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08 囲まれたボッチ

 何故、人は一人では良い子なのに集団になると凶暴になるのだろうか?

 社会心理学では思考状態になり、無意識に暴力的になるという群集心理というやつだ。


 そうじゃない。俺に言わせれば、彼らは何かが足りないのだ。

 その何かとは愛情だったり、友人だったり、顕示欲、支配欲など、他人に求める欲求のことだ。

 なぜか? それが遺伝子の使命だからだ。

 寂しいから、他人を求め、寄り合い、村を作り、国を作る。

 そうすることで人は厳しい環境でも生き残れるのだ。

 個人ではあっさり絶滅するかもしれないが、集団なら生き残る確率がぐんと上がる。

 集団行動こそ人の生存本能そのものなのだ。


 だがそれでも俺は声を大にして言いたい。

 ボッチのほうが進化していると。

 ボッチはその本能に縛られないからだ。

 遺伝子の命令に従わないからだと。

 だが、こんなことを言うと皆、口を揃えてこう言うのだ。

 無理するな。本当は寂しいんだろうと。


 残念ながらその同情は見当違いのお門違いだ。

 俺達ボッチは君達と違って自立しているのだ。

 つまり誰にも精神的に依存していないのだ。


 誰かに話を合わせる必要もなければ、誰かの顔色を伺う必要もない。

 何のしがらみもなければ、義務もない。

 どこまでも自由なのだ。フリースタイルなのだ。

 俺は背中にボッチという名の自由な翼を持っており、いつでもどこにでも羽ばたいて行けるのだ。


 そんなボッチの俺が現実逃避気味にボッチ論を心の中で語っているには訳があった。

 今、俺は屈強なリア充底辺集団の上級生達に囲まれていたのだ。


 彼らは集団行動のお手本のように、一糸乱れぬ見事な連携でボッチ包囲網を築き、か弱いボッチ下級生の俺を取り囲んでいた。

 そして昔の不良漫画のような悪党顔を浮かべて、めちゃくちゃ睨んできていた。

 もうこの世から暴力漫画を絶版にすべきだろう。

 でもバトル漫画は別だ。許す。

 でも主人公側の仲間の戦闘とかカットしてくんないかな?

 俺、仲間の戦い別に興味ないし。どうせ主人公が倒す時間稼ぎと茶番なんだから。


 おっと、思考が脇道にそれたようだ。

 えっと、何が言いたかったんだっけ?


 そうそう暴力漫画で教わったことを実践する馬鹿が後を絶たないって話だ。

 フィクションって言葉が分かんない奴ら多すぎだろ。

 原作者や映画監督や漫画家は現実と漫画の区別がつかない人間がこの世には存在するって知ってる?

 知らないだろう?

 ここに大勢いるから。

 漫画を参考にしたのか、どっかで聞いたことのあるセリフのオンパレード。

 オリジナリティの欠片もリスペクトも個性もない。

 あるのは暴力漫画のパクリだけ。


「あに黙ってんだよ? ああん?」

「死にてえのか?」


 ふええ。でもあんまり怖くないよう。

 彼らの恫喝は俺にはあまり効果がないようだ。

 何故ならダンジョンで鍛えられたことプラス副会長の吐息の加護を得ているからだ。

 副会長の触れた髪が俺の心を強化し、その慈愛で包み込んでいるからだ。

 若干キモイことを言っているのは自覚していいるが正常な男子ならば正常な反応。

 女子の至近距離は元気百倍なんだぞ。


 それにこんな暴力漫画リスペクトの威嚇でビビるのはお前らぐらいなものだ。

 そもそも集団を恐れていたらボッチ行動なんてやってない。

 ボッチを舐めるな。と俺は心の中で怒鳴った。

 俺のボットモは黒いスライムなんだぞ?

 黒スライムさんやっておしまい。

 俺は心の中でボットモに偉そうに命じた。

 そしてボッチのみが出せる覇気――ボッチャハキをもわっと放出した。


「てめえ」


 先頭のイケメンが眉を顰めた。


「あんだその態度は?」

「やんのか?」

「黒岩さんに向かってそんな態度取ったらどうなるか分かってるだろうな?」


 とモブキャラの一人がボスの名前を補足説明してくれた。

 黒岩さんと呼ばれたのが俺を睨んでいる男だろう。

 正直気に入らない。

 何が気に入らないって?

 その見た目だ。

 そんじょそこらのイケメンではない。かなりのイケメンなのだ。

 男の俺から見ても惚れ惚れするほどのイケメンなのだ。

 この世は見た目が千パーセント。つまりこいつは勝者なのだ。

 もう性格がちょっとぐらい悪かろうが許されるだろう。

 世界はこいつを中心にして回っているに違いない。


 俺はそのあまりのイケメンぶりに言葉を失う。

 いや、このイケメンのことに俺のボッチブレインの演算を消費するのすら憎たらしい。

 キイィィィィ悔しい。


「ふっ」


 だが俺は精一杯強がった。

 俺は激やせした一万人に一人は微イケメン認定してくれるヒョロガリボッチだぞ。

 お前なんかに負けないやい。

 負けてる。完敗だ。パーフェクトゲームで試合終了だった。

 勝てるはずがない。

 いや勝っている点が一つだけある。

 俺はタフボッチなのだ。

 ダンジョンボスを単独撃破した俺は学生レベルを遥かに超越している。

 もし仮に俺にステータスプレートがあるならばそこにはレベル三ぐらいの表記があっただろう。

 このイケメンの戦闘力はきっとレベル二ぐらいだろう。

 ふん。カスだな。君達とは既に住む世界が違うのだよ。

 だがまあ、この渡り廊下という逃げ場のない閉鎖空間で俺を包囲したことは上から目線で少しだけ誉めてやろう。

 流石暴力漫画で身に着けた、おばあちゃんの知恵だ。


 だがしかし、イケメンに因縁をつけられる覚えは全く無い。

 不細工な俺がイケメンに因縁をつけるのは分かるが、イケメンが不細工な俺に因縁をつける意味が分からない。

 俺は誰かに恨みを買うようなことはしていない。

 ちょっとだけ無視をしたり、心の中で死ねと念じながら睨むだけだ。

 ここ最近の俺のボッチ行為で思い当たるのは姉ちゃんのプリンを暴食したことと、朝飯を食い散らした犯人に仕立て上げたことぐらいだ。


 はっ? まさか、こいつら姉ちゃんの放った刺客か?

 いいだろう姉よ。では戦争だ。


 姉ちゃんの買い置きプリンが無事だと思うなよ。

 一個五百円の高級プリンの中身を三個で百円のお値打ちプリンに入れ替えてやって、あれ? なんかこのプリン安い味がする――とか。

 牛乳プリンに牛乳を足して、あれ? なんかこの牛乳プリン薄くない? とか。

 クリームプリンのクリームを少しだけ食べて、あれ? このクリーム少なくなってるとか、疑心暗鬼させてやるからな。

 俺が現実逃避気味に妄想スキルを発動させていると、上級生の一人が苛立ちながら大きな声を上げた。


「おい。カガサカトオルかと聞いている」

「……」


 二回も人の名前を間違える失礼な奴は無視だ、無視だ。

 いちいち間違いを訂正するために口を開ける筋肉のエネルギーすら勿体ない。

 人にものを尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀だろう。


 そういえば生徒会長も副会長も名乗らなかったな。

 この学校の生徒達は礼儀がなってないぞ。

 俺は自慢のエッジの効いたボッチアイで睨み返した。


「なんだその目は?」


 効いてる。激しく効いている。

 それもそのはず俺のボッチアイの見た目は、すらりとした切れ長の凶悪な犯罪者的な目なのだ。

 近所の犬には吠えられ、子供には泣かれちゃうぐらいの怖さなのだ。

 切れ長過ぎて、寝るなとか? 眩しいのか? ちゃんと見えているのか? コンタクト入らないでしょ? とか馬鹿にされるが、そんなに心配しなくても、しっかり見えているし、自転車に乗っていても虫も入ってこないし、格好いいから放っておいてくれないか?

 さらにダンジョンでの死闘でダークサイドに落ちた俺の目は益々悪化しるはずだ。


「……」


 上級生筆頭が苦虫を噛みしめたように歯を食いしばっている。

 ほほう。ひょっとしたらお前ら、俺のボッチアイに怖気づいたのかな?

 ボッチの俺じゃあるまいし、黙っていないで口に出さないと伝わりませんよ。


「ふざけるな、なんか言えや」


 他の上級生が叫んだ。


「……」


 すんません俺こう見えてもボッチなんで。


「あああ? ビビッて声も出ねーかあああああぁ」


 俺のボッチスキルには副次効果がある。それは人を無駄に怒らせるという効果だ。

 上級生達が顔を真っ赤にして激怒した。


「キサマーあああぁ」

「調子に乗るなぁぁ」

「黒岩さんになんて態度だ」


 声を低くし、脅すために凄みをきかせたドス声は少し怒りで震えている。

 まさか本気で怒っているのか?

 自分達がやっている威嚇行動を棚に上げて、自分が無視されたらあっさり激怒するとは、なんて打たれ弱いんだ。

 そんなんじゃ海外勢にフィジカル負けするぞ。

 それとも自分達は集団だから安全で一切反撃されないとでも思っているのか?

 やれやれだぜ。一度は言ってみたい名台詞を心の中で呟く。

 いやボッチの俺だからボレボレだぜか?


「おい」


「キサマァァいい度胸じゃねーかやんのか? ああん?」

「もうやっちまおうぜ」

「ボコボコにしてやろうぜ」

「こいつ泣き叫ぶかな?」

「へへへ。土下座しても許さねーぞ」

「びびってるぞ」

「黒岩さんに今すぐ土下座で謝れ」

「この前ボコボコにした奴は登校拒否で人生終了だぜ」


 あの、なんでそんな予告セリフを吐くの? さっさと殴ればいいのに。

 脅し文句を並べる前に、集団で一気にボコボコにすべきだったんだ。

 その油断が命取りだってことをダンジョンで学んで来いよ。

 あっ、でもこいつらダンジョンに放り込んだら同じ通路をグルグル回って、ふえぇと泣いちゃうだろう。

 つか、あのダンジョン部の部室に行けば、誰でもダンジョンに行けるのだろうか?

 俺の思考は幹線道路から外れて田んぼの中のあぜ道にそれた。


「オイコラアア。ブラアアアアアア」


 上級生が目を細めて叫んだ。

 ア行が多いな。

 こいつらのことをすっかり忘れていた。

 俺は妄想し出すと周囲が見えなくなる長所があったんだった。

 おかげで人の話を聞かない最低の奴だと誤認識されがちだが、俺は心の優しい良い子なんですよ。

 ダンジョンで飢えたスライムに餌をあげちゃうような心優しい子なんです。


「おい、テメー黒岩さんを無視してんじゃねーぞ」

「おい」


 もちろん俺は無視した。

 こいつらに答える義理も無ければ権利もない。

 そもそもボッチは質問に答えない。

 そしてお前達はボッチの俺を怒らせた。

 ボッチを怒らせたらどうなるか思い知らせてやろうではないか?

 さあボッチの反撃の時間です。

 強くなったボッチの俺の力をとくとご覧あれ。


 ボッチショータイム。俺はスマホを無言で掲げた。

お読みいただきありがとうございました。

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