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05 ボットモ

 薄れゆく意識の中、どこかで何かの砕ける音がした。

 それは何か硬いものが砕ける音。

 俺のプライドは既に粉々に砕け散っている。

 ここに固そうなものはない。あるとすればボッチ君?

 ボッチ君。惜しい奴を亡くした。


『残念。まだ生きているボッチよ、一生頭の中でブツブツ呟いてやるボッチよ』


 ボッチ君完全に悪霊だろ。

 でも壊れたのがボッチ君じゃなかったら残るは黒スライムのコア核だけだ。

 コア核? その言葉で意識が覚醒する。

 そう、あれはコア核が砕ける音。

 ついに扉が閉まったのだ。

 そしてその間にあった黒スライムのコア核が粉々に砕け散ったのだ。

 視界を覆っていた暗黒が割れた。

 コア核が黒い粒子となって飛散し、俺の周りの液体が拡散した。


「ケホ、ケホ」


 俺は口の中に入った黒スライムの液体を吐いた。


「ゴホ、ゴホ」


 酸素が俺の肺を満たし心臓が身体中に酸素を送り込み瀕死状態だったボッチ細胞が生き返るのを感じた。

 ボス部屋には液体が流れる清らかな音だけが響いていた。

 その音と同時に黒スライムの液体が放射状にじわじわと力なく広がっていく。

 もはやそこに何の意思も感じられない。

 あれだけあった強烈なプレッシャーは嘘のように消えていた。


「……」


 やったぞ。俺はダンジョンのボスを倒したのだ。

 この部屋には俺以外の気配はない。

 俺は力なく扉にずるずると寄りかかった。


「……なんとか勝ったのかな」


 だが勝利の余韻に酔うことはなかった。

 巨大なボスに勝ったのになぜか複雑な気分だった。

 果たしてこれを勝利といえるのか?

 コア核を挟んで倒す。正々堂々と勝ったなんていうつもりはない。

 どんな手を使っても勝てばいいのだ。

 たとえ扉の隙間に押し込んでコア核を潰すという卑怯な手で倒したとしてもだ。

 武器もなく、なんの説明もなくこのダンジョンに飛ばされた俺に正々堂々と戦えというほうがどうかしている。

 なんだか途中で俺の封印された忌々しい過去がフラッシュバックして、危うく暗黒ボッチが誕生するところだった。

 ダークボッチ。それはそれでカッコいい。

 俺はボッチを誇りに思っている。

 ボッチが悪いことだとは思わない。

 だから他人から何を言われようがボッチ信仰を改めるつもりはない。

 そもそも人間が持っている全ての感情は正しいのだ。

 喜びも悲しみも嫉妬も恨みも愛情も執着心も欲望もボッチ魂も全て必要だから備わっているのだ。

 どれか一つでも欠けたらそれは人間ではない。

 だから俺はボッチに傾向していたとしても、このボッチ魂を消したりはしない。

 俺はボッチナルシスト。俺は自分のことが気に入っている。

 このポッチャリ体型も、細い目も口下手なところも気に入っている。

 だから、どれだけ他人にバカにされようが俺は俺をバカにしない。

 俺だけが俺の理解者なのだから。

 俺を否定したら誰がボッチの守護者となるのだ?

 ボッチ界は俺が守る。俺はボッチ界の門を守る最後のガーディアンなのだ。


『ボックンもいるボッチよ』


 ボッチ君のことすっかり忘れてたわ。

 とりあえず今はこの修羅場を切り抜けたことを素直に喜ぼう。


「よくやった俺」

「うんありがとう俺」


 俺は自分を叱咤激励して褒め称えた。


『うむ。よくやったボッチよ』


 ボッチ君が思い出したように上から目線で褒める。

 よくやった。低スペックな俺にしては上出来だ。

 だがギリギリだった。

 スラッシュに会っていなかったら勝てなかっただろう。

 スラッシュに餌をあげていなければ、今回の作戦も思い浮かぶことなく、何もできずに黒スライムに食われて俺のボッチ人生はひっそりと終了していただろう。

 勝てたのはスラッシュのおかげだな。

 今度スラッシュにはカロリーバーをたらふく食わせてやろう。

 ボスが消えて一緒に消えてなければいいが。


 突然、もたれ掛かっていた扉が開き、俺はボス部屋の外に上半身を投げ出すように倒れた。

 そして遠くでガコンと新たな音がした。

 これは隠し階段が開いた時の音と同じだ。

 どうやらこれで本当にボスの討伐は完了したらしい。

 出口だろうか? 新たな部屋への扉だろうか?

 ここで倒れていても仕方ない。

 俺は痛む身体に鞭打って立ち上がる。


「ん?」


 俺の周囲には黒スライムのコア核の破片が散らばっていた。


「体の殆どは蒸発して消えたけど、このコア核の破片だけは残ったのか」


 コア核の破片は黒い水晶みたいに綺麗だった。

 それをぼんやりと見ながら俺はさっきの死闘を思い出していた。

 黒スライムに飲み込まれた時、その魂を感じた気がした。

 黒スライムの孤独を。

 ボス役を強制され、独りぼっちでずっと誰かが来るのをこの部屋で待っていたんだ。

 ボッチの俺だからこそ、その気持ちは痛いほど分かるつもりだ。

 扉の隙間で潰しちゃった俺がこんなこと言えた身分ではないが、親近感を覚えた。

 このままここに黒スライムの魂を置いていくことはできない。

 戦った後は敵と書いてトモと呼ぶのだ。

 潰して殺したけど、トモなのだ。

 それはただの勝者のエゴのような気もするが、昨日の敵は今日の友なのだ。

 そうボッチのトモ……ボットモなのだ。


 俺は黒スライムのコア核の破片を一つ残らず集めてリュックの底に入れた。


「お前の魂は俺が引き受ける。外の景色を……いやボッチの本当の世界を見せてやるよ。これからは俺達、一心同体だ。そう俺達はボットモだ」


 何かが俺の中に入って来たような錯覚を感じた。

 これはボットモの魂だろうか?

 これは俺のただの願望だ。

 殺した俺を許すはずがないのだ。

 勝手に友達扱いするのは俺のエゴだ。

 天井にボットモになった黒スライムの笑顔が浮かんだような気がした。


「えっと、お宝は?」


 俺は部屋を見回した。

 だが宝箱はないし、出現する兆候はない。

 普通はボスを撃破したらなんかもらえるだろう?


「はあ」


 俺はばら撒いたペンケースや扉に挟んだ教科書を拾った。

 いや生き残れたことが報酬だろう。

 そして痛む体を引きずるようにボス部屋を出た。


 隠し通路を出ると反対側に新たな隠し通路が開いていた。


「え? マジか」


 その向こうはなんと学校の廊下が見えた。


「学校に戻れる?」


 ここが異世界だったのかなんてどうでもいい。

 帰れるのだ。

 ボッチには生き辛い世知辛い世の中だけど、俺は帰りたい。

 馬鹿にされても安全な日本で暮らしたい。


 俺は無我夢中で走った。

 もたもたしていると帰りの出口が消えてなくなりそうな気がしたからだ。


「!」


 だが俺の心配をよそに何の障害もなくあっさりと廊下に出た。

 足から力が抜けて、そのまま大の字に寝転がった。

 俺の周りで何かが弾けた音と眩暈が襲い、日常の雑音が耳を打った。


「ははは」


 学校がこんなに音に溢れているとは知らなかった。

 吹奏楽部の演奏。運動部の掛け声。バカ騒ぎする男子達の声。

 ダンジョンの静けさに慣れた耳には学校のバックノイズが大音量に聞こえた。


 俺は倒れたまましばらく耳が慣れるまでじっとしていた。

 徐々に帰ってきたという実感が湧き始めた。


「帰ってきたのか」


 俺は茫然と周囲を見渡す。

 耐震補強のクロス状の柱が廊下に長い影を落としている。

 俺は恐る恐るダンジョンだった教室を振り返る。


「あれ?」


 だがそこ何の変哲もないただの教室だった。

 教室の中は机の上に椅子が置かれているだけだ。

 埃が積もる今はあまり使われていない教室のようだった。

 そこにはジメジメとした暗いダンジョンの面影は一切ない。

 今までの出来事が全て幻だったかのように思えた。


 俺は慌ててリュックを開けた。


「ある」


 なんとそこには黒スライムのコア核の破片があった。

 ボッチのトモ、ボットモの破片がそこにいた。

 するってーと何かい? 今までのは現実ってことかい?

 馬鹿言っちゃいけねえよ。どこの世界にダンジョンなんてあるんだい?

 俺は爺ちゃんの口調でつっこんだ。

 だがここに遺留品がある。

 物的証拠がある以上、あれは夢ではなかった?


 扉に挟んだ教科書や、ばら撒いた文具はボロボロだった。

 入学早々二週間でこんなに教科書を使い込んだ俺は勉強熱心って褒められちゃうかもしれないな。


「あれ?」


 俺はある異変に気付いた。


「痛くねえ」


 あんなに痛かった身体中から痛みが消えていたのだ。

 ダンジョンをクリアしたから治ったのだろうか?

 肉体的な損傷がないということは、ダンジョンは精神的な世界だったのだろうか?

 だが文具や教科書はボロボロだ。

 わけわかんええ。

 謎が謎を呼び、俺は思考の底なし沼に陥った。

 いくら考えても答えはない。


 最終下校のチャイムが鳴った。

 一体どれぐらいダンジョンにいたのだろうか?

 時計を見ると二時間ほど経過していた。

 動かなかった時計が復活していた。

 俺はダンジョンに何時間もいたはずだ。

 現実とダンジョンでは時間の流れが違う?


「どうでもいいボッチよ」


 俺が深呼吸する。

 廊下のワックスの匂いと何かが混じった匂い。


「……生きててよかった」


 嬉しかった。あまりの嬉しさにちょっとだけ泣いてしまった。

 しばらく廊下で大の字で寝ていると、遠くの女子が俺に指をさしヒソヒソと話している。

 まずい。このままここで寝ていたらスカートの中身を覗き見しようとしている変質者と通報され、俺の学園生活は後ろ指で針の筵になってしまう。


 俺は慌てて立ち上がりその場から慌てて逃げた。

 旧校舎に校内に残っている生徒は少なかった。

 俺は真っ赤にした目を誰にも見られることなく学校を出ることに成功した。

 そしてそのままフラフラと帰宅した。

 下校途中にモンスターが現れることも、トラックに轢かれることもなく、無事に家に着いた。


 そして俺は冷蔵庫の姉ちゃんの高級プリンを全部食べてやった。

 疲れた体に甘いものが染み渡る。

 プリンって旨いな。姉ちゃんがプリン教の信者になるはずだ。

 俺も入信しよう。

 その日のストレスはその日に解消するのがサラリーマンの鉄則だ。


 こうして俺のダンジョン攻略初日は無事に終了したのだった。


 夕食で俺は何杯もご飯をお替りして家族に怪訝な目で見られたが、そこはほら成長期のポッチャリ体型ということで特に問題にはならなかった。

 俺は姉ちゃんが帰ってくる前に部屋に閉じこもり、即効寝落ちした。


 夢に黒スライムが出てきた。

 何を言っているかは分からなかった。

 ボットモが必死に何かを伝えようとしているが言葉を発せないのかまるで理解できない。

 まあ、夢だしそんなもんだよな。

 うんでも俺達ずっとボットモだよ。

 俺は適当に頷いた。


 ――翌朝、目覚めると俺の身体に異変が起きていた。


「なんじゃこりゃああ」


お読みいただきありがとうございました。


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