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54 ボッチのペット

「なんだあれ?」


 いつもの帰り道。電柱の影に謎の生物が潜んでいた。

 それは目も鼻も鋭い牙も、全てが真っ黒な生物。

 四つ足の犬のような生物だった。

 そして額には大きな傷があり、血の代わりに虹色の微粒子が飛散していた。

 あれはメンタル霊だ。

 メンタル霊が弱々しく流れ出ていた。

 間違いなく普通の生き物ではない。

 メンタル霊的な生物……それ即ち魔物だ。

 現実に魔物だと?

 まあ、現実でもイマジナリーウェポンが見える俺のことだ。

 魔物が見えてもおかしくはない。

 おかしいだろ。

 なんでダンジョンでもない現実に魔物がいるんだよ。


 傷付き、弱っているというのに誰も魔物に気付かない。

 誰も見ない。

 誰も知らない。

 誰も心配しない。

 魔物は普通の人には見えないのだから当然だ。

 だが俺の心臓がぎゅっと締め付けられた。

 なんだか息苦しい。吸っても吸っても酸素が足りない。


 瀕死の魔物が誰にも看取られることなく死にそうになっている。

 こいつはまるで俺だ。

 誰にも必要とされていない。

 ただ、静かに無言で生きているだけの存在。

 誰にも気付かれることなく電柱の陰で必死に生きている。

 生きていても誉められることはない。目立つこともない。

 哀れな存在。


 このままここに放っておけるだろうか?

 見なかったことにできるだろうか?

 無視することができるだろうか?


 ……否、そんなことできるはずがない。

 傷を抱え、生きているのは俺と同じ。

 俺が負ったのは心の傷。

 こいつは身体の傷。

 傷付いた者同士。俺達は同じなのだ。


 その姿は、爺ちゃんの飼っていた犬のアッシュに似ていた。

 だがアッシュはスライムとして生まれ変わってスラッシュとなった。

 じゃあ、こいつもスラッシュの転生体?

 転生って分裂するのだろうか?

 そんなことを考えていると魔物と目があった。


 だがそこには何の光もない。

 何も訴えないその瞳。

 何も言わないその口。

 何も望まないその心。

 何も期待しない表情。

 俺の胸がさらに鷲掴みにされる。


「……お前も独りか?」


 俺は滅多に振るわない声帯を振るわせ、謎の生き物に話しかけた。


「……」


 無気力な目で俺を見て、興味なさそうに目をそらした。

 つまり無視された。

 おいおい無視すんな。

 他人を散々無視している俺が、こんなこと言えた身分ではないが、人が話しかけた時は返事をしなさい。反応しなさい。

 他人のふり見て我がふり直せ。

 つか治せるはずがない。

 俺はボッチを卒業できずにボッチ留年を繰り返しているんだぞ。

 いや、ボッチからの卒業なんてないのかもしれない。

 死ぬまでボッチ。いや死んだ後もボッチ。転生した後もボッチ。

 つまり俺は来世までボッチの人生が確約されているのだ。

 ええい、俺の来世のボッチの心配など今はどうでもいい。

 そんなことより、今はこいつのことを心配しろ。


「怪我してるのか? 誰にやられた? 車か? トラックか? バイクか?」

「……」


 まるで無反応。

 心配してやってんのにこの態度。

 だがそれが逆に好印象。この畏怖堂々とした無視っぷり。

 こいつこそ真のボッチ候補生だ。

 とても良い無視っぷりだったね。

 みんなも今の無視を参考にするように。

 まあ、犬が返事するはずないしな。


「……」


 まずはこの傷を癒さないとな。

 だがどうやって癒す?

 魔物専用の医者なんているのか?

 医者では無理だろう。血の代わりにメンタル霊が出てるんだぞ。

 やっぱこれは回復魔法んぼ出番か?

 だが俺は回復魔法を知らない。

 つか回復魔法なんて覚えてない。

 そもそも回復魔法ってあるの? あるだろう。

 火の魔法とか、氷の魔法とかがあるのだから回復魔法だってあるだろう。

 ダンジョンは想像のエネルギー……メンタル霊の具現化。

 想像、妄想こそが全ての根幹。

 人が想像可能なものは全て実在する。

 そして幸いなことに俺には人一倍の妄想パワーがある。

 お独り様でいる時間が人よりもはるかに長いかったからだ。

 ボッチの俺は友達と代わりに妄想と遊んだ。

 妄想する時間だけは、充分に、たっぷりあったのだ。


 だから俺にも出来るはずだ。

 回復魔法ぐらい出来るはずだ。

 こいつは俺にしか見えない。

 つまり俺にしか救えない。

 現実でも加護が使用できるのも今日この場所、この時の為だったのかもしれない。


 クロミズ、黒牛守、キンミズ、俺に力を貸してくれ。

 俺はこいつを救いたい。


「俺がお前を助ける」


 俺は残ったメンタル霊を集中させる。

 メンタル霊が収束する。


「ボッチ・デ・ヒール」


 俺は即席の回復魔法を唱えた。

 その回復魔法の原理は不明。

 ただ回復と、そう念じるだけだ。

 あとは俺のボットモ達が具現化してくれるはずだ。

 なんてったって俺のボットモは神なのだ。

 神ならばこんな傷ぐらい治せるはずだ。

 そうだろう? そのはずだ。


 俺の期待のボッチアイに光の粒子が見えた。

 そして優しく魔物を包んだ。

 魔物の額の傷口がみるみるうちに修復されていく。

 漏れていたメンタル霊が止まる。

 やったぞ。効いてるぞ。ボッチ・デ・ヒールが効いているぞ。


 だが、黒い魔物は動こうとしない?

 いや、動けないのか?

 それほど弱っているのだろうか?

 メンタル霊が切れかかっているせいか?

 くっそ。死なせはしない。

 せっかく助けたのに死なせないぞ。

 弱ったときは食う。


 なんか栄養満点の食べ物はないのか?

 カロリーの高い食べ物はないのか?

 ……あるじゃないか。

 そう俺のリュックにはカロリーバーが大量にあった。


「待ってろよ、食い物やるからな」


 俺は慌ててカロリーバーを取り出そうとした。

 だがその拍子に何かが転がった。

 黒くて硬い水晶の破片のような物体。

 俺が扉で粉砕したクロミズのコア核。

 証拠隠滅の為、リュックに入れたまま忘れていたものだ。

 なんと魔物が素早く飛び出し、それを咥えた。


「え?」


 そして唖然としている俺をよそに一気に飲み込んだ。

 オイオイオイ。

 クロミズのコア核なんて食ったらお腹壊すぞ。


「グオオオオン」


 謎の生き物が苦しそうに震え始めた。

 ほら言わんこっちゃない。

 さっさと吐き出せ。食中りするぞ。

 俺は魔物の背をさする。

 せっかく助けたのに喉詰まらせて死ぬな。


「吐き出せ、もっと旨いもん食わせてやるからそれは出せ」


 だが、魔物は首を振って拒否する。

 震え、もがき苦しんでいる。

 俺は手に力を込めて謎の生き物の背をさする。

 さすっているうちに、何だか感触が変わってきた。

 弱々しい皮膚が硬くなり、俺の腕を押し上げる。

 小さな身体が一回りも二回りも大きくなった。

 グングン大きくなり、背中をさすることさえできなくなる。


「はいぃ?」


 そしてそれは俺を抜き去り、俺を見下ろす程にまで巨大化した。


「グオオオオオオォ」


 ……と巨大化した魔物が吠えた。


「はっ?」


 あかーん。アカンヤツだ。

 これ絶対ヤバイ奴だろ。

 なんて奴を助けたんだ。

 何でも餌付けするなよ俺。俺はバカか。このバカボッチンが。

 騙された。ひ弱で小さく弱々しい姿に完全に騙された。

 こんなんどう見てもボスキャラ、ダンジョンのボスクラスだろ。

 くっそ。ボッチのピンチ。ボッチンピだった。


「グオオオオオオン」


 それは犬というよりも狼。

 狼というよりもケルベロス。

 ケルベロスというよりも地獄の番犬。

 地獄の番犬とケルベロスは同じか。

 ええい、とにかくヤバイ。

 矢が倍でヤバイ。

 マジのガチのリアルで笑えないぐらいヤベエ。

 ボジのボチのボチルでヤベエ。


 漆黒に燃える瞳。

 黒々とした怪しく光る毛並み。

 夕焼けで赤く染まった鋭い牙と爪と角。

 その恐ろしい姿はこの世の物ではあり得ない。

 その恐ろしい程のメンタル霊はキリヒメサマレベル?

 まさか、こいつヤオロズ級?


「グルルルル」


 魔物が俺に近付き、巨大な牙が並ぶ大きな口を開けた。


「くっ」


 チョイマチ。

 こんなヒョロガリボッチなんて食べても美味しくないよ。

 むしろボッチなんて食べたらボッチ菌に汚染されて、他人とまともなコミュニケーション取れなくなること請け合いだぞ。

 もう俺には戦えるだけのメンタル霊が残っていない。

 ボッチ・デ・ヒールに全てのメンタル霊をつぎ込んだのだ。

 魔物が巨大な口を開け俺の顔に迫る。

 ダメだ、このままでは食われる。逃げろ。

 だが身体が動かない。加護の消えた俺なんか園児レベルの身体能力しかない。

 ダメだ、食べられちゃう。


 ベチョリ。

 そう思ったその瞬間、赤黒い物体が俺の顔を優しく撫でた。


「え?」


 そう巨大で、ざらざらする舌でべろりと舐められたのだ。

 ヌラヌラのベトベトの半透明の液体で顔がベチャベチャになる。

 臭くもなく不思議と嫌悪感はない。

 むしろこの半透明の液体はよく知っている。

 いつも俺を覆っているゼリー状の物体と酷似している。

 これはクロミズのボット細胞?


「クゥーン」


 地獄の番犬が可愛らしく鳴いた。

 犬っぽい。デカいけど犬っぽい。

 俺を食うつもりはないようだ。

 どうやら俺は心を閉ざしたボッチ犬の心を鷲掴みすることに成功したようだ。

 分かった、分かったから止めろ。

 だが巨大魔物は舐めるのを止めない

 ストップ。ウェイウェイ。チョマテヨ。

 ベッチョベチョボッチ……ベチョッチじゃねーか

 落ち着けええい、こいつはデカいが動きは犬そのものだ。


「シッダウン」


 俺は伏せを命じた。

 巨大ボッチ犬が座って尻尾を振った。

 やっぱ犬だ。

 黒い大きな瞳には光が宿り、俺の次の命令に期待するかのように尻尾を振っている。


「……」


 クロミズよ。聞いてもいいかな?

 まさかとは思うけど、お前のコア核食ったからクロミズの眷族となったってこと?


「ワン」


 巨大ケルベロスボッチ犬が首を縦に振った。

 いや、お前に聞いてるんじゃないんだが、もしかして言葉が分かるのか?


「ワン」


 ボッチ巨大黒ケルベロスが首を縦に振った。

 マジかよ。どうしよう。

 どうしよう。こんなん連れて帰ったら生徒会長達に怒られる。

 メンタル霊で構成された魔物は普通の人間には見えない。

 だから家に帰っても問題になることはないだろう。

 だが、鋭い妹に勘ぐられたら面倒だ。

 家はダメだ。どうする?

 こいつはデカいが可愛い奴だ。

 こいつと呼ぶのも可哀相だ。

 名前が欲しいか?


「ワオーン」


 素直で可愛い奴め。

 お前はクロミズの眷属。ボットモのボットモ。

 地獄の門番、ケルベロス。

 そしてボッチ犬……。

 そうだ。

 お前の名前は……ボチだ。


「グルルルル」


 巨大な牙を剥き出しにて唸りだした。

 え? 何? 気に入らないの?

 俺の視界が闇に包まれた。

 夕方だったのに日が暮れるの早。

 違う、食われた。頭からがぶりと噛みつかれた。

 信じられん。こいつ命の恩人に牙を向けやがったぞ。

 分かった分かった。今のは軽い冗談。

 冗談だからワンモアチャンスプリーズ。

 ボッチ犬が俺から離れた。

 気に入らないからって食うなよ。

 ちょっと待って、いいの考えるから。


「ワン」


 ボチが期待の眼差しで俺を見る。

 考えろ。真面目に考えろ。

 変な名前なんて付けてみろ、また食われるぞ。

 黒い狼。

 ブラックウルフ。

 うーん。英語はありきたりだ。


「クロミズの眷属であり狼の王、ルプス……レクス……」

「ワウウ!」


 ボッチ犬が期待の眼差しを向ける


「略して、黒右衛門だ」


「ワア?」


 巨大な口を開け、ゆっくりと俺に迫る。

 え? 黒右衛門はだめ? 漢字で格好いいと思うんだが……。

 別の名前考えるから待って。


 黒の……餓狼……。

 じゃあ、クロガウでいいかな?


「ガウ?」


 微妙な反応だ。

 クロガロウと付けると思ったら大間違いだ。

 そんなありきたりな名前は付けない。

 俺は個性を重んじる男なのだ。

 クロガウ。良い名だ。


「……ワウ?」


 この顔は疑っている。

 俺のネーミングセンスを疑っている顔だ。

 クロガウ。可愛いって、生徒会長がハグしてくれるかもしれないぞ?


「ワンワン」


 クロガウが嬉しそうに飛び跳ねた。


「では、お前はクロミズの眷属クロガウだ。よろしくな」

「ワオーーン、グルルルル」


 俺のメンタル霊がゴッソリ抜けることもなく名付けは無事に終わった。

 さて、名前が決まったのはいいが、まだ問題は解決していない。

 どうしよう。こんなデカいワンコ。

 コンテンツ界の常識では、こういうキャラは可愛く小型化してマスコット的な存在になるところだろう。

 案の定、クロガウが小さくなり始めた。


「やめろおおおおおぉ」


 俺は大きな声で叫んだ。

 買い物帰りの主婦が怪訝な顔で俺を見る。

 メンタル霊魔物のクロガウの姿は見えない。

 俺は絶賛独り言祭り中なのだ。


 ダメだ。小さくなってはダメだ。

 お前は強く気高き獣だ。

 マスコットのように可愛くなったらダメだ。

 もしお前が可愛くなったらどうなる?

 モフモフを女子が放っておくと思うか?


「ガル?」


 クロガウが首をかしげた。

 お前が小さくモフモフになって見ろ。

 生徒会長がその大きな胸に抱きかかえるに決まっている。

 副会長がその大きな胸に抱えるに決まっている。

 普通の美の少女の紗古馬さんの普通の胸に抱きかかえるに決まっている。

 舞夢がツルペタの胸に抱きかかえるに決まっている。

 ダメだダメだダメだ。

 ゆるさん。俺はボッチアイで睨んだ。


「ガウウ」


 クロガウが元の大きさに戻った。

 うむ、それでいい。

 質量保存の法則を無視して小さくなるのは設定上突っ込まれるからダメだ。


「クウン」


 クロガウが納得いかない顔で俺を見る。

 いいか? お前は巨大なケルベロスなんだ。

 大きくなってもいいが小さくなってはいかん。

 分かったか? 絶対に守れよ。


「ワン」


 クロガウが尻尾を振った。

 うむ。よろしい。では帰ろう。

 いや一緒には帰れないだろう。

 ダンジョンに戻るか?

 え? 今から学校に戻るの?

 その瞬間、俺のスマホが鳴った。


 なんと副会長からだ。

 デートのお誘いに違いない。出なければ、一刻一秒も無駄に出来ない。


「もししししもし」


 俺は慌てて電話に出る。


「もしもし、トーリ君? 突然だけど、その辺りにダンジョンから逃げ出した手負いのボス魔物が潜伏しているかもしれないの……」


 副会長が真面目な声でそう言った。


「……はあ?」


 俺は曖昧に答える。

 ダンジョンから逃げた手負いのボスだって?

 それは大変だ。最強ボッチの俺が退治いたしましょう。


「まあ、トーリ君なら心配ないと思うけど、見つけたら報告してね」

「……はあ、どんな?」


 俺はクロガウを見ながら副会長ともっと会話したいという下心だけで聞く。


「ケルベロス亜種。A級以下では討伐不可能な強力な個体よ。いくつかのパーティーが追い込んだけど、ダンジョンの壁を破壊して逃げ出したそうよ、ハンターが追跡中よ。手負いだから凶暴よ。気を付けてね」

「え? へー……」


 俺はクロガウを見る。


「ガガウ。ワン」


 クロガウが元気に吠えた。

 俺が救ったケルベロスの特徴に一致する。

 たまたま似ているだけで、赤の他人だよな。


「ワオオオオン」


 クロガウが吠えた。

 これは肯定している吠え方だ。

 これはマズイ。ヤバイ。どうしよう。絶対に内緒にしなければ……。


「ワンワン」


 馬鹿、大きな声で吠えるな。少し黙ってろ。


「クウウン」


 クロガウがしょんぼりする。


「あれ? トーリ君? 今わんこの鳴き声がしたみたいだけど?」


 副会長が疑念を帯びた声でそう言った。

 くっそ、副会長は鋭いを通り越して、心を読めるリーディング能力があるのだ。

 俺がケルベロスを癒したことも見透かしているかもしれない。


「……大型犬を散歩してる人とすれ違っただけだよ。ハハハ。ハスキーかな? 可愛いな。死んだ爺ちゃんの飼ってた犬にそっくりだよ。ハハハ」


 俺は慌てて誤魔化した。


「……トーリ君? やけに流暢に喋るけど……なんか隠してない?」


 副会長の声が疑念に代わる。

 鋭い。これ以上喋ったら確実にバレる。

 この麗しい声を聞いていたいが、これ以上は危険だ。


「あ、電波が」


 切った。女子からの電話をこっちから切ることなど断腸の思いだったが、これ以上会話が続けたら絶対にバレる。

 いや、勘の鋭い副会長のことだ。

 今のクロガウの鳴き声でバレたと考えるべきだ。

 どうする? どこかにクロガウを隠せないかな?

 考えろ。考えるにはカロリーだ。

 俺はアイテムボックスからカロリーバーを取り出した。

 そうだ。アイテムボックスだ。

 クロガウってアイテムボックスに入らないかな?


「ガウウ?」


 不思議そうに首を振るクロガウ。

 クロミズ。お前もなんかいいアイデア出せよ。

 クロガウはお前の眷属だぞ。

 お前のコア核を喰ったのが原因なんだからな。

 俺は責任をクロミズに押し付けた。


 クロミズがアイテムボックスから何かを出した。

 それは黒い穴。

 渦巻状にメンタル霊の穴だ。

 どっかで見たことがあるぞ。

 これはもしかして……。


「地獄門?」


 黒牛守がダンジョンに来た時のダンジョン間ゲートだ。

 そうか、この中なら隠せる。

 俺が地獄門を持っていることを知っている人間はいない。

 そしてこの地獄門の繋がっている場所は黒牛守が居たダンジョン。

 黒牛守は俺が倒し、今はボットモとしてここにいる。

 つまりあの地獄門の先にはボスが不在。

 黒牛守? いいのか?

 俺の中の黒牛守がやれやれだぜと肩をすくめた。


「クロガウ、あの中に隠れてろ」

「クウン?」


 だがクロガウは全く動こうとしない。

 俺だってお前と一緒にいたい。

 だが今は時期が悪い。

 このままここに居れば悪い冒険者に殺されてしまう。

 だからあの穴に入ってくれ。


「クウン」


 だがクロガウは地獄門に入ろうとしない。

 仕方がない。奥の手を使うしかない。

 本能に逆らえない最後の手段。

 俺はカロリーバーを取り出すと地獄門に放り込んだ。


「クロガウ。取ってこい」

「ワンワンワン」


 クロガウが地獄門に入っていった。

 仕方がないんだ。

 こうするしかないんだ。

 ごめんよ。クロガウ。

 俺は心を鬼にして叫んだ。


「クロガウ。命令だ。そのダンジョンをお前が支配しておけ、俺も後で行く」

「ワ、ワオ?」


 そして地獄門をアイテムボックスに戻した。


「グアワワワ?」


 クロガウの鳴き声が遠くで聞こえたが聞かないふりをした。

 ……こうするしかないんだ。

 俺はクロガウを黒牛守のダンジョンに押し込んだ。

 ごめんよ。今お前の存在がバレると、お前は無慈悲に討伐されちゃうんだ。

 だから、少しの間、ほとぼりが冷めるまでそこで隠れていてくれ。

 ついでに黒牛守のダンジョンを守れ。

 ゴブリンとか掃除しておけよ。

 まあ、クロミズの眷属となったお前なら問題ないだろう。

 俺は言い訳をして心を静めた。

 それよりエサ代どうしよう。


 困ったときには頼りになる先輩の生徒会長の胸に飛び込めばいいのだ。

 助けてください……ってあのふくよかな胸にダイブすればいい。

 ああ、そんなことしたら社会的に抹殺されるな。

 そんな卑猥なデンジャラスな妄想にドキドキボチボチしていると……。


「おい、お前。ズズー」


 背後から声がした。

 背後から人をお前呼ばわりする奴なんて無視だ。

 前から声を掛けられも無視するがな。

 こういう奴は絶対に世間知らずの礼儀知らずの自分が一番偉いと思い込んでいる哀れなリア充に決まっている。

 リア充はどんな良い奴だろうが自動的に俺の敵だ。

 だから無視だ。無視。

 パーフェクトアクロバット無視だ。


「おい、お前。聞こえているだろ? 俺を無視するな。ズズー」


 俺の圧倒的な無視に動じないとは、いいだろう。

 俺のボッチアイで睨んでボッチャハキを浴びせてやろう。

 俺は振り向いた。


「やっぱ、俺の声が聞こえるか? 振り向いたのがその証拠。こいつ霊トレーサーだぜ? ズズー」


 若い男の声がする。


「振り向いちゃった。振り向いちゃった。テヘペロ」


 小さな女の子の声がする。


「え?」


 その瞬間、眩暈に襲われた。

 この感覚はよく知っている感覚だ。

 そうダンジョンに入った時の感覚だ。

 それが何故? 道端で?

 あまりに異常な出来事に、度肝を抜かれた。

 放心状態の俺を嘲笑うかのように路地裏が拡張していく。

 壁が、住宅が、電柱が、電線が無数に複製され拡張していく。

 交通標識が読めない模様に変わる。

 あまりに歪、あまりに不快な光景に切り替わっていく。


 同じような模様が続くタイルパターンのアスファルト。

 同じような家が並び、無数の歪んだ電線が空を覆う。

 間違いなく異質にて異界。


「ようこそ。俺のダンジョンに。ズズー」


 にやけたスーツ姿の男が笑った。


 なんだこいつは?

 なにをした?


「私達が見えるってことは、あんたは敵だな。さあて、どうやって殺しちゃおうかな。テヘペロ」


 その隣に立つのはゴスロリ幼女。


 怪しい二人組と俺は、路地裏がモチーフのダンジョンにいた。


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