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49 奪われたボットモ

「返してもらったぞ。クロミズの加護。あーはっはっは」


 テンドー君が笑いながら俺の身体から剣をゆっくり引き抜いた。

 鮮血のようなメンタル霊が噴出する。

 俺の身体から何かが消えていた。

 黒い何かが消えていた。

 圧倒的な消失感、まるで魂の半分が消えたような喪失感。

 俺の視界が歪み、体がグラリと傾き、斜めの床が迫る。

 俺はそのまま膝から崩れ落ちた。

 撃沈だ。たったの一撃で撃沈……ボッチ撃沈……ボキチンだと?


 何をされた? まったく意味が分かんねえ。

 まずこの流れっぱなしの俺の血を、このメンタル霊を止めなければ。

 俺には加護がある。ゼリー状のスライムの加護がある。

 こんな刺し傷たいしたことない。

 俺はクロミズに願う。

 ボット細胞で止血してくれ。

 ボット細胞で腹の穴を埋めてくれと。


「……」


 だが何も起きない。


「アーハッハッ。これは愉快」


 大笑いするテンドー君。

 くっそ。イケメンだからって何しても許されると思うなよ。

 俺はそのムカつくイケ顔にボットガンを向け……。

 俺の体内の高圧液体をその砲口から……。


「……」


 だが何も起きない。

 くっそ。メンタル霊が足りてないのか?

 阿形、吽形。

 俺は俺の魂の武器……イマジナリーウェポンを呼ぶ。


「……」


 だが何も起きない。

 そんなはずはない。

 こんなことはあり得ない。

 物凄い既視感。

 これはボッチのデジャヴ……ボデブだ。

 ……ってふざけている場合ではない。

 緊急ボッチ事態だった。

 そうだ。この現象はメンタル霊が切れた時と同じだ。

 メンタル霊が切れれば加護は使用できない。

 これはメンタル霊が切れただけだ。

 何も奪われていない。

 何も取られていない。


「ぐふっ」


 俺は倒れた。

 見上げるボス部屋の天井が滲んできた。


「アーハッハッハッ。返してもらったぞ。クロミズの加護を」


 テンドー君の高笑いが遠くの方で響いた。


「……かっ返せ」


 俺の声が出ない。

 おかしい。俺の声が全く出ない。

 ああ、声が出ないのはいつものことか?


「トーリ」

「トーリ君」


 二人の足音が俺の耳元で止まる。

 生徒会長と副会長が俺の直ぐ近く、ゼロ距離にいるのだ。

 立て、立つんだボッチ。

 今がボッチの神様が与えてくれたラッキースケベの大チャンスなはずだ。

 好機到来。千載一遇の大チャンスで大タイミング。

 今、がばっと顔を上げれば、生徒会長、副会長いずれかのスカートにアタマを突っ込むという憧れのシチュエーションに遭遇できるかもしれない。

 それか、立ち上がった瞬間にふらついて、柔らかいお胸にダイビング出来るかもしれない。

 とにかく立て。立つんだボッチ。メンタル霊なんてなくても立てるはずだ。

 だが俺の身体はピクリとも反応しない。

 指先一つ動かない。


「なんてことを……」

「天道君。あなた自分が何をしたか分かっているの?」

「分かっているよ。正当な継承者の元に戻ったのだ」

「何が正統じゃ。無理矢理奪っておいて何を言う」

「ふん、お前らに俺の気持ちは分かるまい? ダンジョンに入れなかった俺がどれだけ苦しんだか? どれだけ笑い者にされたか? だがそれも今日で終わりだ。これからは俺の時代だ。クロミズはもう俺のものだ」


 生徒会長と副会長にテンドー君が語り始めた。

 何を言っている? リア充風情が。

 ダンジョンに入れなくともお前はイケメンで金持ちで頭もいい。

 それ以上何を望むというのだ?


 ダンジョンに入れなかった気持ちだと?

 お前にボッチの気持ちは分かるまい?

 リア充の輪に入れなかった俺がどれだけ苦しんだか?

 どれだけ笑い者にされたか?


 くそがぁああ。許せねええ。返せ。返せよ。

 俺から加護を奪ったら何も残らないじゃないか?

 これではみじめなボッチ生活に逆ボッチ戻りじゃないか?


 かかか、か、返せ。

 ううううう、動け。

 おおお、俺の身体動けよ。

 勇者に殺された時みたいに動けよ。

 くくく、くそがぁああああ。

 くっそおお。

 メンタル霊があれば、テンドー君にクロミズを奪われなかった。

 メンタル霊さえあれば、テンドー君を負けなった。

 油断さえしなければ加護は奪われなかった。

 あの余裕の笑みに隠されたテンドー君に警戒していれば。

 たら、れば、の後悔のスパイラル思考に落ち込む。


 どどどど、ど、怒、弩、ドちくしょうがぁああああ。

 ぜぜぜぜ、ぜ、絶対取り返してやるからなあああああ。


 激痛で意識が飛びそうだ。

 俺の怒りと反比例するように、身体から加護が抜けていく。


 テンドオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!


 俺は声なき叫びを叫んだ。


「トーリから無理やり加護を奪ったからといってお前が加護を得られるか分からんぞ」

「は? 次期当主の俺だぞ。先程から満ち溢れるこれはなんだ? たぎるぞ? クロミズサマの加護がな、これはなんだ? 加護ではないのか?」

「それはクロミズサマの力! くっ。だからといって奪っていいものではない」

「何を言うか? これは元々俺の加護だ。こいつに横取りされたんだ」

「人の加護を横取りするとはそれでも次期当主なの?」

「ふん。この家宝、黒薙の剣が使えるこそ当主の証だ」

「黒薙の剣、かつてクロミズサマが御暴れになった時に、クロミズサマを封印したヤオロズウェポン。それがお前を認めただとお?」


 動けないボッチの周囲でストーリーが進んでいく。

 役割分担して説明してくれる感じ、大好きだ。

 だが、言ってることが、さっぱり分かんね。



 あれ?

 ここはどこだろう?

 声だけは聞こえる。

 世界が白い。

 地平線まで白い世界。

 そんな不思議な白い世界にクロミズがいた。

 最初に会った時の様に巨大な黒い柱状でそびえ立つ。

 巨大な黒いスライム。俺のボットモのクロミズが立っていた。


 ようクロミズ。お前って昔、御暴れになったのかよ。


 俺は目の前のクロミズに気軽に話しかけた。

 巨大なクロミズがテヘッと舌を出した感じがした。

 黒薙の剣で封印されちゃったのか?


 クロミズがイエスと弾んだ。

 ハハハ。そりゃあお前も大変だったな。


 あ? アイテムボックス内の膨大な武器もその暴れた時に手に入れたのか?

 目の前のクロミズが弱々しくテヘッと舌を出した感じがした。


 なんだか余裕だな?

 今、絶体絶命の大ピンチなんだぞ。クロミズのピンチ……クピンチなんだぞ。

 クロミズが消えていく。

 待ってくれ。

 行くな。

 お前が居なくなったらどうやって無双すんだよ。

 お前が居なくなったら俺なんかただのヒョロガリボッチに戻ってしまうじゃないか?

 止めろ。俺のボットモを奪わせないぞ。

 お前も少しは抵抗しろよ。なに奪われてんだよ。我慢しろよ。


 消えかかったクロミズがテヘって舌を出した感じがした。

 奪わせないぞ。

 俺はメンタル霊を凝縮させて、テンドー君に……。

 魔法を……。

 俺の最大魔法ノスフェラトゥフレイムを……。

 怒りを込めて……。

 だが何も見えない。何も聞こえない。

 俺という存在が希薄化していく。

 これはまずい。俺というアイデンティティーが希薄化し、存在が許されない。

 このままでは……。

 クロミズが消えていく。

 俺のボッチの友が消えていく。


「アーハッハッハッ。そのまま死ねや」


 俺の意識はそこで途絶えた。


「……」




 ――――放課後の喧騒が耳をうつ。


「……ここは?」


 気付くと俺はダンジョン部の前の廊下に倒れていた。

 ひんやりした廊下のワックスが鼻をつく。

 ここは紛れもない現実世界。

 ということは、俺はダンジョンで死んだ。

 まあ、ダンジョンで死んだところで現実では死なない。

 くっそ。やってくれたじゃねーかテンドー。

 なーに慌てる時間じゃない。

 メンタル霊をたっぷり貯めてからテンドー君をボコればいいのだ。

 俺には無敵の加護があるのだ。

 ゆっくり休んでから考えよう。


「トーリ」

「トーリ君」


 ダンジョン部の扉が開き、生徒会長と副会長が血相を変えて現れた。


「大丈夫か?」

「トーリ君」


 泣きそうな顔をした二人の美少女。


「ええまあ」


 ダンジョンで死んでも現実では死なないし、昨日ちゃんとダンジョン試験場で死んでるから、死ぬことへの耐性が出来ている。

 だから今後ダンジョンに入れなくなることはない。

 だからそんな悲しそうな顔をしないでくれ女神達よ。


「ふん。加護を失ったお前などもはや敵ではない」

「天道キサマぁ」

「天道君、これは報告させてもらうわ」

「ふん。好きにしろ」

「天道キサマぁ」

「もうこいつには興味はない。執行部入りを認めてやろう。アーハッハッハッ」


 テンドー君が笑いながら去っていった。

 加護を失った? ハハハ、なに言ってんだ?

 俺には現実でも加護が発現しているのだ。

 生徒会長と副会長の背中に背負っているイマジナリーウェポンだって見え……。


「!」


 ……ない。

 え? 二人が背負っていたダブル太刀が見えない。

 おいおい、ウェイウェイ、チョマテヨ。

 ダンジョンでの出来事がフラッシュバックする。


「……おい」


 消えていったクロミズ。

 触手を振ってバイバイするクロミズ。

 まさか、本当にクロミズの加護を失った?

 俺の有頂天だったお気楽気分が一気に地獄の底に突き落とされた。


「え? 本当に加護を失った?」


 俺はあまりの驚きで、ええまあ、とか、別に、とか以外の言葉を発してしまった。

 加護を失った俺なんてヒョロガリボッチの性格がねじ曲がった、ムッツリスケベの被害妄想過多の、ただの嫌な奴に過ぎないじゃないか。

 それはまずい。まずいっすよ。


「……トーリよ。今日は帰って休め。明日の朝練に備えろ」


 生徒会長が泣きそうな顔で俺の肩に触れた。

 女子との接触。未知とのセカンドコンタクト。

 だがその衝撃が俺を襲わない。

 あれ? ってことは衝撃無効が効いている?

 もしかして加護は失っていない?

 だが、依然と二人の背の太刀は見えない。

 もうどうなってんのこれ。

 失ったのか失ってないのかどっちなん?

 だが俺の中のクロミズは答えない。

 クロミズの気配が微塵も感じられない。こんなことは初めてだ。

 まさか本当に俺はボットモを失った。

 無敵の加護を失った。

 クロミズの加護を失った俺に生徒会長と副会長、クロミズの巫女たる彼女達の後輩になる資格なんてない。

 二人との唯一の接点、唯一の共通点を失った。

 俺なんかボッチがリア充カースト上位存在の生徒会長と副会長と同じ空気を吸っていいはずがない。

 クロミズの加護を失った俺はダンジョン部員の資格はない。


「トーリ君。加護を失っても貴方はダンジョン部員よ。私達は気にしてないから安心して」

「そうじゃ、クロミズサマ以外にもヤオロズは八百万はおる。また加護を得ればいいだけだ。加護などなくとも霊トレーサーには変わりはない」


 二人の励ます声がどこか遠くで聞こえる。


「……」


 俺はよろよろと立ち上がりその場から逃げ出した。

 夕暮れ時の校舎は長い影を落とす。

 俺の心はその影のように長く暗い。


「……トーリ。明日の朝練、遅刻するなよ」

「……トーリ君。朝練来てね」


 二人の優しい声が背中に届いた。

 だが俺の心にまでは届かない。

 朝練? 今さら何を練習するのだ?

 もう新人戦なんてどうでもいいよ。

 加護を失った俺なんか一回戦で敗退確実なのに出る意味も出る価値もない。

 もう俺に期待なんてしないでくれ。

 加護を失った俺に出来ることなど何もない。

 俺なんかこんなもんだ。

 短い夢だったんだ。

 儚い夢だったんだ。


 何の努力もしてこなかった俺なんかこんなものだ。

 あらゆることから逃げてきた俺はリカバリーの方法を知らない。

 ソフトランディングの仕方もトラブルの解決方法を知らない。

 これまでの人生、全ての事象から逃げてきたからだ。

 喧嘩しても仲直りしない。

 誤解があっても解かない。

 イジメられても何もしない。

 嫌われても仕方がない。

 好かれようともしない。

 改善しようともしない。

 何もしない。

 ただ、諦めて逃げる。


 それが俺という存在。

 挫折に弱い。逃げ続けた人生。

 だから俺は今回も逃げるだろう。

 なかったことにして終わらせるだろう。

 俺はいつもの帰路をゆっくり歩く、霞んで色あせた景色なんて見えていない。

 ショックだった。

 せっかく出来た友を奪われたのだ。

 アッシュが死んだ時ぐらいショックだった。


 もういいや。

 これまでと同様の孤独なボッチに戻るだけなのだ。

 今までだって独りでやってきたじゃないか。

 これからも独りでやっていくだけだ。

 くっそ。

 道路が滲んだ。

 喉が痛い。


 涙が溢れた。

 泣いてなんかないんだからね。

 鼻の奥が痛い。


 鼻水が出た。

 鼻水なんて出てないんだからね。

 くっそぉ。

 奪われた。寝取られた。無くした。ひどいよ。

 俺が何したんだよ。

 これだから人間はクソなのだ。

 この世は地獄。まさに爺ちゃんの言葉通りだ。

 悪魔とは人間。この世に神はいない。

 いるのは何かを奪う人間のみ。この世は有限なのだ。

 奪う者。奪われる者しか存在しない。

 共有なんて言葉は余裕がある時だけだ。

 餓死寸前に他人と食料を共有する人間なんていない。


 くそ。俺は人間が嫌いだ。

 人は動物なのだ。

 着飾って万物の長のようなふりをしているが人間なんて汚い生き物だ。

 己の欲望に忠実なリア充など悪魔だ。

 あいつらは人間じゃない。欲の理性に制御されたロボットだ。

 死ねばいいのに。全員死ねばいいのに。

 人間なんて全滅してしまえ。

 ああ、俺の心がダークサイドに落ちていく。

 これがかの有名なボッチの闇……ダークボッチ。

 しかもいつものダークボッチじゃない。

 これはパーフェクト ブラック ダークマター マスター ボッチだ。

 この世に絶望したボッチのみが辿り着けるという伝説の境地。

 暗黒を悟りしダークマスターボッチとは俺のことだ。

 ケッ。

 つまらん。くだらん。

 ボッチボッチと連呼していれば気が紛れるか?

 ……紛れねえ。

 リア充とボッチに二極化して単純化して逃げているだけだ。

 ふざけておどけて、現実の辛いことから逃げているだけだ。

 何がボッチだ。

 ふざけんな。

 いくつになっても俺は子供のままだ。

 沢山のランドセルを運ばされていた時から何も変わっていない。

 俺の心は止まったままだ。

 俺はあの時から成長が止まっている。

 小学生のまま。

 せっかく前に進んだと思ったのに。

 戻っちゃった。


 俺の世界から色が失われた。

 俺の視界に映る灰色の世界は無彩色の無音の雑音の地獄。

 夢も希望も持たない俺が、夢なんかを抱いた罰だ。


 俺はトボトボと歩く。

 トボッチトボッチと歩く。

 一歩、二歩、三ボッチと歩く……四ボッチ……つまんね。

 冴えない。いつもなら冴え渡るボッチ語録がまるで弾まない。


 そんな時、リュックが震えた。

 スマホが鳴っているのだ。誰からだろうか?

 まさか、心配した副会長様?

 だったらもう出なくていいかな?

 もう会うこともないだろう。

 消そう。

 抹消しよう。

 俺は着信拒否するためにスマホを取り出した。

 だがそこに表示されている名前は副会長ではなかった。


「え?」


 お兄ちゃん速く帰ってきて緊急事態なの。


 妹からのメールだった。

 俺は涙を拭いて走り出した。

お読みいただきありがとうございました。

誤字脱字修正いたしました。

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