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90 金ボチ

「これが約束のブツっスよ」


 チャラ男がアルミ製のアッシュケースを開いた。

 そこにあったのは一万円札がびっしりと並んでいた。


「マジか」


 俺の目はきっと¥マークになっていたに違いない。


「マジっすよ」


 チャラ男がニヤリと笑った。

 これが全部俺の物? 胸が激しくボチボチする。

 俺が震える手で札束を手に取ろうとしたその瞬間、チャラ男がケースを閉めた。


「え?」

「カガッチ、その前にひとつお願いがあるっス」


 チャラ男がチッチッと指を横に振った。


「はえ?」


 俺の口から溜息のような声が漏れ出た。

 なんだよ? ひとつお願いって? 激しく嫌な予感がする。

 二千七百万円だ。高校生が持っていい金額じゃない。

 今更没収とか言わないよな?

 お年玉を没収する母親のようなことは言わないよな?


「カガッチ」

「何?」

「実は魔石を交換したときににね、ちょっと仕事を頼まれたんスわ」


 チャラ男が天井を見ながら言いにくそうにそう言った。


「はあ」


 俺の眉毛は激しくひん曲がっていたであろう。


「その、あの、リビングアーマーを倒せる霊トレーサーの知り合いなのかって?」

「はあ?」

「なんでも最近、暴走ダンジョンが出現したらしいんっス」

「はあ?」

「裏換金所は独り占めしたいらしくダンジョン協会に頼むのを渋っていて困っているとか……」

「はあ?」


 なんだか話が読めてきたぞ。


「カガッチ」


 チャラ男が俺の肩に手を当てて真っ直ぐ睨んだ。


「俺とパーティー組んで一緒に暴走ダンジョンに潜って欲しいっス」

「ええええ?」


 なんだって?


「ボッチのカガッチにこんなこと頼むのはなんですが、頼むっすよ」

「は?」


 俺の頬が痙攣した。

 今なんつった?

 ボッチだと?

 俺がボッチだって何で知ってるんだ?

 お前と知り合った時は既に俺はダンジョン部に入ってボッチから脱出していた頃だぞ。

 麗しの生徒会長と副会長に頭を下げられてダンジョン部入りした俺をボッチ呼ばわりするとは失礼な奴だな。


「カガッチがパーティー入りしてくれたら暴走ダンジョンなんて楽勝っス。だからお願いっス。この通りッス」


 チャラ男が顔の前で手を合わせ何度も頭を下げた。


「……」


 俺はボッチらしく無言で睨んだ。

 どうせチャラ男のことだ。可愛い受付嬢に頼まれて楽勝っスよとか言って安請け合いしたに違いない。


「なんで?」

「ついつい可憐な受付嬢に頼まれて、楽勝っスよとか言ってしまったんスよおお」


 やっぱりそうかよ。

 つかなんで俺なんだよ。


「何で俺?」

「他に頼める人がいないっス?」

「……隊長とかは?」


 お前がまず頼るのは俺ではなく木曽三川警護団の隊長だろう。

 お前はそこの団員なんだぞ?


「隊長には内緒っス」


 チャラ男が顔を背けた。

 やましいことがあるに違いない。

 だが俺にもやましいことがある。

 だからその気持ちは分かる。


「……いいよ」

「え? そこを何とかお願いするっス」

「だからいいってば」

「え? いいんスか?」


 チャラ男が目を見開いた。


「ああ、奢ってもらったし」


 ボッチの暗殺者に見られがちの俺は恩を恩で返す礼儀正しいボッチなのだ。

 チャラ男にはファミレスでご馳走になったのだ。

 それに断ってもどうせ泣き落としにくるだけだ。


「え? いいんスか?」


 チャラ男がさらに目を見開いた。


「だからいいって」

「助かったッス。じゃあ今夜どうすか? 夜中出れます?」

「え? 今日? 何時ごろ?」

「深夜一時頃に迎えに行きます」


 皆が寝静まった後か、姉ちゃんが帰宅する時間に被らなければよいが――。


「……分かった」

「じゃあ早速パーティー登録しときますね」


 チャラ男と俺は深層意識化で魂が連携され、一緒のパーティーとなった。


「暴走ダンジョンの魔物は強いけど儲かりますよ?」

「マジか」

「マジっスよ」


 俺とチャラ男はニヤリと笑った。

 チャラ男は頼みごとを達成できる。

 俺は儲かる――クックックッ。

 これこそウィンウィンの関係だ。


「じゃあ、このことは二人だけの秘密ということで」


 チャラ男がアタッシュケースを俺に押した。


「ああ、分かった」


 俺はアタッシュケースを受け取った。


「何が秘密なのだ?」

「「ヒイイイ」」


 俺とチャラ男は同時に飛び上がった。


「面白そうな話をしておるのお。ちゅぱ」


 前髪パッツンのロジャノリ幼女――。


「「キリヒメサマ」」


 キリヒメサマが不適な笑みを浮かべて立っていた。

 いつの間に? いつからいた? どこから聞かれていた?


「ななな、なんでもないっスよおおお。カカカ、カガッチ、さあ朝練の開始っスススよお」


 チャラ男が激しく動揺しながら噛みまくった。

 俺はアタッシュケースを背中に隠した。


「余も連れて行くのじゃ? ちゅぱっ」

「はあ? なんのこと?」


 俺はそっぽを向いた。


「暴走……ダ ン ジョ ン」


 キリヒメサマが飴を掲げた。

 くっそお、聞いていたか。

 何言ってんだよ。ダメに決まってんだろ。あんた神様だろ。

 人間の営みに口を出すんじゃねえ。

 神様なんだから、どっかの神殿で偉そうにふんぞり返っててくれ。


「そうは言っても暇なのじゃ」


 キリヒメサマが俺の心を読んでそう言った。

 暇? そんなはずはないだろう。

 もうじき新人戦だぞ? その準備はいいのか?


「……優秀な部下が張り切って準備しておるのじゃ。ちゅぱっ」


 どうせこっちはいいのでキリヒメサマはあっちをお願いしますとか、体のいいたらい回しをされたんだろう。


「その通りじゃ。ちゅぱあああ」


 キリヒメサマがしょんぼりした。

 じゃあ駅前の極悪ダンジョンの拡張工事でもしとけよ?


「あれはもう飽きたのじゃ、誰かがあっさり攻略したから創作意欲が消えたのだ。」


 キリヒメサマが飴を見つめながらそう言った。

 確かにキリヒメサマのダンジョンを俺はあっさりクリアした。

 だから責任がないわけじゃない。

 だがそんなことで創作意欲がなくなるなんて、クリエイティビティが足りないぞ。

 人の批判なんか無視して思う通りに作れよ。


「苦労して作っても簡単にクリアされたら悔しいじゃないではないか」

「……」

「カガッチ、ちょっといいっスか?」


 チャラ男が俺の肩に手を回して耳元でこう言った。


「カガッチ、キリヒメサマと念話が出来るんすか?」

「ええまあ」


 こっちの心が筒抜けというだけだが?


「そうっスか、とにかくキリヒメサマはダンジョン協会の重鎮ス」

「はあ」

「だから絶対断ってくださいよ。暴走ダンジョンも闇換金所もダンジョン協会には公には知られていないんスよ」


 チャラ男はキリヒメサマを心配そうに見る。


「でもあれが簡単に引き下がると思うか?」


 俺はキリヒメサマを流し目で見る。


「……それはそうっスけど」

「余も暴走ダンジョンに連れて行くのじゃああ。ちゅぽん」


 俺とチャラ男の間にキリヒメサマが割って入って叫んだ。


「ダメだ」


 俺はキリヒメサマを押し返した。


「お主も余を除け者にするのかえ? 可哀そうな余は誰にも必要とされず、そのうちメンタル霊が不足し、消え失せてしまうのじゃ。ああ、余なんて生まれてこなかったほうが世の為人の為だったんじゃあ」


 キリヒメサマが嘘泣きを始めた。


「カガッチ」

「……くっ」


 これが嘘泣きと分かっていても、除け者の気持ちは痛いほど理解できる。

 くっそ。言い出したら聞かないだろう。

 分かった分かった。


「おおお、いいのかえ?」

「……ひとつ条件がある」


 俺はキリヒメサマの小さな幼女の肩に犯罪的に手を置いてその大きな目を見つめる。


「な、なんじゃ? エロいことか?」


 キリヒメサマが目を背けた。


「カガッチ、それはいくら何でもひどいッス。犯罪っスよおお」


 犯罪じゃねーよ。幼女じゃないし。

 それに俺は巨乳天国の住人だぞ。ツルペタ幼女には興味がない。


「見損なったっス」

「そんなんじゃねーよ」

「では何が望みじゃ」

「誰にも言わないなら一緒に来てもいい」

「なぬ?」


 キリヒメサマがフリーズした。

 暴走ダンジョンに行くことは生徒会長にも副会長にもリンダ先生にも言わないなら同行を認める――と俺は心の中で補足する。


「なーんだ。そんなことか? 簡単じゃ」

「……」

「余は口が硬くて有名だから心配には及ばんぞ。ハッハッハッ」


 キリヒメサマが笑った。

 どの口が? どの口が固いって?

 この口か? この口か?

 俺はキリヒメサマのほっぺを引っ張る。


「痛いのじゃ、やめるのじゃあ」

「カガッチ、キリヒメサマになんてことを」

「いつもペラペラ喋りやがってこのオシャベリサマがあ」

「痛いのじゃ、前はつい口が滑っただけなのじゃあ」

「カガッチ、キリヒメサマはヤオロズの神様っすよ。その辺で止めとかないと因果応報で罰が当たるっスよ」


 チャラ男が割って入った。


「……ふん。とにかく黙っているなら連れて行く」

「……分かったのじゃ」


 キリヒメサマが目を逸らした。

 絶対こいつ黙るつもりねえ。


「言うなよ」

「分かっておる」

「ほんとう?」

「本当じゃ」

「……」

「ちなみにそのアタッシュケースは何じゃ? ちゅぱ」


 キリヒメサマが目を逸らした先には例のアタッシュケースがあった。

 まずい。見られた?


「……」

「ほうほう。その中は余のダンジョンで取れた魔石を現金化したものかえ?」


 キリヒメサマが目を細めた。


「「……」」


 俺とチャラ男はコミュ障のように言葉を失った。

 くっそ、一瞬で見抜いた?

 いや俺の心が読めるんだ。バレて当然。

 キリヒメサマに対して隠し事なんて不可能だ。

 だから誰にも言うなよって釘をさしているのだが――。


「そのことを巫女共は知っておろうか? ちゅぱぱ」


 キリヒメサマが楽しそうに俺を睨んだ。


「うっ」

「内緒はよくないのう。ちゅぱぁ?」

「うっ」


 さっきとは立場が逆転した。


「キリヒメサマこれはその、闇換金所は俺が行ってきたっス。だからカガッチは関係ないっていうか、その闇換金所のことはご内密に……」

「よい。ダンジョン協会は闇換金所を否定も肯定もせぬ。見なかったことにしておこうぞ」

「ははあ。有難きお言葉っス。カガッチいいじゃないっスか?」


 チャラ男が寝返った。


「分かった」

「よろしい。最初から快い返事をすればよいのじゃ」

「……先輩。つーことでキリヒメサマのパーティー登録お願い」


 俺はチャラ男を見た。


「え? 先輩って誰のことっスか?」


 チャラ男がクエスチョンマークを浮かべた。

 お前以外いないだろうという目で俺はチャラ男を睨んだ。


「あーもしかして俺のことっスか? ああ、確かに俺って先輩だわ。いやー後輩なんてできたことなかったから分かんなかったスよう」


 チャラ男が嬉しそうに頭を掻いた。


「キリヒメサマ。一緒に暴走ダンジョンを攻略しましょうっスね」

「ところでお前は誰じゃ? ちゅぱっ」


 キリヒメサマがチャラ男のことを胡散臭そうに睨んだ。


「え? 忘れたんスか? 木曽三川警護団の道山でっスよ」

「ん? 木曽三川? あー凶司のとこの者か? ちゅぽん」

「そうっスよ。その節はどうも。何度も真っ二つにされましたけどねえ」

「それはお主が弱いからだ。まあよい。それよりも余の番号をひかえよ」

「えっ? キリヒメサマ、スマホ持ってんスか?」

「当たり前じゃ。ハートを毎日送るように。ちゅぱっ」

「え? ハート?」


 俺はチャラ男の耳元でソシャゲのことだと教えてやる。


「はー。分かりやした。ダンジョンから出たら登録してハート送るっスよう」

「うむ頼んだぞ」

「……」


 どっちをだ? ハートか?


「では夜にまた会おう。ちゅぱっ」


 そう言いながらキリヒメサマはダンジョンの奥に消えていった。


「大変なことになりましたね。カガッチ」

「そう?」

「え? だってヤオロズがパーティー入りしたんスよ?」

「そう?」


 ヤオロズがボットモの俺にとってはそう驚くようなことではない。


「そうすねえ。カガッチはヤオロズの加護持ちっスからあんまり驚きがないかもしれませんが、大事件っスよ?」

「そう?」

「そうっスよ。まあ今日は軽めに朝練開始しますか」




 ――全然軽めじゃかなかったのは言うまでもない。

 そして放課後。


「トーリよ何か良いことでもあったのか?」


 生徒会長が俺を睨んだ。


「……別に」

「何か隠し事してない?」


 副会長が俺を睨んだ。


「……べべべ別に」


 俺は美女に言い寄られて挙動不審に陥った。


「ギョーリゲーキアーン」


 そんな俺にミルフィーがケーキを押し付ける。


「だからそこは口じゃねーよ」


 俺はそのケーキを口に運びながらミルフィーを睨んだ。


「ギャテテ、ギャチガエタ」


 間違えてないよね。わざとだよね。


「何か隠しておるか?」

「べべべ別に」

「あやしいわねえ」


 乗り切れ。この疑惑のビッグウェーブをポーカーボッチフェイスで乗り切れ。

 考えるな。金のことなど考えるな。

 頭にアタッシュケースが浮かんだ。

 ええい違う。これは違うの、お金じゃないの。違わないの金持ちなの

 なんてったって俺は金持ち――いや金ボチなのだ。

 突然、宝くじが当たったようなものだ。ああ、何を買おう。

 まずはスーパーで値段を見ずにカートに商品を放り込むぞ。

 その後はコンビニのおにぎりとサンドイッチを買い占める。

 夢が広がる。漫画もゲームも。自転車も。光るゲーミングパソコンも。

 高いカメラも。おっと、今一番必要なのは高画質カメラだ。

 二人の女神のお胸の成長記録を撮らねばなるまい。

 そして俺は巫女研究の第一人者として世の男共の尊敬と喝采と嫉妬を浴びるのだ。

 ――と妄想していると――。


「……かなり怪しいですねえ」

「……うむかなり怪しいのう」

「……」

「とにかく無駄遣いしないでね」


 副会長がそう言った。


「!」


 もしかして魔石を裏換金所で換金したことがバレている?

 いくら人の心が読める副会長でもそこまでは読めまい。

 しらばっくれろ。乗り切れ。知らぬ存ぜぬの九馬身差さで逃げ切れ。


「ななな、なにを?」


 バカバカ俺の馬鹿ボッチン。なに大事なところで噛んでんだよ。

 これじゃあ怪しさ百パーセントオーバーじゃねえか。

 疑ってくれと、問いただしてくれと言わんばかりじゃねえか。


「メンタル霊のことよ。トーリ君はただでさえ加護が多くて燃費が悪いんだから新人戦の前にメンタル霊を無駄遣いしないでね」


 副会長がジト目で俺を睨む。

 ――そっちか。

 くっそお。ヒヤヒヤボチボチさせんな。

 安心してください。メンタル霊はゴミ屋敷ダンジョンでたっぷり蓄えたから大丈夫っスよう。魔王アバロンから奪ったメンタル霊があるからな。


「ギャバロン?」


 ミルフィーが俺の心の声に反応した。


「ガバ? なんのことじゃ?」

「さあ?」


 生徒会長と副会長が首を傾げた。


「ギャからギャバロン」

「……ケーキの名前かな」


 そう誤魔化しながら俺はミルフィーの口を全力で抑え込んだ。


「ムギュウウ」


 アバロン姉様のことはまだ秘密だ。

 手がケーキ塗れになりながら俺は心の中でミルフィーに言い聞かせる。


「ギャテテ」


 ミルフィーが頷いた。


「何の話?」

「まあよい。メンタル霊がなければ戦えぬ。無駄遣いは控えよ。新人戦では絶対優勝だからな、分かっておるの?」


 生徒会長が俺を睨んだ。


「はあ」


 俺は自信なさげに答えた。


「ギョーリゲーキアーン」


 ミルフィーが落ち込んだ俺にケーキを押しつけようとする

 目はいけない。目は止めろ。


「ギャテテ、ギャチガエタ」

「目は止めろ」

「ギャイ」


 なんとか誤魔化せたぞ。

 無表情ポーカーボッチフェイスで貫け。

 俺が大金を持っていることを生徒会長にバレてみろ。

 高校生が持っていい額ではないとか言って絶対に没収される。

 この金はどこで盗んだ? 問い詰められ警察に通報され、俺のバラ色学園生活は一か月も持たずに終わりを告げるのだ。

 金ボチになったことは絶対に秘匿せねばなるまい。


「……」

「まあ良い。我らはこれから生徒会があるからトーリはダンジョンで鍛錬に励むように」


 その言葉に俺は胸をボチ下ろしながら、生徒会室を後にした。

 俺はダンジョンでスラッシュと戯れ、ミルフィーと模擬戦をして、ダンジョン部の活動を満喫した。

 そして帰り道――。


「ミルフィーちょっと寄り道していいか?」

「ギョコニ?」


 ちょっと補給しに河原に石を拾いに――。


「ギカナイ。ミルフィーギャキニキャエル」


 行かないの? 先に帰るの?


「ギョイ」


 え? 一人で帰れる?


「ギャブン」


 多分と言いながらミルフィーが敬礼する。

 真っ直ぐ帰るんだぞ。


「ギョイ」


 そう言いながらミルフィーが自信満々に歩き出した。

 ミルフィー、家はそっちじゃないぞ?


「ギャテテ、ギャチガエタ」


 ミルフィーが頭をポコポコしながら戻ってきた。

 方向音痴でこの街をよく知らないミルフィーが一人で家に帰れるわけがない。

 ミルフィー家まで一緒に帰ろう。


「ギャイ」




 俺はミルフィーを家まで送り届けると、地味な私服に着替えて近所のスーパーにやって来た。


 遂に夢が叶うのだ。

 俺はカロリーバーを箱ごとカートに放り込んだ。

 ああ、きもちいい。最高だぜえ。ハッハッハッ。

 続いてトマトジュースや水、コーラ、パンなどの食料品を大量に放り込む。


 ああ、きもちいい。最高だぜえ。クックックッ。

 値札を見ないで放り込むこのブルジョワでハイソサエティの行動。

 気分爽快。

 そしてレジ待ちしている間にリュックに手を突っ込んで、アイテムボックスの中から一万円を数枚取り出した。


「待てよ」


 もしもこの金が偽札だったら?

 チャラ男が横領した可能性は?

 偽札をつかまされた可能性は?

 俺の疑心暗鬼のスパイラルが止まらない。

 俺は逮捕されちゃう?

 これが偽札だったらレジの機械に入らないはずだ。

 俺はボチボチしながらレジのおばちゃんの動きを見守る。

 頼む、本物であってくれ。神様頼む。

 俺の余計な心配は杞憂に終わり無事に会計が終わった。

 偽札じゃなかった。本物だった。チャラ男よ、疑ってごめんよ。


 俺はホクホク顔で持ち帰り用の段ボール箱に食品を入れてスーパーを出ると、人通りが少ない所で中身をアイテムボックスに移した。

 こんなの持って家には帰れない。


 偽札じゃないと分かった俺はコンビニによって、おにぎりやサンドイッチ、弁当、お茶などを数人分買い込んだ。

 棚のものを全部買ったら目立ってしまうからボチ自粛した。

 今の俺はイジメられっ子に買い出しに行かされている設定だ。


 食料補給完了。

 クロミズのアイテムボックスの中身は時間が止まっているから食べ物も傷まないはずだ。

 例え傷んだとしても俺には加護があるから食中毒にもならないだろう。

 こうやって少しづつ補給物資を増やしていこう。

 備蓄はいくらあっても足りない。

 ミルフィーとう大食いチャンピオンがいるのだ。


 次に向かったのは本屋だ。

 俺は欲しかった漫画や小説を一気に大人買いした。

 いつでも読めると思うと読む気が起きないものだ。


 次に向かったのは大型スポーツ用品店。

 深夜に抜け出すにも、玄関から俺の靴がなくなっていればバレてしまう。

 新しい靴が必要だった。ついでにダンジョン用にと何足か買っておく。


 貧乏人が急に金持ちになったらどうなるか?

 無駄遣いするに決まってんだろう?

 だが、男子高校生が不自然な買い物をしたら怪しまれる。

 今日はここで打ち止めにしよう。


 そして深夜。ミルフィーが寝静まった頃を見計らって俺は窓から飛び降りた。

 ボットハンドで静かに着地すると、新しく買った靴に履き替え待ち合わせ場所に向かった。

 深夜で防犯カメラも少ないだろうと俺は常人並みの速度で走った。

 待ち合わせ場所の深夜の公園に到着する怪しい男がうろうろしていた。

 あやしい不良だ。

 いくら無敵の俺でも怖いのは怖い。

 帰ろうとしていると目があった。


「ひいいい」


 俺の喉から悲鳴がこぼれ出た。


「そんなに怖がらなくてもいいっスよう」


 チャラ男だった。


「遅くなった」

「キリヒメサマは?」

「ダンジョン前で現地集合っスよ。何かいろいろ準備があるみたいで」

「へえ」


 チャラ男はキリヒメサマからのメールの返事を俺に見せながら笑った。

 何だよ準備って、何か善からぬことを考えているに違いない。


「では行きますか。暴走ダンジョンがあるのは隣の県のトンネルっス」

「遠いな」

「飛ばせば十五分ス」


 チャラ男が車のカギらしきものを指で振り回した。

 どうせチャラ男のことだ。ボロイ車に違いない。

 遊び心のない社用車か、軽トラがお似合いだ。


「え? これ?」


 そこにあったのは高そうな高級スポーツカーだった。

 これ日本に売ってんの? 電気自動車だよな?


「ああ、そうっスよ」

「すげー車」

「ありがとうっスよ。カガッチでも余裕で買えるじゃないスか? 飛ばすんでしっかり身体を固定していてくださいよ」


 シートに座ると身体が沈む。

 身体全体を覆うようなバケットなシートだ。

 俺は念のためボットハンドで身体を固定した。

 チャラ男の運転だ。

 事故ったら確実に死ぬ。加護があるから死なないか?

 いやでも用心に越したことはない。


「では出発」


 いきなり身体がシートに押さえつけられる。


「ひええええ」


 俺の口から情けない悲鳴が出た。

 鋭いモーター音が音階を駆け上がるのと同時に物凄い速度で走り出した。


「ふえええええ」


 俺の口からさらに情けない声が出た。

 高速領域には慣れているとはいえ、人の運転の車は怖い。

 俺は恐る恐るチャラ男を見た。

 あらヤダイケメン。

 舐めてた。チャラ男というあだ名を付けて完全に舐めていた。

 高給スポーツカーを颯爽と運転するチャラ男が格好良く見え始めた。

 ダメダメ。こいつはチャラ男。格好良くなんてないんだからね。

 でも高い鼻筋、大きな目。あらやだクッソイケメン。

 チャラ男さん。素敵っス。こんな車の助手席に乗せられたらハートが高鳴っちゃうだろ。

 俺も将来こんな車を乗り回してブイブイ言わせるぞ?

 え? 誰に? 他人と密室で一緒にいられるはずがない。

 ボッチでコミュ障の俺に狭い車なんて無理。


 しばらく走ると窓の外の街灯が減り、森と星空が占める割合が増えてきた。


「着きましたっスよう」

「もう」


 そこは寂れたトンネルの前だった。

 トンネルの中はオレンジ色の照明に照らされていた。

 いかにも何かありそうだ。


「ここが暴走ダンジョンっスよ。入るにはこの認証札がいるんスよ」


 チャラ男が古くさい積み木のようなものを取り出した。


「へえ」

「そこで何をしている?」

「「え?」」


 俺とチャラ男が同時に振り向くとそこには見たこともない美女が立っていた。

 大きな黒い目、真っ黒な長い髪をポニーテールにし、ライダースーツのようなピチピチの革の繋ぎを着た長身の美しい女性が魅惑的な腰に手を当てて不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「カガッチ、知り合い?」

「いや、知らない」

「フッフッフッ。ちゅぱっ」


 アメリカンな飴を舐めながらその美人が不敵に笑う。

 ちゅぱっ? 飴? この偉そうな尊大な態度?


「まさか、キリヒメサマ?」

「え?」


 チャラ男が俺と美人を見て、視線を行ったり来たりさせる。


「そうじゃ。びっくりしたかや? びっくりしたかや?」


 美女が子供みたいな動きで飛び跳ねた。


「ええええ? キリヒメサマなんスか?」

「そうじゃ。そのままの姿ではまずいから変装してきたのじゃ」


 キリヒメサマがその場でくるりと回る。

 長いポニーテールがふわっと舞った。

 変装ってレベルじゃねーだろ。

 背が伸びて年食ってくるだろうが。


「そこはほら、ヤオロズの不思議能力ということで」


 キリヒメサマが手を振った。


「あと、余のことはキリイと呼ぶのじゃ」

「……キリイ?」

「そうじゃ。偽名じゃ」


 全然偽名になってねーだろうが。


「実は余は名の知れた存在でのう、変装が必要なのじゃ」


 確かにこの姿ではキリヒメサマとは誰も分からないだろう。


「じゃあキリイさん、パーティー登録しますから認証をお願いしやっス」

「分かったのじゃ」


 キリイが俺達のパーティーに加わった。

 まあ、俺より強い無敵のヤオロズがいれば暴走ダンジョンなんて楽勝だろう。


「ちなみに余の力は一般霊トレーサー以下じゃから安心せい。ちゅぱっ」

「え?」

「え?」


 なんて言った? 一般霊トレーサーレベル?

 それって弱いってこと?


「そうじゃ。ちゅぱっ」

「ええええ」

「二人とも、頑張って余を守るのじゃぞ。ちゅぱっ」


 役に立たねえお荷物じゃねえかよ。

 帰ってもらってもいいかな?


「帰らぬぞ。勝つまでは。というわけで攻略開始なのじゃあ」


 キリイが我先にと暴走ダンジョンに入って行った。


「ま、仕方ないっスよ」


 チャラ男がその後に続く。


「……」


 こうしてチャラ男とキリヒメサマと俺は暴走ダンジョンの攻略を開始した。



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