芽生え
ギルバートとサランの出会いは、サランが工場へ来て、すぐの事だった。
ギルバートがいつも通り食堂へ行くと、自分よりも少し年下の田舎者丸出しな2人が、キョロキョロしながらウロウロしていた。
困っているのかと思ったギルバートは声をかける。
「やぁ、君たち、何か困り事かな?僕で良ければチカラになるよ?」
リュウローとサランは、突然キラキラとした美青年に優しい言葉をかけられて戸惑う。
それを見たギルバートは更に声をかける。
「いや、すまない。何か困っているのかと勝手に思ってしまった。僕の名はギルバート。事務部で働いているんだ。君たちは?」
リュウローは、モジモジしながら
「お、俺はリュウロー、こっちはサランです。オトイの村から出稼ぎに来たんですけど…何だか食堂のメニューが沢山あり過ぎて…2人でどれ食べようか悩んでたんです…」
ギルバートは額に手を当てて、ヨロめいている。
(な、なんという事か…この世にこんな心の美しい生き物がいるなんて…)
ギルバートは気を取り直し2人に話しかける。
「それなら、この食堂名物のチキンステーキ定食にするといい。とても美味なんだ」
厨房の前には沢山の人が列を作っている。
その上の壁に食堂のメニューが大きく書いてあり、2人はその中からチキンステーキ定食の文字を探す。
〖チキンステーキ定食 :1200〗
の文字を見て固まった。
「どうしたんだい2人共?」
とギルバートは声をかける。
2人はカタカタと小刻みに震えながらギルバートの方を見て
「た、高すぎませんか…な、なんなんですか…アレ…」
「リュ、リュウロー…アタシ、玉子丼にするよ…」
ギルバートからすると、これが初めて聞いた記念すべきサランの第一声である。
この時ギルバートは、今まで感じた事の無い物言えぬ感情が全身を駆け巡って居た。
そして次の瞬間、ギルバートは迷わずにこう言う。
「僕が奢ろうっっっ!!!」
と。
リュウローとサランは全力で断ったが、ギルバートはそれを許さなかった。
3人で同じ席に着く。
2人は美味しそうにチキンステーキ定食を食べている。
「あ、アタシ、こ、こんな美味しいお肉食べた事ないよぉ、リュウロぉ」
「そうだな!サラぁン」
2人は満悦の笑みだ。
それをギルバートは微笑みながら頬ずえをついて、ただ眺めて居た。
「さぁ2人とも、僕のチキンもあげよう…」
そう言ってギルバートは、チキン中央部の大きい部分をフォークとナイフで取り分け、2人の皿へそれぞれ置いてあげている。
2人は断るが、ギルバートは笑顔でそれに応える。
そしてギルバートは、それから半年間、2人に近付く事が出来なかった。
と、言うよりもサランに近付く事が出来なかったのだ。
次の日もギルバートは2人を見つけて、声をかけようとした。
が、その時だった。
サランの横顔を見た時、何故か胸が鈍く重くなった。
しかし何か暖かい鼓動もギルバートは感じたのだ。
(クッ…!な、なんだこれは、む、胸が…く、苦しっ…いっ…)
「どこか悪いのかもしれない。休憩所で少し休もう…」
それからと言うもの、ギルバートはサランを見る度に気分が悪くなり、近づく事が出来ないで居た。
そして、それは3ヶ月も続いたのだった。
そんなある日、様子がおかしいギルバートを見かねたナスラが声をかける。
「ギルバートくん、大丈夫?ずっと食堂へも行ってないみたいだけど…何か悩み事でもあるの?仕事の相談なら私でも何か出来る事があるかもしれないけれど…話、聞こうか?」
ナスラはこの時、ギルバートの1年先輩で、たまに仕事の話をするくらいの仲だったが、見る度に痩せていくギルバートを見かねて声をかけたのだった。
そしてギルバートは素直に、自身に起こっている事象をナスラに話す。
するとナスラの口から思いもよらぬ言葉が飛び出して来た。
「それって…その…サランちゃんって女の子の事が好きなんじゃないかな?」
それを聞いたギルバートは、ナスラの顔をただ黙って見つめているだけだった。
次の日
ギルバートは食堂へと足を運び、柱の影から胸の辺りのシャツを握り、サランを見つめていた。
(ぼ、僕は…キミ…いや、サ、サランちゃんの、事が…す、すすすっ、すすっすっっすすすすっ!うぐっ!…お、おち、落ち着け…ギルバート、落ち着くんだ…。僕はサランちゃんが好きなのだ…知らなかった。恋というものが、こんなに胸を締めつけ、自分を変えてしまうものだったとは…)
そんな事を考えながら息を荒くしつつも、気持ちを抑えようとしている。
そうしているうちに、リュウローとサランの2人は席に着き食事をする。
ギルバートは慌てて自分もチキンステーキ定食を買い、2人が座る席へと急ぐ。
「や、やぁ!君たち!ご機嫌いかがかな?少しはここの生活にも慣れたのかな?!あはは、ここ…座っても…いいかっな…?」
以前の雰囲気と少し違うギルバートに戸惑いながらも、2人は快く席に着いて欲しいと言った。
少し世間話をしたのち、サランがギルバートに突然、感謝の言葉を話し出した。
「あ、あの…。あの時は、ありがとうございました。チキンステーキ、とっても美味しくて、これからここで頑張れば、こんなにも美味しい物が食べれるんだな。って思って…不安だった気持ちが晴れました!まだ少しお給料が少なくて無理なんですけど、もう少し余裕が出来たら、私っ!差し出がましいかも知れませんが、ギルバートさんに、その、チキンステーキご馳走させてください!お願いします!」
「あ!サラン自分だけずりぃぞ!お、俺にも奢らせてください!お願いします!」
と
2人に頭を下げられてギルバートは…
泣いていた。
「うっ、うぐっ!ふ、2人ども、あ、あだまをあげでぐで…ううぅっ」
気持ちを落ち着けたギルバートは、2人に答える。
「その気持ちだけで十分だよ。リュウローくん、サランちゃん。2人が頑張って働いてくれれば、それで僕は満足さ…」
そう言うと2人は笑顔で顔を見合わせて笑い、元気よく
「はい!頑張ります!」
と答えた。
その時だった。
また、ギルバートは心に何か、今までに無い感情を感じる。
何かウズウズとした苦しさだ。
しかし以前とは違う気分の悪さがある。
そして以前はサランを見た時に、心の変化を感じたのだが、今度はリュウローを見た時に、何か胸の様子が変だと感じる。
ギルバートは少し考えた。
(以前は…サランちゃんの時に…似たような事が…。ナスラさんは、これを恋と言った。しかし今回は…)
と黙ってリュウローを見つめる。
(いやいやいやいやっ!な、なんという事だ!ギルバート!貴様は一体どうしたというのだ?!いやいやいやいやっ!)
「しっ、失礼するっ!」
そしてギルバートは事務室へと走り、事務室の扉を勢いよく開き…
「ナ、ナスラさぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!」
と
叫んだ。
部長は不在で、事務室にはナスラだけが居た。
事情を聞いたナスラはすぐに答える。
「それは…ジェラシー、嫉妬よ…少し厄介な感情ね。でも恋をすれば大小あるけど、誰もが少しは心に抱くものよ。落ち着いて対処しましょ…」
ギルバートは、これが風の噂で聞く、都市伝説だと思っていた
〖嫉妬〗
という感情なのだと知る。
そしてナスラはこう続けた。
「その、、、リュウローくんと、サランちゃんって、2人は…どういう関係なのかしら?」
「?どういう関係…とは?」
不思議そうに首を傾げるギルバート。
「そ、その、言い難いんだけど…出身も同じ村だし、仲も良さそうなんでしょ?ギルバートくんが見ているだけで嫉妬するぐらいに…。もしかして2人は、恋人同士なんじゃないのかしら?」
「は?」
ギルバートは思いもよらなさ過ぎる言葉に素が出てしまった。
「あ!し、失礼しました。ナスラさん!と、言いますか…こ、こいっ、こここ、こっこっこぉっ!」
「恋人よ…」
「うひぃっ!!」
「2人はもう恋人の可能性があるわ…」
「んげえっ!!」
「少しサランちゃんに出会うのが…遅かったわね…ギルバートくん…」
「あばばばばっ!!」
ナスラはお腹を抱えて笑っている。
ギルバートは真っ白になっていた。
「ご、ごめんなさいね。人の恋心をからかうなんて、私、どうしちゃったのかしら…えへへ。大丈夫よ。ギルバートくん。私もこないだ気になって、その2人を食堂で見つけて観察していたの。恐らく今は普通に同郷の友ね。安心していいと思うわ」
それを聞いてギルバートの色が戻る。
そして目を輝かせて立ち上がり
「ナスラさん!ありがとうございました!俺、頑張りますっ!」
そう言って仕事に戻るギルバートを、ナスラは見つめたまま手を優しく胸に当て、僅かに動くその鼓動を感じていた。。。
サランとギルバートは、出会って半年の月日が流れていた。
そして、また食堂で3人は食事をしている。
「サランちゃん、僕のお肉あげようか?食べる?」
「えー、マヂですかぁ?テンションあがりますぅー」
「サ、サランちゃん?少し雰囲気変わったね?」
「えー、そうっすかぁ?」
「コイツこないだ2人で街に買い物行ってからずっとこうなんですよ。すいません。ギルバートさん」
「…へぇ…2人で…ね…」
「キャラ変えってかぁ~、マヂ憧れててーみたいな?って…や、やっぱり、変でしょうか…私?」
急にいつものサランに戻り、ギルバートは戸惑うが
「なっ!何を言うのさ!僕はサランちゃんがどんな風になろうと、サランちゃんをあっ!」
そこでギルバートは固まり何も言わなくなる。
「あ?」
「あ?」
2人は不思議な顔をしてギルバートを見ている。
「し、失礼する!」
そう言ってギルバートは席を立つ。
「あの人、、、いつも急にどっか行くよな…」
「んー、チョー忙しメンなんじゃん?」
「…お前…」
「何?」
「もうちょいキャラ固定…いや何でもねぇ」
「大丈夫、私も思ってるから…」
「そうか…」
サランは少し赤面していた。。。
(ああああああああ!あっぶないっ!あっぶなかったあああっ!!!僕はいったい何を言おうとしたのだ!そろそろ限界が近いのでは無いか?!もうこの気持ちを抑えておくのも難しい…サランちゃん!!)
そしてギルバートは工場の外へ出る。
人気のない工場横の木が数本、植え込んである場所へ行き、月を見つめ…
大きな声で叫ぶのだ。
「サランちゃあああああああん!!」
と。
そしてギルバートは気付いていないが、この木の奥壁の向こうは、プラント7工場の外で喫煙所になっている。
タバコを吸っているプラント7工場の喫煙者一同は思った。。。
(うわっ!ビビったぁ。急に大声出すなよ、誰だよ…てか…サランちゃん…って誰?)
と。





