87 ゴミ屋敷ダンジョン最終決戦
「……大魔王様」
俺の腕の中で絶世の美女、聖魔王アバロンが泣きそうな声でそう呟いた。
俺の地獄耳ボッチイヤーはその周波数を聞き逃さない。
こいつ泣いている。さっきまでの威勢と自信はどうした?
このままでは魔王アバドンの辛い過去編が始まってしまう。
オッサンはIT化の波についていけず、窓際に追い込まれ、若い新入社員に顎で使われ、落ち込んだところを優しくしてくれた女子社員に惚れて飯に誘うも、セクハラと叫ばれ退社に追い込まれた過去編なんて見たくないぞ。
「……」
俺の妄想スパイラルは止まらない。
酔い潰れたたオッサンは車道に飛び出しトラックに轢かれ、今度生まれ変わったら美女になりたいと願ったに違いない。
「……」
ふと気が付くと魔王アバドンが俺を冷たい目で睨んでいた。
近い。近いの。美女に抱きしめられているという事実が俺に襲い掛かる。
「こここ、このまま自爆しても俺はダンジョンの外に追い出されるだけだぞ」
俺は魔王アバドンの柔らかいボリュームにドギマギしながらそう言った。
「我はもう疲れたがや。このままメンタル霊となって飛散するのだがね」
魔王アバドンは小さな声でそう言った。
「え? でもボスって復活するよね?」
「その気があれば……だがね」
「まさか? 本当に死ぬつもりなのか?」
「いや、ただでは死なぬ。大魔王を道連れだがね」
魔王アバドンが大きな濡れた瞳で俺を睨んだ。
くっそ、無理心中というシチュエーションでなければ恋に落ちる五秒前の雰囲気。
「マママ、待て待てマててぇテ」
俺は慌てて、激しく噛んだ。
ええい、失わせはしないその美貌と巨乳。
説得しろ。俺の巧みな話術で説得しろ。
ボッチ界のネゴシエーター交渉人とは俺のことだ。
「おおお、お前のキキキ気持ちチ、すすす、全て俺が受け止めよう」
俺は交渉を開始するも噛んで自ら出鼻を挫いた。
だが、今のは心に響くグッとくる言葉だったはずだ。
魔王アバドンの目がハートマークに輝き、俺に惚れたはずだ。
「ふん。キモイがね。その腹黒そうな顔で何を言っても無駄だがね」
だが俺はイケメンではないので事態は膠着状態に陥った。
「ままま、待て」
「ふん。もう終わりだがね」
「だ、だだだから終わりじゃねえ」
「ガミガミうるさい。死ぬだがやあああ」
魔王アバドンの自爆色のメンタル霊が煌めいた。
「くっ、させない」
俺はその溢れ出たメンタル霊を食った。
身体がくっそ痛えええええ。
だが爆発するよりはいい。食え。喰らえ。全部飲み込め。
「ふん。無駄だがや。我のメンタル霊容量を知っておろう」
知っている。俺は何度も吐きそうになるが、頑張って喰らい続けた。
だがしかし、限界だったクロミズサマとキンミズサマが流石に限界だと触手をヘロヘロと振ったような気がした。
神様だろうがもっと頑張れよ。
ん? 神様?
クロミズ、地獄門を出せえええ!
俺は心の中で叫んだ。
「これはミノタウロスの地獄門だがね?」
即座に地獄門が開き、黒い影が飛び出した。
俺の使い魔クロガウだ。
そう、クロガウもまたクロミズの眷族。
「クロガウ、お前も喰え」
「ガガウ?」
クロガウが不思議そうに首を傾げた。
おい、聞いてんのか? この状況を見りゃ分かるだろう。
ご主人様の大ピンチだってば。
「ガガウ?」
クロガウが魔王アバドンに抱きつかれた俺を見て、なんだ、お楽しみじゃねえかあ? と歯を見せて笑った気がした。
違うの。誤解なの。これはお楽しみじゃないの。
絶体絶命の大ピンチなの。こいつ自爆する気なのよ。
だがクロガウはニヤニヤしたままだ。
つかお前、俺の使い魔だろ? 笑ってないでさっさと助けろや。
このメンタル霊食えよ。
「ガガウ?」
クロガウがどうしようっかなって顔で俺を見た。
くっそムカつくその態度。どっちがご主人様か教えてやらないとな?
「カガウ」
クロガウが牙を剥き出しにして俺を睨んだ。
い、いやだなあ。クロガウさん。冗談ですよ。
クロガウさんの力で、こいつをちゃちゃっとやっつけてくださいよ。
それか食うの手伝ってくださいよう。
「ガガウ」
任せろとクロガウが言ったような気がしてた。
「ケルベロスか。下がっておれ」
「クウン」
クロガウが魔王の一声でお座りした。
あ、てめえ。 どっちの言うこと聞いてんだ?
それになんだその従順な態度は?
助けてやった恩を忘れたのか?
「カガウ」
クロガウが首を逸らした。
「クロギャウ」
ミルフィーがクロガウを慰めてた。
「ガガウ」
クロガウはミルフィーの元に再び駆け寄っていった。
使えねえ。全く使えねえ。呼び出して損した。
その時、地獄門の中から何かが現れた。
それは黒いゼリー状の物体――。
「ギョロミズサマ」
ミルフィーが頭を下げた。
違う。あれはクロミズサマじゃない、あれはさっきここで拾ったミニスライムだ。
危ないから出てきちゃダメ。帰りなさい。
ん? スライム?
おい、お前もスライムなら、助けてやった俺に恩を返せ。
今すぐ魔王アバドンのメンタル霊を食うの手伝え。
「……」
だがミニスライムは話が通じていないのか反応がない。
くっそ。無視かよ。俺の華麗な無視に匹敵する無視。
仕方がない。こうなったら奥の手だ。
俺はアイテムボックスからカロリーバーを幾つか取り出して投げた。
狙い通りミニスライムが落ちたカロリーバーに食い付いた。
よしっ。喰らいついたぞ。そうだ。来い。こっちのほうがおいしいぞ。
俺はカロリーバーを次々と投げた。こっちに来い。
「さっきから、何をこそこそやっているのだがね?」
魔王アバドンがバカにしたような目で俺とミニクロミズを交互に見る。
もう少しだ。もう少しでここまで来るんだ。
「もういいがね?」
魔王アバドンのメンタル霊がさらに膨張する。
クロミズとキンミズサマが大食い選手権の残り一分の時のような顔をしたような気がした。
間に合わない。限界だ。吐いちゃう?
吐く? そうか! 腹がいっぱいなら出せばいい。
クロミズ、キンミズサマ。これ以上喰えないならば、あのミニスライムにメンタル霊を流し込め。
その手があったか、とクロミズとキンミズサマが触手をポンと叩いた気がした。
二柱の神が喰らった膨大なメンタル霊が攻撃ビームのようにミニスライムに直撃した。
「え?」
「なんだがね?」
死んじゃう? いや? 膨れている。
成功だ。ミニスライムが膨張し始めた。
あれあれよという間に大きくなってミニスライム。
その姿は黒々して、かつてのクロミズのようであった。
もうミニスライムではない。ビッグスライムだ。
この作戦、いけるぞ。
クロミズとキンミズサマの収納容量に余裕ができたのが感じられた。
「お前の悲しみ、全て俺が喰ってやる」
俺は残りの魔王アバドンのメンタル霊を食らう。
魔王アバドンのメンタル霊は悲しい感情。
何一つ楽しいことのない絶望に染められたメンタル霊。
圧倒的な孤独感が、悲しみが俺の中に流入する。
恨み、辛み、憎しみ、呪い。全てのマイナスエネルギーが俺の心を覆いつくす。
だがボッチの俺はこんな悲しみなど、どうということはない。
リア充が俺の悪口を言ったレベルの軽傷。
そしてそれをビッグスライムに流し込む。
ビッグスライムが巨大化するのと比例するように周囲のメンタル霊が減っていく。
「なんじゃと? だがね?」
震える魔王アバドン。
震えるお胸。
ええい、集中しろ。油断すると、メンタル霊が持つ孤独に落ち潰されそうになる。
ええい、お前のボッチはそんなものか? もっとボッチれよ。
俺はボッチボッチと連呼して、バカバカしいくだらない感情に変換した。
これこそが俺の真の力。
ボッチボッチと連呼して、悲しさ、寂しさを、くだらない言葉に言い換える。
悲しみは、全てくだらないボッチ語に変換する。
笑いに変換されてノーダメージ。
「喰っただと、だがね?」
魔王アバドンが狼狽する。
「我の悲しみを受け、心が折れぬがや?」
こんなちんけなボッチナイフでは俺の大きく育った大木ボッチ樹には傷一つ付かない。
「おみゃーは馬鹿だがや。ふふっ」
魔王アバドンが悲しく笑った。
そうだ。それだ。今、笑ったな?
「ただの自虐だがや」
そう。ただの自虐だ。
だがその自虐を笑いに変えろ。
俺はボッツを楽しむボッチエンジョイ勢だ。
ボッチは群れない。他人を必要としない独立型エコシステムを持つ高度に進化したニュージェネレーションズなのだ。
弱き羊たちは群れで生きる。
強きボッチは一人で生きる。
これからはボッチの時代だ。
ボッチこそ至高にして究極。
「何を言っているのか意味が分からんがや馬鹿」
魔王アバドンが笑った。
そうだ。馬鹿だ。俺はボッチボッチと連呼する馬鹿野郎だ。
ただのボッチン野郎だ。
どうだ? ボッチでも楽しいだろう?
「くだらぬがや」
聖魔王アバロンが乾いた笑顔を浮かべた。
そうだ。くだらない。この世はくだらない。
どんなに真面目に生きても、どんなに頑張ってもリア充だろうがボッチだろうがいつか死ぬ。
まったくもって諸行無常のくだらない世界。
だったら我慢しない。
他人に合わせない。
他人に遠慮しない。
独りでボッチで生きて何が悪い?
リア充が上でボッチが下だと決めたのはリア充共の嫉妬でしかない。
さあ楽しもう。ボッチライフを。
「お前は強いがね」
魔王アバドンが言った。
強いんじゃない。ボッチなんだ。
「ボッチ?」
魔王アバドンが消え去りそうな声でそう言った。
ボッチは自分のことしか考えない。
他人のことなど知ったこっちゃない。
他人は石ころ。砂粒。
俺にとっては会話することすら無駄で無意味な足元の小石。
人は自分の為に食べ、息をしているのだ。
誰かの為に心臓を動かしているのではない。
だからボッチイズムを極めた俺は自分が大好きだ。
お前は自分が好きか?
「嫌いだがや」
魔王アバドンが諦めたような声でそう言った。
俺は好きだぞ。その名古屋弁も中身オッサンの所も、その見た目も巨乳も声も、白い細い手も好きだぞ。とくにその顔とか。
「それはおみゃーの願望だからだがね」
魔王アバドンが俺の心を読んだように言った。
だったらその命、俺にくれ。捧げろ。
今しかない。心をボチっと折れ。
「もう一度言う。聖魔王アバロンよ。俺の使い魔となれ」
決まった。魔王アバドンの心をボッチリ折ったはずだ。
「はあ?」
魔王アバドンが素っ頓狂な顔をした。
くっそ。まだ効いてない。
では相手の心が折れるまで言葉のパンチを打ち続けろ。
「俺がお前のカルマを全て背負おう。この大魔王の剣に誓って」
俺がそう宣言した途端、全絶滅剣と全殲滅剣が具現化した。
それを見たビッグスライムが慌てて地獄門に逃げ帰っていく。
二振りの俺のイマジナリーウェポンが周りのメンタル霊を貪り食った。
「なっ」
魔王アバドンが素っ頓狂な声を出した。
「え?」
俺も素っ頓狂な声を出した。
君らメンタル霊吸えるの?
全絶滅剣と全殲滅剣がそれが何かという顔をした。
それ早く言ってよう。だったらもっと早く大食い選手権に参加してよ。
俺の剣がメンタル霊を吸い尽し、俺と魔王アバロンを覆っていたメンタル霊が完全に消え失せた。
ゴミ屋敷ダンジョンのボス部屋が静寂に包まれた。
魔王アバドンが驚愕の表情で俺を見る。
なんか知らんが助かったぞ。この波に乗れ。
このご都合主義のビッグウェーブに乗れ。
「無駄だ。俺には勝てない」
決まった。俺の人生の中で一、二を争うカッコいいセリフが炸裂した。
これで魔王アバドンも胸キュンして目がハートになったに違いない。
「こうなったら最後の手段だがね」
「え?」
そして一振りの剣を取り出した。
まさか?
「そうだ。これは勇者の聖剣」
そうそれは勇者の聖剣、光り輝く聖剣アロンダイト。
強制眷族にする為に俺が魔王アバドン食わせた聖剣。
「死ぬだがや」
「ちょ待てよ」
待て、今の俺の良い話を聞いてた?
「問答無用」
魔王アバドンが聖剣アロンダイトちゃんを振りかぶった。
くっそ、イケメンじゃない腹黒い俺が何を言ってもダメか。
イケメンのセリフと俺のセリフでは重みが違う。
俺は姉ちゃんの言葉を思い出した。
俺の必死の説得は魔王アドバンの心を揺さぶることなく、その決意を変えることはできなかった。
だったら仕方がない。最後に物を言うのはこれか――。
俺は全殲滅剣と全絶滅剣を握って走り出した。
「良きかな良きかな。かかってくるがね」
魔王アバドンの姿が消えた。
俺は背後から襲い掛かる聖剣を全絶滅剣で払う。
「ぬ? 何故分かったがね?」
「……」
俺は答えの代わりに全殲滅剣で魔王アバドンを薙ぎ払う。
だがそこに魔王アバドンはいない。
速い。俺は体中にメンタル霊を纏い、瞬歩でスライドステップ。
魔王アバドンの聖剣が空を斬る。
俺の全殲滅剣も空を斬る。
続いてノーモーションで斬りかかる俺。
魔王アバドンが優雅で回避し、聖剣アロンダイトを突き刺してくる。
俺はサイドスライドして回避。
だが聖剣アロンダイトの剣先が俺を追尾する。
聖剣アロンダイトが俺の首に差し掛かろうとした瞬間、俺は全殲滅剣を振り上げる。
メンタル霊が火花を散らし、聖剣アロンダイトの刃が俺の首の皮一枚を斬りつけた。
「ギョーリ」
ミルフィーが心配そうに叫んだ。
慌てるな。まだまだ首の皮一枚持ってかれただけだ。
「やるだがや。だが戦闘中によそ見するとは、真剣さが足りないがね」
魔王アバドンがミルフィーを見て笑った。
まさかミルフィーを攻撃するつもりか?
なんて卑怯なんだ。そうはさせない。
「その手があったがね」
魔王アバドンが俺の心を読んだのかそう言った。
「させねえ」
俺は全殲滅剣で魔王アバドンに斬りかかる。
だが聖剣アロンダイトが俺の剣を受け止める。
「使い魔に耐えられるかな?」
魔王アドバンが左手をミルフィーに突き出し、アバ玉を放った。
「クロガウ、ミルフィーを連れて避難しろおおおお」
「ガガウ」「ギョイ」
クロガウ、ミルフィーが地獄門の中に消えた瞬間、メンタル霊が着弾し大爆発が起こった。
「てめええええ」
「おや? 独りやらボッチやら、偉そうな御託を並べておったが、心配してくれる仲間がいるがね? 心配する仲間がいるがね? それでボッチとは片腹痛いわ」
「くっ」
「お前のボッチはそんなもんだがや。この偽ボッチが」
「くっ」
確かに今の俺は真のボッチではない。
生徒会長や副会長、チャラ男や木曽三川警護団。
ミケ、ミルフィー。クロガウ。クロミズ。黒牛守、キンミズ、キリヒメサマにスラッシュ。
「偽ボッチが偉そうに御託を並べおってからに」
「……」
魔王アバドンの言葉に俺は喉を深く抉られた。
確かにそうだ。今の俺のどこがボッチなんだ。
俺はボッチ失格。俺の闘気が、闘志がみるみる萎む。
所詮俺なんかこんなものだ。
ボッチボッチと連呼していれるだけの間抜けだ。
俺なんて生きる資格ゼロだ。
死ねばいいのに。
俺の背中に激痛が走った。
「グハ」
俺の口からメンタル霊が溢れる。
俺の胸に聖剣アロンダイトの剣先が生えた。
「ガアアアアアアア」
聖剣アロンダイトの聖属性が闇属性の俺の体を焼き尽くす。
くっそ痛えええええ。
やりやがったな? 背後から刺したなあああああ。
「死ぬだがやリア充」
魔王アバドンが笑った。
「!」
てめえ、今なんてった?
俺の身体から激痛が消えた。
「俺のことをリア充と呼ぶなああああ」
俺の怒りが聖剣アロンダイトの聖属性を侵食し、喰らい尽した。
聖剣アロンダイトから光が消えた。
「なんだがやあああ」
魔王アバドンが俺の胸から剣を抜き叫んだ。
なんだろうな俺は?
確かにお前の言うことは正しい。
俺はいつの間にかボッチじゃなくなっていた。
仲間がいた。
今の俺はボッチじゃない。
しいて言うならば――。
「ボッチと仲間達だああああああ」
「そんな馬鹿な、あり得ないがね」
「……」
俺はふらつく体で全殲滅剣と全絶滅剣を握り、メンタル霊を纏った。
まだ倒れるな。こらえろ。俺はボッチ界を背負う希望の若手なんだぞ。
胸が痛い。吸い込んだメンタル霊が漏れ出る。
痛みで意識が飛びそうだ。
だが、痛みがなんだ。
俺ならば、これまでボッチ界を生き抜いて生きた俺ならばやれるはずだ。
そして、思い出せ。生徒会長の技を、副会長の技を、キリヒメサマの剣を。
最後まで、あがらえええええ。
「なんで倒れないがね? その気配はなんだがね?」
俺の周りにメンタル霊が溢れる。
出し惜しみはしない。奪ったメンタル霊を全て使え。
加護を纏え。今までよりも厚く、圧縮しろ。
「オニギレボッチモード」
「な、なんだその恥ずかしいモード名はあああ? だがね」
加速しろ。速度領域の壁を超えろ。
物理法則の向こう側に行け。
ここは物理半分、残り半分は気合でなんとかなる体育会系のゴリマッチョ理論がまかり通る精神世界。
とにかく早く。速く。はやく。
「いけええええ」
次の瞬間、目の前には俺の剣を受け、驚愕の表情を浮かべる魔王アバドンがいた。
「な?」
「……」
次の瞬間、魔王アバドンの背景が変わる。
「なんだがやああ」
ゴミ屋敷ダンジョンの壁が弾け飛んでいる。
塵がゆっくり飛び散った。
煙がゆっくり舞い上がる。
俺の短髪が遅れて揺れる。
俺の剣と魔王アバドンの聖剣の位置が、角度が変わっている。
俺達の背景が変化した。
違う。
俺達の動きが速すぎるだけだ。
瞬間移動したような速度に俺の感覚を追いつかない。
ただ、目の前の光景が瞬時に切り替わるだけだ。
俺の攻撃速度に俺自身反応することが出来ない。
だが信じろ。俺のボットモを。
みんな、このまま魔王を倒すぞ。
俺の中のボットモ達だ触手を振った。太い指でサムズアップした。
身体強化のクロミズとキンミズサマ。
剣技のキリヒメサマ。
そしてパワー系黒牛守の火事場の馬鹿力。
「いけえええ」
次の瞬間、背景が変わり、魔王アバドンの剣が跳ね上がっていた。
がら空きの豊満なボディ。
だが今の俺にはそんなもの見えない。
見えるのは灰色の世界――それは俺が斬ったダンジョンの壁の向こう側。
俺の目の前の壁がクロス状に分断され、灰色の世界が覗いていた。
「ゴフ、速すぎる。この我を斬っただが?」
俺の背後から魔王アバドンの声がした。
「だが、ただでは死なないがね。道連れだがや。数億度の地獄の業火で焼き尽くされよ……」
魔王アバドンの声とともに自爆色のメンタル霊が爆ぜた。
凄まじい熱が、光が俺を包む。
壁が、床が天井が溶ける。
俺の胸の穴から高熱が突き抜けた。
そして俺は蒸発した。
即ち死んだ。
気が付くとそこは道路だった。
ゴミ屋敷ダンジョンの前はすっかり暗くなっていた。
いや、何も見えないぐらいの真っ暗だった。
深夜だろうか? 家の明かりも街灯すらない。
まさか? ここはまだダンジョンの中?
いや、この生臭い匂いは嗅いだことがある。
それにベトベトしている。
これはクロミズのボット細胞的な涎?
「ギョーリ」
遠くでミルフィーの声がした。
「クロガウ、てめえ、いつまでも、かぶりついてんじゃねえねえよ」
俺はクロガウの口から顔を出すとクロガウを睨みつけた。
「ガガウ」
心配いらぬようだな――とクロガウが笑った。
心配しろよ。死んだんだぞ。
俺はダンジョン死特有の後遺症の頭痛を振り払った。
ちょっと待て、魔王を倒したよな。
いや、相打ちだったのか?
じゃあゴミ屋敷ダンジョンはどうなった?
ダンジョンコアは?
「ガガウ?」
これのことか? とクロガウがダンジョンコアを咥えながら吠えた。
そう、それそれ、何でお前がダンジョンコア持ってるんだよ。
黒牛守のダンジョンに逃げたんじゃいのか?
「モギョッタラギョーリギンダギョコギャッタ」
戻ったら俺が死んだとこだったって?
するってーと何かい? パーティーだったミルフィーがダンジョンをクリアしたことになって、ダンジョンコアをゲットしたってことか?
そもそも魔王アバドンが来る前にダンジョンボスはミルフィーが倒してたんだ。
「ガガウ」
なんでお前が咥えてんだ。
それはミルフィーのもんだろうが? しいては俺のもんだろうが。
「イギャナーイ」
「ガガウ」
いらないだと? では遠慮なくとでも言うようにクロガウが嬉しそうにダンジョンコアを飲み込んだ。
「あああ、てめえ吐き出せ」
「ガガウ」
またクロガウがダンジョンのボスになりやがった。
黒牛守のダンジョンに、路地裏ダンジョンにゴミ屋敷ダンジョン。
多すぎだろ。一個ぐらいよこせよ。
「ガガウ?」
何か問題でも? とクロガウが俺を睨んだ。
何でもありませんぜ。旦那。へっへっ。
とにかくゴミ屋敷ダンジョンは討伐完了ってことかい?
「ギョイ」
ミルフィーが笑った。
「ガガウ」
クロガウがゲップした。
こいつ何もしてねえくせに漁夫の利の棚から牡丹餅でダンジョンコアをスティールしやがって。
「あれ? ……ってことは魔王アバドンはどうなった?」
「ギョエ?」
ほえ? とミルフィーが首を傾げた。
確か倒したよな。
俺の無我夢中のボチギレ攻撃で魔王アバドンを斬ったはずだけど?
そのあと、なんか魔法くらって死んだけど。
「魔王アバドン。惜しい美女を亡くした」
「なんだがや?」
「この声は? 幻聴? ふっ」
「なんだがや?」
「え?」
俺は恐る恐る声がする方を見た。
するとそこには、なんと魔王アバドンが電柱を背に道路に座り、頭を押さえていた。
「えええええ?」
「腹減ったがや」
「えええええ?」
なんでここにいるの?
斬ったよね。
自分で斬られたって言ってたよね?
「なんで生きてんだ?」
「いや死んだがや」
いやいやメンタル霊の塵となって消えるって言ってたような?
おかしいだろ。いやおかしくないのか?
魔王って魔物だよね? いや待て魔物も現実で具現化できるんだ。
ミルフィーやクロガウにできて魔王に出来ないはずがない。
「腹減ったがや、何か食わせるがね」
「え?」
「おみゃーは我の面倒を見るって言ったがや」
「えええええ?」
俺の絶叫がゴミ屋敷ダンジョンの前に響いた。
お読みいただきありがとうございました。




