60 サラリーマン冒険者との死闘
俺の前には二振りのバスターソードを構え、険しい表情を浮かべたサラリーマン冒険者が立っていた。
そのバスターソードの先は空中でピタリと停止し、その力が剣先までに伝わっていることが分かる。
つまり圧倒的に強いということだ。
この人と剣を交えることになるとはなんという運命。
彼は俺がよく立ち寄る早朝のコンビニでよく見かけるサラリーマンだ。
その背にバスターソードを背負うことから俺はサラリーマン冒険者と勝手に呼んでいた。
背中に煌めくバスターソードは二振り。
あんなバカデカい剣なのに二刀流。
俺のイマジナリーウェポン――阿形と吽形の二刀流は彼の影響も受けている。
勿論、麗しの生徒会長と副会長も二刀流。
俺が二刀流に憧れるのも当然だ。
その威風堂々とした自信に満ちた立ち振る舞いはボッチの俺に醸し出せるオーラではない。
いわば心の師。その師たる彼が、痴漢容疑の俺をダンジョンまで追ってきたのだ。
なんたる不運。なんたる悲運。
できれば戦いたくはない。
だがこれが世界の選択ならば受け入れよう。
戦う運命ならば受け入れよう。
そしてついでにダブルバスターソードの戦いを学ぶのだ。
これが不幸な誤解だったとしてもボッチの俺はただでは転ばない。
だがどうやって戦う?
俺のメンタル霊容量は空っ穴のはずだ。
リンダ先生とのくんずほぐれつの戦いで使い果たしているはずだ。
だがこのダンジョンに入れたということはメンタル霊は多少は回復したのだろうか?
クロミズ、キンミズサマ、黒牛守行けそうか? 俺は心の中で問いかける。
いけるボッチよ。
三柱の神の代わりにボッチ君が軽快に答えた。
ボッチ君が言うなら間違いない。
「君が痴漢とはねえ。詳しくは警察で聞こうか?」
サラリーマン冒険者がバスターソードを構え直した。
今更謝っても許してくれそうな雰囲気ではない。
土下座して謝るか? いや、俺が土下座するのはスカートの前だけと決めている。
ラッキースケベの御褒美がなければ土下座などできない。
「君も霊トレーサーならば、分かるな?」
「……」
全然、全くこれっボッチも分かりません。
霊トレーサーだから何だ?
俺は霊トレーサーの前にボッチだぞ。
もっと分かりやすく幼子に話しかけるように話せよ。
クロミズ何か強そうでメンタル霊消費量が低いコスパ最強の武器を貸してくれ。
そんな都合のいい武器があるはずがないって?
だが漫画やアニメならば御都合主義の神様が解決策を与えてくれる。
そう俺の中のクロミズは神なのだ。
困った時だけの都合の良い神頼み。聞いてくれるよな?
ああ、きっと心の優しいクロミズはきっと俺の我儘を聞き遂げ、なんとかしてくれるだろう。
一生のお願いだから。
俺の中のミニクロミズが腕を組んで悩み始めた。
そしてキンミズサマ。
一生のお願い。
俺のメンタル霊容量は少ない。
身体全体を身体強化で覆うのはコスパが悪い。
なんか考えてくれ。
キンミズサマも神だ。
きっとボッチの我が儘を聞き遂げてくれるに違いない。
すると俺の無茶ぶりを聞き遂げてくれたのか、俺の手と足だけが金色の加護に包まれた。
「ほう。やはり加護持ちか? 金色? まさか……?」
そして俺の左右の手には見たこともない剣が握られていた。
これが、クロミズが選んだ武器か?
「なっ。その刀は武蔵我聞、弁慶我聞?」
サラリーマン冒険者が驚いている。
なんだその強そうな剣豪っぽい名前は?
「君、その刀をどこで? それは古式イマジナリーウェポン……天蓋武装?」
サラリーマン冒険者の構えが乱れた。
「……」
勿論ボッチの俺は答えない。
これはクロミズが御暴れになった時に討伐に来た霊トレーサー達を皆殺しにした時に奪ったイマジナリーウェポンだ――と心の中で答えてやった。
そして俺は滅多に開かない口を開いた。
「凍てつく恋の炎よ。灼熱の氷の微笑よ。我の眼前の敵を討ち滅ぼせ……ファイヤーアイス」
適当な詠唱をする。
その詠唱により俺の中の神が俺の意思を具現化する。
メンタル霊が収束し属性が付与され魔法となって煌めいた。
「なっ、魔法? しかも二属性だと?」
驚くサラリーマン冒険者に赤と青のメンタル霊の躍動が爆発した。
高温と絶対零度の物理的に相反する炎と氷の魔法がサラリーマン冒険者を焼き、凍てつく。
そして俺はその隙に音も立てずに走る。
身体全体を覆うのではなく、関節や手足の先だけを身体強化した移動はフルパワーの身体強化よりも遅い。
たが普段のヒョロガリボッチの俺が走るよりは何倍も速い。
「なっ」
俺は二振りの刀を背中に振り下げてサラリーマン冒険者から隠すようにジグザクに走る。
地面を蹴り方向転換する度に強烈な慣性が俺の身体を切り裂く。
だがここは物理法則を超えたダンジョンだ。
慣性や運動エネルギーなど気のせいだ。
そう念じた瞬間、俺の身体にかかる慣性が消えた。
俺の体重が消え、視界が加速する。
俺は物理法則を超え始めていた。
「なんだと? 瞬歩?」
目の前にはバスターソードを構えるサラリーマン冒険者。
「大地の力持ちよ。その忍耐強き心で眼前の敵を貫け。ストーンレイン」
俺はサラリーマン冒険者の至近距離でわざとらしく詠唱した。
俺の身体から無数の石が発射された。
そうこれは魔法ではない。ただのボットガンだ。
河原で集めた石を放っただけの攻撃。
詠唱はこのボットガンを魔法と見せかけるためだけのものだ。
戦いとは心理戦。俺はそれをバトル漫画で習った。
「なんと三属性? こいつは驚いた。だが……ハッ」
サラリーマン冒険者が叫び声だけで俺のストーンレインを弾いた。
なんて奴だ。流石はサラリーマン冒険者。
それでこそ俺の憧れの存在。
弾いたストーンレインが石礫となって俺に降り注ぐ。
俺の衝撃無効の身体を激しく叩く。
俺は石の雨の中を地面を蹴ってサラリーマン冒険者に突進する。
俺の到達先にバスターソードが轟音を上げながら襲いかかる。
「ちっ」
俺は身を屈め地面すれすれでバスターソードの大質量の塊をやり過ごす。
バスターソードの巨大な刃に擦ったボッチの黒髪が何本が持っていかれる。
サラリーマン冒険者は二刀流だ。
もう一振りのバスターソードが俺の退路を塞ぐように水平に振られる。
縦と横の数フレーム差の同時攻撃。
どういった関節してんだよ。
俺の回避先は完全に断たれた。
前に進めば、バスターソードの柄頭で殴られるか、その丸太のような太い足で蹴られる。
後ろに下がればバスターソードの間合いど真ん中。斬られるだけだ。
――ならば。
俺は地面を蹴って舞い上がる。
空中に飛び上がれば身動きが取れず、まな板の上のボッチとなり格好の的となるのがセオリーだ。
案の定サラリーマン冒険者が笑う。
だが俺には糸のように伸びるボット細胞がある。
俺はそれを使用して空中で移動することが可能だ。
だがそれはここでは使わない。
手の内を見せびらかす戦いは推奨できない。
俺はそれをアニメで学んだ。
俺は逃げる為に飛んだのではない。
攻撃するために飛んだのだ。
そのまま刀を叩きつけるように振り下ろす。
左右の刀をずらしながら、サラリーマン冒険者の頭上に振り下ろす。
前方宙返りしながら、回転縦斬りを放った。
「ほほう」
俺の刀がサラリーマン冒険者のバスターソードに連打の猛打のビートを刻む。
激しく飛び散った火花が互いの目に入るのもいとわず、縦斬りからの逆袈裟、水平斬りからの突きを放つ。
だが、サラリーマン冒険者のバスターソードはびくともしない。
まるで揺るがない。
空中に固定されたかのようにその場で維持したままだ。
「ふむ。勇気もある……だが……」
サラリーマン冒険者がバスターソードを手放し、俺の足首をつかんだ。
「なっ」
俺は地面に叩きつけられた。
視界が高速で流れ、衝撃無効が俺の脳裏に過ぎる。
俺は足を掴んだサラリーマン冒険者の腕を斬り落とそうと刀を振るう。
だがサラリーマン冒険者はその寸前に、俺の足を手放し、放り投げたバスターソードを掴んで俺に振るう。
俺はサラリーマン冒険者のバスターソードの巨大な刃を蹴りつけ、飛んで距離を取る。
数フレーム前に俺がいた空間をサラリーマン冒険者のバスターソード通り過ぎる。
轟音が、狂風が俺の黒いボッチ髪を揺らす。
距離を取ることに成功した俺は飛び去りながら口を開いた。
「恒星に至る道。巨大惑星の衝撃を持って知るがいい。我の魂の重さを。ジュピターウェ……」
俺は蹴った勢いで後方に飛び去りながら魔法を放とうとするが――。
そこへサラリーマン冒険者のバスターソードから斬擊が飛んだ。
「ーブ、ぐっ」
斬撃が俺の胸に直撃して詠唱が途中で止まる。
詠唱が中断された俺の魔法は発動しない。
「させないな」
「……」
だがこれは詠唱ではない。
ただのボッチのアクティブスキル――独り言だ。
ボットガン。
俺は心の中で命ずる。
そう本当の狙いはボットガンだ。
わざわざ詠唱したのは虚言。
クロミズのアイテムボックス内の一際大きな巨石が高圧で放たれる。
その着弾地点はサラリーマン冒険者の堀の深い目だ。
いくらなんでもこの距離で避けきれるはずがない。
だがしかしサラリーマン冒険者は顔を軽く傾けて俺のボットガンをかわした。
「詠唱とは違う魔法を? まさか詠唱はダミー? 無詠唱か? それなら遠慮はいらんな」
サラリーマン冒険者がバスターソードを振り切った。
俺は更に斬擊に襲われる。
一個、二個。三個?
なんと三個の斬擊が同時に襲いかかる。
二振りのバスターソードなら放たれた斬擊は二回のはずだ。
何回振った?
俺は地面を蹴って水平に飛ぶ。
俺の背後を重圧が通り過ぎた。
俺は刀を持ったままの拳で地面を叩きつけ、自分の軌道を強制変更する。
俺の目の前にサラリーマン冒険者の太い足が迫る。
俺は蹴られた。
そして跳ね上がった所をバスターソードの柄で殴られる。
視界に火花が散る。
地面に叩きつけられた俺はサッカーボールのように蹴られた。
空中に舞い上がった俺にバスターソードが迫る。
強い。
だがそれでこそサラリーマン冒険者だ。
俺は吹っ飛びながらボットガンを放つ。
しかも一発二発ではない。複数の無数のボットガンを放った。
何百発という石の雨――ストーンレイン。
サラリーマン冒険者がバスターソードを回転させて防御態勢をとる。
俺はその間に地面を蹴りつけて更に距離を取った。
「炎の魔人よ、その息吹を今ここで堪えよ。そして我の願いし威力を保ったまま邁進せよ。ファーアーボム」
俺の適当に唱えた詠唱によってメンタル霊が収束して魔法となって具現化した。
地面が爆球に包まれる。
驚愕の表情を浮かべたサラリーマン冒険者の彫りの深い顔に真っ黒の影を投げる。
俺は爆発に紛れて更に更に距離を取ることに成功する。
サラリーマン冒険者が地面を蹴って俺との距離を詰めようとする。
クッソ速い。
バスターソードが物理法則を超えて俺に襲い掛かる。
俺は刀を振り回し必死に対抗する。
何合もの鍔迫り合い。
防戦一方、違う完全に押されている。
俺は身を屈めてサラリーマン冒険者の巨体の死角から回し蹴りを放つ。
だがサラリーマン冒険者が片足を上げて俺の攻撃を脛で受ける。
俺は右手で路面を叩きつけ起き上がる。
俺の刀が逆袈裟でサラリーマン冒険者の顎を狙う。
しかしサラリーマン冒険者が身体をそって回避。
そのまま後方宙返り。
丸太のような足が蹴り上がり俺の死角から顎に迫る。
俺は刀を胸の前に差し出しその蹴りを防ごうとするが間に合わない。
俺の顎に直撃し俺は振っ飛んだ。
サラリーマン冒険者のバスターソードが俺を追撃するように逆袈裟で迫る。
俺は慌てて咄嗟に刀を振る。
火花が散る。
だが運動エネルギーが桁違いだ。相殺不可避。
俺は吹っ飛ばされるがボットガンを放つ。
「なんと」
サラリーマン冒険者が高速で撃ち出されたボットガンをバスターソードで弾いた。
バスターソードが少しだけずれる。
俺はそれを見逃さない。
着地と同時に大地を蹴って水平に飛ぶ。
サラリーマン冒険者がバスターソードを振る。
圧倒的な体重差があった。
圧倒的な技術差があった。
圧倒的な経験差があった。
圧倒的な速度差があった。
だが構わない。
俺は迷わず構わず刀を振る。
サラリーマン冒険者が俺の刀を軽く弾く。
そしてそのまま巨大なバスターソードが俺の頭をかち割ろうと迫る。
俺は半身をひねって回避。
「曇天の空を切り裂くのはプラズマの幻影。願わくば――詠唱破棄、サンダーピラー」
サラリーマン冒険者が詠唱破棄して魔法を放った。
なんとサラリーマン冒険者も魔法剣士?
そのゴリマチョで体育会系スタイルに騙された。
なんと彼も魔法剣士だったとは。
この距離で避けきれない。
俺はあっけなく稲妻に撃たれた。
「ぐああああ」
俺の身体が高圧電流により一瞬だけ身体が硬直する。
「よく頑張った」
サラリーマン冒険者のダブルバスターソードが俺の身体に二本同時に突き刺さった。
貫通無効が無効化されている。
激痛が走る。
やはりサラリーマン冒険者は加護持ちか。
そしてニヤリと笑い、刺したバスターソードを左右に開いた。
俺の腹が引き裂かれ、俺は二つに分断された。
「ぐはっ」
視界が傾き。
メンタル霊が飛散する。
俺を構成していたメンタル霊が粒子となって拡散する。
「俺に魔法を使わせるとは、やるじゃないか? グフッ」
勝ち誇ったサラリーマン冒険者が吐血するように口からメンタル霊を吐いた。
サラリーマン冒険者のその分厚い胸からは刀の先端が顔を出していた。
俺の刀……武蔵我聞と弁慶我聞だ。
「なんと? まさか?」
「裂けろ」
「分身だと?」
俺はサラリーマン冒険者の背後から突き刺した二振りの刀を左右に開いた。
サラリーマン冒険者の身体が上下に分裂した。
そう分身だ。
最初の俺はボット細胞で構成した偽ボッチ。
本物ボッチはこっちだボッチ。
「凶司の技? まさか君が凶司の言っていた弟子か?」
サラリーマン冒険者が倒れ際にバスターソードを振るう。
その切っ先が偶然にも俺の首に直撃し、へし折り叩き斬った。
ニヤリと笑うサラリーマン冒険者。
決して偶然なんかじゃない。
狙ってやったんだ。
なんという執念。なんという強さ。
俺の憧れの存在は強いなあ。
「つよい」
「君もな」
俺達はメンタル霊を失いダンジョンから強制排除された。
――路地裏。
「いや、参った、参った。まあ凶司の弟子なら強いか、ああ、おれはテツだ」
サラリーマン冒険者が笑って握手してきた。
「ああ、君が痴漢じゃないのは見てたから知ってる。ただ一度戦ってみたかっただけだから、まさか野良ダンジョンにゲートなしで逃げ込むなんて驚いたよ」
「え?」
「今年の新人は凄いな。キリヒメサマの試練を超えた奴やら、二人の勇者の出現や、ヤオロズウェポンを二振りも持つ奴やら、勇者を倒す奴やら、暗殺者を殺す奴やら、凶司を倒す君とか」
「え?」
すいません。多分それ全部俺っす。
しかし、なんでバレてるのだろうか?
俺は誰にも話していない。
特に勇者のことなんか誰にも言っていない。
暗殺者の件もそうだ。
この事実を知っている者が一人だけいた。
キリヒメサマもといオシャベリヒメだ。
ペラペラ喋りやがってあのオシャベリヒメ。奴には秘密という概念がないらしい。
つか凶司って誰? 二人の勇者?
「今度は一緒にダンジョンで魔物を狩ろう。ああ、連絡先教えてくれ」
「え、はあ」
俺はサラリーマン冒険者こと、深山鉄と番号を交換した。
「じゃあ。凶司によろしくな」
そう言ってサラリーマン冒険者は去って行った。
だから凶司って誰?
俺はひとり路地裏に取り残された。
強かった。流石サラリーマン冒険者だ。
突然スマホが鳴った。
ごめんちゃい。
舞夢からの短いメールだった。
かわええ。これで巨乳だったら大好きになってた。
全てを許そう。舞夢が良かれと思ってやったことだ。
悪いのは、俺の悪そうな見た目。痴漢と間違えられちゃうこの見た目。
舞夢は悪くない。俺の見た目が全部悪い。
帰ろう。
俺は河原に寄って、弾丸となる石を補給して家に帰った。
そして爆食いして爆睡した俺は深夜に目を覚ました。
ログインボーナスを受け取ろうとスマホを見るとメッセージが届いていた。
なんと麗しの生徒会長からだった。
細いボッチアイが二ミリ程、開眼した。
俺の脳細胞がいきなり最高演算速度に到達した。
慌ててメッセージを開く。
そこには――。
こここ。
――と意味の分からない三文字があった。
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字修正いたしました。




