04 暗黒ボッチ
くそ。ボッチ君が余計な一言を言ったせいでこうなったんだぞ?
『他人のせいにするんじゃないボッチよ』
いや、いやボッチ君は他人じゃないだろう?
俺の闇が生み出した俺自身だろ?
『そう思っているのは自分だけボッチよ』
え? そうなの? 俺の思い込みだったの?
じゃあ、ボッチ君は誰なんだ? 神様?
それとも守護霊ボッチ? 宇宙人ボッチ?
『それは言えないボッチよ』
ええい、今はそんなことを言っている場合ではない。
床に飛び散った黒スライムの破片に意思があるようにラーメンのスープの油が合体するように集合し、二次元から三次元状へと厚みを増してく。
『来るボッチよ』
復活した黒スライムが触手を何本も形成し俺に伸ばしてきた。
「ひいい」
俺の口から情けない声が零れた。
今度こそ死ぬ。死んじゃう。
ウォーターカッターで切り刻まれる。
だがいつまでたっても痛みも、死ぬ気配もない。
俺が細い目を開けると黒スライムの触手がゆっくり迫ってくる途中だった。
なんと黒スライムの動きはこれまでに比べてかなり鈍い。
コア核を奪われてうまく体を操れないのだろうか?
もしかしてこれはチャンス?
動きが遅ければポッチャリ男子の俺にも勝機があるはずだ。
やはりこのコア核は黒スライムの弱点。
その弱点を俺に奪われている以上、危険なウォーターカッターも使えまい。
即ち俺の圧倒的優位。
俺はニヤリと口元を歪めるとコア核を持ってその場から逃げ出した。
黒スライムが慌てて移動しようとするが案の定、速度は遅い。
このまま黒スライムの体力が尽きるまで逃げ続けてやる。
「……え?」
だが突然、俺は前につんのめる。
何かが俺の足に絡みついていた。
な? 触手?
俺は受け身も取れず石畳に肘をぶつけた。
「がっ」
あまりの痛さに呼吸が止まる。
だがコア核だけはしっかり握って手放さない。
小学生の頃、転んでもソフトクリームを手放さなかった時のように離さない。
これを離したら死ぬ。
絶対離さないぞ。
「え?」
黒スライムが俺の足をさらに引っ張る。
俺はもう片方の手で床を掴んだ。
だが黒スライムがもう一本触手を伸ばし俺の両足を掴んだ。
踏ん張りがきかない。
どうする? このままでは手にしたコアごと黒スライムの体に取り込まれてしまう。
「くっ」
俺は黒スライムを振り返る。
形成した触手は二本。
これ以上触手を作る力がないのだろうか?
それとも余力を残しているのだろうか?
ええい、うじうじ考えるなと姉ちゃんに怒られているだろうが。
さっさと次の行動を決めろ。
俺はコア核を前に投げた。
だがコア核は重い。あまり飛距離は伸びない。
ゴロゴロと床を転がるコア核。
黒スライムはそのコア核を取り戻そうと俺を掴んでいた触手を離してコア核に向かって伸ばす。
絶対に渡さない。あれはお前のものだったけど今は俺のものだ。
束縛から逃れた俺は痛む体を無視して立ち上がり、走る。
そして転がっているコア核を拾おうとした瞬間。
黒スライムの触手が俺の横を通過し、べちゃりと床を這う。
「させるか」
俺はコア核を掴む代わりに足を延ばしてコア核を蹴った。
「ぐは」
タンスの角に足の指をぶつけたような痛みを代償にして、コア核が俺達から離れた。
二本の触手がコア核を追う。
「さ、させるかよ」
俺はその二本の触手を踏み潰した。
ポッチャリ男子の全体重によって触手が途切れた。
だが液体である黒スライムの触手は元に戻ろうとする。
俺はその隙にコア核を拾い上げて走った。
近所の大型犬やキレた姉ちゃんや、包丁を振り回す爺ちゃんから逃げるように必死に逃げた。
逃げろ。ここから逃げればいい。
だがボス部屋の扉は閉じかかっている。
とても俺の我儘ボディが通れる隙間じゃない。
『行けるボッチ』
行けるわけねえだろ。さっきより狭いだろうが。
『じゃあ? どうするボッチよ? このままでは逃げられないボッチよ』
ボッチ君にあせりの色が浮かぶ。
扉は閉まる寸前。
『扉が閉まるボッチよ』
それでいいのだ。
俺は最初から逃げるつもりはない。
『なんだと? ボッチ?』
ボッチ君が声を上げた。
俺の手で潰せないなら道具を使えばいい。
『どうするボッチよ?』
こうするのさ。
俺は扉の隙間に黒スライムのコア核を挟み込んだ。
ねじ込んだ。ぐりぐりと全体重をかけて押し込んだ。
あと少し遅れていたら入らなかった。
テコの原理。支点。力点。作用点だ。もう何点でもボッチ点でも何でもいい。
とにかく押せ! 潰せ!
黒スライムは挟まったコア核を抜こうと必死で触手を伸ばしてくる。
そうはさせない。
俺はしゃがんでドアストッパー替わりの教科書を抜き取った。
「潰れろー」
そして渾身の力を込めて扉に体当りした。
障害物がなくなった扉がゆっくりと閉じ始める。
扉の自重プラス、扉の閉まる力プラス、俺のポッチャリボディの体重がコア核にのしかかる。
ミシミシと悲鳴を上げるコア核。
「くっ?」
だがコア核は思ったより硬いのか潰れる気配がない。
俺は最後の力を振り絞り、扉に体当りする。
「潰れろ。潰れろ。潰れろ」
俺が体当りする度にコア核がミシミシと悲鳴をあげる。
黒スライムの体がその度に暴れる。
効いている。効いているぞ。
黒スライムの二本の触手が俺の腕ごとコア核を掴んだ。
「させない」
俺は押す。触手が引っ張る。
俺のクレバー過ぎる頭脳と俺のポッチャリボディの合わせ技による勝利が見え始めたその瞬間。
「ぶはっ」
俺の視界が暗黒に染められた。
なんだこれは? 黒スライム?
何が起きたのかは匂いと激痛で分かる。
なんと俺は黒スライムに頭から食われたのだ。
凄まじい悪臭が鼻と目に突き刺さる。
スライムの体液が眼から侵入し、俺の脳に激痛が走る。
それは今まで感じたことのない凄まじい痛みだった。
車に轢かれた時よりも何倍も痛かった。
目や耳、口の中の柔らかい部分に尖った棒が突き刺さったような激しい痛みだ。
さっきのコア核を引き抜いた時のレベルじゃない。
黒スライム液体の細胞一つ一つが俺のボッチ細胞を侵食するように俺の身体を蝕む。溶かす。貪る。
「ぐっ」
口と鼻が完全に閉ざされ全く呼吸ができない。
このまま俺が窒息するか、黒スライムのコア核が先に潰れるか?
どちらが先に力尽きるか?
俺は意識が飛びそうになるが己の中のボッチズムを絞り出して耐える。
お前のボッチ魂はそんなものか?
そんな情けないボッチ魂なら丸めて捨ててしまえ。
だめだ。それを捨てちゃダメだ。
ボッチ魂を捨てたら俺には何も残らない。
「ぐぐぐぐっ」
ボッチであることに恥じず、気高く生きるポジティブボッチなのだ。
俺はこんな所でくたばっていいボッチじゃない。
選ばれしボッチなのだ。
俺はボッチ界のインフルエンサーなのだ。
ボッチで何が悪い? ボッチの何がいけない?
群れを成して生きる人間からしたら俺は人間亜種だろう。
だが俺はそれでもボッチでも生きたい。
誰かと居なくても俺は一人で十分幸せなのだ。
ええい、苦しくて何を言ってんのか訳が分からない。
だが何度も言うように俺にはボッチしかないのだ。
ボッチで生きていける強靭な精神力と孤独耐性を併せ持つボッチの才能しか持ってないのだ。
こうやってボッチ、ボッチとくだらない思考を続けているのは、そうしないと意識が飛びそうだからだ。
もはやボッチ君を維持するだけの余力さえない。
「ううう」
人間が呼吸を止めてられる時間はどれくらいだ? 数秒か数分か?
俺と黒スライムの死闘が永遠にも続くかと思われたその時、俺の心の底に封印していた忌々しい過去の記憶が走馬灯のように駆け巡った。
走馬灯は死の間際に大量の脳内物質が分泌され加速された脳が見せる記憶の断片という説がある。
つまり俺は今死にそうだってことだ。
なにも俺は最初からボッチだったわけではない。
友達もいた。
ただ違っていたのは少しだけ喋るのが苦手だったことだ。
その些細な点は歳を取るにつれて大きくなっていき、やがて大きく広がっていった。
噛むと馬鹿にする。
芸人のせいだ。
彼らは一般人ではない。だからそれでいい。
だが子供はそれを見て馬鹿にする。
噛んだり、上手く喋れないだけで笑われる。
不細工だったり、太っていたり、髪が薄いだけで笑う。
身体特徴を笑うのは悪だ。
だが子供には分からない。
俺は悪意を浴び、喋るのを辞めた。
否定も肯定もしない俺は益々イジメられた。
どれだけ馬鹿にされても、どれだけ仲間外れにされようとも嫌がらなかった。
薄ら笑いで拒否しない俺は毎日、みんなのランドセルを運ばされた。
自分の意思を主張しない俺を指さして笑う者。
陰口をたたく者。無視する者。俺の私物を壊して笑みを浮かべる者。
喋れないことが、独りでいるのがそんなにおかしいのか?
いったい俺の何が気に入らないんだ。
皆と同じ行動をとらないことがそんなに悪いのか?
友達だと思ってた奴が、いつの間にか奴らと同じ顔をしていた。
笑っていた。俺が見たこともない笑顔で俺のことを笑っていた。
俺はこの時、一生独りでいることを誓った。
最初から独りならば傷つかない。
誰も信じないし、誰も頼らない。誰もいらない。いるのは俺だけだ。
俺だけがこの世の全てだ。他人のために息をしているわけではない。
他人のために飯を食っているのではない。
他人のために心臓を動かし生きているわけではない。
俺は俺の為だけに生き、俺の為に努力する。
だが食べ物だけは俺の欲求を満たしてくれた。
食べている時は嫌なことも忘れられた。
いや、忘れようとしていただけかもしれない。
食って食って食いまくった。
そして太った。
だが食うのを止めたら辛い現実しか残らない。
俺はまだ食い足らない。
こんなところでこっそり死んだら負けを認めるようなものだ。
絶対に負けない。絶対にこんな訳の分からないところで死んでたまるかよ。
高い肉も食べたことがない。この世の美味しいものを食べていない。
それにはラッキースケベに遭遇していない。
風で舞ったスカートの中を拝顔したことがない。
女の子とも手を繋いだことも喋ったこともない。
まだ何もしていない。何も始まっていないのだ。
何も食っていないのだ。
グルメとラッキースケベの神様が微笑むまでは俺は死ねない。
ボッチのコミュ障だろうが、ラッキースケベぐらい遭遇しても罰は当たらないだろうがああああ。
俺は最後の力を振り絞って、全体重に憎しみとあらゆる負の感情、正の感情、人間が持っている全ての感情にボッチ感情をプラスして、さらにラッキースケベと食欲を上乗せて扉にぶつけた。
死ね。しねえ。潰れろ。リア充。この世の幸せなもの達よ。不幸あれ。
俺より楽しい目に遭っている奴は全員死ね。
俺よりおいしいもの食ってる奴は全員死ね。
俺は性格が悪い。そんなことは百も線も承知だ。
今更良くなっても友達なんて出来やしない。
だったら俺はこの世のリア充の魔王となろう。
全てのものを喰らい尽くすボッチの王。ボ王となろう。
うわあ。滅茶苦茶弱そう。
ええい。とにかく俺はここから出る。
ボッチの神様。俺にボチカラを、ボ恵みを、祝ボチを。
誰でもいい。俺に力を貸せえええええ!!!!!!
お読みいただきありがとうございました。




