67 なんで元ゴブリンが注文できるんだよ
「ギョーリ、ハラヘッタ」
ボッチの使い魔ミルフィーが眉をへの字に曲げて、ぺったんこのお腹をさすっている。
んん?
元ゴブとは思えないナイススタイルだ。
「ギョヘヘ」
使い魔ミルフィーが変な笑い方で照れた。
んんん? あれあれ? おかしいぞ?
ここは現実のはずだ。
「え? ミルフィーなんで現実にいるの?」
俺は思わず声に出して突っ込んだ。
「ギョギョ?」
「……」
俺とミルフィーは非常階段前で見つめ合った。
なんとミルフィーが現実に存在したのだ。
「……」
まあ俺は現実でも魔物が見える。
クロガウの時も現実で見えたし、ミルフィーが見えても問題なかろう。
だが魔物は普通の人には見えない。
ミルフィーと言葉に出して会話さえしなければ、危ない人にならなくて済むはずだ。
そうやって見つめ合っていると、ばたばたと足音が聞こえてきた。
現れたのは目を輝かせた制服姿の少年少女のグループ。
その背には真新しい武器があった。は霊トレーサーだ。
「絶対クリアしてやるぞ」
「学校が始まる前に一階層だけでも」
「そうね。転移ゲートがあるところまで進みましょう」
「その続きはまた明日、今週中にボス部屋まで行きたい」
「頑張りましょう」
「うわ、すっげええ可愛い」
「新人? あんな可愛い新人いたか?」
「しかもメイドだぞ」
「バトルメイドか? 尊い」
ミルフィーを振り返って何度もジロジロ見て興奮する男達。
それを冷ややかな目で見るパーティー仲間の女達。
そりゃあミルフィーは可愛いからな。振り返ってでも見たいよね。
二度見三度見してもおかしくはない。むしろ何度でも見ちゃうよね。
まあ、霊トレーサーにはミルフィー見えちゃうよね。ははは。
地上に出ると健やかな朝日がボッチの目を焼いた。
「ギャ」
ミルフィーが白い手で目を覆い、俺の背中に隠れた。
現実の太陽の影響を受けるとは流石ミルフィーだ。
「おっ」
通勤途中のサラリーマンがミルフィーを二度見三度見した。
「げっ、すっげーかわいい」
「モデル?」
「芸能人? アイドル?」
周囲に行き交う人々がミルフィーに見惚れてそう口にした。
そうだろう、そうだろうミルフィーは可愛い。
生徒会長と副会長、リンダ先生とはまた別のベクトルの可愛さだ。
小悪魔的な魔物的な人間離れした可愛さだ。
「ギョヘヘ」
ミルフィーが頬に手を当てて照れた。
しかも強いのだ。俺の自慢のサイキョサイカワのミルフィーだ。
「なんであんなキモイ奴と一緒にいるんだ? あいつが拉致したの?」
通学途中の女子学生が俺を睨んだ。
「マジかよ」
「デケエエ」
男子中学生がエロい目でミルフィーを下から上に何度も見る。
そりゃミルフィーは可愛いからね。デカいけど。
ん?
えっと、ちょっと待って。
ミルフィーを見て黄色い声を上げる彼らの背中にはイマジナリーウェポンはない。
つまり一般人だ。
なんで君達一般人がミルフィーのことが見えているんだ?
そりゃミルフィーは可愛い超美少女だけど?
「ミルフィーギャワイイ。ギョヘヘ」
ミルフィーがゴブっぽく笑った。
「変な笑い方だけどカワイイ」
「外人?」
確かにその通りだと、周りの通行人が鼻の下を伸ばした。
「どこのお店の制服だ?」
サラリーマンがデレデレとミルフィーを見る。
え? ちょっと待って?
なんで普通の人にミルフィーの声が聞こえるの?
「……」
メンタル霊の存在である魔物は普通の人間には見ることも触ることもできないはずだ。
ミルフィーがSSR級の存在だからか?
「お前声かけろよ」
「無理だって」
「外人モデル?」
「写真、写真」
周囲に人だかりができてきた。
アイドルが町中に現れたようなものだ。
「あいつ、誘拐犯人じゃね?」
俺の見た目は誘拐犯にしか見えない。
このままでは俺が逮捕されちゃう未来線しか見えない。
騒ぎが大きくなる前に避難。逃げるが勝ちボッチ。
「ミルフィー。飯でも食うか」
「ギャッター」
俺達は人だかりから逃げるようにファミレスに入った。
どうする? 慌てるな。これは夢だ。
ミルフィーは俺のモテない願望が生み出した幻想だ。
目を開けると消えているはずだ。
「ギョーリ?」
可愛い顔のミルフィーが顔を傾げた。
「ギョーリ。ギャラヘッタ」
ああ、可愛い声だ。きっとこの声は幻聴だ。
「ギョーリ。ギャラヘッタ」
ああ、もうミルフィー、俺の現実逃避を邪魔すんなよ。
どうする? このまま連れて帰るか? どこに? 家に?
家には最強暴君の姉ちゃんがいるのだ。
それに妹の園になんて言い訳すればいいんだ。
美少女をダンジョンで拾ったんで飼ってもいい?
ダメに決まってんだろ。ミルフィーは魔物だが見た目は美少女なんだぞ。
ああ、どうすればいいんだ? まさか現実世界にまで付いてくるとは想定外。
「いらっしゃいませ。お二人様ですねこちらへどうぞ」
そうこうしているうちに俺達二人は店員に席に案内された。
キョロキョロするミルフィーの可愛い仕草は店員にも確実に認識されている。
なぜなら店員の鼻の下が伸び切っているのだ。
認めざるを得ないだろう。この現実を。
ミルフィーが現実に存在していることを。
ミルフィーは俺の後ろにピッタリくっついて歩く。
魔物ってそんな簡単に現実化するのだろうか?
「ご注文がお決まりでしたらボタンでお呼びください」
ミルフィーがキョロキョロ店内を物色している。
珍しいのだろう。
魔物って何食べるんだろうか?
もしかして人間? そのメンタル霊?
そんなものファミレスに置いてないぞ。
「ギョーリ」
ミルフィーがメニューを見せろと手を出した。
魔物のお口に合うか分からないが、この中で食べたいもの選らんでおいてくれ、俺はちょっと、おしっこ。
「ギャイ」
ミルフィーが笑った。サイカワ。この美少女が元ゴブリンなんて誰が想像しようか?
俺は振り返ってミルフィーを見ると涎をたらさんばかりにメニューに釘付けになっている。
見た目は美少女だが行動は小さな子供にしか見えない。
微笑ましい光景だ。俺もあんな子供時代があったな。
いったいどこで道を踏み外してボッチ街道に進んだだよ。
「ギャブ」
突然、ミルフィーがメニューにかぶりついた。
え? ちょっと待て。それは食べ物じゃないから。
ミルフィーダメ、ミルフィーダメ。
俺はトイレの前で両手でバッテンを作った。
ミルフィーはやはり元ゴブリンだ。
人間社会に出たのは初めてだから仕方がない。
これは人間の社会の常識を一から教える必要があるぞ。
ファミレスでメニューにかぶり付いている元ゴブリンを見て俺はクラクラしてきた。
とにかくこの非現実的事象をボッチになって考えよう。
ミルフィーは家にも学校にも連れて帰れない。
人間社会でどうやって生きていく?
どこかに隠せる場所はないか?
はっ。あるじゃないか。
クロガウのように黒牛守のダンジョンか路地裏ダンジョンに隠れてもらおう。
そうだそれがいい。
冴えわたる俺のボッチブレインが導き出した最適解、ミルフィーはダンジョン行き決定。
これでソリューションは全て丸く円満にウィンウィンに解決だ。
身も心もさっぱりした俺が席に戻ろうとすると、ミルフィーの待つ席で店員が立っていた。
「注文を繰り返します。ファミリーサラダセットに大盛バーグ、大盛カレーに、大盛カルボナーラにアンガスステーキダブルですね」
え? ちょっと待って、ミルフィーなんで勝手に注文してるの?
俺は慌てて財布の中を確認した。
「くっ」
俺の額に冷汗が垂れた。
ボッチのコミュ障の俺には、今の注文間違えましたとか、違いますとか、帰りますとか言える能力はない。
それにあのミルフィーの楽しそうな笑顔。
拒否なんて不可能。
俺はUターンしてトイレに逃げた。
どうしよう、一難去ってまた一難。
霊トレーサーとなって覚醒した俺は燃費がすこぶる悪い。
最近の買い食いのおかげで俺の隠しお年玉財産は底をついていた。
まさかミルフィーがあんなに頼むとは思わなかったぞ。
なんで元ゴブリンが注文できるんだよ。
俺がファミレスで注文できるまでに何年かかったと思ってんだ。
どうしよう? このまま他人のふりして店から逃げるか?
ダメだダメだ。あんなに可愛いミルフィーを置いて行ったら、悪いお兄さん達に拉致されるだけだ。
それに置いていったら気になって夜も眠れない。
あれはクロミズの眷族であり俺の使い魔なのだ。
俺には使い魔を守る責任があるはずだ。
可愛い美少女を守る必要があるはずだ。
クロミズ、なんか金目の物を持ってないか?
俺の掌がズシリと重くなる。
掌には金色のゴールド的な金属があった。
これってあれだよね、金ってやつだよね?
ああ、クロミズ君。一つ質問なんだが、このゴールドはどうしたのかね?
ああ、みなまで言うな。どうせ、お暴れなったときに手に入れたものでしょ。
他人の剣や武器は使えるけど流石に他人の金を使えるほど俺に度胸はない。
もしかしてこれで会計できるか?
キャッシュレスのこの時代だ。金の塊でもいけるはずだよね。
いやあ。お客様これはちょっと、ってなるに決まっている。
ドン引きされて冷ややかな目で見られちゃうに違いない。
冷ややかな目は絶対ダメ。トラウマ復活しちゃうから。
ああ、どうすれば――とトイレの洗面台の前で途方に暮れていると――。
「あれ? カガッチ? 珍しいっすね。ここで朝飯っすか?」
どこかで聞いたことのあるチャラい声がした。
一度聞いたら忘れられないほどのチャラい声。
俺のことをカガッチと呼ぶ奴は限られている。
木曽三川警護団だけだ。
いつもならウザい声なのにどうだ?
今日は救世主の声に聞こえる。
俺のピンチにボッチの神が救世主を送ったのだろうか?
トイレの個室から出てきたのは後光を纏いスッキリした笑顔の木曽三川警護団のチャラ男だった。
神は、ボッチの神は俺を見捨てていなかった。
「おおおお、おあねあして」
俺は自分でも何言ってるのか分からない噛み噛みセリフを放った。
「ちょっと何言ってるんスか。いくらカガッチ慣れした俺でもそれは理解不能っス。ちゃんと日本語で言ってくれないと」
チャラ男が引きつった顔でそう言った。
失礼過ぎっしょ。ちょっと噛んだけど日本語だっただろうが。
「かか、金、かか、貸して」
「え? 嫌っすよ」
チャラ男は俺の必死の思いのこもったセリフをバッサリ叩き落した。
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字修正いたしました。




