57 新たな標的
「じゃあカガッチ、また明日っす」
チャラ男が陽気にチャラりながら帰って行った。
それに比べて俺はヘトヘチョボッチだった。
ダンジョン内を何周しただろうか?
メンタル霊を増やすには走るのだそうだ。
走るとかいつの時代の特訓だよ。昭和かよ。
まあ、ダンジョンは半分、精神力で構成されているから、あながち間違ってはいないのだが。
これ三分坊主の俺に続けれるのか?
ん?
教室に向かう途中、俺はその異常に気付いた。
ボッチレーダーが反応しないのだ。
つまり俺への攻撃視線が皆無。
誰も俺に怪訝な目も訝しげな目も向けてこない。
陰口も悪口も聞こえてこない。
一体全体どうなっているんだ。
何があった? 何か変わったことはなかったか?
昨日クロガウを拾ったこと?
小学生の女児とメル友になったこと?
ベルフェゴールとクロムと戦ったこと?
テンドー君に加護を奪われこと?
……それだボッチよ。
俺の心の中に住むボッチ君が指をパチンと鳴らした。
テンドー君は俺からクロミズの加護を奪い、パーフェクトテンドーになった。
イケメンが自信を取り戻したらどうなるか?
少し影のあったイケメンが明るさを取り戻したらどうなるか?
その反動でシャイニングイケメンとなって輝き始めるのだ。
もう眩しくて見てられない。この世に敵なしだろう。
自信を取り戻したテンドー君は敵の俺から見ても格好いい。
ダンジョンに入れるようになったテンドー君は俺への嫉妬、執着、ストーキングを止めたのか?
そうとしか考えられない。
部下のイキリマスク達が俺へのイジメを止め、他の生徒も追従した?
「……」
俺は不意打ちで、その辺の生徒を見る。
だが、誰も俺を見ていない。
俺への興味を失ったように誰も俺を見ていない。
「……」
誰も俺を見てこないのは、こないで寂しい。
いやそこは喜べよ。空気君の面目躍如たるボッチの生き様ではないか?
これこそがエアーボッチの真骨頂。
誰にも気付かれずに生きていける。
「……」
教室に入り、自分の席に座る。
なんだか物足りない。
俺はスパイボッチモードに突入し、耳だけを鋭利に敏感に澄ます。
だが俺への悪口も、消しゴムもゴミも飛んでこない。
なんというか調子が狂う。
イジメられているのがデフォだったおかげで普通が異常に感じるのだ。
これは良いことなのだが、まるで別の世界線に迷い込んだかのような違和感。
まさか俺は幸せなボシュタイングゲートに辿りついてしまったのか?
「あいつキモくね?」
「ああ、前から思ってたんだよな」
キタアアア。今の聞きました?
悪口ですよ。俺への悪口ですよ。
俺の研ぎ澄まされたボッチイヤーは地獄耳なんですぞ。
遂に俺へのイジメの証拠を掴んだぞ。
この声は確かイケメングループだ。
彼らはイケメンだ。
だが上には上がいる。
パーフェクトテンドー君や、イケメンパーティーや、ビースト勇者のほうが遥かにイケメンだ。
君らはまだ、俺のイケメンパラダイスにはまだ入会できんなあ。
いや今は、そんなことなど、どうでもいい。
彼らが俺よりもイケメンなことは事実だ。
これはブサメンである俺の小汚い嫉妬なのだ。
「あの髪型、目が見えているのか?」
「キモいよな。男のくせに」
「あれ、女かよ」
コラコラ。今は男女差別に敏感な時代なのよ。
そんなマイノリティを刺激することを言ってはいけません。
ポリコレやらパリコレが乗り込んで来ますよ。
ん?
チョ待てよ……俺はボサボサだけど髪は長くないぞ?
こいつら、何を言っているんだ?
「オラ聞こえてんだろ。無視すんじゃねーよ、消しゴム貸せ」
イケメン軍団の誰かが消しゴムを投げた。
だが俺には飛んでこない。
「当たったぞ」
いや、当たってないのだが?
流石にこれはおかしい。
細い糸目のボッチアイをかっぽじいて確認せねば。
俺は、ええ? もう朝かな? ふええぇ、と幼子が起きたように自然な目覚めのようにスパイボッチモードを解いた。
「!」
だが誰も俺なんか見ていない。
イケメン軍団達は机に行儀よく座り、別の方向を見て笑っていた。
男子生徒が机に突っ伏し、消しゴム攻撃を受けていた。
彼は明らかに起きている。あれは寝たふりだ。
え? いくら鈍感のボッチでもこの状況は直ぐに理解した。
イジメの標的が変わったのだ。
今までは俺がクラスの皆のスケープゴートだった。
俺という共通の敵のおかげでクラスは団結していた。
だがテンドー君が俺への興味が失い俺への攻撃が終わった。
俺へのイジメが出来なくなったことで新たな標的を見つけたのだ。
彼は、俺の身代わりなのだ。
俺のせいでイジメを受けているのだ。
「寝たふりしてんじゃねーぞ」
「ガッコ来んな」
「さっさと帰れよ」
「ヒャハハハ。今動いたぞ。絶対寝たふりだぜ」
「おおマジか?」
「もっと投げろ」
「……」
俺の中で何かが盛大に切れた。
俺がイジメられるのは構わない……ちょっとは構うけど。
俺はイジメ慣れしているからだ。
小学生時代からランドセルの運び屋だった俺はボッチ君という架空のキャラクターを妄想し現実逃避し、精神を保ったほどのイジメられっ子なんだぞ。
え? ボックンって架空の存在だったんボッチかよ?
ボッチ君が自分を指さして驚いた。
そうだ。ボッチ君。お前は俺だ。
そうだったボッチか?
ああ、そうだ。俺はお前だ。いっそのこと入れ替わるか?
いいボッチよ。リア充は皆殺しだボッチよ。
それは賛成だが、今は後にしろボッチ。
ボッチ君の言葉なのか俺の言葉なのか混乱する。
俺の精神は図太く黒く汚れちまったストロングボッチだ。
だから俺への攻撃は我慢できる。
だが――。
俺は立ち上がった。
ガガガガッと椅子が床を擦れ大きな音が響き渡った。
クラスが沈黙に包まれた。
今まで見向きもしなかった皆が俺を見た。
そうだ。その目だ。腫れ物を見るような目だ。
だが皆は俺から目を逸らした。
後ろめたいように――俺へのイジメは禁止されているとでもいうように――。
「……」
俺は無言で消しゴムが散乱するイジメられっ子の机に向かう。
皆も無言でその様子を見守る。
何も言わない。ただ見ているだけだ。
男子生徒の華奢な背中が、長い髪が震えている。
「……!」
俺はイケメン軍団を極細のボッチアイで睨んだ。
「な、なんだ、お前関係ねーだろうが」
「てめえ、またイジメられたいんか?」
「生徒会だからって威張ってんじゃねーぞ」
井の中の蛙大海を知らず。
最強ボッチたる俺にそんな口を利いていいのか?
本気を出せばお前らなんか指先一つでダウンだぞ?
「……」
……と心の中で啖呵を切った。
これがアニメだったら、クワッっと効果音が鳴っただろう。
「な、なな、なんだよ」
「か、かんけーねーだろーがよおお」
動揺する井の中のイケメンのリーダー。
その隣の生徒が机を蹴り、教室が静まり返った。
「……」
俺は落ちている消しゴムを全部拾った。
「おお、掃除してくれんのかよ」
「片付けておけよ、ハハハ、ハギャ」
俺は机の上に座っている奴の顔面に消しゴムを投げつけた。
派手な音を立てて後ろに転がった。
「ぎゃああああいてえええええええ」
「「え?」」
「「は?」」
今度こそ教室が真の沈黙に包まれた。
「てめええ何しやがる?」
「べつに」
俺は静かにそう言いながら消しゴムを投げた。
「ぎゃあああああ」
「てめええ何やっている?」
「べつに」
また投げた。
「いて、いてええ」
「てめええ暴力だぞ」
「イジメだぞおおお」
鼻の頭を真っ赤にしたイケメンの仲間が立ち上がった。
「……は?」
これをイジメと言ったな? お前らが彼にやっていたことはなんだ?
イジメじゃないのか?
だったら今の俺もイジメではないな? と心の中で言ってやった。
「お前は関係ねーだろーがああああ、すっこんでろ」
イケメンが叫んだ。
「は?」
俺はその顔に消しゴムの破片を思いっきり投げつけた。
「ぎゃはあああああ」
イケメンの鼻に命中し、真っ赤な鼻血が噴出した。
加護持ちの俺が本気で投げたら顔面が陥没して死ぬだろう。
俺もそこまで馬鹿じゃない。手加減しているのだ。
これは暴力ではない。
男子生徒同士の仲良しなのだ。じゃれ合いなのだ。
教育委員会の推奨する模範解答のはずだ。
「……」
「いいのか? カメラがあんだぞ」
この教室には監視カメラが設置されている。
イジメを撲滅するために生徒会長が私財を投げ打って設置したのだ。
どんだけ金持ってんだよ。
プライバシーとか個人情報とか言っている奴は不倫か泥棒か犯罪行為に手を染めているに違いない。
勿論、今の状況も録画されているだろう。
だが彼らがこれまで俺にやってきてもなんのお咎めもない。
だから問題なかろう。これはただの雪合戦、もとい消しゴム合戦なのだ。
ああ、楽しいなあ。消しゴム投げ遊びって。
「キサマ、黒岩さんが許しても俺は許さねーぞ」
別のイケメンが叫んだ。
やはりそういうことか。
だからって他の生徒をイジメてもいい理由にはならないぞ。
「は?」
俺はそいつを、そしてクラスメイトを見る。
クラスメイトの顔を見るのは初めてかもしれない。
俺は現実から目を逸らしていた。
「なによ文句あんの?」
切れ目の女子が叫んだ。
「口があんなら喋ってみなさいよ」
「そうよそうよ」
「キモイのよ」
女子達が同調した。
そう声に出さなければ伝わらない。
黙っていても伝わらない。
よろしい。だから言ってやろう。
俺のボッチブレインがスパークし何千通りのセリフを提示する。
「てめえら全員許さない」
俺はそう言ってやった。
ボッチの覇気、ボッチャハキが、もわもわっと醸し出されたはずだ。
「ひっ」
「なっ。俺達は違う」
「俺達は関係ない、こいつらだ」
「最低」
「ひいい」
「ボッチが喋った」
「……」
クラスメイトが驚愕の表情を浮かべて俺を見た。
その目にあったのは恐怖だ。
俺への恐怖だ。物も言わない俺に対する未知への恐怖。
お前らの方がよっぽど怖えよ。
だが皆の気持ちが初めて分かったような気がした。
俺が見ようとしなかったクラスメイトの目。
そこに込められているのは不安と、恐怖。
理解できない者への恐怖。
俺は恨みを込めた目でさらに睨み返した。
「ひ」
「なによ」
「……」
俺の中に溜まっていた何かが一気に噴出した。
俺さえ我慢していればいい、そう思っていた。
だが別の生徒に酷いことをするのは許せない。
なぜなら、その気持ちが痛い程分かるからだ。
彼が俺の助けを必要かどうかなんて関係ない。
俺が勝手にそうしただけなのだ。
俺が助けたら、彼はこれからもイジメられるのかもしれない。
だったらその時も俺は助ける。俺にはその力があるのだ。
イジメられっ子が絶大な力を手に入れたらどうなるか?
こうなるんだよ。
俺は残りの消しゴムを投げた。
壁に激突し、粉々に消し飛んだ。
「え?」
「ひいい」
「嘘だろ」
口で言っても分からない奴は暴力で言うことを聞かせるしかない。
駄々をこねた俺を叱る時に爺ちゃんが言った言葉だ。
そして怒りで人に手を上げそうになった時は物に当たれ。
人に当たるよりはいい。
それって良い言葉でもなんでもないよね?
でも人間の感情は全て必要なものだ。
怒りも、笑いも悲しみも全て必要だから存在するのだ。
どれか一つでも欠けたらそれは人間ではない。
だから自分を誤魔化すなと。怒りたいときは怒れと――。
爺ちゃんはそう言いながら自分で開けた壁の穴を見ながら呟いた。
その後、祖母ちゃんにド叱られて半べそかいていたのはいい思い出だ。
俺はそんな爺ちゃんの遺言通りに物に当たった。
加護持ちの俺が本気で殴ったらこいつら死んでしまうからな。
「……」
俺はなんか文句ある? という顔をした。
「す、すまん」
「ご、ごめん」
「なななな、なに謝ってんだよ、こんな奴に」
全員が敵ではないようだ。だが今さら反省しても遅い。
俺はお前ら許すつもりもない。
だから今まで通りの適切な距離感を保っていおいてくれ。
心の車間距離を……。
あれ? いま良いこと言ったよね?
ふざけている場合ではないボッチよ。
え? ああごめん。
俺はボッチ君に謝った。
静寂を打ち壊したのは予備チャイムだった。
それ幸いと皆はそそくさと席に戻った。
「ありがとう、ありがとう」
俺が助けた小さな背中が何度もそう言っていた。
「……ああ」
俺はボッチらしく、言葉少なめで頷いた。
やってしまった。
ついカッとなってやってしまった。
だが今は反省している。
目立たず空気がモットーの俺が目立ってしまったのだ。
しかも暴力事件を起こしてしまったのだ。
イケメン達が教室を出て行った。
俺を見て笑いながら。
あれ、絶対よくないこと考えているよね。
――放課後。
俺は生徒指導室に呼び出された。
まずは生徒指導室ってどこだ?
知るはずがない。
穏便な草食動物の俺が呼び出しを受けるなんて、世界が崩壊するぐらいの珍事なのだ。
生徒指導室?
俺は校内マップの前で首をひねっていた。
「サカトーリ君」
突然背後から変な名前の人を呼ぶ可憐な声がした。
イタリアンシェフの留学生でもいるのかな?
こちらがボッチーニのクリームパスタでございます。
うわあ。美味しそう。
えっと、そんなことよりも生徒指導室は?
「無視すんな、サカトーリ君」
可憐な声とともい膝カックンされた。
え? ひょっとして俺? 拙者? おいどん? 我のことか?
俺はびくびくしながら振り返った。
そこには頬を膨らませた普通の美の少女の紗古馬さんがいた。
その美しい姿に俺の中のどす黒い感情が一瞬で浄化された。
「聞いてる?」
「はあ」
俺は見惚れていたのを誤魔化すように頭を掻いた。
「大丈夫? なんかサカトーリ君校内放送で呼び出されていたけど、まさかまたあの上級生達に何かされたの?」
紗古馬さんが可愛いお手手を俺の汚い肩に置いた。
衝撃無効。
くっそ、ラッキーエンカウントの衝撃が全く襲ってこない。
クロミズよ。何度も言うけど美少女との接触時は加護切ってもええんだよ。
「……べつに」
俺は曖昧表現で逃げた。
呼び出されたのは事実だ。
だがそれよもりも今はこの手の温もりを感じていたい。
このまま普通の美の少女の紗古馬さんとの至近距離を保ちたい。
「……そう。でも気を付けてね。なんかあったらメールして」
紗古馬さんが離れた。
「ええまあ」
「サカトーリ君、全然連絡くれないし、芽奈ってそんなに役に立たないかな」
紗古馬さんが小さな肩を落とした。
「ええまあ」
「ええ、まあって何よ。人が心配してるのに酷い。もう知らない」
紗古馬さんが去って行った。
ああ、バカバカ俺のバカボッチン。
失敗した。言うべきだった言葉はこうだ。
紗古馬さんの価値はルーブル美術館に寄贈したいくらい美しい価値があるのさ。
ほら、僕の目が細いのは君が眩しくて目を開けてられないからだ。
ああ、美しすぎる。君と同じ時、同じ場所で巡り合ったことを感謝。
――だろーが、何が、ええまあだ。
俺は走り去る普通の美の少女の紗古馬さんの白い太ももを見ながら、そんなことを考えていた。
紗古馬さん、俺なんかを心配してくれてたんだな。
ごめん。俺、人に心配されることないから慣れてなくて。
今度から気を付けるよ。
JPOPばりの恥ずかしい震えるセリフを用意しておくからね。
ということで俺の心は美少女とのコンタクトにより癒され、気分上々で生徒指導室に向かった。
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字修正いたしました。




