59 ダークエルフサキュバス
俺の目の前でプリプリの桃が左右に揺れていた。
そこから伸びるは黒タイツの太股。
高いヒールが固い床をカツカツとリズミカルに鳴らす。
そう、俺はガン見していた。
躊躇なく遠慮することなく、その黄金曲線を、美的肢体を上から下までガン見していた。
アップに結んだ揺れる髪の向こうには褐色のうなじ。
細い背の向こう側に垣間見えるのは張り詰めた布地――巨大な双丘の片鱗。
「……さあ、ここなら誰も来ないわあ」
漆黒のダークサキュバスが振り向き眼鏡が光る。
高い鼻ですね。それにその泣きぼくろ、とってもドエロいですね。
睫毛が長すぎて、眼鏡に接触してますけど?
俺はその美に完全にノックダウンボッチされていた。
生徒会長や副会長が光の美だとしたら、この方は闇の美だ。
触るな危険的な美。触るなと言われたら触りたくなる。
近付くなと言われれば、近付きたくなる存在。
俺は咄嗟にボッチスキル、メソラシであらぬ方向、床を見つめた。
危機回避成功。ムッツリボッチという通り名を貰うところだった。
だがそこは信じられない場所だった。
「……え?」
ここはダンジョン部の前だった?
何故ここに? ただの偶然か?
ここに入ったら霊トレーサーの俺だけがダンジョンに入っちゃう。
一緒に課外授業出来ないよう。
「さあ、時間もないからさっさと済ませましょうかあ」
「え?」
「さあ、見せてちょうだい。貴方の全てを、そのヤオロズウェポンを……」
――とリンダ先生が色っぽく両手を広げた。
今なんつった? ヤオロズウェポンだって?
褐色美女が口に出していい言葉ではない。
そんな中二ワード、その色っぽい口から出ていい言葉ではない。
「泉と千草から、話は聞いているわあ。ああ、そうそう自己紹介が遅れたわね。私がダンジョン部の顧問の加納鈴よおう」
リンダ先生が腕を組んで真っすぐ俺を見た。
ダンジョン部の顧問?
顧問なんていたの? なにその後出し設定。
あのーお言葉ですが普通の人はダンジョンには入れませんよ?
「さあ、クロミズサマの部屋に行きましょうかあ」
ダンジョンのことを知っている。
クロミズのことも知っている。
もう認めるしかない。
この超絶褐色美人のリンダ先生は霊トレーサーだ。
しかも普通の霊トレーサーではない。
とんでもないドエロい霊トレーサーだ。
なんだよ。あの胸は、あの黒タイツは、そしてあの手首の出っ張ったドエロい、くるぶしは? あの美しい尺骨茎状突起は何だ?
俺は混乱したままクロミズの部屋に居た。
ここは俺がクロミズのコア核を取り出し、扉で挟んで潰した懐かしの部屋だ。
「ここなら誰もいないわあ。さあ二人っきりよ。見せてちょうだい」
密室で二人っきりで、な、ななな、何を見せるのですか?
俺は期待に胸をボチボチしていると、リンダ先生が抜刀した。
どこからともなく、イマジナリーウェポンが現れた。
そういえば、リンダ先生のイマジナリーウェポンは現実で見えていなかった。
「え?」
それは剣というにはあまりに武骨で大きすぎだ。
斬るというよりは叩きつける塊のような存在。
鋭利な刃もない。意匠もない。あるのはその硬く重い自重のみだ。
リンダ先生の身長ぐらいの長さの分厚く黒光りした大剣。
「これが私のイマジナリーウェポン……マンバスターズよお」
リンダ先生がドエロく笑いながら構えた。
マンバスターだと? 男殺し。
殺される。ボチ殺される。いや、その魅力で既に死亡。シボゥッチ。
「六星奥義……天破楼竜。この攻撃をかわせたら、トーリ君のダンジョン部入りを承認しますわあ」
リンダ先生が自分の身長よりも巨大な大剣を背後に向けて構え、軽く剣先を振った。
重量を感じさせない非現実な光景。
紙のように重さのないまるで日本製ゲームのような挙動。
ああ、ここはダンジョン。ゲーム的な要素が満載だった。
つか、最後なんつった?
「……え?」
ちょっと待って? 俺ってば、まだダンジョン部への入部が許されてなかったの?
ボッショック。するってーとなにかい? かわせなかったら首ってことかい?
いやだ、いやだ。それだけは嫌だよう。
俺の中のボッチ君が床に転がってジタバタした。
麗しの生徒会長と副会長とのお胸と別れるなんて無理。
絶対勝つ。何としても勝つ。
これこそ人生の岐路。
ここが正念場。天国と地獄の別れ道。
絶対に負けられない戦いがここにあるボッチ。
「あら、思ったよりいい目をするのねえ」
しかも、こんなドエロい先生が顧問だと?
顧問ということは、他の生徒よりも一緒に居られる時間が多い。
こんなドエロい先生とお別れするなんてもってのほかだ。
それにしても何歳なんだろう?
お肌はピチピチだし、皺ひとつないし。あの泣きボクロはなに?
下らぬ妄想に脳才能を無駄に使うな。
集中しろ。目の前の存在に集中しろ。
だが目の前の巨大な張り詰めた布地のせいで全然集中できなああい。
リンダ先生の容姿が若い俺をかどわかす。煩悩が俺の心をかき乱す。
誘惑する。幻惑する。ああ、胸の間の谷間の漆黒の闇。
とても戦えるような状態ではない。
これがゲームだったら俺の瞳のハイライト部分はハートの形状になっていたに違いない。
これが異世界だったら俺は魅了され。完全に奴隷化されていたに違いない。
それ程までのドエロい魅力、幻惑を、魅了を噴出していた。
「いざ推して参るわあ」
リンダ先生の口元がドエロく開いた。
くそっ。こっちは男子高校生だぞ。少しは遠慮とか自重とかしろよ。
悩殺作戦か?
リンダ先生が胸を突き出し、黒タイツの太ももを前に出し、大剣を背に隠すように構えた。
俺は頭を振って誘惑から脱する。
絶対攻撃をかわしてやる。
そうしないと退部になってしまう。
あのマンバスターの長さでは床に接触する。
きっと右か左の水平に振られるに違いない。
右か、左か? どっちだ?
ええい、ボッチもだ。
「阿形、吽形」
俺は右手に阿形。左手に吽形を構える。
遠慮も自重もしないのはこっちも同じだ。
出し惜しみはしない。全力でいく。
「あふぅ」
それを見たリンダ先生が大きな目をドエロく細める。
見ろ。黒くて大きいだろう。
これが俺のイマジナリーウェポン……いやヤオロズウェポン。
大魔王の全絶滅剣と全全滅剣だ。
全力で行くぞ。
さらに……ヒトキレボッチモード。
俺の身体がキンミズサマの金色の加護に包まれた。
視界が拡張され、身体が軽くなる身体強化だ。
やってやる。絶対カアアアツ。
そしてなんだかんだあって、褐色美人との、くんずほぐれつのラッキースケベコンタクトに持ち込む。
それが俺の作戦。
最悪、匂いだけでも嗅ーぐ。
その瞬間、褐色の肌が俺の目の前にあった。
大きな胸元の漆黒の谷間が目の前にあった。
「え?」
速い。時が飛んだ。
いや巨乳が飛んだ。
俺の目の前にリンダ先生が突然現れたのだ。
時間と空間を跳躍したかのような不自然な動き。
まるでキリヒメサマや、奥義を使用した生徒会長や副会長の動き。
そうか、物理法則を超えた挙動……これは奥義だ。
右か左、どっちだ。
どっちから来る?
だがマンバスター左右から飛来しない。
なっ、何と上から振ってきた。
完全に想定外。俺のボッチ脳の演算スタックアドレス外。
そこは手加減して右か左の二択にしとけよ。
第三の選択はずるいぞ。
俺は阿形と吽形を顔の前に交差させる。
だが間に合わない。
加護により感覚だけが加速され、俺の身体が遅れてゆっくりと動く。
この思考加速世界では、俺の動きは遅すぎるのだ。
キリヒメサマに首を刎ねられた時もそうだった。
速く動け、俺。
物理法則を越えろ。
妄想を超えろ。ここは妄想が実現するダンジョン。
想像の向こう側へ加速しろ。
ボッチの俺ならできるはずだ。
「うわああああああっ」
俺の情けない悲鳴と鋭い金属音がこだまする。
「あら?」
俺の顔面の寸前でクロス状に交差した阿形と吽形の先で大剣が停止する。
「はっ、やだ。止めた? うそお、いやん、何なの? この子新人?」
色っぽく悶える加納先生。
これで終わりじゃない。
なんだかんだあって俺はあの胸にどさくさ紛れで突っ込むまで終われない。
ここにはラッキースケベイベントを阻止する副会長はいない。
今しか無い。褐色美人との密室での二人きりの時間。
このチャンスを逃したら来世までチャンスはないだろう。
いけええええ。
俺は剣を振り上げる。
跳ね上がるマンバスター。
加納リンダ先生の顔が近い。
そのまま、押し倒すように突き進む。
だが――。
「仕方ない。本気出しちゃお」
え? 本気じゃなかったの? と思った瞬間、俺は自分の下半身を見下ろしていた。
もう一振りのマンバスターを振り切ったリンダ先生が見える。
俺の両断された身体の断面からは光り輝くメンタル霊の粒子。
何をされたかのか全く見えなかった。
斬られたのだろう。
俺の上半身と下半身が分かれていたからだ。
なんという、青少年に悪影響を与える殺し方だ。
これがアニメだったら、謎の白い光か、ロングのシルエットカットになっているはずだ。
だがこれはアニメでも妄想でも幻想でもない現実なのだ。
二振りのマンバスターを構えるリンダ先生。
確かマンバスターズと呼んでいた。
二刀流?
なんどあの巨大な塊が二振りも?
ああ、どえらい人、もとい、ドエロい人もいたもんだ。
俺はあっけなくボッチ死し、ダンジョン部前の廊下で目覚めた。
「……」
「あらあん、やり過ぎちゃった。テへッ」
ダンジョン部の部室から褐色美人が現れた。
そしてドエロい舌を出して、拳骨で自分の頭を叩いた。
くっそサイカワ。
「トーリ君が新人ってこと完全に忘れてたわあ、ごめんなさいねえ」
加納リンダ先生が倒れたままの仰向けの俺の顔に近づいてそう言った。
今じゃ。
今、ムクリと起き上がればラッキーキッスが出来るはずだ。
ファーストキスはラッキーキッスと決めていたんだ。
今しかない。
千載一遇の大チャンス。
立て、立つんだボッチ。
だがしかし、俺の身体は動こうとしない。
なぜだ? せっかくの千載一遇の大チャンスを棒に振るな。
起き上がれ、俺。
もっと頑張れよ、俺。
だが俺の身体は麻痺したように一ミリも一ミクロンも動かない。
「マンバスターで貫かれた男は暫く動けないのよお」
加納リンダ先生が身体をくねらせた。
何だと、くっそ、蛇の生殺し、ボッチの生殺しじゃねーか。
御褒美とかないの? ぎゅっと抱きしめるとか、優しく抱きしめるとか? ないの?
「あれ? 加納先生。あらトーリ君、死んだの?」
麗しの副会長の声がした。
「リンダ先生」
能天気な生徒会長の声がした。
「あら泉に千草、聞いて聞いて、トーリ君が私の剣を止めたのおう。凄いわあ」
リンダ先生が生徒会長と副会長の元に走って行った。
ボッチを見捨てて。
「トーリ君はキリヒメサマの加護持ちですからねえ」
副会長がジト目で俺を睨む。
「クロミズサマに、コンゴウサマの加護を持っていてヤオロズウェポンまであるとは、もう今年の新人は期待しかないわねえ」
加納リンダ先生が俺をドエロい目で見つめた。
胸がボチボチしちゃう。
「リンダ先生? 任務はどうでしたか?」
副会長がリンダ先生に質問する。
「ええ、人が足りなくて大変だったわよ」
「リンダ先生、暇か? 稽古してくれんか?」
生徒会長がリンダ先生に抱きついた。
「あらあら、いいわよ」
リンダ先生が優しく笑った。
「……」
俺も優しくして、俺も稽古して俺も俺も。
俺は無言で訴える。ボッチアイを寂しそうに見開いて訴える。
「トーリ君、今日はもう帰っていいわ、一回死んだからダンジョン入れないしね」
副会長が冷酷に言い放った。
「……」
「リンダ先生、それで暴走ダンジョンは?」
「ええ、ケルベロスの二つの首を刎ねたんだけど逃げられちゃったあん。でもまあメンタル霊が消えたから消滅したでしょうねえ」
え? ケルベロス?
まさか、凄腕の冒険者って先生だったの?
「へえ、詳しく聞かせてください。ああ、トーリ君、また明日ねえ」
「……」
「トーリよ。朝練サボるなよ」
「ああ、トーリ君、さっきダンジョン部入りを認めないってのは冗談よ。とっくにダンジョン部の一員だから安心してねえ」
「……」
俺はマンバスターの影響なのか、返事も出来ずにそこに取り残された。
俺は悲しそうな目で天井を見上げた。
なんだよ冗談って。冗談で殺されちゃった身にもなれよ。
いくらダンジョンで殺されても現実で死なないからって、両断して殺すことはないだろうが。人間を両断って正気の沙汰じゃねえぞ。
俺はビースト勇者を両断したことを棚に上げて、リンダ先生のボディを思い出し、怒りを鎮める。だから慰めてよ。優しくしてよ。かまってよ。
ああ、全然モヤモヤが鎮まらなああい。
「……サカトーリ君。こんなところで何してるの?」
俺を見下ろすのは美の少女の紗古馬さんだった。
よっ。俺は心の中で挨拶した。
それがさあ、マンバスターでぶっ殺されて動けないんだよ。
助けて。ボチけて。
「……」
俺は目だけで必死に訴える。
「もしかして虐められたの?」
紗古馬さんが心配そうに屈みこんだ。
今だ。今起き上がればそのスカートか、太ももに顔を埋めることが出来る。
俺は必死に起き上がろうとした。
「いや」
紗古馬さんが後退った。
「スカートの中見た? 最低。心配して損した」
紗古馬さんが走り去っていった。
違う、違う、そうじゃない。
そうだけど違う。見えてないから未遂だから。未遂は犯罪にならないよね?
遠くで俺を指さす女子生徒。
その目はゴミを見るような目だ。
違う、違うそうじゃない。
誤解、誤解なんだ。誤解ではない、未遂なんだ。
数分後、身体の自由を取り戻した俺は逃げるように学校を出た。
最悪だ。
ちょっと起き上がろうしただけで、痴漢呼ばわりなんてひどすぎる。
帰ろう。さっさと帰ってふて寝しよう。
メンタル霊が切れた俺はただのヒョロガリボッチに過ぎないのだ。
トラブルとか何も起こりませんように。
そうだ。今日は道を変えよう。
また怪しい奴らに絡まれたり、路地裏ダンジョンに連れ込まれたりしないように大通りから帰ろう。
俺は、いつもは通らない人通りの多い通りを歩く。
人が多いから嫌だが今日は我慢だ。
「おい」
俺を呼び止める野太い声。
違う、違う俺じゃない。
呼ばれたのは俺じゃない。
「おい、ああん」
「あいつじゃねー?」
「おい、テメー」
なんとイキりマスクズ達だった。
呼ばれてたのは俺だった。
死んだ。ボッチ死んだ。
俺がボコボコにした上級生達だった。
この間は、イキって殴ってすいませんでしたあ。
今の俺はきっと野良猫よりも弱いはずだ。
戦えない。
だから俺は逃げた。
「オイコラ、テメー待てよ」
待てと言われて待つ泥棒と痴漢はいない。
だが少し走っただけで、息が切れてきた。
ヤバし。矢が倍で死ぬし。どうするし?
「何逃げんてんだよ? ああん」
「チョマテヨ」
俺はヘトヘトになりながらも逃げた。
だが、メンタル霊が切れた俺の体力など知れている。
俺はあっという間に上級生達に囲まれた。
「くっくっくっ」
「今日はどうした?」
「何逃げてんだよ」
「やけにビクビクしてんじゃねーかよ」
「……」
終わった。
ボッチのピンチ。ボッチンピ。
まあ、何発か殴られれば気が済むだろう。
俺は睨んだ。ボッチアイを見開いた。
さあ殴れよ。無抵抗の俺を殴れよ。
集団でボコッチしろよ。
この人通りが多い公共の場で殴れよ。
「良い度胸じゃねーか?」
「ああん?」
「しねやああ」
「ひい」
俺の口から変な声が出た。
「あれ? 黒いお兄ちゃん?」
「あんだ?」
俺を黒いお兄ちゃんと呼ぶのは一人しかいない。
俺が救ったリア充候補生の小学生女児の舞夢だ。
来ちゃダメだ。悪い奴らに悪いことされちゃうぞ。
「なんだ? このガキ」
「あっち行け」
「行かないもん。黒いお兄ちゃんが悪い男達にボコられちゃう。ああ、どうしよう。ああ、そうだ、こんな時はこれだ。一回使いたかったんだった」
舞夢が鞄にくっ付いているキーホルダーを取った。
「誰かあああああああ。この人達痴漢ですうううううう」
舞夢は大声と共に防犯ブザーを鳴らした。
けたたましい音が路上に響き、通行人が何事かと、こっちを見る。
「なっ、違っ」
「誰かあああ、痴漢ですううううう」
「おい、やべえぞ、おい、逃げろ」
動揺するイキリマスク達。
「あんな小さな子を?」
「おいおい」
「君達、何してるんだ?」
「助けるぞ」
「おお」
大きな声を上げながら、サラリーマン達が走って来る。
正義マン達だ。
やっちゃってくだせい正義マン達さん。
その有り余る正義感で、この悪達をとっちめてくだせえ。
俺は心の中で揉み手をする。
もう揉み過ぎて摩擦で発火しちゃうぐらい、揉んだ。
ああ、正義感を振りかざす輩がこんなに頼りになるとは思わなかったぞ。
「なっ、違うっ」
「なっ、逃げろ」
「なっ。やべえ」
イキりマスク達が慌てて逃げ出す。
「君達待ちなさい」
やったぞ。ボッチの危機回避成功。
ボッチの命を助けてくれてありがとう、リア充候補生。
ありがとう、正義感満載のサラリーマン達よ。
俺はほっと胸をなで下ろした。
正義マンのサラリーマン達、もう用がないんであっち行っていいっすよ。
「そこの君、何をしようとしていた?」
俺は正義マンのサラリーマンに腕を掴まれた。
「え?」
「君、何もされてないか? 大丈夫か? この痴漢は俺が捕まえておく、逃げなさい」
正義マンが俺から舞夢を庇うように割って入る。
えっ?
「あの、その……」
舞夢が困ったようにあたふたする。
あの、その。
俺も心の中であたふたする。
「さあ、早く逃げなさい」
「あれが痴漢?」
「うわ、痴漢っぽいあいつ」
「痴漢だってよ」
「キモい」
人々が集まってきた。
そして俺が逃げられないように皆で囲む。
あのーちょっと、誤解があるんですけど?
痴漢は逃げて行った奴で俺じゃねえっすよ?
なあ、舞夢。俺はリア充候補生に笑いかけた。
「キモッ」
「変な顔で笑ってるぞ」
「いやだあああ」
「痴漢よ」
「いや、ち、」
完全に俺が犯人だ。
世の中顔が千パーセント。
俺の顔は痴漢顔っぽいのだ。犯罪者顔っぽいのだ。
国家公務員はいつも俺を職質する。
だからって人を見た目で判断するのはよくないと思うんだ。
勿論、コミュ障の俺は誤解を解いたりしない。
何故ならば、喋れないからだ。
「誰か警察に電話しろ」
「分かった」
「あ、その」
舞夢が大人達に保護され、俺から遠ざけられる。
警察だと?
これはまずい。ヤバイっす。矢が倍です。
ああ、どうする?
このままでは間違いなく逮捕されちゃう。
退学まっしぐら、ダンジョン部も退部。
妹も一生、口を聞いてくれなくなるだろう。
お舞夢が防犯ブザーなんて鳴らすからだ。
いや、あの子は俺を救おうとしてくれたんだ。
舞夢は悪くない。悪いのは俺のこの犯罪者みたいなボッチアイだ。
俺の見た目が悪いせいだ。
どうするボッチ君?
逃げるがボッチよ。
そんなこといったって加護が切れた俺はただのヒョロガリボッチに過ぎないんだぞ。
俺を囲む正義マン達。
「……」
俺は力なく地面に手をついた。
もうだめだ。
完全に終わった。夢だったんだ。
女神達と一緒に居られて幸せでした。
ボッチはここで死にます。
これからは死んだ目で色あせた人生を送るんだ。
ああ、それは今までもそうだった。
地面に手を置いた手が涙で滲む。
「!」
あれ?
いや、これは涙ではない。
俺の手には金色の輝きがあった。
これはキンミズサマのボット細胞?
まさか? メンタル霊が回復した?
加護が復活した? ピンチ脱出可能。
こいつら全員殺して逃げるか?
いや、この正義マン達を怪我させたくない。
どうする? 逃げ道は?
正義サラリーマンの長い足の間から夕陽が覗いていた。
まるで俺の脱出を指し示す希望の光のように。
俺は地面に手を付いたまま実を低くしたままの姿勢で匍匐前進のまま走った。
どういうことか俺も意味が分からないのだが、うつ伏せのままで全力疾走した。
加護により俺の身体能力は人間を超えていた。
疾走? 違うな、まるで蜥蜴だ。
俺はヤモリのように、イモリのように逃げ出した。
足が長いサラリーマンの股下をくぐって――。
足が長いことがデメリットになるとは思いもしなかっただろう。
俺は進んだ。サラリーマンの股下をその栄光の架け橋を――。
「え?」
「なっ」
「はやっ」
「なにあの動き?」
「キモイ」
「逃げたぞ」
俺はサラリーマンの輪を脱出すると、立ち上がって二足歩行に進化して走って逃げた。
「え? はや?」
「逃げたぞお」
「追いかけろ」
「くそ速ーぞ」
ボッチラナウェイ。
ボッチ逃亡。逃げるが勝ち。逃げなきゃ負け。
追いかけてくる正義マン達。
くっそ、正義マンめ、しぶとい。
メンタル霊が切れかけている。
このままでは追いつかれる。
どうするボッチ君。
知らないボッチよ。
は?
気付くと、昨日の路地裏だった。
もしかして、まだあるのか?
あってくれ。路地裏ダンジョン。
開けえええ、ダンジョン。
俺は眩暈に襲われ、路地裏ダンジョンに入った。
現実から半物質の世界に逃げ込んだ。
そこは歪な塀が重なり、読めない標識が並び、電線が空を覆うダンジョン。
俺は路地裏ダンジョンに逃げ込んだ。
あの正義マン達もここまでは追って来れないだろう。
あいつらは一般ピープルなのだ。
さすがにこのダンジョンには入れないだろう。
しめしめ。 ああ、助かった。暫くここでゆっくり休んでから帰ろう。
さあ、現実には存在しない俺を必死に追いかけるがいい。
俺は現実にはいない。ダンジョンにいるのだからな。
はっはっはっ。
「野良ダンジョンに逃げ込んだか、やはり君は霊トレーサーだったんだね」
「え?」
そこにいたのはダブルバスターソードを抜いたサラリーマン冒険者だった。
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字修正いたしました。




