70 井の中ズ
「え? 誰って酷いよう。同じクラスの三毛屋だよ。三毛屋 義経。加賀坂君に助けてもらった」
サラサラの髪で大きな目をした女の子のような男の子がそう言った。
え? 男の子なの? 女の子なの? ミケって聞いたことあるような、ないような?
ああ、彼は消しゴムのボチこと俺が助けたイジメられっ子だ。
「ああ、冗談だミケ」
俺は威風堂々とした知ったような顔でそう言った。
あまりの自然体の演技で日本ボチデミー賞の助演男優賞ノミネート待ったなしのはずだ。
「ミケ? え? 猫じゃないよう。えへへ、まあ加賀坂君がそう呼びたいのなら別にいいけど。ところでその方はお知り合い?」
ミケがミルフィーを見てそう言った。
生徒達が興味深い目で俺を見る。
お前らも興味あんのかよ。
「え?」
俺はミルフィーのことをすっかり忘れていた。
ああ、このミルフィーは人間界に迷い込んでしまった魔物なんだ――ってダメだろ。
いきなり朝からソシャゲかアニメの話をするキモオタだと思われてしまう。
「ミルフィー」
俺が何て説明しようか頭を悩ませているとミルフィーが手を上げた。
「「「「おおお」」」
「へえ、可愛い名前だね」
「ギョヘヘ」
くっそ、俺がボジボジしている間にミルフィーが俺以外の生徒とコンタクトしてしまったぞ。
「僕は三毛屋義経。加賀坂君に助けてもらったんだ」
「ギョエ」
「加賀坂君は僕の憧れなんだ」
「ギョエ」
「そんな驚かなくても」
「ギョイ」
「ミルフィーちゃんは面白い子だね。可愛いし」
「ギョイ」
「加賀坂君。ミルフィーちゃんは、なんだか加賀坂君と同じ雰囲気がするから親戚のお姉さんかなにかな?」
親戚だと? 違うけど。
だが今良いこと言った。貰った。その設定貰ったぞ。
乗っかるぞ、その設定に、そのヘルプウェーブに乗っかるぞ。
「……遠い親戚」
「「「あああ」」」
それを聞いていた周囲の生徒が安堵の溜息をついた。
ミルフィーは俺の彼女かもしれないでしょ? 失礼しちゃう。
皆も納得のこの設定。よしこのままミルフィーは親戚として押し通そう。
クロミズの眷属だから実際に親戚のようなものだしな。
「ギョア」
ミルフィーが俺の親戚発言に怪訝な顔をする。
ミルフィー慌てるな。親戚とは眷属のことだ。
「ギョヘヘ」
ミルフィーが照れた。
「ミルフィーちゃんは日本語苦手だから海外にいたの?」
「ギョイ」
ミルフィーが空を見てそう答えた。
確かにダンジョンは海の外だ。厳密には世界の外だけど、そんな些細な違いを説明しても意味がない。
そう。ミルフィーは海外留学生という設定だ。
このままの流れに任せよう。
「俺らにも紹介してくれ」
どこかで聞いたことのある声がした。
「……」
「……」
ミケが俺のように黙った。
「マジかよ」
「女神だ」
「なあ加賀坂、俺らにも紹介してくれよ。俺ら友達だろ?」
俺に友達はいない。
なんとクラスのイケメングループ――通称、井の中ズがそこにいた。
「おい三毛屋。彼女誰だよ」
イケメンズの一人がミケの肩に手を回した。
「え? 佐々木君。あの、彼女は加賀坂君の親戚のミルフィーさんだよ」
ミケが、目を合わせずにそう答えると井の中ズ達がミルフィーを見て、俺を見た。
「……マジかよ」
「嘘だろ」
「なんであいつばっかり」
「おい、耳貸せ」
「はっ?」
そして四人が円陣を組んでひそひそと密談を始めた。
「……ていうことでどうだ?」
「……え? 今更?」
「……まだ間に合うはずだ」
「……だけどよう」
「……どっちがいいかよく考えろ」
「……確かに」
「……なかったことにする」
何やら良からぬことを考えているのだろうか?
ミルフィーをイジメるならば俺は容赦しない。
「分かった」
「そうだな」
「よし」
円陣を解いた井の中ズが俺達に向き直った。
「「「「……なあ、加賀坂」」」」
井の中ズ達が気持ち悪い声で俺を囲んだ。
「「「「ミルフィーちゃんって彼氏いる?」」」」
それは俺の予想をチェレンコフ光並みに斜め上に裏切る言葉だった。
しかもこの親し気な態度はなんだ? てめえらとは仲良しもでない。
敵だ。宿敵だ。慣れ慣れしくすんじゃねえ。
「「「「ミルフィーちゃんって彼氏いる?」」」」
俺の戸惑いを無視してミルフィーの元に駆け寄ると猫撫で声で再びそう言った。
「ギャナイ」
ミルフィーが細い顎に細い指を当ててそう言った。
「「「「っしゃあああ」」」
井の中ズ達が叫んだ。
ミルフィーが黒炎断罪斧を出そうとしてハッとして思いと留まった。
そうだ。ミルフィーそいつらはゴブリンのようだが一応人間だ。
だから絶対に攻撃してはならぬぞ。
「ギョイ」
ミルフィーが敬礼した。
「可愛いい」
「ねえねえミルフィーちゃああん」
「電話番号教えて」
「加賀坂、どういう関係なんだよ」
「俺達友達だろう? 教えろよ。同じクラスのよしみだろうが」
何なのこいつらの掌返し。
先日まで俺を目の敵にして憎んでなかった?
イジメてなかった?
「ギョワ」
ミルフィーが袖をまくり上げ拳で黙らせるかといった顔で俺を見る。
ああ、ダメだ、拳で殴ったら死ぬ。多分指先一つでダウンだ。
取りあえず適当に話を合わせておけ、その間に対処方法を考える。
ミルフィーが黙って頷いた。
「ねえねえ、ミルフィーちゃんは今日学校休みなの?」
「ホリデーポテトセット」
「え? ねえねえ、ミルフィーちゃんはどこ住み?」
「大盛イタリアン」
「え? ねえねえ、ミルフィーちゃんの店はどこ?」
「ファミレス」
「え? ねえねえ、ミルフィーお腹すいてるの? 何が食べたいのかな? 奢るよ」
「ハママツギョーザ」
井の中ズとミルフィーの会話は噛み合っていないが、なんだか俺よりも円滑なのは気のせいだろうか?
これもオシャベリサマの加護のおかげだろうか。
「餃子いいね。今度食べに行こうか?」
「ミルフィーちゃん。電話番号教えて」
「ミルフィーちゃん。メール教えて」
グイグイ行く井の中ズ。
「ギョーリ」
ミルフィーが後ずさり、困ったように俺を見る。
ミルフィーはまだ人間になったばかりだからまだ戸籍も家もスマホもない。
そして俺のボッチブレインが導き出した最適解もまだない。
井の中ズの態度の急変に俺のボッチブレインが状況判断できずにカオス状態に陥っていたのだ。
「ギャイ」
「スマホ持ってないの?」
井の中ズのリーダーが猫撫で声を出した。
こいつ、ゴブリン語が分かるのか?
「じゃあ、加賀坂に連絡すればいいんじゃね?」
「おお。そうじゃん」
「加賀坂、番号交換しようぜ」
「……」
え? 嫌ですけど? お前らみたいなイジメっ子リア充の番号なんて転生しても願い下げだ。
「ちょっとお。加賀坂君、僕にも番号教えてよ」
ミケが泣きそうな顔でスマホを取り出した。
そんな大きな目に涙を溜めてウルウルさせるな。
まるでこっちが悪いことしているみたいじゃねーか。
無害でフェミニンなミケとは番号交換しても問題ないだろう。
「まあ」
俺はミケと番号交換するためにスマホを取り出した途端――。
「よし、奪え」
「え?」
スマホを奪われた。
「ギョーリ」
ミルフィーが心配そうな目で俺を見る。
俺は辞めてくれとか、嫌だとかは言えない。
コミュ障ボッチだからではない。
だが俺はミルフィーのマスターだ。弟子に格好悪いところを見せるわけにはいかないのだ。
ここはクールボッチスマイルとクールボッチアイの余裕のボッチャンで乗り切れ。
「……」
「ほらよ」
帰ってきたスマホを見ると知らない名前が入っていた。
ふん。消去、デリート、抹消。
「加賀坂、消すなよ」
「……」
何故分かったし。
「俺ら色々あったけど同じクラスの仲間だろ? 細けーことは水に流そうぜ」
井の中ズのリーダーが俺の肩に手を置いた。
お前らとの遺恨は便器にへばりついて流れないほど強力だぞ。
「……」
俺は黙殺する。
「ギョーリ」
ミルフィーが心配そうに首を傾げた。
「加賀坂君、僕の電話番号も入ってるから、僕のは消さないでよ。今度かけるから」
ミケが女の子のような笑顔で笑った。
「……」
俺はスマホを見ながら頷いた。
一体全体これは何が起きているのだ?
あまりに非現実な現象にボッチらしく返事もせず無言で立ち尽くしていると――。
「おいおい、朝から女連れとはいい身分じゃねえか? ああん?」
「しかも可愛いってどういうこった?」
「自慢げに見せびらかしにきたのかあ?」
「俺らにくれよ」
俺達の背後からどこかで聞いたことのある濁声が聞こえた。
それは俺にボコボコにされて前歯を失った哀れな上級生達の軍団――イキリマスクズ達だった。
ええい、次から次へと鬱陶しい。
「「「「……」」」」
イキリマスクズ達を見た井の中ズが沈黙した。
おいおい。お前らさっきまでの威勢とウェーイはどうした?
なに急にコミュ障ボッチになってんだよ? 無視は俺の十八番だぞ。
「あ、遅刻するぞ」
「あ、そうだな」
「あ、先行ってんぞ」
「あ、ミルフィーちゃんまたね」
そして、そそくさと逃げ出した。
さっきまで友達面してたよね?
友達なら友達を置いてかないよね。
ええい、あいつらはミルフィー目当ての奴らだ。
自分の身は自分で守る。
それがボッチの俺の生き様。
この消しゴムのボチの俺が相手になってやろう。
「お前ら朝から何をしている?」
イケボイスが校門前に響いた。
「「「キャーーー」」」
黄色い声援が湧き起こる。
この声は、この自信に満ちたイケボイスを出せる男子生徒はこの学校に一人しかいない。
イケメンで頭も良くてスポーツ万能の最強の存在――。
「「「「チィース。黒岩さん。おはようございます」」」」
イキリマスクズ達が一斉に整列し頭を下げた。
宿命のライバル――テンドー君だった。
いやパーフェクトテンドー君だった。
パーフェクトテンドー君は俺からクロミズを奪い、霊トレーサーの力を手に入れたのだ。
ダンジョンに入れなかったテンドー君はダンジョンに入れるようになり、自信を、光を取り戻したのだ。
テンドー君の中のクロミズが俺に手を振ったような気がした。
元気でやってるか? 風邪引いてないか? そっちはどうよ? こっちは色々あって大変だったんだよう――と俺は手を振った。
「てめえ、黒岩さんに何手を振ってんだ。慣れ慣れしいぞ。いつから友達になったつもりだ?」
イキリマスクズがイキった。
いや、これは違うんです。説明すると長くなるのですが、色々あってテンドー君の中に捕らわれたクロミズに挨拶しただけっスよ。
俺はテンドー君のことは大嫌いだ。
だけどその中に捕らわれているクロミズは俺のボットモだ。
無視なんて出来まい。いつも無視している俺の行動と矛盾しているが、人間なんて矛盾の塊だ。
そこはボッチ無視道を逸脱した行為だが、そこは砂糖大目に許して欲しい。
「ふん、またお前か」
テンドー君が俺を見て鼻で笑った。
くっそイケメン。
くっそムカつく。
それはこっちのセリフだ。
何でいつも俺の前に現れるの?
いつも、俺のこと見張っているの?
ボッチストーカーなの?
「黒岩先輩。こいつが朝から女連れて学校来てたもんですからね」
「ちょっと教育的指導をしてやろうかとね」
「ふん。まあ、ほどほどにしておけよ……ん? なっ?なんだ その娘は?」
テンドー君がミルフィーを見て大きな目を見開いた。
「ミルフィー」
ミルフィーが手を上げて親しげにそう名乗った。
ちょっと待ってミルフィー。何仲良く挨拶なんてしてんの?
そいつとは仲良くしちゃ絶対ダメ。敵なんだから。
俺の宿命のライバル候補なんだから仲良くしたらダメ。
他にも勇者とか、イケメンパーティーのリーダーとかライバル候補は他にもいるけどテンドー君だけはダメ。
「なっ? キサマ? この娘は、な、何だ」
テンドー君が凄い顔で俺に詰め寄る。
「……」
勿論俺は質問に答えない。
テンドー君は周囲を見渡してから俺の耳元でイケメンフェイスを近付け、皆に聞こえないようにこう言った。
「おい、あの娘は何だ? クロミズの気配がするぞ? 人間じゃないだろ。魔物? それもクロミズの眷属か?」
テンドー君はクロミズの加護を持っているからミルフィーがクロミズの眷属だと見抜いた。
流石は腐っても黒岩家の次期当主テンドー君だ。
だが近い。イケメンフェイスが近過ぎるの。
俺が乙女か、マイノリティだったら胸がボチボチしちゃう距離だ。
「「「きゃああ」」」
美男子と無口な男子の接近に、極一部の腐った女子達が目を輝かせた。
お前らが期待するような展開は現実では発生しないからな。
あれはファンタジーだからな?
だがミケとテンドー君なら絵になるはずだ。
「おい、聞いているのか?」
「……さあ」
俺は適当に答えた。
「しらばくれるな。俺には分かる」
テンドー君が生徒会長によく似ている大きな二重の目で俺を睨みつけた。
ああ、くっそイケメンで男の俺でもボチボチしちゃう。
ええい、二人は親戚同士だったな。
俺はノーマルだ。生徒会長に似ているからボチボチしただけなんだからね。
「……」
俺は心のボチボチをおくびにも出さず面倒くさそうに肩をすくめた。
「何だその態度は」
「生意気よ」
「黒岩さんに失礼だろうがああ」
テンドー君の代わりに周囲の取り巻きギャラリーがキレた。
いやいや、失礼なのはテンドー君のほうだろう?
こいつは俺から大切なボットモを奪ったんだぞ?
ああ言いたい。こいつが悪者だって声を大にして言いたい。
親戚である生徒会長を襲うとしたことを言いたい。
でも女子共はイケメンに襲われるシチュエーションに心躍らせちゃうかもしれない。
ダメだダメだ。テンドー君は俺を車道に突き飛ばしたんだぞ。
車に跳ねられて吹っ飛んだんだぞ?
え? 何で無事かって?
それは俺には無敵の加護があるから――なんて言えねえ。
「ギョーリ」
心配そうな顔をしたミルフィーが俺の前に出で両手を広げた。
「……やはりお前、クロミズの眷族か」
テンドー君がミルフィーを見てそう呟いた。
「ギョウ。ギョロミズサマのゲンジョク、ミルフィー」
ミルフィーが名乗った。
「眷族だと?」
テンドー君がイケメン眉を傾げた。
ミルフィーが高くて小さな鼻を、くんかくんかさせている。
ダメだ。嗅ぐな。
ミルフィーそいつからクロミズの匂いがするが、それは誤解だ、違うんだ。
「テンギョー」
突然、ミルフィーがテンドー君に抱きついた。
「え?」
「キャーーー」
「は?」
「なっ」
「ちょっとぉ。黒岩様から離れなさいうよう」
「あああ、ミルフィーちゃん」
もう一度言おう。ミルフィーがテンドー君に抱きついたのだ。
テンドー君はクロミズの加護の大半を持っている。
俺が持っているクロミズ成分はスマホサイズだ。
どちらがクロミズなのかはミルフィーには一目瞭然だろう。
クロミズはミルフィーにとっては親同然の存在。
抱きつくのは至極普通だ。
だがそれを知らない生徒から見れば、見ず知らずの美少女が突然、美男子に抱きついたという衝撃的な事実だけだ。
ジェラっちゃうよ。嫉妬の炎で世界を七日間で焼き尽くすよ。
「ええい、は、離れろ。」
「テンギョー。ギャカマ」
違う。テンドー君は仲間じゃない。敵だ。
しかもリア充ハーレム王子だぞ。
ミルフィー離れなさい。バッチイ菌が移るからやめなさい。
テンドー君の中のクロミズは俺から奪ったんだぞ。
「ギョエ? テンギョー? ギョロミズサマをトッタッギョ?」
ミルフィーが大きな目でテンドー君を覗き見た。
「な、なんだ」
テンドー君がボッチみたいに答えた。
こらそれは俺の十八番だぞ。
「ギョロミズサマ、ギャエシテ」
「は?」
「え?」
「なにをするやめろ」
テンドー君が慌てて、ミルフィーを引き離そうとする。
だがミルフィーは離れない。
見た目は可憐な美少女、だがその正体は魔物なのだ。
人間離れしているのはその美貌だけではない。
握力、脚力、食欲と普通の女子ではないのだ。
「うわあああ、待て待て、ダメだ。ダメだ。ちょっと待て、俺から離れろ」
テンドー君が情けない声を出した。
「キャーーー」
「ちょっとお離れなさいよ」
叫ぶ女子生徒。校門前は阿鼻叫喚の地獄絵図。
「ええい」
テンドー君が情けない声を出して逃げ出した。
あのテンドー君が尻尾を巻いて逃げ出したぞ。
いい気味だ。なんて清々しい気分なんだ。
おっかしい。プププ――と俺が気分爽快に浸っていると。
「ちょっとどういうつもりよ」
「あんた何様なの?」
「黒岩様に生意気よ」
「いきなり抱きつくなんて卑怯よ」
「……」
「ギョワ?」
俺は見ず知らずの怖い上級女子生達に囲まれた。
「ギョーリ。ギャル?」
ミルフィーが拳を構えた。やらない、やらない。ミルフィー、ここは一旦引くぞ。
「ギャタカ? ギャイ」
またかって言った?
そうまただ。
俺はダンジョン以外ではヒョロガリボッチに過ぎないのだ。
俺が一歩踏み出した途端。
「キャーーー」
「痴漢よ」
「触らないで」
「キモイ、近寄らないでよ」
女子生徒が悲鳴を上げた。
ああ、見た目がキモイ俺が上級女子生達に近付けばこうなるよね。
人は見た目が千パーセント。
キモイ俺は存在自体が女性の敵なのだ。
でもそれって差別だから、ポリコレの皆さん、厳重抗議の事案ですよ。
ボッチというマイノリティを差別する事案ですよ。
結局、イケメンは何をしても許され、キモメンは何をしても許されない。
だが、この包囲網を抜けるには近付く必要がある。
だが近寄れば痴漢扱い。
今は触らない痴漢って流行ってるからね。
キモメンを見たら痴漢だと思えって思ってるよね?
その論理でいくとだな――犯罪する人間が居たら人類全てが犯罪者だよね?
キモイってレッテル張りの思考停止ですよ?
差別ですからね? 分かってるのか?
「キモイ、キモイ。訴えるわよ」
「あんたなんか痴漢冤罪で退学よ」
「世の中は可愛い女子高生の言うことは何でも無条件で信じるのよ。あんたなんかキモイ奴の言葉なんて誰も信じないわ」
こいつら分かってて言っているようだから益々たちが悪い。
まあ百歩譲っても俺の言うことなんて誰も信じない。
だが案ずるな。コミュ障ボッチの俺はそもそも何も言わないから。
「……」
「何か、言いなさいよ」
「黒岩様に謝って」
「こいつキモイから痴漢犯にしちゃう?」
俺がボチフリーズしているのを見て上級女子生達が調子に乗り出した。
確かに抗議も反論も声も上げない俺は格好の的だ。
だが全ての人類が声を上げられると思うなよ。
声を上げない人達だって必死に生きているのだぞ?
この世界は大声上げて自己主張する陽キャのお前らだけの世界じゃないぞ?
「ギャア?」
俺が心の声で必死に反論しているとミルフィーが上級女子生達を大きな目を細めて睨んだ。
「ひえ」
「うっ」
「な、なによ」
「ヒイイィ」
上級女子生徒達が一気に怯んだ。
それはそうだろう。ミルフィーはこう見えても魔物だ。
平和な日本で男の悪口ばかり言ってきたフェミニスト上級女子生達はミルフィーの鋭い視線に一瞬でもコンマ秒でも持ちこたえられず、いとも簡単に心をへし折られた。
今だボッチよ。
ああ、分かっているボッチ君。
俺はそのフェミニストの間を縫って逃げ出した。
俺の高速ラナウェイにより突風が巻き起こり、フェミニスト上級女子生達のスカートを揺るがした。
まさにカマイボチ。
「キャアアアア」
「やっぱ痴漢よ」
「今、絶対触った?」
触っていない。触ったところで衝撃無効の俺には何の感覚もないのだ。
何の喜びもないのだ。
だから触っても意味がないから痴漢なんてしない。
俺のカマイボチによってスカートが、ふわっとめくれ上がったところを目視で確認したいところだが、俺は振り返ることもなく走った。
痴漢冤罪はごめんだ。
見ただけで痴漢になるのだ。
俺は学生にしては速く、トップアスリートよりも遅く駆け抜けた。
困ったときはダンジョンに逃げ込め。
流石にここまでは上級女子生達も追って来れまい。
俺とミルフィーはダンジョンに、クロミズのボス部屋にいた。
「ギョコハ?」
ああ、クロミズの部屋だ。
「ギョヘー」
ミルフィーが感動したかのようにボス部屋内を見回した。
クロミズの眷族であるミルフィーにとってここは聖地。
そして我が家みたいなものだろう。
使い魔ミルフィー。この部屋の護衛を命ずる。
「ギョイ」
ミルフィーが姿勢を正して敬礼した。
しめしめ。作戦通り。
ここには霊トレーサー以外の普通の人間は入れない。
だから安全。
ここに入れる生徒会長と副会長はクロミズの巫女だ。
ミルフィーがクロミズの眷族であることなど一瞬で見破るだろう。
だからここが一番安全なのだ。
何かあったら俺の名を出すように。
「ギョイ」
ミルフィーが敬礼する。
後で迎えに来るよ。それまでここを頼んだぞ。
「ギョイ」
お腹すいたらこれでも食べててくれ。
俺はアイテムボックスにあった食料を置いてボス部屋を後にした。
なんとかミルフィーを隔離できたぞ。
ミルフィーのこれからのことは授業中に寝ながら考えよう。
「トーリよ」
意気揚々とダンジョン部室から出て教室に向かおうとしていた俺の背に冷酷な声が響いた。
「一体今まで何をしていたのだ?」
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字修正いたしました。




