88 俺の使い魔は魔王
魔王の面倒を看ると言ったな? あれは嘘だ。
ただの一時の戯言、戦いの中で咄嗟に出たものだ。
だから無しの方向でお願いします。
俺は心の中できっぱりと拒否した。
「でも一生面倒を見るって言ったがね?」
魔王アバドンがフラフラと立ち上がり、埃を払いながら地面に座り込む俺を見降ろした。
巨乳で顔が見えねえ。
「……なんでここにいんだよ」
「酷い。我にあんな寂しく汚く臭いダンジョンに戻れと言うのがや? 酷いがや」
魔王アバロンが白く細い手で顔を覆った。
「面倒を見るって言いましたよね?」
魔王アバドンが標準語で同じことを言った。
標準語で言ってもダメなものはダメですからね。
「最低だがや」
「ギョーリギャイテー」
魔王アバドンとミルフィーが俺を蔑んだ目で睨んだ。
「ガガウ」
クロガウもいつもの蔑んだ目で俺を睨んだ。
「くっ」
お前ら俺の使い魔だろうが?
ご主人様を敬愛し、尊敬しろよ。
「大魔王様に二言はあるがね?」
「くっ。俺は大魔王じゃない」
「ではボッチに二言は?」
魔王アバドンが一歩踏み出してその美しい顔を俺に近づけて笑った。
ああ、姉ちゃんが怒った時に浮かべる笑顔そっくりで俺の背骨に冷たい電撃が走った。
「ボッチに二言はあるがね?」
「……ありません」
俺は小さな声で承諾してしまった。
上から目線で強く来られたら断れないじゃないか。
俺は姉ちゃんの圧政の下で何年奴隷を続けていると思ってんだ?
「よろしい。では我の面倒をよろしくだがや」
魔王の面倒を見るって具体的に何を見ればいいんだ?
お胸を見ればいいのか? 太ももか? うなじか?
鎖骨、衣食住か? 手首の尺骨茎状突起のことか?
――俺が魔王のどこを見ればいいか困っていると。
「大魔王様の思いしかと受け賜りました……この魔王アバドン、いえ聖魔王アバロン、大魔王様に忠誠を誓います。アバロンとお呼びください」
魔王アバドンこと聖魔王アバロンが汚い地面に綺麗な額を当てた。
なんで急に真面目モードになってんだよ? 戸惑うじゃねえか。
しかも俺が付けた名前――聖魔王アバロンを名乗っている。
ってことは本気だ。こいつは本気だ。マジだ。
ああ、冗談で生きてきた俺にマジの真面目モードは歯痒い。
何も選択することができない臆病な俺は今すぐここから立ち去りたい。
そうだ。逃げよう。見なかった、聞かなかったことにして逃げよう。
そもそもこのダンジョンを俺に教えた暗殺者の山口が悪いんだぞ?
俺は悪くない。
悪いのは社会。悪いのは大人。俺は無関係。
激しく動揺していると――。
「ギョーリ」
ミルフィーが避難がましく俺の名を呼んだ。
「ガガウ?」
クロガウが避難がましく俺を睨んだ。
「大魔王様?」
「……」
ええい、これ以上使い魔に、蔑んだ目で見られるのは回避したい。
俺は小さい男だ。気の小さな、ひ弱なダメ男だ。
俺の気の小ささでは幼稚園児に引けを取らないほどだぞ。
だが慌てるな。ここは無表情で、余裕のボッチちゃんで斬り抜け。
いつもの何考えているか分からないボチッとした顔でこの真面目シーンを乗り切れ。
「……」
「……大魔王様。何卒、我を配下に加えてくださいませ」
アバロンが大きな目をウルウルさせて俺を見上げた。
くはっ。俺の目線の先に谷間があった。
光が届かない深き漆黒の闇の谷間に俺は完全にクールボッチを失った。
しかも目をウルウルさせた美女に懇願されたことがある者、挙手。
はい。とボッチ君が手を上げた。
ボッチ君は喋るな――お前が横やりを入れるといつも話が前に進まない。
それはスイマボッチ――とボッチ君がふざけた。
沈黙の帳が降りた。
ええい、いつもなら耐えられる沈黙が十倍重力となって俺の肩に圧し掛かる。
「ああ、わ、わわわ、あのっそそその」
俺は言葉にならない言葉を吐いた。
「はい? なんと仰ったので? 先の戦いの後遺症? 我の自爆メンタル霊を吸収した弊害が? 大丈夫ですか?」
聖魔王アバロンが俺の顔を覗き込む。
近い。ニア過ぎるの。これ以上近付かれたら、俺の蚤の心臓が弾けちゃう。
「何でもない、ちょっと噛んだだけだ」
つか噛むのが俺にとってはデファクトスタンダード。
「どうしましょう。ああ、我がメンタル霊を吸収し戻しますゆえ大魔王様、少し我慢してくださいね」
聖魔王アバロンが俺に綺麗な顔を近づける。
これは伝説のチュー? キッス? 接吻? 人工呼吸?
マテ。待て、待ってえええ。
中身オッサンだろう?
無理無理。俺のファーストキッスは生徒会長か副会長級の美少女って決めてんだ。
普通の美の少女の紗古馬先輩でも可。
つか女子だったら誰でも可。
うん、相手にも選ぶ権利はあるよね?
誰も俺なんかとチュウなんてしたくないよね?
でも心の中の妄想ぐらい許してくれよ。
「え、あわわわわわ」
「大魔王様?」
魔王アバドンが綺麗な顔を近づけてくる。
だが魔王アバドンはその美少女級だ。
だが中身はオッサンだ。見た目は美女、中身はオッサン。
ジレンマの壁がギュッと俺を挟み込む。
ええい、何を細かいことをウジウジと、人は見た目が千パーセント。
見た目が良ければそれでいいではないかボッチよ。
ボッチ君が良いことを言った。
この機会を逃したら転生してもこんなラッキースケベイベントなんて訪れないボッチよ。
くっ。確かにボッチ君の言っていることはもっともだ。
アバロンの見た目はスーパー美少女、中身がオッサンなんて些細なことだ。
「ギョーリ?」
ミルフィーが俺を睨んだ。
「はっ」
使い魔の前でそんなラッキーウルトラエロイベントを鼻の下を伸ばして甘んじて受けるべきではない。
「ままままま、まて」
「こんなに噛んでしまって」
聖魔王アバロンが俺の頬を冷たい手で挟んだ。
噛むのは俺の日常茶飯事だ。
ええい、俺は心を鬼にして断腸の思いで聖魔王アバロンを引き離した。
「大魔王様?」
「だだだ大丈夫だ」
「ぜんぜん大丈夫に見えませんが?」
「ここ、これはいつものことだ」
「確かに大魔王様はいつも噛んでましたね」
聖魔王アバロンが可愛い顔で笑った。
くっそ、こいつこんなに可愛かったか?
まずい。生徒会長と副会長とリンダ先生がいるというのに俺の浮気者。
ん? 今聞き捨てならない言葉があったぞ。
大魔王も噛んでいた? ――だと?
まあ、大魔王様なんて俺には関係ない。
関係ない奴のことなんて考えても時間の無駄。
人生は短い。くよくよしたり後悔したりする時間はない。
時間は大切にしろ――と爺ちゃんが暇そうにレベル上げしながら言っていた。
「……」
俺は逃げるように背を向けた。
「どこへ行かれるのですか?」
聖魔王アバロンが俺の行く手を遮る。
「お待ちください大魔王様」
「……」
俺はいつものように無言で通り過ぎる。
心が痛い。おかしい。
俺は他人を無視するのに良心の呵責なんて一切感じないクールボッチだぞ。
ええい、そのまま無言で通り過ぎろ。無視しろ。
「連れてって」
アバロンが大きな目をウルウルさせて俺を見る。
こんなウルトラ美女を連れて帰ってみろ?
園が失神する。母親が警察に通報する。父親が沈黙する。
姉ちゃんにバレたら殺される。その子どうしたの? と質問される前に拳が落ちる。
従って聖魔王アバロンを絶対に家には連れて帰れない。
では学校のダンジョンに連れていくか?
いや、学校はダメだ。生徒会長と副会長に何て説明する。
え? この人は魔王だよ。俺の使い魔だ。
また俺何かやっちゃいましたか? って、すっとぼけるか?
だが副会長の鑑定眼には嘘を付けない。
それにそれに、井の中ズに目撃されたらが電話番号を教えろとかうるさいぞ。
それに紗古馬先輩やミケになんて説明する?
魔王を使い魔にしちゃったテヘッ――なんて言っても頭がおかしい奴と思われて、せっかく築いた良好な関係に亀裂が入る。
そもそもこんな爆弾美女は人の目に触れさせてはダメだ。
芸能人のスカウトや怪しいモデル事務所に拉致られて、口頭で破格の最安値で契約されて、一生扱き使われるのがオチだ。
百歩譲って俺の使い魔にしたとしよう。
魔王だぞ。魔王を従えるボッチ。
その噂を聞きつけた暴走ビースト勇者君が正義感を振りかざして討伐に来るに違いない。
あれ? そういえば聖剣アロンダイトちゃんは?
「既に我の一部となっております」
魔王アバドンが大きな胸元に手を置いた。
一部だって?
ふええ。どうしよう。あれ、勇者のもんだろ。ま、いっか。
「はっ。まさか大魔王様が聖剣アロンダイトを我に与えたということは既に勇者を討伐したということですか?」
「ええまあ」
勇者が勝手に殴りかかってきたから、ボチマ作戦で迎撃しただけだよ。
「では私は要らない子なのですか?」
魔王アバドンが涙目で自分自身を抱きしめた。
豊満なお胸が苦しそうに圧迫された。
こいつはオッサン。俺は呪文のように自分に言い聞かせる。
「私なんて必要ないのですね。大魔王様。うっうう」
聖魔王アバロンが崩れ泣き出した。
「……」
くっ。泣いても無駄なんだからね。
こいつはオッサンオッサン。
俺は心の中の動揺を抑え込んだ。
俺は冷酷非道のボッチ残虐王だぞ。
美少女が泣いたぐらいで心は揺るがないぞ。
「うっ。ううう」
こいつはオッサンオッサンオッサン
俺は呪文を唱えて動揺を抑える。
「うううう、大魔王様は、またあの時のように私を置いて行ってしまうのですか?」
「ギョーリ」
ミルフィーが心配そうな目で俺を見る。
ああ、この目は子猫を拾ってきた園の目と同じ。
ミルフィー。こいつは魔王なんだぞ。
なんとなく飼ってもいいスライムとは訳が違うんだ。
「ゲモギョーリ」
ミルフィーが、でも可哀そうだよ――とういう目で俺を見る。
そうかもしれないけど魔王なんて簡単に飼えるものじゃないよ。
「大魔王様。置いていかないで」
「……」
「ギョーリ」
「もう独りは嫌」
魔王アバドンが小さな声でそう言った。
「はっ」
その言葉に俺の心の中にしまい込んだ何かが叫んだ。
俺の寂しかった過去が、独りだった俺の過去編がトラウマとなって走り回った。
独りは辛いよな。俺は他人の気持ちは分からない。
だが俺の気持ちなら分かる。俺と同じ気持ちなら分かる。
俺は腹をくくった。
「まあ、そのなんだ……連れて行ってもいいが一つだけ条件がある。その美貌を人前に出すな。世界に混乱を招く」
俺は明後日の方を見ながら言った。息継ぎなしの長台詞で肺が痛い。
「え? いいのですか? 有難き幸せ。なんだ。この姿がいけないのですね。でもせっかく大魔王様の願望によって観測固定されたこの身体を捨てるのは勿体ないわ。そうねえ」
アバロンがパンと手を合わせた。
「こうすればいかがかしら?」
なんとアバロンが縮んだ。
いや、若返った。
「えええええええ」
「ギョエエエエエ」
俺とミルフィーが叫んだ。
「これなら問題ありませんよね? しかも御姉様と同じ歳に見えますしね」
聖魔王アバロンが可愛く笑った。
なんだ? この生き物は? 若返ったぞ?
魔物はメンタル霊の集合体。実際の肉体には制限されない。
魔王種となれば、姿形など自由自在ということか?
「あのー御姉様って?」
「それは勿論ミルフィー御姉様のことですわ。使い魔では私が後輩ですからね」
聖魔王アバロンがミルフィーに頭を下げた。
「ギョテテ。ギョネーギャマ」
ミルフィーが御姉様扱いされて照れた。
確かにアバロンはミルフィーの次に使い魔になったから妹弟子?
妹設定は分かる。だが魔王だぞ。中身オッサンだぞ。
だが性別があやふやなこの時代ではいいのか?
それになんとなくミルフィーとアバロンは雰囲気が似ている。
いや似すぎだろ。
人間離れした真っ白の肌とミルフィーと同じ真っ赤な瞳。
ミルフィーの妹設定はありっちゃありだ。
「……どうですかこの姿は?」
「……マジでヤバイ」
正直滅茶苦茶カワエエ。
胸がボチボチするほどの可愛さ。
この二人が並んだら確かに姉妹と言っても誰も疑問に思わないだろう。
だが魔王だぞ。しかも中身はオッサンだぞ。
許して良いのか? 俺。
「ミルフィーギョネーギャマ。ミルフィーギョネーギャマ」
でもミルフィーが嬉しそうだから許してもいいのか。
「ああ、分かった」
「ありがとうございます。この聖魔王アバロン一生大魔王様をお守りいたします」
「ギョーリギャリギャト」
ミルフィーが笑った。
「ギョーリ? それが大魔王様のお名前ですか?」
「……違うトーリだ」
俺はこの人生で何度自分の名の訂正をしたのだろうか?
「チガウトーリダ様?」
アバロンが俺のことをそう呼んだ。
ふざけんのか?
「トーリだ」
俺は乱暴気味に言う。
「トーリダ様?」
アバロンが赤い爪を顎に当てた。
「そうだ」
「トーリ様ですよね」
「知ってんのかよ」
「ウフフ」
アバロンが舌を出した。
俺はこの不毛な会話で息切れした。
「トーリ様とお呼びしますね」
聖魔王アバロンが涙を拭きながら笑った。
可愛い、こいつがオッサンでなければ名古屋弁でなければ最高なんだが?
ん?
「それよりアバロンよ。さっきから普通に喋っているが名古屋弁はどうした?」
「ああ。あれは演技です」
アバロンが頭をコツンと叩いた。
「え? 演技? でも中身オッサンだろ?」
俺は素っ頓狂な声で聞いてしまう。
「ああ、それも演技です」
「ええええええ」
「ギョエエエエ」
俺とミルフィーが叫んだ。
「先程の戦いでも何度も騙されましたよね? トーリ様。ウフフフ」
アバロンが屈託のない笑顔で笑った。
どういうことだ? 演技?
「え? じゃあオッサンじゃないの?」
「ええ」
魔王アバロンが笑った。
「なんだと?」
「ギャンダト」
俺は崩れ落ちた。
ミルフィーが大きな目でアバロンを見つめる。
アバロンがオッサンではなく、ほ、ほほほほ本物の美少女だとおお。
俺は心の中で激しく噛んだ。
するってーとなにかい? 俺はオッサン扱いしてその甘美な柔らかボリュームを、その美しさを味合うことも、感じることなく、捨てていたということか?
なんということだ。
俺は中身オッサンという言葉を信じてアバロンに尊大な態度をとってしまっていた。
なんたる未熟者。このバカバカバカボッチン。
目の前の美少女が本物かどうかを見抜けないなんて不覚を通り越して致命傷。
じゃあ、オッサンに抱きつかれたんじゃない?
「……マジか」
俺は美少女に抱きつかれたいたことを思い出し、耳が熱くなる。
くっそ。損した。チューしておけばよかった。
今世紀最大級のラッキースケベを逃してしまった。
後悔しかない。ダメだ。死のう。
俺なんてメンタル霊になって消え失せちゃえばいいんだ。
「アバギョン。ミルフィー」
ミルフィーが手を振った。
「我はアバロンです。ミルフィー御姉様」
俺が後悔で悶絶している間に自己紹介し合う二人。
「ギョテテ。ミルフィーギョネーギャマ」
ミルフィーがまた御姉様呼ばわりされ、照れている。
二人はクロミズの眷族同士。
仲良くなって当然だろう。
尊大な態度を取ってしまった俺とも仲良くして欲しいものだ。
「カガウ」
クロガウが俺のことを忘れていないかと、吠えた。
「クロギャウ」
「クロガウ? ああケルベロスね? 貴方もトーリ様の眷族になってたのよね……ということはクロギャウ様は私の兄弟子になるんですね」
アバドンが両手を合わせた。
「ガガウ」
クロガウがその通りと胸を張った。
お前、魔王相手に偉そうだな?
アバロンはケルベロスを知っている。
そりゃあ地獄の門番だから顔見知りだろう。
なんか癪に障るからクロガウ、もう帰っていいぞ。またな。
「ガガウ」
このヘタレが――という目で俺を睨みつけたクロガウが地獄門に帰っていった。
「……帰るか」
俺は肩を落としながらそう言ってトボッチトボッチと歩き出した。
「ギョイ」
「お腹すいたがね」
アバロンが名古屋弁でそう言った。
まさか本当は名古屋弁が本物で、標準語が偽物?
まあどっちでもいいや。
俺はカロリーバーをアイテムボックスから取り出し二人に与えた。
「これは? マナの塊?」
アバロンが両手の上のカロリーバーを見て言った。
「違う」
「トーリ様に戴いたものはマナと同然です」
アバロンが笑った。 クッソ可愛い。
「ギョーリ、ギュマイ」
ミルフィーが袋ごと口に入れた。
「ちゃんと袋から開けてから食え」
俺はミルフィーに与えたカロリーバーの包装を取ってやった。
「ギョテテ、ギャチガエタ」
「ミルフィー御姉様は慌てん坊ですねフフフ」
嬉しそうにカロリーバーを頬張るミルフィーとアバロン。
二人はまるで本当に姉妹のようだ。
カロリーバー一つでこんなに喜んでくれるなら、もっと買っておかないとな。
「はい。お願いしますね」
俺の心を読んだアバロンがそう返事を返した。
まさか、アバロンもミルフィーと同じように俺の心を読めるのか?
そういえば戦いの最中も心を読んでいたような気がする。
「それは眷属ですから思念会話が出来て当然ですわフフフ」
「ミルフィーとギッショ」
ミルフィーがアバロンの手を握った。
「御姉様ともできますわ」
「ギョテテ、ミルフィーギャワイイ」
「学校ですか? それは私も通いたいですね」
「え?」
俺の顎が落ちた。
アバロンがとんでもないことを言い出した。
いやいや、ダメだろ。魔王ですよね?
魔王が学校行ったらダメだよね?
でも魔物であるミルフィーがオッケーならば魔王もいいのか?
「ダメですか?」
アバロンが大きな赤い目で俺を見つめる。
くっ。そんな訴えかけるような目で見るな。
「ギョーリ」
ミルフィーも同じ目で俺を見る。
おいおい、二人してそんな目で見るな。
「……」
「オネギャーイ」
ミルフィー両手を握りしめ上目づかいで腰を振った。
くっ。ミルフィーのオネギャイ攻撃が炸裂した。
俺は千ダメージを受けた。
くっそ。何度くらってもオネギャイ攻撃には慣れない。逆らえない
「オネガーイ」
アバロンが両手を握りしめ上目づかいで腰を振った。
くっ。なんとアバロンもオネギャイ攻撃を放った。
追加ダメージ。
くはっ。俺は架空の吐血をした。
落ち着け、まだ慌てるような時間ではない。
考えろ。ボッチブレインのニューロンをボチっとスパークさせろ。
アバロンが学校に行かなくてすんで、家に来ない方法を探せ。
「かかかか、考えておく」
俺は同様を隠すように無言でそっぽを向いた。
「綺麗な人」
「写真撮ってもいいかな」
そりゃミルフィーは可愛いからな。写真はダメだ。
「何あれ? モデル姉妹?」
え? 姉妹? なんのこと?
待ちゆく人々がミルフィーとアバロンを見てざわつき始めた。
帰宅途中のサラリーマンや学生の人だかりが形成されつつあった。
俺の使い魔は二人とも可愛いだろう。
特別に拝む許可を与えよう。
じっくり堪能するが良い――ん?
おいおい、マテまて、待てええい。
「なんでアバロンの姿が人に見えるんだよ。話が違うだろ」
「テヘ」
アバロンが小さな舌を出した。
「私のメンタル霊が強すぎて人間界でも具現化してしまった……みたいな。フフフ」
アバロンが笑った。
「人前に出るなって言ったよな」
俺はアバロンの胸を凝視しながら言った。
「いやこれは事故です。任意ではありません」
「……言ったよな?」
俺はボッチアイでアバロンの胸元の引っ張られた布地を睨んだ。
「でも、でも」
アバロンが涙を浮かべた。
「ひでえ」
「サイテー」
「睨んでるぞ」
「あんな美人を泣かすとは?」
「男の風下にも置けねー奴だ」
周囲の人々が俺を非難し始めた。
くっそ、騙されるな。
このアバロンの涙は演技だ。こんなん嘘泣きだ。
「酷い。嘘泣きじゃないもん」
アバロンが顔を覆った指の隙間から俺を睨むがその目は笑っている。
こいつ、周囲を味方につける気か?
だが俺は他人の目は気にならない。
いつも怪訝な目で見られていた俺はノーダメージ。
もっと見るがいい。汚いモノを見る目で、ゴミを見るような目で俺のことを凝視するがよい。
「警察呼んだほうかよくない? 誘拐かも」
「虐待じゃね?」
「確かにあんな美少女を連れているのは怪しい」
「借金させたとか? 妹を誘拐しているとか? 何か裏があるに違いない」
「警察呼ぼう」
野次馬の一人がスマホを取り出した。
なっ。警察だけはだめだ。
あいつらボッチの言うことなんか絶対聞かないから。
イケメンリア充の言うことは聞いても見た目の怪しい挙動不審なボッチの俺の言うことは絶対聞かない。
くっそ。ここは一旦退却で、スタコラサッサと逃げるぞ。
「あ、逃げた」
「待てこの野郎」
待って言われて待つ痴漢と泥棒とボッチはいない。
「逃げたぞ」
「はえー」
「もしもし、警察ですか?」
俺の背後でそんなやり取りが聞こえてきた。
マジか。マジで警察呼んでるじゃねーか。
「逃がすな。追いかけろ」
「俺がバイクで追う」
バイク乗りがいるだとお?
俺が加護をまとって本気を出せばバイクに追いかけられても逃げ切れる自信はある。
だがそんなことをしたら化け物扱いされ、余計に目立って研究所送りにされてしまう。
「ミルフィー、アバロン。一旦ダンジョンまで逃げるぞ」
「ギョイ」
「御意」
――数十分後。 俺達は路地裏ダンジョンにいた。
「ガガウ」
クロガウがお帰りと吠えた。
「ただいまクロガウ」
「トーリ様。あの、このダンジョンはどうしたのですか?」
アバロンが歪んだ道路標識を見ながら眉をひそめた。
「怪しい二人組を倒したらくれた」
俺は簡潔かつ最少ワードでそう答えた。
「怪しい二人組とは?」
アバロンは引き下がらない。
何が聞きたいのだろうか?
「どんな見た目でしたか?」
「えっと、鼻をすすりながら話すイケメンスーツのベルフェゴールって奴とテヘペロってのが口癖のゴスロリ女だ」
「まさか六覇天の二人では」
アバロンが目を見開いた。
「ああ、覇天って言ってたような」
「トーリ様。彼らに勝ったのですか?」
アバロンが俺の肩を掴んで揺さぶった。
「うーん。たたた、倒したけど復活したから倒し損ねたかな?」
俺はバトルシーンを思い出しながら、アバロンとの近接接近に照れながら答えた。
「……そうですか」
アバロンの浮かない表情で顔を下に向けた。
「何か問題でも?」
「いえ、六覇天は地獄の最高戦力です」
「え? あれで?」
アバロンの方が千倍強かったぞ。
「弱かったのですか? 手を抜いていたのでしょう」
「ふむ」
そう言われれば遊ばれていたような気がする。
「……これは」
アバロンが腕を組みながら口を閉ざした。
もしかしてあの二人は地獄組の関係者だろうか?
ケルベロスことクロガウを助けに来たようだったし――ということはアバロンも知り合い?
「まあ、そんなようなものです」
アバロンが俺の心を読んで曖昧に答えた。
元彼かな。
「違います。ただちょっと気になるので、一旦魔界に帰りますね」
「えええ?」
「ギョエ?」
俺とミルフィーが叫んだ。
急すぎだろ?
何この展開。会っていきなりバイバイって予想不可能。
「ミルフィー御姉様、少しの間トーリ様をよろしくお願いしますね」
アバロンがミルフィーの手を取って頭を下げた。
「ギョ、ギョイ」
ミルフィーが最敬礼をした。
「え? マジで帰るの?」
俺は半分助かったと思いながらの心配したような顔でそう言った。
「はい。ご心配なさらずに直ぐに戻りますから。何かあればお呼びください」
そう言いながらアバドンがダンジョンの地面に潜っていく。
「ギャイギャーイ」
「トーリ様。ミルフィー御姉様。ごきげんよう」
「ギャイギャーイ」
アバロンが手を振りながら地面に消えた後もミルフィーは手を振り続けた。
「……」
何だか腑に落ちないがアバロンを家に連れて帰ることにならなくて良かった。
アバロンはミルフィーの妹で、外国からミルフィーを追っかけてきたという設定を考えていた。
いずれにせよ、俺があんな美少女を連れて帰ったら、不審を抱いた母親に警察呼ばれかねない。
家に連れて帰るのはまずはリンダ先生に相談してからにしよう。
「ミルフィー、帰って飯にしよう」
「ギャイ」
なんとか晩御飯の時間に間に合った俺とミルフィーが暴飲暴食をしていると――。
「お兄ちゃん日曜日は朝九時に出るからね」
妹の園が、唐揚げに箸をぶっ刺しながらそう言った。
今度の日曜日? はて? なんのことでしょうか?
お読みいただきありがとうございました。




