50 狙われた加賀坂家
緊急事態?
はっ? まさかイキリマスクズの上級生達が俺の可愛い妹に手出しを?
刑事ドラマの悪人ならば家族を人質に取るのが常套手段。
くっそ。ボットモを失ったぐらいで落ち込んでいる場合じゃねー。
俺は走った。家族の元に……。
「ゼーゼー」
だが加護のない俺は直ぐに息切れをした。
ヒーヒーヒー、ひ弱過ぎる。
ちょ、ちょっと走っただけでこれだ。
俺の元の力はこんなものだ。まともに走ることすらできないのだ。
俺の体力は園児なみだろう。いやいやまだ園児のほうが体力あるだろう。
だが俺は頑張って、踏ん張って、急ぎ足勇み足で家に帰った。
バスとかタクシーに乗る選択肢はなかった。
何故ならば金がなかったからだ。
だから俺はテレビドラマの緊迫感演出のように無駄に走った。
でもすぐに休憩する。
でも無駄に走った。
へとへとのボチボチで自宅に辿り着いた。
すると自宅の前には見知らぬ高級車が止まっていた。
拉致専用のバンではないが充分怪しい高級車だ。
日本の一般家庭のお父さんが買える車ではない。
絶対悪いことして稼いだ金で買った車だ。
しかも金持ち御用達の運転手らしき男性が車を磨いている。
どうする? 裏口から侵入するか?
それとも正面から堂々とボッチらしく無言で突入するか?
これは誰の車だ?
イキリマスクズの一人が親にチクって親が怒鳴り込んで来たとしか考えられない。
終わった。貧乏な俺に慰謝料なんて払えないよう。
ふええん。帰りたくないよう。
だが可愛い妹のピンチなのだ。
きっと、居間で正座させられているに違いない。
家の前で思考の無限地獄に突入していると、運転手が俺に気付き、静かに頭を下げた。
礼儀正しい。紳士っぽい動き。
こ、これはプレッシャーだ。俺を安心させるような姑息な手段。
ど、どうする? 逃げるか? メール気付かない作戦で逃げ切るか?
いやダメだ。ここで逃げたら一生妹から白い目で見られ軽蔑されてしまう。
そうだ。姉ちゃんを呼ぶか?
ダメだ。ダメだ。それだけはダメだ。
姉ちゃんに借りを作ったら一生返せない負債を抱えてしまう。
それにこれは俺の問題だ。俺が解決せねばならない問題だ。
俺は以前の俺ではないのだ。
クロミズよ。お前に貰った勇気。お前と過ごした日々が俺は強くした。
見てていてくれ。やってやるぞ。
俺はこっそり、音も立てずに無言でボッチらしく堂々と我が家に入った。
見知らぬ靴が並んでいる。
高そうな男性用の革靴と女性のヒールと女の子の小さな靴。
はて? 上級生達の両親と妹の家族全員で怒鳴り込んで来たのだろうか?
情けないお兄ちゃんもいたもんだ。
家族総出で俺を弾劾しようとは……。
だがしかし、そんな姑息な手段には乗らないぞ。
姑息さでは俺は引けを取らないはずだ。
まずは敵の妹を人質にとって、こっちの妹と人質交換という作戦でどうだ。
「あ、黒いお兄ちゃんが帰ってきた」
俺が玄関先で一人作戦会議をしていると、聞き覚えのある声が居間から聞こえた。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
そしてドタドタと走って来たのは、小学生ぐらいの女の子。
俺のことを黒いお兄ちゃんと呼ぶ生意気なキッズは一人しかいない。
そう、俺が今朝、大型トラックから救ったボッチ候補生だ。
なぜここに? まさか、イキリマスクマンの妹?
俺は敵の妹を救ってしまったのか? これは交渉の余地があるのでは?
お宅の娘さんを救ったのは、この俺ですよ。俺は娘さんの命の恩人ですよ?
お宅の息子さんはそんな命の恩人の俺に何をしたのか知ってますか?
そ、それは……しどろもどろになる想像上のイキリマスクズの親。
行けるぞ。これで俺は勝てる。
ネゴシエーターボッチとは俺のことだ。
「これはこれは初めまして、娘を助けていただいてありがとうございます。私は式村阿蔵と申します。妻の小夜です。助けてもらったこの子が娘の舞夢です」
優しい笑顔のダンディメンが頭を下げた。
フッサフサのイケメンだ。
あれ? 何か調子が狂うな? ここは俺が激しく弾劾されるはずが?
「貴方は娘の命の恩人です。本当に本当にありがとうございます。う、ううう」
マダムが頭を下げた。
メッチャくそ美人だ。
しかも奥様にも感謝されたぞ。
ちょっと待て、話が違うだろ。
そこは俺のことを責めて、俺が娘さんを利用して交渉するはず……があれ?
それよりイキリマスクズはどこだ?
玄関の見知らぬ靴は三足だった。
――もしかしてイキリマスクズ達は一切関係ない?
「黒いお兄ちゃん今日は助けてくれてありがとう」
ボッチ候補生が頭を下げた。
皆が感謝の目で俺を見る。
俺は人に感謝されたことなど一度もない。
俺はキョドッタ。派手にキョドッタ。
「うへ?」
息を吸いながら変な声を出してしまった。
「お兄ちゃん――びっくりした?」
妹の園が舌を出してウィンクした。
てめえええ。何がびっくりした? だ?
走ったんだぞ? 返せよ。俺のランニング消費エネルギー返せよ。
栄養失調で死ぬぞ。ああ、もう一生走らないからな。
「……」
この穏やかな雰囲気――これのどこが緊急事態だ? と俺は妹を睨んだ。
俺の妹が目を逸らし、舌をペロッと高速で出した。
騙された。緊急事態でも悪い緊急事態ではないよね。
別に走って戻るほどの緊急事態でないよね?
俺は妹を睨んだ。激しいボッチアイで音がするほど睨んだ。
だがボッチアイから発射された恨み光線は軽くいなされ、明後日の方角に飛んで行った、
「黒いお兄ちゃん。約束通りケーキ買ってきたよ。一緒に食べよ」
ボッチ候補生が俺に抱きつくようにしてソファに腰を下ろさせる。
「コラコラ、舞夢。ハハハ」
「トーリ。手を洗って着替えてらっしゃい」
母親が俺を睨む。
あの睨みは何かを疑っている目だ。
あの睨みは俺が悪さした時の目だ。
くそ、母親の元祖ボッチアイ――なんて強力なんだ。
俺は逃げるように居間から逃げた。
「……」
俺は手洗いうがいをしてから自分の部屋で着替えていると、下から声がした。
「あの、本当にあの子がお宅のお嬢さんを助けたのですか?」
やはり母親は疑っているようだ。
おいおい息子を信じられないのかい?
「うん。舞夢が下向いて歩いてたら大型トラックが突っ込んできて、シャーとお兄ちゃんが私をつかんで、歩道に連れてってくれたの。そしたらシャーと大型トラックが通り過ぎて別のトラックにぶつかったの。舞夢死ぬとこだったの」
舞夢のたどたどしい説明が聞こえる。
「……本当ですか?」
「ええ、本当です。PTAの交通誘導員の方が同じことを仰ってました。しかもトーリ君は名乗らず立ち去ったそうです」
「名乗らず去るとは全く良く出来た御子息で羨ましいですなあ」
「はあ?」
母が力なく返事をした。
「舞夢が交通事故に巻き込まれたと聞いたときは、心臓が止まるかと思いました。この子の元気な笑顔が見れて本当に感謝しています」
「はあ?」
どうやら俺がボッチ候補生を必要以上に抱きしめていたという破廉恥事案は帳消しになったようだ。
「お兄ちゃん、舞夢のことが好きなんだよ。ずっと離さなかったもん」
「え?」
「はあ?」
母親と妹の怪訝な声を上げた。
くっそ。余計なことを言うな。黙っとけ。
誤解なんだ。違うの。それは違うの。
「そりゃあ大型トラックからお前を救ったんだ。お兄ちゃんだって怖かったに違いない」
「そうよ。助けてくれたんだから感謝しないと」
「うん。一杯感謝する」
ラッキーだった。俺が抱きしめていたことが、良き方に誤解されたのだ。
俺が居間に入ると舞夢と妹がケーキを選んでいた。
「ソノおねーちゃんはどのケーキにする? 先に選んでいいよ」
「え? いいのヤッタ? 舞夢ちゃんのお勧めはどれかな?」
「これとこれとこれ」
「全部じゃん、じゃあ半分ずつ食べる?」
「うん」
妹は舞夢とすっかり打ち解けていた。
コミュ障ボッチの俺の妹とは思えんコミュニケーションぶりだ。
誰とでも仲良く出来るスキル俺には少し分けてくれよ。
「ほらトーリ。ちゃんと挨拶しなさい」
母親が俺の背中を押す。
え? 挨拶って、何か喋るの?
ここは天気の話しから場を和ませてから本題に入るのが――まずは自己紹介かな。
「加賀坂通」
「……」
「……」
「……」
俺のボソボソ挨拶が沈黙を招いた。
え? 何とか言えよ。
え? 失敗したの?
え? なんて言えばいいの?
お嬢さんを助けたのはこの俺です。
お嬢さんをくださいとか言って等価交換持ち出すの?
とにかく誰かなんか言えよ。
「うん。ありがとう黒いお兄ちゃん」
なんとボッチ候補生こと舞夢が助け船を出してくれた。
こいつ空気の読めるエリートリア充かよ。ふん、次は助けないからな。
「ああ」
俺は二文字で答えた。
「ほんとにすいませんこの子、口下手で」
母親が慌ててフォローする。口下手は日本男児のデファクトスタンダードだぞ。
むしろ不器用とあいまって昭和ならモテ要素の一つだぞ。
このリア充全盛の時代には貴重な希少種だぞ。大事に扱え。
「いえいえ」
「さあ、ケーキ食べよう黒いお兄ちゃんはこれね。半分こね」
ボッチ候補生が俺の好みを聞かず、俺の意向を無視して勝手にケーキを選んだ。
いや、俺ケーキにはちょっと、うるさいよ。
生徒会室で毎日ケーキばっか食ってても飽きない甘党男子なんだぞ。
「ほらほら舞夢。夕飯前だから一個だけにしてよ」
「えー? 今日は特別だからいいよね。ねえー黒いお兄ちゃん」
舞夢が俺を見る。クリクリの大きな目で俺を見る。
期待するような目で俺を見ないで。つか俺にふるな。
ああ、俺の真っ黒な心には眩しい目だ。
いやいや俺の心は黒くないぞ。ちょっと濁っているけどまだ灰色ぐらいのピュアさを保っているぞ。
「……ああ」
「やたー」
「紅茶入れてくるねー」
「あ、舞夢もお手伝いするー」
「じゃあ、お砂糖持っててくれる?」
「はーい」
ああ、とっとと帰らねえかな。
「あらあら、園ちゃんとすっかり仲良しねえ」
「うん。ソノおねーちゃんは舞夢のおねーちゃんになるんだよ」
舞夢が園を気に入ったらしい。
良かったな。そりゃあ俺の妹は可愛いし、人当たりもいいし、誰にも好かれるリア充候補生だからな、リア充候補生同士仲良くするが良い。
「ほほう」
「あらあら」
「舞夢が黒いお兄ちゃんと結婚するから」
「え?」
「ほほう」
「あらあら」
「はい?」
なに言ってるんだ? このボッチ候補生は?
結婚? ばっか。ざけんな。俺の結婚の予定は来世の来世ぐらいだ。
俺のボッチコミュ障はこのライフだけでは治らない。
何度も転生して治す予定なのだ。残念だったな。
まあ、子供の冗談だろう。無視だ、無視。
こんな小学生の言葉にドキドキするんじゃない。
俺はボットモを失ったばかりの傷心純情ボーイだぞ。
「それじゃあ勉強頑張らないとね」
「うん。頑張る。それで黒いお兄ちゃんを養ってあげるの」
「ほほう」
「あらあら」
なんで養われるの前提? 俺だってきっと働けるよ?
だがボッチの俺が就職できる会社ぐらい――ないな。
俺が無言面接で落とされることは確定だからな。
弊社への志望動機は?
……。
学生時代に打ち込んでいたことは?
ダンジョンです。
――ダメだ。絶対受からねえ。
それにしてもどうやって俺の家を見つけたのだろうか?
事故は今朝の話だぞ。早すぎない?
この両親は政府の者か? 俺のマイナンバー盗みしてここを見つけたのか?
「あのー名乗ってないのに、どうして兄のことが分かったんですか?」
妹の園が俺の代わりに質問する。
そうだ。よくぞ聞いてくれた。
奇遇なんだが、俺も今からその質問をしようかと思っていたところだ。
「ははは。これを落としていったみたいですので、お返ししますね。トーリさんはお痩せになったのね。今のほうがカッコいいわ」
舞夢ママが学生証を取り出した。
そこには俺のポッチャリボッチ時代の写真があった。
自分でもすっかり忘れていたがクロミズの加護を得た俺はたった一日で激痩せ君になったのだ。将来ダンジョンダイエット本を出す予定だったことも忘れていた。
まずはダンジョンのボスのコア核を抜き取って扉に挟んで潰して殺します。
それで仲良くなったら加護を得たら痩せまーす。
いや待てよ。加護を失った俺は以前のポッチャリボッチに戻ってしまうのだろうか?
……どっちでもいいや。
それにしても生徒手帳をいつの間に落としたのだろう?
落とした覚えはないのだが?
「……そう。落ちてた」
舞夢がケーキから目を離さない。
この目は妹の園が嘘をついたときの顔にそっくりだ。
もしかして、この子……俺の学生証をすった?
「……」
ぺろっと舞夢が舌を出した。
こいつ。ただ者じゃない。
「……」
「そうそう。トーリ君。少しばかりだがこれを受け取ってくれないか?」
舞夢パパが改めて姿勢を正す。
舞夢ママが包みを取り出した。
あの包みは? 間違いない現金だ。
最近買い食いが多くて資金繰りに困っていたんだ。
俺の心が有頂天になった。
ボットモを失って最低だった気分が上々。
急上昇。大気圏離脱並みの速度で急上昇。
俺のテンションバロメーターが最高到達点に達した。
「……これは受け取れません」
母親が手で押し返した。
え? 何やってんだ。
チョ待てよ。ウェイウェイ。
受け取る受け取る。受け取るよ。何勝手に拒否してんだよ。
いくら俺の保護者だろうとやって良いことと悪いことがあるぞ。
今のは悪いことだ。息子の意思を無視して親が勝手に決めんじゃねえぞ。
――と俺は心の中で猛反対した。
「ですが、これは我々の気持ちです……」
「そうです。舞夢が死んでいたかもしれないのです」
「ええ、だからこそ受け取れません」
母は断固として拒否する。
「おい、おまえ、これでは少ないのだ。もっと額を」
「お待ちください。額の問題ではありません。お金は一銭たりとも受け取れません、お気持ちだけで充分です」
母が一際大きな声でそう言った。
「ですが奥様」
「この子が名乗らず立ち去ったことを考えてみてください」
頑なに拒否する母親。
黙って立ち去ったのは痴漢と間違えられそうになったからであって、謝礼が要らないという訳ではない。
それにそもそもボッチの俺が名乗るはずがないだろ。
くっそ。でも名乗ればよかった。バカバカ俺のバカボッチ。
「……しかしそれでは私どもの気持ちが……」
「何でもお金って、貴方基準で考えてはダメですよ。でも困ったわね。そうだ。今度我が家にお招きしましょうか」
「おお、それはいい。今後とも長い付き合いしていきたいですしな」
「それならば喜んで」
母が手を合わせた。
「いいの? じゃあソノ姉ちゃんもいい?」
舞夢が園に抱きついた。
もう俺より妹の園が目当てだろこれ。
俺さっきから空気君。
主役のはずなのに会話に参加していない。
ボッチエアースキルは発動していないはずだぞ。
「おお、もちろんだ。トーリ君、ソノちゃん。是非家に遊びに来てくれないか? 美味しいディナーをご馳走するよ」
「良かったね、お兄ちゃん。お兄ちゃんはグルメ食いしん坊だしね。食べ過ぎて太らないようにね。デブになったら他人の振りするからね」
「……」
え? 他人のふり?
俺の人生、太っていた時代のほうが長いのですが?
裏を返せば今までは他人扱いだったの?
そこかしこと感じていた妹の他人行儀な振る舞いが俺の脳裏によぎった。
俺は凹んだ。
先日の買い物だって珍しく妹が提案してきたのは俺が痩せたから?
え? 容姿ってそんなに大事なこと?
俺のアイデンティティって容姿以下ってこと?
痩せてたらボッチでも性格悪くてもいいってこと?
「おおう、では料理長に頼もう。沢山用意しなくては」
料理長? レストランでも経営しているのか?
俺の気分ははその言葉で完全復活した。
「やったー。舞夢がデザートにケーキ作るよ」
「それは楽しみねえ舞夢ちゃんのケーキ」
園が笑った。
「うん。お料理上手になって黒いお兄ちゃんの胃袋を鷲掴みよ」
舞夢と妹が手を握り合った。
「お兄ちゃんは味より量よ」
「じゃあ沢山作るね」
「……」
「あらもうこんな時間、そろそろお暇しましょうか?」
「えーもう帰るの?」
「塾があるでしょ。頑張って勉強しないとお兄ちゃんに嫌われちゃうわよ」
「帰る。塾行く。またね」
こうして舞夢一家は帰って行った。
楽しい嵐が去った。
その後、妹と母親に根ほり葉ほりしつこく経緯を聞かれるが、うんそうとかで誤魔化した。
あれ以上のことはねえよ。察しろよ家族なんだから。
その晩、俺の嫌いなキッズからのメールが届いた。
黒いお兄ちゃんに助けてもらって本当に嬉しいです。園姉ちゃんと友達になれたし。またね。お休み。
まあ一応女の子からのメールだし。ここは素直に喜ぶべきか。
俺は将来美少女確定の女の子とアドレスを交換したぞ。
クロミズを失って意気消沈していた俺は舞夢からのメッセージで少しだけ気分が晴れたのだった。
それより黒いお兄ちゃんって何だろう。
目の下が黒いからか? それとも心がドス黒いからか?
まあいい、ボッチ候補生が元気で良かった。
俺が助けなければ、彼女は死んでいたかもしれない。
クロミズならばきっと正しいことをしたとサムズアップしてくれただろう。
クロミズ……。
クロミズが取られた。
スラッシュは俺が面倒見るから心配はいらないからな。
俺は天井に浮かんだクロミズの幻影に頷いた。
涙で滲む天井をいつまでも見上げていた。
涙がこぼれ落ちないように……。
翌日。
俺は気分を切り替えて朝練に向かった。
朝練なんて行くもんか、と昨日までは思っていたのだが一晩寝たら悲壮感が減少した。
昨日が遠い。良く寝れた証拠だ。
ボットモを失ったのによく眠れたなんて罰当たりな話だがスッキリとした目覚めだった。
俺はいつものコンビニに立ち寄る。
スラッシュの餌と俺の餌を買いに、そろそろ金銭的にマズイ。
レジで並んでいると大柄な男が入ってきた。
バスターソードを背負ったサラリーマン冒険者だ。
あのバスターソードはいつ見てもカッコいいい。
俺もいつかこんな霊トレーサーになれたらいいな。
俺はすれ違いざま、会釈をして通り過ぎる。
「ん?」
俺は慌てて振り返る。
サラリーマン冒険者と目が合う。
「ん? 君か。おはよう、今日も早いな」
「ええまあ。お、おはようございます」
そしてサラリーマン冒険者は爽やかな笑顔で颯爽と去っていった。
ちょっと待って。ウェイウェイウェイ。チョ待てよ。
ん? 今バスターソード背負ってたな。
そりゃそうだろう。
サラリーマン冒険者だからバスターソードのひとつやふたつ背負っていても問題ないだろう。
彼はきっと有能な霊トレーサーなんだろう。
今日も危険なダンジョンに一人潜るのだろう。
そして迫り来る魔物をばったばったとあのバスターソードで……。
「!」
バスターソードの刃こぼれまでちゃんと詳細に見えていた。
「え?」
どういうことだ? 加護を失った俺はイマジナリーウェポンを見ることができないはずだ。
まさか、一日寝たことでクロミズの加護が復活した?
いやいや、そんなバカな。
俺は試しに触手を出すように命じた。
何かが俺の身体から飛び出した。
うねうねと動く卑猥な形状。
グロテスクのゼリー状の存在。
それは朝日を反射し、金色に輝いていた。
「はあああああああ?」
いやいやいやいや。
おいおいおいおい。
触手出たよ。
しかもいつもとなんか違う。
輝き方が違う。
金色だ。
黄金の触手だった。
黄金?
キン?
「まさか?」
俺の加護はクロミズだけではない。
黒ミノタウロスの黒牛守に金のスライムのキンミズサマ……。
「!」
まままま、まさか、ここここ、これは、キ、キ、キキキキンミズサマ?
クロミズの加護が奪われたことでキンミズサマの加護が発現した?
オーマイボッチ。
俺はあまりの衝撃でコンビニ前で独り茫然と立ち尽くしていた。
これはキンミズサマの加護?
金色の触手がそうだといわんばかりに元気よく踊った。
キンミズサマ。正式な名前はコンゴウサマ。
俺が試験会場で餌付けした巨大スライム。
なんかおにぎりあげたら代わりに金色の玉――加護をくれたのだ。
いやはやこれはなんというか……なんといきなりボッチ復活。
短い挫折だった。
これがアニメならば数話は挫折と訓練と葛藤に無駄に消費して、シーズン最後にようやく加護が戻ってボスをボコるところだろう。
だがアニメじゃない俺は一晩で復活。
「くっくっくっ。アーハッハッハッ」
俺は道端で声を上げて笑ってしまった。
怪訝な目で見る通行人達。
戻ったぞ。
加護が戻ったぞ。
加護持ちのボッチはつえーぞ。
待ってろよ。クロミズ。
すぐに助けに行くからな。
テンドー君を倒し、お前を取り戻す。
だが今の俺ではダメだ。
弱すぎる。ボッチの基本の骨格、筋力が弱すぎる。
それにすぐにメンタル霊が切れてしまう燃費の悪いボッチなのだ。
だから強くなる。メンタル霊の容量を底上げする。
そして強くなってお前を迎えに行く。
アイルビーボッチ。
俺は心に誓った。
ボットモを取り戻すと、その為に強くなると。
加護に頼りきったオンブズボッチはもういない。
待ってろよ。テンドー君。
待ってろよ。クロミズよ。
俺は人生で初めて大きな目標ができた。
今までの俺は流され、何も決めずに歩んできた。
だがこれからは違う。強くなって、ボットモを取り戻す。
俺の心は朝日のように明るく晴れやかだった。
俺は生まれて初めて人生に希望を抱いた気がした。
俺にはボットモがいるのだ。
一人だと勝手に落ち込んでいた俺はバカだ。
黒牛守にキンミズサマ、それにキリヒメサマの加護もある。
無くしたらまた見つければいいのだ。
俺は朝日の光の中、朝練に向かって走り出した。
数秒後。
立ち止まる。
でもさあ。加護があるってことはさ、クロミズを取り戻さなくてもいいんじゃね?
キンミズサマの加護で充分じゃね?
いやいや、ダメだろ。
いやいや、いいだろう? ダメだろ。
それに、キンミズサマの加護を生徒会長達になんと説明する?
俺はクロミズを奪われた可哀そうなボッチなのだ。
このまま加護がないほうが生徒会長と副会長に優しくしてもらえる?
大丈夫? トーリ君。とか言いながらその大きな胸に俺を抱き寄せ。
いい。その案採用。
隠蔽しよう。キンミズサマの加護は隠蔽に限る。
しばらくは落ち込んだボッチで同情を買おう。
そうすれば同情ラッキースケベ事案に発展するかもしれないのだ。
冴えわたるボッチ脳が導き出した最適解。
かまってボッチちゃん作戦だ。
俺は同情ラッキースケベ事案に夢を膨らませていると顔の筋肉が緩む。
いかんいかん、もっと悲壮感を出せ。
俺は加護を失ったんだだぞ。
笑ってたらダメだ。
泣きそうな顔で女神様の同情を誘え。
俺は混み上がる笑顔を抑えながらダンジョン部の部室に向かった。
そしてノックもせず、ボッチらしく扉を開け、眩暈に襲われダンジョンに入った。
よろよろと入ったほうがいいだろうか?
それとも俯きながらトボトボッチと入ったほうがいいだろうか?
俺はよろよろとトボトボッチしながらボス部屋に入った。
「待っていたぞカガッチ」
そこには屈強な男達が俺を囲むように不敵な笑いを浮かべていた。
木曽三川警護団が武器を構え、俺を待ち構えていたのだった。
朝練の雰囲気ではない。
全員がイマジナリーウェポンを構えヘラヘラと笑っていた。
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字修正いたしました。




