう、かれこれ15分は待っていた。
そこへルーナから、メールが送られて来る。
『ごめんなさい、急に飼ってる猫の調子が悪くなったの。今、病院なんだけど、ごめんなさい、今日行けそうにない』
ズルワーンは、返信をする。
『大丈夫かい?僕もそっちへ行こうか?』
『ううん、大丈夫よ。私も突然の事で慌ててしまって。連絡遅れてごめんなさいね』
『本当に大丈夫?こんな時こそ、僕を頼りにしてくれてもいいんだよ?』
『あなた、猫を飼ってた事あるの?』
『い、いや、無いけど。そういう事じゃなくて、僕が必要だよね?って事さ』
『ごめんなさい、あなたが何を言ってるのか分からないわ。また落ち着いたら連絡するから』
『そんな言い方ないんじゃないか?僕は君の事を思って言ってるだよ?』
『私の事を思ってるなら今は関わらないでもらいたいわ…』
ズルワーンは、その後もメールを送るが、ルーナからの返事は、その日、1度も帰って来なかった。
ズルワーンにとって、こんな気持ちは初めての事で、その気持ちを1人で持て余していた。
ルーナと会えないのならと、家に帰り、気晴らしに音楽をかけ、本を読んでいた。気分も少し落ち着き、小腹が空いたのでキッチンへ行く。
その途中にあるCDデッキへ寄り道をし、音楽を変えようとCDを物色する。
CDを数枚、手に取り選んでいる時だった。その中の1枚が、手から零れ落ちる。あまり聴かないバンドのCDだった。
「ルーナと一緒に行った、映画の曲だ…」
ズルワーンは、そのCDをデッキに入れ再生ボタンを押した。
そしてルーナにメールを送る。
『さっきはごめん。あと何度もメール送った事も。大事な猫ちゃんだって、いつも話してたもんね。心配過ぎて、心が荒れてたのに、あんな風な言い方してごめん。また君の気持ちが落ち着いたら、連絡してよ』
「ルーナの事だし。多分しばらくは連絡、来ないだろうな」
そう言いながらも、少し微笑むズルワーンは、気を取り直し、音楽にノリながらキッチンへと向かう。
サンドイッチを作ろうとするが、冷蔵庫の中がカラッポなのに気付く。
(そうだ、今日はルーナと外食するはずだったから、帰りに買って帰ろうと思ってたんだった…)
ズルワーンは、買い物へ行く事にした。
それは近所で、歩いて5分。
特に着替える事無く、Tシャツにジーンズというラフな格好で、部屋のドアを開けた。
すると隣の部屋のドアも、同時に開き、中から帽子を深々と被った、サングラスをかけた、女性と思わしき怪しい人物が現れた。
「あ、こんにちは…」
と、条件反射的に言葉を出したが、その女らしき人物は、何も言わずに階段を降りて行った。





