06 スリムボッチ
「お前は誰だ?」
空腹で早朝に目覚めた俺は洗面所の鏡を見て衝撃を受けていた。
なんと鏡の中には見知らぬ一万人中、一人はイケメンと言うような微イケメンがいたのだ。
俺は恐る恐る右手を上げる。
鏡の中の微イケメンが左手を上げた。
「お前は誰だ?」
鏡の中の微イケメンが俺に問い返す。
俺は俺にしかできないボッチダンスを小躍りした。
なんと鏡の中の微イケメンもボッチダンスを小躍りした。
まさか俺以外にもボッチダンスの踊り手がいたとはこいつは驚きだぜ。
――もうこのへんでいいかな。
この鏡に映っている人相の悪い糸目の微イケメンは俺だ。
俺はもっとふくよかなフワフワ系ボッチだったはずだ。
それがどうだ。なんと一晩で見違えるように激痩せしていたのだ。
ポッチャリラインをギリギリ飛び越えていた俺のグラマラスな我が儘ボディが、スリムにサクセスしていたのだ。
ポッチャリボッチからスリムボッチへ進化?
いやこれは進化というより退化?
健康そうな油ギッシュな俺の肌とは程遠く青白い。
しかも細い目の下には大きな隈ができていた。
瞼の分厚い脂肪は少しだけ消え、数ミクロン大きくなっていたが依然、糸目のままだ。
なんだか黒眼の部分が増えただけというか、これはあれだ白目を黒くした敵役みたいな感じだ。
これはまるで闇の住人だ。名前も言えないあの人の手先に違いない。
この全体的に漂うダークで病的な感じは絶対に悪の手先だ。
スリムボッチというよりダークノワールヒョロガリボッチだ。
これは間違いなく昨日のダンジョンでの大暴れが原因だろう。
単独ダンジョン踏破という偉業を成し遂げたボッチ界のルーキーである俺は自分の体力の限界を超えた。
その結果がこれだ。
限界を超えた俺の体が膨大なエネルギーを欲し、貯め込んでいた脂肪分を全て吸収し激痩せに繋がったに違いない。
こんな姿を見て、みんな俺だって分かるかな?
加賀坂君かい? 一体何があったんだ?
いや別に。
俺は普段通りの万能ワードで返事をした。
『架空の友達はボックンだけのはずボッチだが?』
ボッチ君が頭を傾げた。
ああ、そうだよ。俺には友達なんていないから余計な心配だった。
ただてさえ根暗で地味なのに、さらに暗くなったら暗闇に紛れて俺のアイデンティティが薄れてしまい、あれいたの? とか、いつからいたの? とか、何でいるの? とか忘れられちゃうじゃないか。
空気君どころか幽霊君になるところだった。
あっ。元々クラスの空気君だった。
制服はダボダボで中一のように見えるけど問題ないだろう。
誰も俺のことなど気にしていないんだから。
俺はキッチンに侵入すると空腹のままに食パンを一斤そのまま貪り食った。
焼くのもジャムを付ける手間も惜しい。
俺の暴れる消化器系暴君が喜びに震えた。
何度か喉に詰まり呼吸困難に陥るが牛乳ひとパックで流し込む。
気付くと、この家の朝食は全部俺が平らげていた。
「……」
あまりの空腹で我を忘れていた。
だが俺が食べたという証拠はない。早朝ゆえ目撃者はいない。
そして幸いにもうちには大食い女王の鬼神――姉ちゃんがいる。
俺は食パンの空き袋を姉ちゃんの部屋の前に置いた。
酔っぱらって帰ってきた姉ちゃんがパンを食べてしまったというアリバイ工作してから家を出た。
我ながらクレバー過ぎて怖い。
家を出ると爽やかな朝の日差しがボッチの眼を焼いた。
眩しい。溶ける。やはり俺は闇属性だったのか。
くだらないことをしながら登校する。
ちなみに俺は徒歩通学だ。
ボッチが電車なんて危険な乗り物に乗れると思うなよ。
満員電車なんて乗ってみろ。
痴漢と間違われて正義マンサラリーマンに取り押さえられ犯人にされるのオチだ。
否定も拒否も言い訳もできないコミュ障は都会で生きたら駄目なのだ。
だから家から一番近い、歩いて行ける高校を選んだ。
難易度的にはかなり難しかったが、そこはほら友達がいない俺は暇で勉強が捗ったのだ。
――立ち寄ったコンビニでカロリーバーを大量に購入した。
半分はスラッシュに、半分は俺にだ。
スラッシュに約束したからな。
二度とダンジョンになんて行きたくないが、スラッシュに会えるならもう一度ダンジョンに行ってもいい。
もし黒スライムが復活していてももはや俺達はボットモだ。
手を振って歓迎してくれるだろう。
ん?
コンビニを出る時に変な人物とすれ違った。
高そうなスーツに清潔そうな髪型。自信に満ちた歩き方。
どこからどう見ても間違いなくリア充だ。
エリートリアオーラが溢れて眩しい。
そこまではいい。ただのリア充だ。
だがそのサラリーマンは背中にはあり得ないものがあった。
――バスターソード?
俺は思わず二度見してしまった。
使い込まれたような傷だらけの武骨な刃が朝日を反射し俺の目に紫の跡を残した。
バスターソードを背負ったサラリーマンはコーヒーを買って堂々と歩いている。
おいおいそんな物騒な物を背負って街の中を歩くなよ。
お巡りさーん。こいつです。いや、俺でなくこいつです。
通報しても間違いなく俺が犯人扱いされる。通報は止めておこう。
不思議なことに街行く人は、誰もバスターソードに気付いていない。
流石は空気が読める日本人だ。
サラリーマンの背負ってる物を見なかったふりをしているのだ。
だが俺はついついバスターソードを細い目で追ってしまう。
あのサラリーマンの勤務先は戦地、職種は傭兵だろうか?
ダンジョン株式会社の部長だろうか?
コスプレでも流行っているのだろう。
俺は毎日、早めに登校している。
なぜならば通学途中に誰とも会いたくないからだ。
俺はボッチ様だぞ。朝からいちいち、おはようとか爽やかな挨拶なんてできるはずがない。そもそも相手がいない。
とにかく誰もいない早朝のうちに登校するのだ。
教室に入ると、既に何名かのガリ勉君が予習をしていた。
誰も俺が激痩せしたことに気が付いていない。
「……」
いや俺が教室に入って来たことすら気付いていない。
そもそも俺の存在なんて誰も知らないのだ。
俺は空気君なのだ。酸素でも二酸化炭素でもない窒素君、いや塵だ。ゴミ屑だ。
とにかく俺はこのクラスに在籍しているがこのクラスの一員ではないのだ。
俺は彼らを避けるように自分の席に座る。
すると腹が鳴った。
ちょっと、どうなってるんだ。俺の胃袋は?
さっき朝飯食べたばかりなのに燃費が悪すぎだろ。
俺はスラッシュ用のカロリーバーを拝借し、食料補給してから机に顔を伏せた。
もちろん寝るのではない。
スパイボッチモードに移行したのだ。
スパイボッチモードとは視界情報を遮断し、聴覚に全神経を集中することによって聴覚の機能を拡張させ、普段なら聞き逃すような俺への悪口を聞き取ることができる情報収集専用モードなのだ。
うむ。幸いにもまだ俺の悪口は聞こえてこない。
しばらくそうしているとクラスメイト達の会話も増えてきた。
彼らはいつものように、くだらない、たわいない会話に花を咲かせている。
そんなオチもへったくれもない平凡的なつまらない話で、よくそこまで盛り上がれるものだ。
しかも入学して二週間しか経過していないのに、なんでこんなに親しくなれるのだろうか?
ボッチの俺には考えられない偉業をいとも簡単に成し遂げている。
そんな疑問を浮かべていると、あるクラスメイトの会話が耳に入ってきた。
「部活決めた?」
――決めてないよ。と俺は心の中で返事をする。
もちろん俺に喋りかけてきた訳ではない。
だが俺は勝手に心の中で返事をした。
「それが、なかなか良さそうな部活見つからなくてさー。なんかどの部活も真面目なんだよなー」
――それな。分かる。どの部活も意識高過ぎて重過ぎんだよな。
別に俺達バスケの全国大会目指してないっつの。
遊び半分ぐらいが丁度いいんだわ。
俺は心の中で顔も知らないクラスメイトに相槌をうつ。
「なんか楽してすぐ帰れる部活があればいいんだけどな」
――そう。帰宅部最高。
スパイボッチモードで寝たふりしてるのに、うっかり頷いちゃったじゃないか。
名前も知らないモブ生徒君。君とは仲良くできるかもしれないよ。
だがダンジョン部だけは止めておいたほうがいい。
え? ダンジョン部だよ。そんなの知らない? 知らない方がいいよ。
詳しい理由は言えないがダンジョン部だけは絶対行くな。と心の中で声を大にしてアドバイスした。
そろそろ俺から話題を提供すべきだろう。
今朝さあ、サラリーマンがバスターソード背負ってたんだけど見た?
俺は心の中で架空のクラスメイトに話しかけた。
返事はない。
いつか俺にもこうやって朝の出来事を気軽に言い合える友達が出来るのだろうか?
友達を作る努力もしないのに、そんなことを望むのはおかしいのは分かっている。
俺は将来に備え、友人とのウィットに飛んだ楽しい会話の予行練習をしていると、突然教室が静まり返った。
まだ授業開始には時間があるというのにどうしたのだろうか?
俺の架空のアホ毛がピンと伸びて不穏な空気を感じ取った。
「うそだろ」
「まじかよ」
「可愛すぎる」
「モデルかよ」
どうやら可愛い女子生徒が教室に入ってきたようだ。
しかしここで顔を上げてしまっては俺が寝たふりをしているのがバレてしまう。
だから意地でも顔を上げることはできない。
悔しいがこのままスパイボッチモードを継続するしかないようだ。
スパイボッチモード継続。
そんな時、このクラスでは聞いたことのないような声が教室内に響いた。
「皆おはよう。実はある生徒を探しているのだが?」
これはリア充のみが出せる伝説のリアボイスだ。
リアボイスはリアルが充実している者にしか出せないリア充専用ボイスだ。
友達が大勢いること。常に自信満々であること。何の不安もないこと。
自分に絶対的な自信を持っていることが条件だ。
そのリアボイスで静まり返っていた教室内がざわついた。
「!? 生徒会長に副会長? なんでこのクラスに」
――と近くの誰かが親切にも状況説明をしてくれた。
ナイスモブ。昔からモブキャラは解説役って決まっているからね。
その調子で俺にモブ情報を提供してくれ。
教室に入ってきたのは、なんとあの有名な生徒会長と副会長らしい。
通りでどこかで聞いたことのある声だと思った。
入学式で生徒会長の挨拶があった。
ちょっと待て。なぜ生徒会長と副会長がこのクラスに?
生徒会長と副会長のことはボッチの俺でも知っている伝説の存在だぞ?
この学校始まって以来の完全美少女と超絶美人と噂される伝説級の二人組だ。
俺は毎日無駄に机に突っ伏しているのではない。
スパイボッチモードでクラスメイト達の日常会話から常に情報を仕入れているのだ。
二人のことは当然のように毎日話題に上がっていた。
生徒会長と副会長は圧倒的な美貌とカリスマで生徒会総選挙でいきなり当選。
就任後に早々と校内に監視カメラを設置し、イジメ件数をゼロにするという偉業を成し遂げた。
プライバシーや個人情報保護を理由に反対する者を、やましいことがあるからだろうと決めつけ、その一睨みで黙らせたのはその美貌によるところが大きいという。
まさに可愛いは正義を身をもって実践しているリアルカースト上位のオーバーロードなのだ。
そのあまりの美貌に校内、校外、年齢差を問わずファンクラブが乱立し、元祖ファンクラブの名前を巡って争いが絶えず、ファンクラブ群雄割拠の世と呼ばれているらしい。
とまあ、噂が独り歩きしているが二人は子供から大人まで圧倒的な人気を誇る生きた伝説であることには変わりはない。
まあ、ボッチの俺には激しく関係ない。
一生関わり会うことなく、廊下ですれ違うこともなく、視界に入ることもなく卒業していくのだ。
まさに住む世界が違うのだ。
俺はボッチのダンジョン、ボンジョンの住人だからな。
それにしても腹が減ったな。さっき食べたばかりなのにもう腹が減ってる。
やはり昨日の闘いの影響がまだ残っているのだろうか?
昼飯何食べようか。俺は昼飯にメニューを考えていると女子が騒ぎ出した。
生徒会長達はクラスのイケメン軍団を生徒会にスカウトに来たのでは? と女子生徒が無駄に大声でキャッハウフフしているのだ。
そうなのだ。このクラスには腹立たしいことに、イケメン軍団がいるのだ。
イケメン軍団は顔もいい、成績もいい、スポーツもできる。
死ねばいいのに。この世は不条理で不公平だ。
この世は見た目が千パーセント。
ポッチャリボッチ、いやスリムノワールダークボッチの俺には世知辛い世の中なのだ。
ああ、俺もイケメンに生まれてたらこんな卑屈な性格にならなかったのかもな。
「このクラスに……」
生徒会長の声だ。
ほら来た。やはりイケメンを探しているのだ。
「「「キャー」」」
女子生徒の黄色い声が生徒会長の声に合いの手を入れた。
「カガサカ トオルはいるか?」
生徒会長の声に教室がシーンと静まり返った。
「……」
半秒後、教室内がざわついた。
だが一番ざわついたのは俺の心だ。
今なんつった?
「え?」
「誰?」
「は?」
「そんな奴いたか?」
「知らない」
「間違いじゃないか?」
クラスメイト達は聞いたことのない名前にざわついている。
俺の心音が一気にレッドゾーンまで跳ね上がり耳を連打する。
心拍数がありないほど上昇する。
黒スライムのバトルよりも緊張している俺がいる。
なんとか持ってくれー俺の心筋細胞よー。
「……いないのか?」
生徒会長が落胆しながら呟いた。
「いえ会長。このクラスで合っています。座席表ではあの寝ている者でしょう」
「っ!」
「え?」
「は?」
「うそだろ?」
綺麗な声の女子生徒が余計なことを言った。
自信に溢れた軽そうな足音が近づいてくる。
そして俺の前で止まった。
物凄い良い匂いが、桃源郷のような香りが俺の心を鷲掴みにする。
これ吸っちゃだめだ。これ吸ったらあかんやつだ。意識が飛ぶやつや。
「確かに座席表ではそのようだな」
座席表なんて見るなよ。
そんなん見たら一発で俺の席が丸裸じゃないか。
「おい。起きろ。カガサカ トオル。お前に聞きたいことがある」
「……」
生徒会長が呼んでいるのは間違いなく俺のことだった。
お読みいただきありがとうございました。




