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68 俺を置いて先に行け

「冗談っすスようカガッチ。なんでも奢るっスよう。好きな物頼んでくださいよ。これでも俺っちダンジョンでガッポリ稼いでんスからね」


 チャラ男が俺の肩に手を置いた。

 てめえ手洗ってねーだろ。

 いかんいかん。怒っては駄目だ。

 救世主のチャラ男様なのだ。

 気分良く奢ってもらわねばならないのだ。

 ガッポリ稼ぐ? ダンジョンって稼げるの?

 それよりも今はミルフィーだ。


「……あの、ああの、その、連れがいて……」


 どうだ。長文を言ってやったぞ。

 あの、が一個多かったけど簡潔で分かりやすい説明だった。グッボッチ。


「え? カガッチの連れ? へ? カガッチとパーティー組んでくれるなんてとんだ酔狂な奴もいたもんスねえ」


 チャラ男が笑った。

 クッソムカつくこの態度。

 この状況下でなければ斬っているぞ。

 酔狂ってなんだ? 昭和のセリフかよ。

 ダメだダメだ。怒るな。俺はインド洋のように広い心の持ち主なはずだ。

 怒りを押さえろ。笑顔だ。


「……」

「そんな睨まなくてもただの冗談っスよう。とりあえず一緒のテーブルで食いましょうよ」


 チャラ男が俺の腰に手を当てた。

 てめえ手洗ってねーだろ。


「ああ、お姉さん、こっちのテーブルに合流するから伝票まとめてく……なっ、なんだと? カガッチが女連れだとおおおお、パーティーメンバーって女子? しかも美少女だとおおお。マジか? 嘘だろ?」


 俺の肩に洗ってない手を置いて歩くチャラ男がミルフィーも見て大声で叫んだ。


「え、いや、そのあの、これはその」


 俺はしどろもどろに答えた。


「おいおいおいおい、メチャンコかわええっスよおお。どうなってるんスか? 世界の終わりか、人類の滅亡か? 天変地異の前触れか? それとも魔王軍の襲来か?」


 失礼なことを連呼するチャラ男のテンションは、ミルフィーを見てファミレスの天井を突き抜けたようだ。


「人間離れした美しさっスよおおお」


 ハムスターのようにポテトを頬張るプリティ存在は一見すると可愛い人間の美少女にしか見えないが実は人間ではない。

 魔物なのだ。元ボッチのボチリンなのだ。

 だがしかし、そんなことは口が裂けても言えない。

 いや、コミュ障ボッチの俺にそんな難解で高度な説明できるはずがない。

 だから何も言わない。いや言えない。

 いや待てよ。チャラオはこう見えてもA級霊トレーサーだ。

 魔物であるミルフィーの正体など一瞬で見破るに違いない。

 俺が口に出して説明せずとも、この状況を察してくれるはずだ。

 頼むチャラ男。気付いてくれミルフィーの正体に。


「カガッチも隅に置けませんすねえ。巫女様達がいながらこんな可愛い子と朝まで今までなにしてたんスか? 無口でぶっきらぼうを演じて実はイケメンすか?」


 チャラ男が俺の肩をつつく。

 おいおいミルフィーが魔物だって気付いてねえのか?

 ほらミルフィーをよく見ろ。人間離れしたこの可愛さ。

 それのあの尖った八重歯。人間って感じしないでしょ?

 どこからどう見ても魔物のような魔力が漂っているでしょ?

 もう元ゴブリンの魔物って感じがグングンするでしょ?


「このこの、このこの」


 チャラ男が俺の肩をつつく。

 ――ダメだ。A級霊トレーサーってたいしたことがねえ。

 目の前の存在が人間じゃないことに気付く様子が全くない。

 まあチャラ男だからな。


「この、このお」


 それにしてもクッソ苛つくこの態度。

 てめえ手洗ってねーだろ。

 いかんいかん、こんなことで怒っては駄目だ。

 我慢だ。忍耐だ。チャラ男は大スポンサー様なのだ。

 チャラ男に気分を害し、ここで奢ってもらえないと俺が社会的に死ぬ。


「ギョーリ」


 ミルフィーが俺に気付いて笑顔で手を振った。

 何でさっきまでゴブリンだった魔物がファミレスで普通に飯食ってんだよ。

 ――待てよ。食いしん坊のクロミズの眷属だ。人間の食べ物の情報が眷属までフィードバックされている可能性はある。


「……」


 だが俺がファミレスに一人で入れるようになるまで何年かかったと思ってんだよ。

 いつも来ているように馴染んでんじゃねえよ。

 店内を明るく照らし出す太陽のような笑顔を浮かべて美味しそうに食べているのだ。

 注目を浴びないほうがおかしい。


「カガッチ紹介してくれないスか?」


 おおっと、ミルフィーこちらは俺の先輩だ。挨拶しなさい。


「ミルフィー。もぐもぐ」


 ミルフィーが行儀悪く食べながら頭を下げた。


「初めまして俺は道山世界っス。カガッチの師匠っス」


 チャラ男が胸を張った。

 こんなんが師匠というのには納得いかないが納得するしかなかろう。

 なぜならば大スポンサー様なのだから。

 それにしてもチャラ男の名前を初めて知った。世界っていうのか。

 ぷっぷっ。完全に名前負け。人は付けられた名前と正反対に成長する法則があるのだ。

 その生き証人が俺だ。通というように俺の真っすぐ通ったこの名前――爺さんや。あんたが名付けた孫はその意図に反して、ねじ曲がっちゃってますよ。


「ビッグバーギュ」


 ミルフィーが、ビッグバーグを食べながらそう言った。


「いやーそうなんすよう。俺ってばビッグな男なんすよう。いずれ世界は世界に平伏するっスよお」


 チャラ男が上機嫌で拳を握った。


「ビッグバーギュ」

「美味しそうっスねえ。ミルフィーちゃんも霊トレーサーなんすか?」

「ビッグバーギュ」

「ああ、なんかこの会話が通じない感じ……カガッチの連れって感じがしていい感じっスよう」

「……」


 ――何がいい感じなんだよ。俺は無言で店員を呼びメニューを指さして注文した。

 タッチで注文の店なら俺は無敵。

 それに奢ってもらえると分かれば遠慮も自重もしない。

 俺の胃袋は胃酸の低気圧が猛威を振るっているのだ。

 さらにさらに人の金で食う飯は最高に旨いという法則がある。

 このページの料理全部頼んでやるっスよう。

 俺は一応スポンサーを見る。


「ああ、遠慮はいらねえっスよ。俺っち朝まで飲んでてから、あんまり食欲ないっスから」


 スポンサーの許可が下りた。

 だがチャラ男のことだ。後から掌返しで俺奢るなんて言ってねえっスよ。なんて言いかねない。

 そんな未来線は阻止でせねば。

 奢らざるを得ない状況を作りださねばなるまい。

 冴えわたるボッチ脳が導き出した最適解。

 俺はスマホを取り出し、チャラ男を写真に撮る。


「あれ? 俺の写真スかあ? やだなあ。イケメン過ぎて待ち受けにしちゃますか?」

「……副会長に送る」

「……へーそうっスか。じゃあ俺も隊長に自慢しよ。カガッチが女連れって」


 チャラ男がスマホを横にしてスマホを構えた。


「はい、ボッチーズ」


 微妙な掛け声で写真を撮るチャラ男。

 こいつ俺がボッチなのを知っていて言ってるのか?

 なんて嫌な奴なんだ。

 だが今は大スポンサー様だ。ここは我慢して笑顔で写真に写ろう。

 イエス。ボッチーズ。

 俺は今世紀最高の笑顔を浮かべた。


「ボッチーズ」


 ミルフィーが俺を見て笑った。

 意味知ってるの? ねえ? ミルフィーさん? ボッチの意味知ってんの?


「ギョーリのこと」

「くっ」


 知ってんのかよ? なんでさっきまでゴブリン砦で囚われていたゴブリンが人間の言葉を知ってんだよ。

 それにしてもミルフィーって写真に写るのだろうか?

 魔物だぞ。この世のものではないメンタル霊的な存在だぞ。

 センサーに反応するのか? 電子機器に反応するの?


 だがチャラオの顔を見るとミルフィーもしっかりと写っているらしい。

 うんうんと、しきりに頷いている。

 とにかく、チャラ男に会計を押し付けるまでは油断はできない。

 伝票が一緒になったことで最初のハードルは超えた。


 俺は副会長にノーメッセージでチャラ男の写真だけを送る。

 しっしっし。しめしめ。これで俺達が一緒にいたことが第三者に認識された。


「あれ、バッテリー切れたっス」

「ビッグバーギュ」


 ミルフィーが頬を膨らませながらそう言った。


「そうっスね。沢山食って俺みたいにビックになるっスよ。もっと食ってもいいっスよ、なんてたって今日はお金を……沢山……あれ……財布が……あれ?……」


 不吉なワードを連発しながら急に口をつぐみ、静かになるチャラ男。


「……」


 おいおい。どうした? なんか言えよ。俺みたいに黙ってたら分からないじゃいか。

 財布がなんだよ。おいおい笑えない冗談は止めてくれ。


「……ちょっとカガッチ。トイレ行かないっスか?」

「……行かない」

「……カガッチ。いいから来るっス」


 チャラ男が俺の腕をとって、強引に引っ張っていく。

 俺は連行される犯人か、おもちゃ売り場の子供かよ。




「カガッチ、ヤバいっす財布忘れたっス」


 チャラ男がトイレに入るなりそう叫んだ。


「……」


 俺は黙殺する。ボッチでコミュ障の俺はいちいち相手の言葉に相槌を打たない。


「……それがその財布を無いスよ。さっきまであったのにおかしいな?」

「……スマホで誰か呼ぶとか?」


 俺は妙案を提案した。


「スマホのバッテリー切れたっス」

「……」


 使えねえマジで使えねえ。

 何が世界は世界に平伏するだ。

 つまんねえ冗談言ってんじゃねえぞ。

 酔っ払いが財布を落とすのは伝統なのか?

 俺の爺ちゃんは財布を無くしすぎて最後は、ポケットが財布になったほどだ。

 酒というのは恐ろしい存在だ。


「……マジか?」

「マジっス」

「……」

「カガッチいくら持ってっスか?」

「……」


 俺は無言で財布の中を見せた。


「うわ、二千円っスか? ちょっと伝票見てくるっス。ギリギリ二千円で収まるかもしれないっスからね」


 チャラ男が出て行った。んなわけない。

 あれだけ食って二千円以内だったら毎日通うわ。

 だがあの伝票の七割はミルフィーと俺だ。

 調子に乗って頼みまくったからな。

 でも普通、財布無くすか?

 今時、魂の分身であるスマホのバッテリー切れるか?

 絶対わざとだろ。くっそどうする?


「いやー合計が一万軽く超えてたっス」


 チャラ男が泣きそうな顔でトイレに戻ってきた。


「カガッチ、知り合いとかいないっスか?」

「……」

「いるはずないっすよね。カガッチに友達なんて、いるはずないっスよね」


 俺が答える前にチャラ男が首を振った。失礼過ぎだろ。

 俺にも友達に一人は二人ぐらい――いない。

 俺には人間の友達なんていなかった。

 俺の友達は全員神様だった。


「……」


 どうすんの? 俺はボッチアイでチャラ男を睨んだ。


「……カガッチ。ここは俺に任せて先に行け」

「え?」

「店で充電させてもらい救援を呼ぶっス」

「え?」


 チャラ男が俺の両肩に手を置いた。

 つか手を洗ってないよね。


「ここは俺が何とかするっス」


 チャラ男が満面な笑顔で笑った。


「なっ」


 俺はその死を覚悟したような笑顔に心を突き動かされた。


「ふっ。少しは先輩らしいところを見せないとな」


 チャラ男が恥ずかしそうにそっぽを向く。


「くっ」


 俺はその笑顔が見ていられずに目を逸らした。


「カガッチ、ダンジョンのボス部屋で待っている。絶対来いよ」


 チャラ男が俺の肩に手を置いた。


「ああ」


 俺はそのバッチイ手を無言で払いながらそう答えた。


「でも少しだけ遅れるかもしれねえっスけどね」


 チャラ男が頭を掻いた。


「スマン」

「いいってことよ」


 チャラオオオオオオ。

 その後、俺は頼んだメニューを平らげる。

 チャラ男は引きつった笑顔のままだ。

 強がりやがって、ミルフィーに金がないことをおくびにも出さないその態度。

 偉い。流石チャラ男だ。

 いつもヘラヘラ能天気に笑っているその姿勢にマジで平伏します。

 こいつはどんなピンチの時でもヘラヘラ笑っているのだろう。


「あれ? カガッチそろそろ登校時間じゃ?」


 チャラ男がわざとらしくそう言った。

 俺は心の中で涙を堪えた。


「俺はもう少しゆっくりしていくっスよ。カガッチ。バイバイ、ミルフィーちゃんも」

「ギャイギャイ」


 手を振るミルフィー。

 俺は心の中の涙を拭き、ミルフィーとファミレスを後にした。

 チャラ男。お前のことは絶対に忘れないっスよ。


「ギョ?」


 不思議そうな顔で俺を見るミルフィー。

 ふっ。この燃えるシチュレーションはお前にはまだ早かったかな。

 仲間を犠牲にして先に進む主人公。

 本来ならば全員でやっつけたほうが絶対効率的だが、仲間の戦闘シーンを見せるためにはパーティーを分断するのが最適解。

 戦力を分散するという極めて非現実で非効率だが燃える展開なのだ。

 使い古された黄金設定。大好きです。

 チャラ男。お前のことは絶対に忘れない。

 忘れないように副会長にメールしておこう。


 財布を無くしたことに気付く前の世界先輩……草。


 俺はさっきの写真にメッセージを添えて副会長に再送した。

 念のため、キリヒメサマにも送っておこう。

 こうしておけば、チャラ男に救助隊が向かうだろう。

 こう見えても俺は義理堅いのだ。


「ギョーリ? 眠い」


 ミルフィーが俺を見た。

 そりゃ徹夜明けだから眠いよね。

 学校まで我慢だ。授業中は好きなだけ寝れるからミルフィーはダンジョンでゆっくり寝ててくれ。


「ギャダ」


 嫌だって言ったってミルフィーは人間じゃないんですのよ?

 学校の生徒じゃないんですのよ?


「ギャダギャダ」


 ミルフィーが駄々をこねた。イヤイヤ期かよ。

 ミルフィー。お願いだから学校が終わるまで大人しく黒牛守のダンジョンで待っててくれないかしら?

 俺はママ言葉でミルフィーに優しく伝える。


「ギャダ」


 ミルフィーは断固として聞き入れない。

 だから学校には連れて行けないんですのよ。


「ミルフィーギャッコウいく」


 ああ、駄々っ子モードだよ。もうこうなったら絶対に言うこと聞かないモードだよ。

 どうしようミルフィーは人間にも見える。

 美少女を連れて学校になんか行ってみろ。

 ただでさえ心象の悪い俺のイメージは地獄の底まで落ちてしまう。

 それにミルフィーが魔物だってバレたらどうなる?

 マスコミや研究所に拉致され解剖されちゃう。


 待て待てミルフィーは普通の女の子。どこにでもいる普通の女の子。

 ちょっと可愛いどこにでもいる女の子。

 だから何も起きない何もしない。

 事件にも巻き込まれない、目立たない普通の子のはずだ。

 そうだろうミルフィー? あれ?


「君眩しいねえ。可愛すぎて心臓止まっちゃったよ」

「ギョエ?」


 ファミレスを出て二歩三歩歩いただけで、見ず知らずの派手なスーツのホスト崩れのチャラ男達に絶賛ナンパされていた。


「人工呼吸のマウストゥーマウスでヨロピク」

「ギョエ?」

「あははは。ウケるんですけど」

「ギョエ?」

「ねえ君、こんな根暗そうな奴ほっといて俺らと遊ぼうぜ」


 一人のホスト崩れが俺を押した。

 だが俺の見た目はヒョロガリボッチだが加護により体幹は鍛えられているからびくともしない。


「ギョーリ」


 咄嗟に黒炎断罪斧を構えるミルフィー。

 ちょっと何やってんのミルフィー。

 ダメだダメだ。ミルフィー現実で武器なんか出したらダメ。メッ。


「ギョーリのゲキ」


 ミルフィーがホスト崩れを睨んだ。

 違う違うそうじゃない。敵かもしれないけど、俺には加護があるから怪我なんてしないんだから落ち着け。

 とにかく武器をしまえ。どうどう。


「ギャダ」


 ミルフィーがホスト崩れ達を睨んだ。

 ああ、もう何で言うこと聞かないんだよ。

 ここはダンジョンじゃなくて現実なんだよ。

 ダンジョンのように好き勝手なことしたらダメな世界なんだよ。

 逮捕されちゃうよ? いいの?


「ギャダ」

「なんだその目は? いい目だ。俺がトロンさせちゃうよ。燃える」

「こんな根暗な奴無視して俺らと遊ぼうぜ」


 俺達はホスト崩れ達に囲まれた。


「ギョロス」

「は? 殺すって? いいねえ? 悩殺してくれよおお」


 ホスト崩れの一人がミルフィーの細い肩に手を回した。


「ダメだ、ミルフィー」


 ミルフィーがそのホストの手を掴んだ。


「おやおや、言葉とは逆で積極的だねって、うおおおおお」


 その瞬間、朝日を背にホスト崩れが綺麗な放物線を描いた。

お読みいただきありがとうございました。

誤字脱字修正いたしました。

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