58 消しゴムのボチ
生徒指導室。
このご時世に生活指導なんて、と思うかもしれない。
だが姉ちゃん世代が派手にやらかしたお陰で、時代に逆行して生活指導室が復活したのだ。
穏便な真面目な草食ボッチの俺が来るのはもちろん初めてだ。
手汗と動悸と緊張で胸がボチボチする。
ああ、以前のひ弱で幼いポッチャリボッチの俺だったら世界の終わりのような顔でここに立っていたに違いない。
だがしかし、俺はボッチり成長したのだ。
過酷なダンジョンによって俺の甘ったれた、ねじ曲がった根暗性格は去勢され、違う、矯正され、筋の通った真っ当な直線ボッチに成長したのだ。
今の俺ならば、死んだ爺ちゃんでも褒めてくれるに違いない。
……グッドボッチと、ってふざけている場合ではない。
善良な俺が呼び出しを受けたんだぞ。少しは緊張感を持て。
俺が呼び出された原因はあれしかない。消しゴムのボチによる乱射事件の件であろう。
やれやれだぜ。今のやれやれの使い方は正しくなかったボッチ君?
正しいボッチよ。ボッチ君がサムズアップした。
気を良くした俺はボッチらしく、失礼しますとか、ノックとかせずに無言で生徒指導室に入った。
生徒指導室の中では、生活指導の筋肉教師とイケメン軍団が顔を寄せ合い、悪代官のような悪い笑顔を浮かべながら密談していた。
「なっ」
「ノックぐらいしろや」
もうこれってグルやん。仲間同士やん。俺をどう倒すかの打合せしてたやん。
ディベート不可能やん。俺が何を言っても無駄なやつだ。
まあコミュ障ボッチの俺は宇宙人が攻めてきても何も言わないがな。
「コホン。おい。加賀坂、呼び出された理由は分かっているな?」
生徒指導の筋肉教師が、密談を誤魔化すように俺を恫喝する。
肩を揺らしたその仕草は、その歪んだ笑顔は悪役そのものだ。
教師というよりも、まるで路地裏の下っ端チンピラだ。
「……」
勿論ボッチの俺は何も言わない、答えない。
俺は表情も変えずに狭い部屋にいる全員を順番に睨む。
「なんだよ」
「やんのか?」
「ああん?」
密談を誤魔化すように虚勢を張るクラスメイト達。
「これを見ろ。お前が怪我させたんだぞ」
チンピラ筋肉教師――略してチンピ教師が机を叩いた。
ごめんよ机ちゃん。俺のせいで叩かれてしまって痛かっただろう。
「痛いよう」
「ううう」
「いたた」
痛みを訴えるクラスの井の中のカワズンズ――略して、井の中ズ。
「……プッ」
俺はそれを見て目を逸らした。笑いそうになったからだ。
いや、時既に遅しだ。笑ってしまっていた。
何故ならば井の中ズが腕に、顔に大げさに包帯を巻いていたからだ。
おいおい、そこは攻撃してないよな?
まあ、加護持ちの俺のことだ。意図せず怪我させてしまった可能性はゼロではない。
だがその場合は、包帯を巻くだけでは済まない。顔や腕を失ってただろうよ。
「どういうことか説明してもらおうか?」
チンピ教師が叫んだ。
え? 説明も何も消しゴムを投げただけだぞ?
消しゴムが当たっただけで怪我させちゃうとは……ああ、これが異世界だったら俺は消しゴムのボチという通り名が付いてしまうところである。
――ざわつく冒険者ギルド。
おい、あの切れ長の目のイケメンは誰だ?
知らないのかよ。あれはS級冒険者の消しゴムのボチだ。
消しゴムのボチだと? 確かドラゴンを消しゴムで倒したらしいぞ。
そんなバカな。ただの消しゴムだろ?
あり得ないだろ。なんていう馬鹿力だ。
流石は消しゴムのボチだ。
「プッ」
――何が消しゴムのボチだ。馬鹿じゃねえの俺。
ああ、俺の冴えわたる妄想タイム大好き。
「な、何がおかしい。お前にやられたと言っているぞおおお」
チンピ教師が叫んだ。
俺の楽しい妄想タイムの邪魔すんじゃねーよ。
この後、消しゴムのボチである俺は傾国の第三王女を盗賊から助けて、仲間に裏切られ、投獄され、暗殺者として江戸の夜に暗躍するのだ。
そして仲間の盾となって滝から落ちて生死不明で終わるのだ。
続編を匂わしながら――消しゴムのボチ。完。
「……」
「こいつがいきなり逆切れして襲い掛かってきたんだ」
「石を投げてきたんだ。監視カメラにも映っているぞ」
「医者に行って診断書を書いてもらうからな。訴えてやるぞ」
悪い顔で俺を糾弾し、ほくそ笑む井の中ズ。
「……」
よくもまあ、嘘を誠のように言う。
この消しゴムのボチを訴えるだと?
証拠はあるんだろうな? ――と俺は心の中で強台詞を吐きながら、井の中ズの包帯が巻かれた腕を掴んだ。
おらあ、その包帯の下を見せてみろよ。
「いてええええ」
叫ぶ井の中ズ。
あれ? 本当に怪我してんの?
ゴメンゴメン。痛かった?
あれ? おかしいなあ。
俺が消しゴムを当てたのは顔のはずなんだけど?
俺は、見た目は子供探偵のように疑問を抱いた。
「いたいいたい」
「キサマ何をするかああ」
チンピ教師が力尽くで俺を井の中ズから引き離そうとする。
だが現実でも加護が効いている俺はそう簡単には引き離れない。
顔を真っ赤にして必死に引き離そうとするチンピ教師。
お前の力はそんなものか? ――という流し目で俺はチンピ教師を睨んだ。
もっと声を出せ。
もっと頑張れよ。
もっと強く引き離せよ。
俺は心の中でチンピ教師を叱咤激励、鼓舞する。
「貴様ああ、離さんかあああ」
――と言いながらチンピ教師が俺を殴った。
「え?」
俺はあまりの衝撃でホワイと心で叫びながら手を離した。
「俺の目の前で暴力は振るわせない」
チンピ教師が俺に暴力を振るいながらそう叫んだ。
えっと、今、ガッツリ暴力振るったよね。
殴ったよね。グーで、拳で、殴ったよね?
ぼ、僕を殴ったなあ?
姉ちゃんにボコボコにされ、爺ちゃんには癇癪の八つ当たりで殴られまくった過去の記憶が蘇った。
くっそ、今の衝撃で、トラウマが三馬身差をつけて駆け巡っただろうが、ボッチの顔を殴るんじゃねーよ。
しかもこのチンピ教師は殴り慣れしている。
その証拠にその顔がランランと血気している。
暴力に酔っている。これは黙認できませぬぞ。
神が許してもこの消しゴムのボチが許さないぞ。
流石に穏便なガンジーボッチの俺こと、消しゴムのボチでも頭に来たぞ。
消しゴムが飛ぶぞ? 何消しがいい? 砂消しか? 角消しか? 練り消しか?
今一番おすすめは百均の切れ端ゴムだ。コスパ最高の飛び道具だ。
「教師に暴力をふるうんじゃねーよ」
火が付いたチンピ教師が俺に再び殴りかかる。
「!」
だが俺は黙って殴られる趣味はない。
でも生徒会長と副会長には殴られたい。
殴った瞬間にお胸が揺れるんだろうな。ええなあ。
俺はクワッと細いボッチアイを見開き、チンピ教師の腕を掴んだ。
「……な?」
チンピ教師が、驚いた顔で俺を睨む。
「……」
そのお返しに俺は無言で睨む。
「……ええい、校内暴力だぞおおお」
散々俺を殴っておきながらのこのセリフ。
こいつバカなのか?
こんなバカでも教師に慣れるのか?
だったら、ボッチの俺でも教師になれそうだ。
――はいはい。静かにしなさい。僕が君達の担任の消しゴムのボチだ。
授業中寝たら消しゴムが飛ぶぞ。後頭部に気をつけな。
とっても良い教師になれそうだ。
――ええい、そんなことはどうでもいい。
俺は握っていた手に更に力を込めた。
「なっ?」
チンピ教師が苦痛に顔を歪める。
暴力、腕力だけがこの教師のアイデンティティだったのだろう。
今までは立ち場を利用した権力の暴力、そして腕力の暴力を振るってきたのだろう。
だが消しゴムのボチには効かない。
お前は暴力に屈する気持ちを味わったことがないだろう?
いつも弱い者を叩いてきたお前に、弱者の、被害者の気持ちなど分からないだろう?
「俺は教師だぞ」
チンピ教師が叫んだ。
だからなんだ?
教師なら教えてくれよ。うまく喋れる方法を。
「年長者だぞ」
チンピ教師が叫んだ。
だからなんだ?
年長者なら教えてくれよ。うまく喋れる方法を。
そもそも年長者を敬うということは、その経験と知識を尊敬してのことだ。
昨今の老人が勘違いしているが年を取れば偉くなるのではない。
経験を積み重ね、リカバリーとソフトランディングの方法を会得し、後輩に真摯に奢らず、威張らない者が偉いのだ。
つまりこの新聞紙のように――と爺ちゃんが新聞紙の山を縛りながらそう言っていたのを思い出した。全然、さっぱり意味分かんねえっすわ。
下の者を叩く人間は尊敬に値しない。
お前の身体を構成する原子一つも尊敬できる個所がない。
それにバカは何歳になってもバカなんだよ。
見た目は大人、中身は子供って有名な探偵のセリフ知らないのか?
お前の前世、絶対ゴブリンだっただろう。
「はなせええ」
チンピ教師が叫んだ。
――話せだと?
このボッチの俺に話せだと?
そんなん無理に決まってんだろ。バカかお前。俺はボッチだぞ。
教師なら察しろよ。察して、まずは天気の話から会話の流れを作ってくれ。
「先生、これは校内暴力ですよ」
「先生に向かって何をする」
「みんなで取り押さえろ」
井の中ズが俺に掴みかかる。
集団的自衛権を発動したらしい。
それよりも君達、怪我はいいのかい?
とっても元気そうだけど? むしろ目がランランとしてるが?
集団で獲物を駆るシャチのような目だ。シャチの目ってどこにあんの?
「ぬぬぬう」
「はなせええ」
「ええい」
「もっと力を入れろおお」
チンピ教師と井の中ズが俺を引き離そうとする。
だが加護持ちの俺はびくともしない。
加護を纏った俺はタフボッチなのだ。
石のように動かない俺。
まるでボッチ石――ボ石だ。ボッチストーン――ボトーンだ。
「ぐぬぬぬ」
「ざけんな」
「もっと力を込めろ」
「離れろ」
さて、これからどうしよう。
多勢にボッチ無勢。四面ボッチ。
このまま、生徒指導室から抜け出すか?
それはナイスボッチアイデアねえ。
こんなところで道草を食っている場合ではない。
早く生徒会長と副会長の巨乳を拝まねば、枯渇しているのだ。
巨乳成分が不足気味でお肌ボロボロなんだ。
「……」
俺はチンピ教師と井の中ズを引きずりながら扉に向かう。
あの緩やかな黄金曲線の張り詰めた布地を拝まなければ――。
「!」
その時、扉が開き、パンパンに張り詰めた布地が目の前に現れた。
この黄金曲線は俺の記憶にない、俺の知らない構成曲線率だ。
なんと生徒会長と副会長以外にも、この黄金曲線を持つ存在がいるだと?
まさか三人目の人類を救う黄金曲線の救世主?
「あらあらぁ、何をしているのかしらぁ?」
大女神が降臨した。
眼鏡の奥には切れ長の目。
その下には泣きボクロ。
高い鼻に、半開きの小さな分厚い唇。
アップにした細い髪。
健康そうでドエロい褐色の肌。
細い首から大きくはだけた大きな胸。
驚くべきことに、その双丘の間には黒。
光が到達不可能なほどの深い谷間。
光の三原色RGBで言えばゼロゼロゼロ。漆黒の谷間。
あまりに巨乳過ぎて、その谷間が暗闇に落ち込んでいた。
そこから続くのは黄金曲線を描いた腰からのライン。
細くも太くもない、柔らかそうなクロタイツの太股。
黒タイツ。くっそ。なんてエロい質感だ。
生徒会長と副会長とはまた違った魅力を放つ強烈な美の巨人がそこにいた。
女性の魅力を凝縮したかのような濃いエロさを噴出していた。
ダークエルフ。いや、ダークサキュバス?
ああ、そして頭がクラクラするような、いい匂い。
くそっ、ラッキースケベ事案タイミングだった。
止まらずその豊満な胸に顔を埋める大チャンスだったのに、俺の馬鹿野郎、今からでも遅くない。前進しろ。今すぐ転べ俺。
だが俺を掴む、障害物のチンピ教師と井の中ズが俺の転倒を阻止した。
くっそおお。離せえええ。俺はあそこに辿り着かねばならないのだ。
人類未踏のフロンティア。人外魔境のあの双丘の隙間に。
「え? 加納先生?」
チンピ教師が小さな声でそう言った。
「あらあらぁ、喧嘩はダメですよぉ」
加納先生と呼ばれた美人サキュバス教師が冷酷な目で睨んだ。
ああ、エロイ。もうエロスギ。
なに超弩級にエロい声。
胸がボチボチしてきた。
「助けてください。こいつが校内暴力を振るっていて困ってるんですよおお」
チンピ教師の顔が醜く歪んだ。
ただでさえ長い鼻の下がさらに伸びている。
男だったら正常な反応だろう。
「あん。とてもそうは見えませんけどぉ?」
可能サキュバスが首を傾げた。
ああ、いちいちセリフがエロい。
普通の言葉なのになんかエロい。
卑猥な言葉を何も言ってないのにエロい。
俺はマックスエロスハイテンションだった。
ええい、テメーら離せ、俺はあの双丘に行くんだ。
「先生、こいつが暴力を」
「リンダ先生助けて」
「リンダちゃん」
井の中ズが加納サキュバスに群がった。
男子高校生ならば正常な反応だ。
リンダちゃん? えっと、このダークサキュバスがリンダちゃん?
「加納先生、さあここへお座りください」
チンピ教師が俺を離して、加納サキュバスに椅子を勧めた。
「あら、ありがとうぅん」
ダークエルフは颯爽と椅子に座り、クロタイツのエロい足を組んだ。
ブホッ。
俺は架空の鼻血を吹いた。
足を組んだだけでこのエロさ。
つかそんな短いスカートで足組むなよ。
「……」
「先生、綺麗ですね」
「ああん、そんなことないわ」
「リンダ先生、可愛すぎ」
「あらあら」
「先生聞いてくださいよう」
綺麗な蜜に群がる羽虫達。
俺は生徒指導室の真ん中に、ひとり取り残された。
これではまるでボッチではないか。
ああ、元々俺はボッチだった。
「あら、怪我をしているの? 大変、見せてみて」
加納サキュバスが井の中ズを見た。
「こんなん大したことないですからあああ」
「そうですよ。わざわざリンダ先生が気にすることじゃないですよおお」
「それよりリンダ先生って彼氏とかいるんですかあああ」
「加納先生、今晩お食事でも」
「……」
なんだ? この光景は?
獲物に群がるピラニアのようだ。
男性を引き寄せる魔物。もうエロいサキュバスにしか見えない。
綺麗で可愛くスタイル、眼鏡、巨乳、褐色美人、クロタイツに泣きボクロ。
凄まじいフェチのオンパレード。
俺はほら、生徒会長と副会長で美慣れしている。
もしも生徒会長と副会長に出会ってなければ俺も前屈み必須の男子的高校生な行動をとっていたに違いない。
「そうねえ、お腹もすいたわねえ。でも今お取込み中なんでしょう?」
リンダ先生が唇に手を当てて流し目でそう言った。
ドキュン。俺の中の何かが撃ち抜かれた。
なにこれ? この人本当に教師か?
「いえ、もう終わりました。加賀坂帰っていいぞ」
チンピ教師が面倒くさそうに俺に手を振った。
「え?」
無言のボッチの俺の口から声がこぼれた。
「リンダ先生、僕らもご一緒してもいいですか?」
「おいしい店知ってます。予約しますか?」
「リンダちゃん」
井の中ズがデレデレにして、手をもみもみしながらリンダ先生に群がる。
ああ、俺も近付きたい。匂いたい。
絶対フェロモン出てるはず。
「あら? でも怪我したのでしょう?」
「いえ、もう治りました」
「そうですよ」
「こんなの嘘ですから」
「え?」
井の中ズが包帯を取って捨てた。
「え? えええ?」
流石の俺も二度驚いた。
こいつらさっきまで怪我したって、俺を激しく弾劾していたのでは?
怪我は自分から嘘だって吐いたぞ。
え? このリンダ先生の魅力、半端ない。非常識だった。
男を狂わせる魔の存在。なんというサキュバス能力。
男を魅了する悪魔的魅力の加納リンダ先生。
この圧倒的なエロい魅力はなんだ? 逆らえない。あらがえない。
土下座不可避。世界の紛争地帯に彼女が降臨すれば、銃声は消え、千年続いた内戦は終結するだろう。
「あらそう、トーリ君、もう帰ってもいいみたいよおう」
加納サキュバスリンダちゃん先生が俺にウィンクした。
俺のガラスのボッチハートが粉々に砕け散った。砕け散った。砕け散った。
はいはいはいはい。トーリ帰ります。
帰りたくないけど帰ります。
「?」
ん? 確かに今、トーリ君と呼んだぞ。
俺の名前は通と書いてトーリと呼ぶ変則キラキラネームだ。
知らない人は普通にトオルと呼ぶ。
つまり、この加納サキュバス先生は俺のことを知っているのだ。
僕のこと知ってくれてるなんて嬉しいです。
どこかで会ったか?
いやいや、こんなダークエルフサキュバス美人なんか一度見たら心に焼き付いてしまうはずだ。
「……」
だが生徒指導室から出るには最高のタイミングだ。
被害者が訴えをあっさり取り下げたのだ。
俺はホワイで満たされたまま生徒指導室を出た。
「あっ……加賀坂君」
そこには、消しゴムを投げられていたクラスメイトがいた。
神妙な面持ちだ。
つか、お肌スベスベ感に大きなクリクリの目。
なに? 女子?いや制服は男だ。
よく見ると可愛い顔をしている。
よく見なくとも可愛い顔をしている。
いや、俺はマイノリティではない。
むしろ、マイノリティになってもいい。
その生徒は目をウルウルさせてこう言った。
「加賀坂君。ごめんなさい。僕が証言するから待ってて」
そして俺と入れ替わるように生徒指導部に入っていった。
「え?」
ボッチの俺は、おい待てよ、とか、チョマテヨとか言えずに無言で見送った。
「加賀坂君は僕を守ろうとしただけです。消しゴムを投げたのはこいつらです。証拠があります。僕が録画していた音声データがあります。イジメてのはこいつらです。先生はどっちの味方なんですかああああああ」
……と大声で泣き叫ぶ男子生徒。
「いや、それはもういいんだ。誤解だったんだ」
チンピ教師の困ったような声が聞こえてきた。
「あらあら」
タイミング悪すぎだろ。
今はサキュバスが吸引中なんだぞ。
早く出てこい。お前もあの魅力に骨抜きにされっぞ。
ああ、俺も骨抜きにされたい。
「加賀坂君がイジメられていた時、僕は何もしなかった。だけど加賀坂君は僕がイジメられた途端、声を上げて助けてくれたんです。僕は卑怯者だ。だが彼は違う。自分がイジメられても文句ひとつ言わなかったのに、僕を守ってくれたんだ。ズズー」
「分かった分かった。もういいから帰れ」
「あら? イジメなのおう?」
加納サキュバスがアンニュイなエロイ声でそう言った。
「違いますよう」
「誤解ですよう」
「ただのじゃれ合いですよう」
「俺達友達だろ」
「友達なんかじゃない」
「ハハハ、照れるなよ」
「照れてない」
「まあ仲良くしろよ。お前らもう帰っていいぞ。加納先生どこに行きますか?」
「帰りません。加賀坂君の疑惑が晴れるまではここから動きませんからあああああ」
イジメられっ子が泣き叫んだ。
俺の為にそこまでしてくれてありがとう。
俺は嬉しいような恥ずかしいような照れくさいような複雑な気持ちだった。
どうしよう。彼を助けに生徒指導室に戻るか?
いや、今戻ったら俺も可能サキュバスの色気の毒牙にやられてしまう。
いや、今でしょう。今しかないでしょう。俺もエロい毒牙にやられたい。
「いや、もうその話は終わったんだ」
チンピ教師が苛立ちを込めた声でそう言った。
「そんな、なかったことにするんですか? 加賀坂君はイジメられてたんですよ」
そんなにイジメイジメって大きな声で言うなよ。
照れるじゃねーか。
「あら、トーリ君イジメられたのおう?」
「そうなんです僕がイジメられた時、加賀坂君は僕を助けてくれたのです。僕は何もしなかったのに、彼は……その。うっうううううう」
男のくせに泣くなよ。
だが俺のことをそこまで思ってくれる人間は初めてだった。
俺も少しだけ感動して泣いた。
「あらあら」
「うわあああん」
「先生、どこに行きますか?」
「僕らも行きたい」
「フレンチかイタリアンか?」
「僕の行きつけの店に」
「うあわああ」
「あらあら」
「先生」
生徒指導室の中はもう滅茶苦茶だった。
会話がまるで成立していない。まるで俺の会話のようだ。
会話のキャッチボールが出来ないコミュ障ボッチの俺が混ざっても問題ない雰囲気。
「あっ、ちょっと準備してくるから、待っててくれないかしらあ」
俺が戻ろうとしていたその時、生徒指導部のドアが開き、黄金曲線が降臨した。
俺の細い目と加納サキュバスの巨大な目と目が合った。
「ふうん」
そして俺を面白そうに見た。
なに? 見ないで、見んといて見んといて。胸がボチボチしちゃうから。
そしてゆっくり俺に近づいて、俺の耳にそのエロい唇を近づけてこう言った。
「トーリ君、今から私とぉ、二人っきりでぇ特別授業しない?」
「え?」
俺は完全に思考停止した。
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字修正いたしました。




