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82 ゴミ屋敷ダンジョン攻略開始

「ボットギャン」


 ミルフィーが右手を前に突きだし、スカートからスラリと伸びた白く美しい長い足がゴミ屋敷ダンジョンの汚い圧縮されたゴミの床を押さえつける。


「なんだと?」


 思わず俺の寡黙なボッチマウスから珍しく驚きの声が出た。

 その瞬間、ミルフィーの細く白い掌から何かが発射された。

 それは音速を超え、衝撃波が俺のカリスマ美容師によって切り揃えられた短い前髪を揺らし、圧倒的な速度で飛翔した質量弾がゴブリンの眉間を貫通し、背後のゴブリンを吹っ飛ばし、壁に汚い染みを作った。


「ボットガンだと?」


 そう、今のは間違いなくボットガンだった。

 なんとミルフィーが俺の十八番のボットガンを放った。

 ボットガンは高圧縮した物体を高速で発射するアニメでよくある技だ。

 だがこれを実現するのは難しい。

 なぜならば高圧を作り出すスライムの細胞と、弾丸となる物体を保管しておく場所――アイテムボックスを必須とするからだ。

 つまりスライム種であるクロミズの加護かキンミズサマの加護持ちでなければ使えないギフテッドスキルだからだ。

 ミルフィーはクロミズのコア核を食べてゴブリンから美少女に進化したクロミズの眷族魔物だからギフテッドスキルを使えてもおかしくはない。

 だからといって俺が教えてない技を使えるってどうなってんだよ。

 俺がボットガンを生み出すにどれだけかかったと思ってるんだよ。

 そして驚いたのはそれだけではない。


「え?」


 ミルフィーの綺麗な銀髪が沸き上がるメンタル霊でユラユラと揺れ始めた。

 メンタル霊を放出して何をしようとしているのだ?

 沸き上がったメンタル霊が性質を変えていく。

 無色透明だったメンタル霊に属性が付き始めた。

 その属性は炎。

 そう炎の魔法に変換され始めたのだ。

 魔法、それはメンタル霊の別の側面。

 だが魔法効果を得るためには膨大なイメージ力を要する。

 霊トレーサーだからといって誰でも簡単に魔法を使えるわけじゃない。

 しかもミルフィーが具現化させた魔法は目を焦がすような紫色。

 非現実な紫色の炎だった。

 この色は普通の火魔法じゃない。


「ノスフェラトゥギュレイム」


 ノスフェラトゥフレイムだとおおおおお?

 紫色の閃光がミルフィーの八重歯を紫色に染める。

 そのノスフェラトゥフレイムらしき紫色の炎はゆっくり、威風堂々と王者のように突き進み、歩き出し、ダンジョンの壁を、床を天井を、ゴブリンの群れを焼き払った。

 その進路上の障害物を一瞬で飲み込み、ゴミ屋敷のダンジョンに落ちていたゴミが一瞬のうちに焼却処理された。

 ノスフェラトゥフレイムが通った後には何も残らない。

 それは対象物を喰らいながら進む暴食の魔法。

 ノスフェラトゥフレイムはメンタル霊で構成されたものその全てを喰らい尽す。

 俺が茫然としているとゴミ屋敷ダンジョンに転がるゴミやゴブリンを燃料にさらに燃え上がるノスフェラトゥフレイム。

 通路にいた何十匹というゴブリンは叫び声をあげる前に消失した。

 その小さな存在の証として小石のような魔石が床を鳴らした。

 ノスフェラトゥフレイムがダンジョンの通路の奥に消え去った後、ゴブリン共のメンタル霊が煙のように溢れ、ミルフィーの身体に経験値となって吸い込まれ光を放った。


「ばかな」


 なんとミルフィーは俺が暗黒時代に考案した最高必殺魔法であるノスフェラトゥフレイムまで使用したのだ。

 まさに規格外。イレギュラー、アノマリー。期待の大型新人。

 これが元ゴブリンとは――鎖に繋がれ死にそうだった小さなゴブリンとは思えない。

 つかずるいよ。俺がたいした苦労もしてないが、ちょっとだけ苦労して編み出した技を使えるなんてずっこい。

 なんでミルフィーは最初から俺の技が使えるんだよ。


「ギョーリのカイカギョ」


 俺の下位加護だと?

 待て待て、するってーとなにかい? 俺の技は全部使えるってことかい?

 俺は爺ちゃんの江戸っ子口調を真似て心の中で尋ねた。


「ギャイ、ギャワイゲド」


 そう、弱いけど――と言いながらミルフィーが笑顔でサムズアップした。

 よ、よよよ、弱くはねーだろ。

 俺の技の威力と全く遜色ねーよ。

 むしろ俺より強いだろ。なんてことだ。

 俺はとんでもない怪物をこの世に放ってしまったのかもしれない。

 このままでは俺不要論が沸き上がってしまう。

 空気のような寡黙な俺の存在が益々空気になっちゃうだろこれ。

 なんでも使えるってあれも、これも使えるのか?

 はっ。待てよ。じゃあ俺が破廉恥な技を生み出せばミルフィーも使えるってこと?


「ムッツリスケベ」


 ミルフィーが顔をぷいとそむけた。

 なんでいつもはゴブ語訛りなのにスケベだけちゃんと発音しているんだよ。

 誰だよそんな言葉教えたのは?


「ギョノ」


 園? 妹の園がそんな卑猥な言葉を教えたのか? それよりも園が俺のことをムッツリスケベだと思ってたってことか?

 待て待て、ウェイウェイ、ストップイット。

 俺は真面目で純情なボッチの兄を演じていたつもりだったんだぞ。

 これまでスケベの片鱗さえ見せていないはずだ。


「はっ」


 もしかして先日の女神降臨の日の事件のせいか?

 女神が腰を下ろした神聖なソファで顔を埋めてジタバタしたからだろうか?

 それともリンダ先生と生徒会長と副会長が吐いた二酸化炭素を全部吸い込んだ件か?

 ミルフィーがオネギャイ攻撃している間にこっそり生徒会長と副会長の太ももと胸をチラ見していた件だろうか?

 だがミルフィーのお風呂は覗いていないぞ。

 俺のどこにムッツリスケベ的な要素があるんだよ。

 一グラムどころか素粒子の一つもないだろ。

 どこからどう見ても不器用でピュアボッチだろう?

 そりゃちょっと眼つきは悪いかもしれないけど。


「……」


 俺は無言でミルフィーを見た。

 ムッツリスケベではないよ? という優しい目で。

 だがミルフィーの姿はそこにはいない。

 通路の遥か先にいた。


「ギョーリ、ギテテ」


 見ててって言ったのか?

 見ててって何を? そのミルフィーの太もも?

 俺は家族をエロい目では見ないんだぞ?

 俺は頭を振って邪念を追い払った。


「ミルフィーギャイ」


 ミルフィーが目から何かを発射した。

 水平に放たれた真っ赤なラインが迫りくるゴブリンを優しく撫でた。

 するとゴブリンが音も立てずに二つに上下に両断され床にずり落ち、メンタル霊の煙と魔石を残して消えた。


「え? 何今の?」

「ミルフィーギャイ」


 ボットアイ?

 俺のボットアイはビームなんて出ないぞ?

 そりゃあ死ね死ね怨念ビームは出ているかもしれないが、現実では無害だぞ。

 まさかボットガンを目から放ったのか?


「ギョヘヘ」


 ミルフィーが嬉しそうに頷いた。

 確かにボットガンは身体のどこからも発射可能だ。

 だからといって目からビーム発射するなんてアメコミヒーローじゃないんだから。

 それにボットガンは高圧で弾丸を撃ち出す仕組みだ。

 エネルギービームが出る仕組みではないぞ。

 ミルフィーのあの大きな目だから可能な技なのだろうか?

 俺が薄目の細目の糸目からは平麺のようなビームしか出ないだろう。

 もしくは詰まって暴発する可能性もある。


 まさか? あれは漫画でよくある水圧そのものを放つ水鉄砲?

 ミルフィーが体内の液体を発射した?

 それは勿体ない。

 ちがう、そんな人間離れした技なんて使用したらダメ。

 人気投票とか落ちちゃうでしょ?

 少しは自重とか遠慮とかしないとダメなんだからね。


「ギャテテ」


 ミルフィー危ない後ろ。

 その時、照れるミルフィーに向かってゴブリンアーチャーが弓を引いた。

 粗末な矢がミルフィーの綺麗な銀髪に――当たらない。

 なんとミルフィーは背中からボットハンドを伸ばし、飛来する矢を掴み取って投げ返した。

 飛んできた速度よりも何倍も速い速度でゴブリンアーチャーの胸に突き抜け、ゴブリンアーチャーはメンタル霊となって消えた。

 ミルフィー今、後ろを見てなかったよな。


 まさか? ボットレーダー?

 ボットレーダーとはボット細胞を糸のように伸ばしてレーダーのように使用する俺がつい最近生み出した技だ。

 だがそれはスライムのボット細胞を持つ者にしか使えない技。

 ミルフィーはボット細胞を持っている。

 ボッチレーダーまで使えるなんてもう驚きを通り越して笑える。


「ギャギャウ。ミルフィーレーダー」


 ミルフィーが細い腰に手を威張った。

 ミルフィーって名前変えただけじゃねーか。

 しかしボットレーダーまで実装しているとは俺は誇らしいやら悔しいやらアンビバレントな複雑な相反する感情を覚えた。

 だがミルフィーが強くて可愛いに越したことはない。

 なぜなら俺の出番がないからだ。

 ボッチの俺は隅っこで陰になってればいいんだ。

 ミルフィーマジツヨカワ。


「ギョヘヘ」

「行こうか」

「ギャイ」




 俺達はゴミ屋敷ダンジョンのゴミで埋もれた通路を颯爽と駆け抜けていった。

 クロミズの眷属たる俺達を止める者はいない。

 圧倒的なスピードで迫りくる敵を薙ぎ払い突き進む。

 心なしか俺のメンタル霊消費量が少ない気がする。

 朝練の修行の成果か、メンタル霊の使い方が身についてきていたのだろうか?

 今の俺はメンタル霊をあまり消費しない省エネボッチだった。


 それよりも何よりもミルフィーがいるのだ。

 先程から攻撃しているのはミルフィーだ。

 ミルフィーがツヨカワ過ぎて俺の出る幕が全くないのだ。

 ボッチの俺がしゃしゃり出る幕なし。

 あったわ、俺の仕事は落ちている魔石を拾うこと。

 クロミズのボット細胞で床を撫でるだけの簡単なお仕事だ。

 ミルフィーは魔石に興味がないのか、それに見向きもせず次の獲物に飛び掛かる。

 ゴブリン砦で幽閉されていたミルフィーはゴブリンに恨みを抱いているのか、その鬱憤を、恨みを晴らすようにミルフィーは走る。殺す、叩きつぶす。蹴り上げる。

 もう俺より強いに違いない。

 ゴブリンを真っ二つに両断し、その隣のゴブリンを蹴り飛ばす。

 ゴブリンが壁に激突してバウンドする前にミルフィーは次のゴブリンを足払い。

 膝下から粉々になって倒れ込むゴブリンと揉みくちゃになって死んだ。

 遠方のゴブリンアーチャーにボットガンを放ち、完全に消し去る。


 ミルフィーの戦闘範囲に近距離、遠距離関係ない。

 攻撃範囲とか、間合いとかいった言葉ない。

 狙われたらおしまい。

 まるで戦いの鬼、鬼女。

 流石は希少種――鬼女最終進化系ハシヒメ種。

 その戦闘能力は伊達じゃない。

 ミルフィーが敵だったら勝てる気がしない。

 怒らせないように気を付けよう。

 甘やかしてチヤホヤしよう。

 言うこと全部聞こう。


「ミルフィーレーダー」


 ミルフィーがクロミズの触手を細かく細く伸ばし、ダンジョンに放って走り出す。

 ミルフィーレーダーにより、ダンジョンの構造を把握しているのだろう。

 だがミルフィー、そっちは行き止まりだけど?


「ギャテテ、ギャチガエタ」


 ミルフィーが頭をポコポコしながら戻ってきた。

 全方位レーダーを備えているのに方向音痴は直らないのかよ。

 それにしても圧倒的じゃないか? 我が軍は。

 ミルフィー。君との出会いに感謝。

 俺は口に出すと恥ずかしいキザな台詞を心の中で吐いた。


「ギャイ」


 ミルフィーがゴブリンを両断しながら笑った。

 おいおい、元ゴブリンがゴブリンを笑いながら両断すんなよ。ちょっとだけ怖いから。


「ギャイ」


 ミルフィーが迫りくるゴブリンの群れの頭上を飛ぶ。

 そして指先から炎の魔法を放った。

 ボッチファイヤーだ。

 超高温がゴブリンを消し炭にしていく。

 死んだゴブリンから溢れたメンタル霊がミルフィーを覆う。

 それはまるで光を纏った天使だった。

 死の光を纏った殺戮の天使。

 その光は途切れることはない。

 途切れる前に次の獲物を仕留めているからだ。

 なんということでしょうか? リア充が、失礼、ゴブリンが紙のように燃え、切り刻まれていきます。

 まさに圧倒的です。銀色の暴風、シルバーストーム――ミルフィー。

 もう俺はバトル漫画の解説役のモブキャラか解説者になっていた。

 これが異世界だったら銀色の風という通り名を冠したはずだ。


 ゴミ屋敷ダンジョンに静寂が訪れた。

 目につくゴブリンは殲滅してしまったようだ。


「ミルフィーユ」


 ミルフィーが突然、洋菓子の名を叫んだ。

 小さなミルフィーの分身体が現れ、可愛いミニミルフィーが通路の先に我先へと進んでいく。

 あれはメンタル霊による疑似分身――ボッチーズだ。

 分身を放ってダンジョンを調査しているのだ。

 もう開いたボッチマウスが塞がらない。

 ボッチーズまで再現するとは。


 何人かのミニミルフィーが道を間違えて頭をポコポコしながら戻ってくるのがミルフィーっぽくて可愛い。


「ギョーリ、ギョロミズサマ」


 クロミズサマ? 何を言ってんだ? ここはゴミ屋敷ダンジョンだぞ。

 クロミズがいるはずがない。

 クロミズは俺の中とテンドー君の中にいるのだ。

 こんなバッチイダンジョンにいるわけないだろう。


「ギョッチ」


 ミルフィーがダンジョンの奥に走って行った。

 俺は慌ててその後を追いかける。

 床に落ちている魔石はミルフィーが倒した魔物のものだ。


「なっ」


 俺は細いボッチアイを数ミクロン見開いた。

 そう、ミルフィーの言う通り、クロミズサマがいたのだ。

 なんとゴミ屋敷ダンジョンの通路の向こうから黒いスライムが現れたのだ。

 それは紛れもないスライム種。

 本当にクロミズサマだった。


 えっと、これは一体何?


お読みいただきありがとうございました。

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