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81 暗殺者山口アゲイン

「タハハッハー」


 この変な笑い声の男は運転試験場ダンジョンで俺の命を狙った暗殺者の山口だ。

 まだ何も知らないうぶで純粋なボッチの俺の胸に矢を突き刺し殺した極悪人だ。

 ダンジョンで殺されても現実では死なない。ただダンジョンから強制排出されるだけだ。

 だが殺される感覚と痛みは多分本当の死と変わらない。

 その屈辱と悔しさと痛さを絶対に忘れない。

 俺は小学校の頃のランドセルを運ばされた事件を今でも根に持つ恨み深い陰険な男なのだ。


 だからお前に殺されたことは一生忘れないからな。

 一生ネチネチと語り継いでやるからな――ああ、そんなプライベートを語る奴なんていなかった。

 だがその暗殺者山口の背はあの時よりも、か弱く、とても小さく見えた。

 俺を殺した時のような覇気もない、威厳も根拠のない自信もない、生気のない今時の大学生にしか見えなかった。

 あそこで夕日をぼんやり眺める男が暗殺者だと言っても誰が信じよう。


「ああ、君はもしかしてあの時の新人かい?」


 暗殺者山口が俺に気付くと、消え去りそうな小さな声でそう言った。


「……どうも」


 俺はボッチにあるまじき行為――挨拶を返してしまった。

 普段の寡黙のボッチならば軽く無慈悲に無視しただろう。

 だがそうできない理由があった。

 何故ならば、ほんの数ミクロンだけ後ろめたさがあったからだ。


「はあ。君は元気そうだな。実は俺はよお。あの時からあんまり調子が出なくてさ、イマジナリーウェポンが出なくてもう戦えないんだ。いっそのこと霊トレーサーを辞めようかと」

「……」


 やっぱそれが原因か。

 暗殺者山口に殺された俺は仕返しに奴を殺した。

 ダンジョンから排出され現実で目覚めた俺は彼のイマジナリーウェポンをこっそり奪った。

 他人のイマジナリーウェポンを奪えることにまず驚いたが、そこはほら、神様であるクロミズのやることだ。あまり深く考えても仕方がない。神様に不可能はないのだ。


「イマジナリーウェポンを失った俺なんか無価値。生きている価値なんてゼロ。このまま一般人に戻っても、今更就職なんてできないし、完全に詰んだ。タハハッハー死のう」

「……」


 暗殺者山口は肩を落とした。

 空気重いよ。俺が会話を断ち切った時のように重すぎるよ。

 イマジナリーウェポンを奪われたぐらいで死ぬってどんだけひ弱なんだよ。

 もっと強くなれよ。俺なんかイジメられっ子なんだぞ?

 無視され続けた可哀そうな人生だったんだぞ。

 それでもボッチボッチと連呼しながら息をして心臓を動かして生きてんだぞ?

 イマジナリーウェポンの一つや二つを失ったぐらいで大袈裟だ。


「なんで出ないんだろうな? ダンジョンで死んでもイマジナリーウェポンは復活するはずなんだけどな。タハハッハー死のう」


 罪悪感の針がチクリと俺のボッチハートを一ナノぐらい刺した。


「……」

「タハハッハー」


 何て答える。

 俺があんたのイマジナリーウェポンを奪ってやったんだぜ。

 参ったか? 何て言うのか? 言えるわけがない。

 俺は掛けるべき言葉が見つからずに無言で返した。

 いや俺が無言で返すのはいつものことだ。

 掛けるべき言葉があったとしても声に出すことはない。

 会話は一方通行がデフォでスタンダード。

 俺は会話に答えないのがポリシーでアイデンティティーなのだ。


「……」

「……」


 なんだか俺が悪いみたいな空気だが、そもそもこいつが先に俺を殺したんだぞ。

 おかげで俺は初心者講習も聞けなかったんだぞ。

 暗殺者山口――お前が俺を殺さなければお前の大事なイマジナリーウェポンを失うこともなかったのだ。

 それは三文字熟語でこういう――ザマー。

 まさに自業自得。因果応報。

 俺は性格が悪い。他人の不幸が大好物なのだ。

 落ちぶれた飲食店チェーンの社長とか、落ちぶれた政治家とか見るの大好きだ。

 ざまあみろ。


「……」


 だが実際に知った人が落ちぶれるのを見るのは別だった。

 テレビで人の不幸が楽しく感じるのは遠い世界だからだろう。

 自分の生活圏とはかけ離れた異世界だからだろう。


 その小さな背を見ていると心の底からは笑い飛ばせなかった。

 とてもザマーなんて言えなかった。

 彼がこのまま暗殺業を廃業すれば救われる霊トレーサーは大勢いるだろう。

 ダンジョンで魔物以外に殺されるPK事件が減るだろう。

 それは皆にとっては良いことだ。

 このまま彼が廃業して暗殺者を辞めればみんなが幸せになれる。

 それで、事は丸く収まるのだ。


 だがそれで本当にいいのだろうか?

 このままで本当にいいのだろうか?

 彼は暗殺者だが、実際に人を殺した訳ではない。

 ただダンジョンから追い出しただけだ。

 ダンジョンは弱肉強食。強い者が正義。

 殺される方が悪いのだ。

 それにダンジョンは治外法権。暗殺行為を咎める法はない。

 ダンジョンでの暗殺者は、ただの職業の一つに過ぎない。


「ダンジョンはどう? 楽しいかい?」


 暗殺者山口が夕日を見ながらそう言った。


「ええまあ」


 俺は曖昧に答える。


「そうか、今を大切にしろよ。俺は罰が当たったんだ。ダンジョンで霊トレーサーを暗殺し、強制排出させる。それは意欲に燃える霊トレーサー個人の意思を、思いを踏みにじる最低の行為だったんだ。今更気付いたけど遅いよな。俺は彼らの道を躓かせたんだ。俺は小石。世間から必要とされていない砂利。タハハッハー、死のう」


 暗殺者山口が悲しく笑った。

 ああ、聞くんじゃなかった。

 いつものように、気付かないふりで通り過ぎればよかった。


「ギョーリ」


 ミルフィーが俺の袖を引っ張った。

 なに? 今この重たい空気に耐えているからちょっと黙っててくんない?


「ギョーリ」


 ミルフィーの大きな瞳からは何も読み取れない。

 いや本当はミルフィーの言いたいことは分かっている。

 ダメ。甘やかしてはダメ。こいつは暗殺者だぞ。

 純真無垢な霊トレーサーを殺して回る暗殺者なんだぞ?

 こいつは悪い奴だ。

 だからこいつのイマジナリーウェポンを簡単には返せない。

 そんなことしたら犠牲者が増えるだけだ。


「……」


 暗殺者山口のこれからの人生は俺の鶴の一声で変わる。

 俺が彼から奪った彼の暗器であるイマジナリーウェポン。

 それを返すも返さないも俺の匙加減一つ。

 どうしよっかな? 返そうかな? 返さないかな?

 だが人一人の人生を左右する判断なんて経験不足のボッチの俺には分相応。

 つか重すぎっしょ。

 俺の物語は軽くて怠くてアンニュイでボッチな物語なのだ。

 こういう悩んだり、挫折したり、重いシーン不要。


「おっと、これはこれは、彼女は使い魔かい? 君は凄いな。新人なのにもう使い魔を得たのか? しかも完全に人間の具現化している高位魔物じゃないか。まるで気付かなかったよ。体内のメンタル霊も抑えられ、魔物のような害悪も主張も少ない、極めて安定している精神状態。これは珍しいハシヒメ種の第二段階具現化存在かい?」


 ミルフィーを見た暗殺者山口が目を驚きに見開いた。


「……」


 もちろん俺は何も言わない。


「黒岩家が君を殺そうとした意味が、今初めて分かったよ。加護に溺れた新人だと思ってたけど君は本物だった。そう、君を殺したのは俺だ。その罰が当たったんだタハハッハー。恨んでくれ。でも謝らないよ。あれは俺の仕事だったんだ」


 暗殺者山口は俺殺しを自供した。


「……へえ」


 俺は曖昧に答えた。


「知ってたんだろう? タハハッハー」


 暗殺者山口が乾いた声で笑った。


「……」


 何て答える? ああその通りだ。お前のイマジナリーウェポンを奪ったの俺だと言うのか?


「笑えよ、イマジナリーウェポンを失った無様な暗殺者を笑えよ。タハハッハア」


 笑えるはずがない。

 その小さな背中。

 その小さな震える笑い声。

 その小さな震える声は俺の声と同じ。

 自信を無くしたその肩。

 その震える肩は俺の肩と同じ。


 俺は他人の痛みは分からない。

 だが自分の痛みはよく分かる。

 俺にも落ち込んだ時があった。

 イジメられていた俺は毎日がこんな状態だった。

 だから暗殺者山口の気持ちが少しだけ理解できた。


「……」


 だが俺は思っていることを、感じていることを言葉で言い表せるほど饒舌ではないのだ。


「……」


 だからいつものように何も言わず、無言で夕日を眺めていた。


「君は優しいな。自分を殺した僕を責めないなんて」


 暗殺者山口が震える声で笑った。

 違う。違う。責めないんじゃない。責められないんだ。

 俺には責める口も言葉も持っていない。

 なぜならば俺はコミュ障ボッチだからだ。

 心の中では他人を殺すとか、死ねとか言えても声に出せない臆病者だ。

 自分の気持ちを、思っていることを声に出すことも出来ない臆病者だ。

 それが俺だ。

 お前は俺を完全に誤解している。


「……そろそろバイトがあるから行くよ」

「え? バイト?」

「ああ、霊トレーサー廃業しても食ってくために今のうちに社会に慣れておかないとタハハッハー」

「……」

「ああ、そうそう俺が見つけた野良ダンジョン。君の実力ならば攻略できるだろう。場所は公園前のゴミ屋敷だ。僕にはもう攻略できないからさ。じゃあ、タハハッハー」


 暗殺者山口が立ち上がり、長い夕日の影を落としながら歩き出した。


「ギョーリ」


 ミルフィーが俺の袖を引っ張った。

 分かったよ。分かってるよ。

 ミルフィーは俺と違って困っている者、弱っている者とほっとけない優しい子だ。


 クロミズ、あいつのイマジナリーウェポンの弓矢を返してあげてくれ。

 俺は心の中でクロミズに願った。


 本当にいいのかい? お前を殺した奴だぞ? と俺の中のクロミズがそう言ったような気がした。


 ああ、いいんだ。

 殺されてもただ、ダンジョンから強制排出されるだけだ。

 それだけだ。たったそれだけ。一生根に持つほどじゃない。

 俺にランドセルを背負わせた奴らのほうがよっぽど悪人で質が悪い。

 それに彼がイマジナリーウェポンを取り戻し、再び暗殺稼業に手を染めたならば、その時また奪えばいい。


 人はそう簡単に変わらないボッチよ――とボッチ君が囁いた。


 確かにそれは一理あるが、このままだと暗殺者山口はバイトという高難易度スキルを身に付けてしまうじゃないか。

 そんなリア充街道は決して歩ませない。


 俺の中から半透明の触手――ボット細胞が暗殺者山口の暗器イマジナリーウェポンの弓矢を取り出し、小さくなったその背にそっと返した瞬間、メンタル霊が舞った。


 暗殺者山口が振り向いた。

 まさか? バレた?


 だが暗殺者山口は、ぎこちない笑顔で笑っただけだった。

 俺がイマジナリーウェポンを奪ったなど、想像だにしないだろう。

 俺がそのイマジナリーウェポンを返したなど、微塵も思わないだろう。


「ギョーリ」


 ミルフィーが満足そうに笑った。


「……帰ろうか」

「ギャイ」


 俺とミルフィーは夕張の長い影を落としながら歩き出した。

 人は変わらない。今まではそう思っていた。

 俺はどうだろうか? 変わってしまったのだろうか?

 ボッチボッチと連呼し、努力している他人をリア充というレッテルを張って馬鹿にしていた俺はどこにいってしまったのだろうか?

 リア充を憎んでいたのは彼らの言うように俺のただの嫉妬だったのだろうか?

 俺は死ぬまでボッチだと思っていた。

 それが今じゃどうだ? 生徒会長や副会長、ミルフィーにミケに紗古馬先輩。チャラ男にキリヒメサマ。クロミズや黒牛守、キンミズサマと俺の周りにはいつも誰かがいる。

 これではまるでリア充ではないか?


 だが一つだけ言えることは、登校しても机に突っ伏すことはない。

 ミケや、井の中ズ、ミルフィーと俺は喋る相手がいるのだ。

 もはや俺はボッチですらない。

 ボッチを失ったのだ。

 暗殺者山口がイマジナリーウェポンを失ったように。

 俺の心の一部分が大きく欠け一部が大きく広がった。

 それは成長なのか退化なのかは分からない。

 ボッチのインフルエンサーだった俺はどうしてしまったのだろうか?


 全てを捨ててボッチ界に戻るべきか?

 全てを遮断し、断絶し、心地よかった一人の時に戻るべきか?

 だが今の状況は嫌いではない。

 ボッチを失ってしまったが嫌な気分ではない。

 ああ、ボッチ失格。ボッチを名乗る資格すら失ってしまった。


「ギョーリはギョーリ」


 ミルフィーが笑った。

 ははは。俺は俺か――そうだな。俺は俺だ。

 ボッチだろうがリア充だろうが俺は俺のままだな。

 お前良い奴だなミルフィー。

 まだ出会って数日だけどずっと一緒にいるような気がする。


「ギャイ」


 夕日に当てられたミルフィーの笑顔は素敵だった。

 それは直視できないほど眩しくて、俺の心を癒した。

 その笑顔が涙で揺らいだ。


「そ、そういえば野良ダンジョンを見つけたとか言ってたな?」


 俺は涙が零れそうになるのを誤魔化すようにそう言った。


「ギャイ」


 まだ夕食まで時間はある。

 ミルフィー、ちょっとだけ野良ダンジョン見に行ってみるか?

 俺は心の中でそう言った。


「ギョイ」


 ミルフィーが先に走り出した。

 でもミルフィー野良ダンジョンがあるゴミ屋敷はそっちじゃないよ。


「ギャテテ、ギャチガエタ」


 ミルフィーが頭をポコポコしながら戻ってきた。

 俺を元気にさせようと、わざと間違えたのだろう。


「ギャギャウ。ギョウントウにギャチガエタ」




 ――数分後。


 俺達はゴミ屋敷の前にいた。

 もの凄く汚くて臭い――ここがダンジョンだって?

 あんまり入りたくはない。

 だがこれは暗殺者山口の遺言なのだ。

 彼の意思を引き継いで攻略しようじゃないか。

 ミルフィー行くぞ。


「ギョエ?」


 ミルフィーが鼻を摘みながらそう言った。


「ここで待ってるか?」

「……ギク」


 ミルフィーは鼻を摘みながら首を振った。

 俺達はゴミ屋敷の門をくぐった。

 その瞬間、軽い眩暈に襲われダンジョンに入った。


 壁は圧縮されたゴミのような積層模様。

 床も天井も同じようなゴミ模様。

 鼻をつんざく匂い。

 どこまでも続く通路。まさしくゴミ屋敷ダンジョン。

 これは流石にきつい。

 鼻を手で押さえていては戦えない。


「!」


 クロミズ、俺の鼻をボット細胞で塞いでくれ。

 半透明のクロミズの細胞が俺の鼻を覆った。

 そしてフィルターのような構造を願った。


 鼻をつく匂いが消えた。

 冴えわたるボッチ脳が導き出したアンサー。

 これは風邪気味の時のカレーは美味しくないという現象の応用だ。

 流石ボット細胞、なんにでもなれる万能細胞だ。

 俺はその方法をミルフィーに教えた。


「ギョイ」


 ミルフィーが鼻からクロミズのボット細胞を垂らしている。


「垂れてる、垂れてる」


 美少女が鼻水を垂らすシーンなんて初めて見たぞ。


「ギョエ?」

「ミルフィー、クロミズサマが垂れてる垂れてるから」

「ギョテテ」


 ミルフィーの鼻にクロミズのボット細胞が戻った。

 なんというかあれだ。

 美少女が鼻水を垂らすなんて誰が喜ぶんだ? ニッチフェチ過ぎだろ。


「ギオイガギエタ」


 そうだ。臭いが消えただろ?

 ミルフィーが高原にいるかのように大きく深呼吸している。


「ギャヘヘヘヘ」


 そんなやり取りをしていると通路の向こうからはゴブリンの叫び声が聞こえてきた。

 よりによってここの魔物がゴブリンだと? それはまずい。


「ミルフィー、大丈夫か?」


 俺は暗い牢屋で鎖に繋がれていたミルフィーを思い出した。

 ゴブリンの姿を見て過呼吸とPTSDを発症してしまうかもしれない。


「ミナギョロシ」


 だが皆殺しと言いながらミルフィーは黒牛守の黒炎断罪斧を構え、舌なめずりをした。


「え? 大丈夫なん?」

「ギャイ?」


 ミルフィーがはて? という仕草で首を傾げた。


「いや、あのゴブリン怖くないのか? 捕まってたじゃん?」

「ギャテ?」


 ミルフィーがそういえばそうだったっけという顔をした。

 え? 忘れたの? ゴブリン砦で幽閉されてたじゃん?


「ミナギョロシ」


 ミルフィーが黒炎断罪斧を振った。

 そんな心配微塵も必要なかった。

 流石、我が使い魔。過去を引きずらない強靭な精神力を兼ね備えている。

 ランドセル事件を引きずる俺とは大違いだ。


「……即効攻略する。夕飯までに終わらせるぞ」

「ギョイ」


 俺とミルフィーはゴミ屋敷ダンジョンの奥、ゴブリンの声がする方に向かって走り出した。


お読みいただきありがとうございました。

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