45 最後はボッチが勝つ
俺は阿形と吽形で自分の身体を抱きかかえるようにクロスさせた。
そこにクロミズの加護に黒牛守のパワーを込め、キリヒメサマの剣技を込めた。
思い浮かべろ。薄い。薄いボット細胞を。
全てを切り裂く極薄のボット細胞の刃を。
残りの全てのメンタル霊を圧縮した刃を。
「いざ推して参る」
そして一気に開放する。
阿形と吽形を水平に振りぬいた。
斬撃がゼロ秒で迸る。
勇者の身体が上下に分断された。
それでも止まらずダンジョンの壁を、柱をへし折り、ダンジョン試験場の外部の白でも黒でも灰色でもない空間に向かって消えた。
高速回転する勇者君の二つに分かれた身体がメンタル霊を撒き散らす。
アニメならばシルエットで描写する程のグロ映像だろう。
螺旋状にばらまかれるメンタル霊の軌跡。
それはまるでゲームのヒットエフェクトのようであった。
勢いあまって天井に激突する半身。激突した聖剣が激しい金属音を奏でる。
勢いあまって床を転がる半身。聖剣が壁に衝突して金切り音が弾んだ。
そして静寂が訪れる。
聞こえるのはダンジョン試験場の壁が天井の破片が舞い落ちる音のみ。
ボッチの鼻息のみ。
ピクリともしない勇者君。
消えろ。このダンジョンから立ち去れ、消えて無くなれ。
「……」
やがて俺の願いが通じたのか勇者君はメンタル霊となって消えた。
復活する気配はない。
ダンジョン試験場の広い廊下に舞い上がったメンタル霊。
さすが勇者だ。メンタル霊保有量も膨大だ。
凄いぞ。勇者君。俺が上から目線で誉めてやろう。
そして尊敬しよう。意識をなくしても戦うその姿勢。
見事だ。
敬意を称して、そのメンタル霊は吸わずにいてやろう。
消えゆくメンタル霊の光の粒は俺の勝利を祝福しているようであった。
「……」
勇者君が戻ってくる気配はない。
やったぞ。
やってやったぞ。
完全に俺の勝利だ。
だが辛勝だった。今日の教訓をボッチの肝に銘じておこう。
加護持ちの物理無敵の俺でもメンタル霊切れは死に繋がる。
逆に言えば、メンタル霊があれば俺は無敵ボッチなのだ。
俺は反省しながら落ちている聖剣を眺めた。
俺が折った聖剣エクスカリバーだ。
主人が消えても剣は残っている。
主人の意思を継いでまだ戦おうというのだろうか?
俺はおもむろに折れた聖剣エクスカリバーを手に取った。
その途端……。
「痛っ」
激痛が走った。
俺は咄嗟に聖剣を投げつけ、反射的にボットガンを撃った。
折れた聖剣が木っ端みじんとなってメンタル霊となって消えた。
カッとなってやった今は反省していない。
勇者の剣のくせに生意気だぞ。
「……」
俺は落ちているもう一振りの聖剣アロンダイトを見た。
これも触ったら火傷しちゃうかな?
やはり勇者の幻想武器は光属性なのだろうか?
俺の闇属性とは正反対だから俺の身を焼いたのだろうか?
これどうしよう。ボットガンで撃って木っ端みじんにするか?
それとも阿形と吽形で叩き折るか?
それとも……。
聖剣アロンダイトがビクリと震えた。
何だよ、その態度は? ああん? やんのか?
おいおい、何ビビってんだよ。俺の連れは、つえええんだぜ?
おいおい、ビビんなよ。何も食っちゃしねーよ。ハハハ。
……と俺は上級生達のイキリを真似して悪ぶった。
「……」
そしてボッチアイで睨んだ。
ヒイィ……お助けーと叫ぶアロンダイトちゃん。
どうしよっかな……テメーは俺を刺したよなあ?
違います、違います。あれは我が主の遊び心なんです。
遊び心で人を刺す奴は許せんな。
何でもしますから許してください。ふえぇ。
――と声を出して泣く聖剣アロンダイトちゃん。
俺で勝手に妄想した美少女化した聖剣アロンダイトちゃんが涙を浮かべて上目遣いで俺を見た。
「……」
今さ、何でも言うこと聞くっていったよな?
じゃあ勇者の聖剣よ――俺のものとなれ。
俺はそう心の中で呟いた。
心を決めたのかアロンダイトちゃんが震えるのを止めた。
俺はアロンダイトちゃんを手に取った。
今度は焼かれない。よし。いい子だ。
それにしても、いい剣だ。流石勇者君のイマジナリーウェポンだ。
イケメンの聖剣アロンダイトちゃん。
貰っていくぞ。戦利品として。
勝利した者の特権を行使するのだ。
勝った者が正義なのだ。
「……」
俺はクロミズに収納を命じた。
アロンダイトちゃんが消えた。
フフッ。奪ってやったぞ。
寝取ってやったぞ。
ざまああ。ブサメンに寝取られた気分はどうだ勇者君?
俺は勇者君が消えた床を見つめながらそう心の中で罵った。
お前の愛しい聖剣アロンダイトちゃんを寝取ってやったぞ。
はーはっはっはっ。
こうして勇者対ボッチの戦いはボッチの勝利で幕を閉じたのだった。
まさか勇者君が覚醒するとは思いもしなかった。
ボッチも覚醒するのかな? 覚醒ボッチは暴走して無言になる。
それって普段とあんまり変わってなさそう。
……と、そんなくだらないことを考えながら俺は周りの様子を伺った。
幸いなことに周囲には誰もいない。
目撃者がいたらそいつも殺さなきゃいけないからな。
この戦いの最後だけ切り取れば俺が悪者のような、一方的な虐殺、弱い者イジメな光景だったからね。
大いなる力の行使は弱い者にはイジメにしかならない。
大きすぎる力はむやみに振るってはならない。
そうだ。俺は有名なアメコミ説教名文に一行追加することにした。
大いなる力を持つ者は大いなる責任が伴う。
そしてその大いなる力は小なる者に振るってはならない。
ということで強者を自称するリア充どもよ。
いつも悪い奴は大抵友達って自慢している社会的強者のリア充共よ。
弱い者イジメはよくない。
金持ち共よ。お高い時計とか車とかを見せびらかして弱い者イジメしてんじゃねえ。
弱い者イジメよくない。
だから社会的弱者の俺へのイジメを止めてくれよな。
あいつら馬鹿だから弱い者の気持ちが分からないんだ。
想像力が欠損しているから他人の気持ちが理解できないのだ。
行き過ぎた個人主義が他人の理解を阻んでいる。
自分達が正しいと思い込んでいる。
小さな閉じられた帰属意識が彼らの判断を鈍らせている。
自分と意見が違う者には攻撃してもいいと勘違いしている。
今の俺は賢者モードだった。
いいことを思いついたぞ。
全員がイジメられる経験を積めばいいんだ。
週替わりでイジメっ子、イジメられっ子を交代するとうのはどうだろう?
そうすれば皆も身を持って痛感するはずだ。
イジメはよくないと。辛いと分かるはずだ。
口で言っても、見ても分からない奴はイジメられることを体感させるしかない。
だから週替わりでイジメの攻守交替するのだ。
今日の無視する子はこの子です。
さあ、みんなでイジメて無視しましょう。
プププ……いいねえ。
我ながら良い案だ。グッドボッチアイデアだ。
これで皆、人に無視される気持ちが分かるだろう。
今度、文部科学省にタレコミしよう。
でもきっと無視されるのがオチだ。
――さあ現実に戻ろう。
俺は勇者君に因縁つけられて殺された。
だから殺してやった。
それにしても勇者君、無残な死に方だったなあ。
いい気味だ。
だが少しやり過ぎたか? いやいやそんなことはない。
忘れてはならないのは、被害者は俺だということだ。
全然やり過ぎてないぞ。少しだけ過剰防衛しただけに過ぎないのだ。
勇者君が最初に斬りかかってきたんよ。
悪いの勇者君。
悪いのは社会。
悪いのは政府。
悪いの与党。悪いの大臣。悪いの総理。
俺は他人のせいにして、責任回避した。
少しだけ罪悪感が消えた。
凄いぞ。他人のせいにするのがこれほど効果的とは、これから全部他人のせいにしよう。
今までは俺は自分がボッチなのは全部自分の責任だと感じていた。
自分が悪いと自分を責めていた。
俺がボッチなのは自分の努力が足りないからだ……と。
コミュ障なのは話す努力をしなかったからだ。
友達がいないのは友達を作る努力をしなかったからだ。
だがしかし、これからは全部他人のせいにしていこう。
俺がボッチなのも姉ちゃんのせい。
そうだ。姉ちゃんが全部悪いんだ。
自分を中心に地球が回っていると公言する姉ちゃんのせいだ。
そして俺の性格がねじ曲がったのは爺ちゃんのせいだ。
ずる賢い、僻みっぽい説教臭い爺ちゃんのせいで俺のピュアマインドが暗黒に染められたのだ。
だから俺は悪くない。
俺はボッチスキル……セキニンテンカンを手に入れた。
よし行くか。
俺はさっぱりした気分で、素知らぬ顔で、こっそりと、ひっそりと、ボッチ忍法を駆使して、何事もなかったかのようにその場を後にした。
皆帰ったのだろうか? ダンジョン試験場には誰もいない。
混雑していた試験場が、もぬけの殻だ。
ボッチの俺にとっては快適空間だった。
誰もいないって最高だね。
視線もないし。音もしないし。
まさにボッチの天国。
俺は舞い上がっていた。
俺は誰もいない試験場内をスキップで進む。
鼻歌を歌いながら受付に差し掛かった時……。
「?」
怪訝な表情で俺を見る受付嬢がいた。
くっ。見られた。
俺の浮かれホップ・ステップ・ボッチ・スキップを見られた?
うわあああぁ。恥ずかしい。かなり恥ずかしい。
奥手のボッチの俺の恥ずかしいランランスキップが目撃されちゃったのだ。
穴があったら入りたい。
今すぐ阿形と吽形を呼び、ダンジョンを斬って次元の隙間に入って消え去りたい。
ベッドにうつ伏せになって手足をバタバタしたい。
俺が一人恥ずかしさに悶絶していると受付嬢が俺を見ていた。
見んといて。そんなに見んといて。
恥ずかしくて死ねる。
ほら、俺は低スペックだけど、プライドだけは軌道エレベーターよりも高いんよ。
あんな浮かれボッチ姿を人に見られたらお嫁にいけない。
でもあの美人受付嬢は人じゃない。
どこからどう見ても普通の可愛い人間のお姉さんに見えるけど、正体は九尾なのだ。
凶悪な神……ヤオロズなのだ。
しかもコンテンツ業界最強種……九尾なのだ。
九尾の尻尾が、ただの毛玉って判明した現在では可愛い存在なのだが、皆が最強と思えばこのダンジョンでは最強となるのだ。
元は毛玉の狐だろうが、伝説の玉藻前だろうが、コンテンツ業界では最強なのだ。
あれは人間じゃないから見られても恥ずかしくないんだからね。
「……」
受付嬢が俺を睨む。
負けるな。ボッチアイで応戦しろ。
人間じゃない。あれはヤオロズだ。
だから見られても平気のはずだ。
逆に見ろ。もっと俺を見ろ。
さあ、ボッチの俺の雄姿を見るがいい。
開き直ったオープンボッチを見るがよい。
俺は発想の転換を図った。
逆切れならぬ逆ボッチだ。
もう自分で考えてても意味わかんねえ。
「……」
「……」
受付嬢が目を逸らした。
勝ったぞ。猫の睨み合いに勝ったぞ。
しかし今の目逸らしは高等ボッチスキル……目逸らし。
くっ。まさか受付嬢もボッチスキルの使い手だったとは……。
俺は一気に受付嬢に親近感を覚えた。
ん? 睨まれた……もしかして俺、嫌われているのか?
いや、それとも恥ずかしいのかな?
そりゃあ俺は獣人の最も敏感な尻尾を食べちゃったんだからね。
一生添い遂げなければならないから、きっと恥ずかしいのだろう。
この照れ屋さんめえ。
俺は無表情で無言で受付嬢の元に向かった。
「ひっ。ふ、ふぇ。な、なにか用?」
噛み噛みスキルもマスターしている。さらに好印象。
そしてよく見ると可愛い。
生徒会長と副会長とはまた違った人間離れした魅力があった。
そりゃそうだ。人間じゃなかった。神様だった。ヤオロズだった。
コンテンツ業界最強種の玉藻前こと九尾だった。
「なななっ、なに?」
「……」
俺はその質問に無言で答えた。
「ひいいいぃ」
受付嬢が叫んだ。いやいや、拙者まだ何もしてないでござるよ。
「……」
「……」
俺達をサイレントエアーが包む。
気まずいってレベルじゃない。
何でこんなに気まずいんだ。
俺が敏感な尻尾を喰ったからか?
「……」
「……」
俺はクロミズに願った。
なんとかして……と。
俺の中のクロミズがモゾモゾと動いた。
すると俺の手に九本の尻尾のモフモフストラップが現れた。
ストラップ? まあいい、このストラップからは九尾のメンタル霊が溢れ出ている。
これは間違いなくあの時、俺が喰った九尾の尾だ。
返してあげたいということだろうか?
分かったよ。そうだね。これは九尾に返そう。
「え?」
「……」
俺は無言で無表情で、受付嬢にストラップを渡した。
受付嬢がストラップを慌てて手に取り、涙目で俺を見た。
「ちゃんと洗った?」
洗ってねーよ。
俺は心の中で軽快に返事して去った。
背後で九尾のメンタル霊が溢れるのを感じた。
無事にメンタル霊を返却できたようで何よりだ。
戦いが終われば強敵と書いて友と呼ぶのだ。
俺の優しさに九尾は惚れられちゃうかもしれないな。
困っちゃうな。
「……しね」
という受付嬢の小さな声がした。
「……」
俺は聞こえなかったふりをして進んだ。
夕刻の誰もいない試験会場に俺の長い影を落とす。
勇者君が邪魔しなければ、もっと早く終わっていた。
もしかして、もう生徒会長達は帰ったのかな。
その瞬間風切り音が響いた。
「え?」
この音は聞き覚えがある。
俺は視界の下に何か異物を感じた。
長い棒のようなものが……。
なんと俺の胸に矢が刺さっていた。
激痛が襲い掛かる。
「くっ」
おかしい。貫通無効の俺には矢は効かないはずだ。
何故、矢が突き刺さっているのだ?
激痛で意識が朦朧する中、飛来した次の矢が俺の目に突き刺さる。
激痛が、閃光が脳を焼く。
くそっ。貫通無効の俺に貫通しただと?
ぐらりと視界が揺らぎ、そのまま俺は倒れた。
ダンジョン試験場の床が俺の頬を打った。
衝撃で折れた矢が俺の身体に再び突き刺さる。
「!」
くっそ。誰だ? 本家の刺客か?
ヤオロズの加護はヤオロズの加護でしか打ち破れない。
まさかこの矢はヤオロズの加護持ちの攻撃?
俺の身体からメンタル霊が抜け出ていく。
このままではまずい。
せっかく勇者君を倒したのにこんな攻撃で俺は死ぬのか?
否。俺は気合を入れて立ち上がった。
そして顔に刺さっている、目に刺さっている矢を引き抜いた。
痛い。滅茶苦茶痛い。
怒りの感情をメンタル霊に変換する。
「くそがあああ」
俺は手にした矢を投げ捨て、右手を前に突き出した。
見たところ敵の姿はない。
だがそんなこと関係ない。
矢は前方から飛んできた。
それだけ分かればいい。
俺は残りのメンタル霊を振り絞る。
全てのメンタル霊を一点に集中させる。
「し、深遠なる闇の奥から我の願いと共に眼前の魂を吸い尽くし、や、……焼き払え。だ、だだ代償としてその魂を捧げる……ノスフェラトゥフレイム……オールオーバー」
俺は残りの全てのメンタル霊をつぎ込んだノスフェラトゥフレイムを放った。
そしてそのまま倒れた。
再び試験会場の床で折れた矢が俺に再突入する。
激痛が襲う。
熱波が、閃光が襲う。
俺の放った魔法ノスフェラトゥフレイムの深紅の炎が試験場ダンジョンを焼き尽くす。
廊下を、床を、壁を、天井を深紅の炎が焼き尽くしていく。
「ぎゃあああああ」
朦朧とする意識の中で誰かの叫び声が聞こえた。
やった。やってやったぞ。
ざまあ。俺を攻撃した刺客は俺の魔法で骨まで焼かれただろう。
俺を殺そうとした刺客は死んだ。
俺の意識は、魂は拡散して落下し共有意識に溶け込んだ。
……。
目を開けるとそこは夕闇に包まれた試験会場だった。
今までと変わりない試験会場だった。
俺はダンジョンで死に、ダンジョンから追放された。
同じ光景だから分からないが、現実のような気がする。
音が多いのだ。外部から聞こえる車の音。風の音。
それが俺の耳を満たした。
先ほどまでの静寂さは皆無。
つまりここは現実?
軽い頭痛と吐き気がする。
だが、それだけだ。
現実でも加護に包まれているからだろうか?
木曽三川警護団がダンジョンから追い出された姿はそれは無残な姿だった。
二日酔いあえぐおっさんだった。
二日酔いしたことないけど、二日酔いってたいしたことないね。
「イタタ、タハハッハー」
近くで変な笑い声がした。
俺は声のしたほうを見ると頭を抱えてうずくまっている男がいた。
お読みいただきありがとうございました。
サブタイトル変更。誤字脱字、読みやすいように修正しました。




