43 アイルビーボッチ
「ぐへえええええぇ」
イケメン勇者君の聖剣が俺のヒョロガリボッチの体に突き刺さり、俺の退化した声帯から小さな声が響いた。
いい、痛いどころじゃない。すす、すげー痛い。
めめ、滅茶苦茶痛い。やや、焼けるように痛い。
まるでこの世の全ての激痛を乗算したかのような激しい痛みに襲われた。
心の中で噛んじゃうぐらい痛い。
視界が霞み、思考が歪み、轟音が耳をつんざく。
俺の無敵の加護が一切効いていない。
しかも闇の属性の俺の身体に光属性の聖剣が刺さっているのだ。
メンタル霊が殆ど残っていないはずの俺の身体からメンタル霊が宇宙船から抜け出す空気の様に噴出した。
「かはっ」
俺は血液状のメンタル霊を吐血し、力なく勇者君にもたれ掛かった。
ゼロ距離で見る勇者君はマジイケメンだった。
嫉妬するぐらいのイケメンだった。
だがその表情だけはダメだ。
その悪魔のように口角を上げたその表情だけはダメだ。
それは俺を見るリア充の目、俺をバカにする者達特有の表情だった。
こいつの心は決してイケメンではない。
勇者君がイケメンフェイスをひん曲げて、俺の身体から聖剣を引き抜いた。
俺の傷口からメンタル霊が溢れ出る。
「きったねぇな」
勇者君はそれを避けるように飛び退いた。
支えを無くした俺の身体がぐらりと前に傾き、受け身も取れずに顔から床に激突した。
「はははははっ。よええええええ。俺って凄くね? 俺って凄くね? 俺って最強じゃね。最強じゃん。イヒヒヒヒッ。フヒイイイイイィ」
勇者君の狂ったような笑い声が俺の背に響く。
勇者はそんな笑い方しない。
これは間違いなく雑魚キャラの笑い方だ。
「最後に残るのは強い者だけなんだよ。弱い奴に生きる資格なんてねーんだよ。現実で会ったら土下座して道を開けろや。いや、泣いて詫びろ。この僕に逆らったこと一生後悔しながら生きろ、ああ、そして我が蒼岩家に逆らった貴様は一族諸共この街から追い出してやろう。僕の家の力は凄いんだぞ。政治家も警察も、弁護士もヤクザも全て意のままだ。つまり下民のお前が何をしても上級民の僕には敵わないのだ。顔も。地位も。家柄も、そして霊トレーサーの能力も僕には到底及ばない。後悔しながら、嘆いてそのままダンジョンから消えろ。ダンジョンで見かけたら問答無用で刺し殺すからえな。許しを請おうが、謝ろうが関係ない。ぶっ殺す。この僕の敵となったのだ。勇者に逆らったものは悪だ。討伐せねばならない。なぜならば僕が正義だからだ。勇者だからだ。神だからだ」
俺はその長台詞を最後まで聞くことなく暗闇に沈んだ。
そう死んだのだ。
いくら無敵の加護持ちだろうが、メンタル霊が切れればあっさり死ぬ。
このダンジョンはメンタル霊で構成された半物質の世界。
メンタル霊を失えば、そこから無慈悲に追い出されるだけだ。
俺は全てのメンタル霊を失い、このダンジョン試験場から消えた。
どこまでも落ちていく感覚が続く。
永遠に落下し続けるような感覚。
風も、空気もない。音もない。感触もない。
何もない漆黒の穴を落ち続けた。
俺の存在が空気のように薄くなっていく。
ちょ、待てよ……それはいつも感じているボッチの日常と変わらないのでは?
自分の存在が空気に感じるなんて毎日感じている感覚じゃないか。
つまり俺は毎日、死のような希薄化を感じている?
なんだ、死ぬってたいしたことないな。
何もない。手も足も、顔もない。
あるのはこの思考、この感覚だけだ。
今俺は世界と完全に一体化した。
俺という存在はこの世界そのものとなり、この宇宙そのものとなった。
俺は神になったような万能感と同時に喪失感を味わった。
生と死が混在し、表裏一体化した希薄存在。
俺は世界であり、世界は俺であった。
個人とか集団とか、ボッチとかリア充の境界はない。
全てが同一化、均一化した共有存在。
ああ、これこそが真の平等な世界だ。
個人の境界も差もない。
個がない世界。
争いがない世界。
どこまでも雄大で穏やかな感情。
全てを許そう。その罪、全ての大罪を許そう。
俺を殺した勇者も許そ……。
……せない。
否。
許せるはずがない。
一番許せないのはあの目だ。
俺を蔑む目。
俺を笑う目。
罵倒する目。
無視する目。
それはリア充の目。
俺の心の奥底から、どす黒い怒りが込み上がる。
許さん。
俺の思考が怒りで再起動し、再び回り出した。
ボッチをなめるなあぁぁ。
激しい嫉妬や、屈辱、疎外感が、そして憤怒が吹き荒れた。
怒りの感情がメンタル霊に等価交換される。
底をついていた俺のメンタル霊メーターが跳ね上がる。
そしてその全てが一点に集約し、爆発した。
俺の第七感……ボッチセブンセンシズが弾けた。
俺の中のボッチがビッグボッチクランチした。
ボッチあれ。
そして次の瞬間、俺の魂は、身体は、精神が再構成される。
希薄だった精神が徐々に集約していく。
飛散した俺のボッチ素粒子が惹かれあい、衝突し、さらに重い、重ボッチ素粒子となる。
そしてボッチ電子となり、ボッチ原子となり、ボッチ分子となる。
ボッチ細胞がボッチの身体を再構成し、最終的に俺となる。
俺の視界が、聴覚が、触覚が、嗅覚が光に包まれた。
俺の細いボッチアイが見開かれたはずだ。
凶悪なボッチオーラが噴出したことだろう。
俺という存在がリスポーンした。
再び孤高のボッチとして再降臨した。
アイルビーボッチ。
「……」
「なっ?」
俺の前に大きな目を見開いたイケメン勇者君がいた。
イケメン耐性が無いうちの姉ちゃんなら即効惚れそうなイケメン度合いだった。
あぁ、なんで俺の周りはイケメンばかりなのだろう。
さっきのリーダーのセンもそのパーティーメンバーもそうだった。
イケメンパラダイスではないか。
俺もボッチパラダイス作ってみたいよ。
ボッチパラダイス……それはボッチだけで構成されたボッチの楽園。
個人主義の筆頭ボッチ達は他人に干渉しない。求めない。
だから何も起こらない。恋も喧嘩も起こらない。
まさに楽園。いやそもそもボッチパラダイスって集まらなくてもよくねえ?
……って今はそんなこと考えている場合じゃない。
俺は死の淵から蘇ったのだ。
俺はカムバックボッチし再び舞い戻ったのだ。
「……」
「……そんな馬鹿な、確かに貴様は死んだはずだぞ、光となって消えたはずだぞ、何で戻って来れるんだ? 何をした?」
イケメン勇者君がわなわなと震え出した。
「僕が何をしたと聞いている。何をしたああああぁ」
勇者君がイケフェイスをイケ醜悪に歪め、イケ地団駄を踏んだ。
「……」
勿論俺は無言で答えた。
俺を殺した奴に答えるはずがない。
本当は自慢げに語りたいところだが、そうも言ってられないのだ。
実は立っているのもやっとだったのだ。
俺はボチボチギリギリだった。
きっと薄皮一ミリでも刺されたら死ぬ。
俺のメンタル霊が残り少ないことを悟らせるな。
ハッタリボッチで奴を騙せ。
「なぜだ。言えええええぇ」
勇者君が叫んだ。
「……フン」
俺は鼻で笑った。
あえてね。
あえて笑った。
俺ができるのは鼻で笑うことぐらいなのだ。
倒れるな。
よろけるな。
ふらつくな。
余裕を見せろ。
虚勢を張れ。
余裕のボッチちゃんで押し通すぞ。
「…………」
俺はさっきよりも長く無視をした。
今の無視は敵対無視だ。
無視にもいろいろあるのだ。
無害な無視から、さりげない無視までその無視の数は百八つある。
今のは完全攻撃型のロング無視。
「きさまぁあ。死ねえええええぇ」
勇者君が聖剣を振り乱し迫る。
俺はイマジナリーウェポンを呼ばない――いや呼べない。
今の俺のメンタル霊量では魂の分霊であるイマジナリーウェポンを具現化出来ないだろう。
だから俺はクロミズに過去の偉人達の幻想武器を出せと命じた。
その刹那、俺の左右の手はそれぞれ古びた刀が握られる。
「それが貴様のイマジナリーウェポンかあああ」
勇者君が突進の途中で止まり叫んだ。
え? 違うけど、これはどこの誰かも知らない昔のおっさんの幻想武器だ。
ちょっと黒い血の跡が付いてるけど、これはプラカラーで塗ったただの模造刀だ――と俺は心の中で流暢に答えた。
「しねええええええぇ」
俺のロング無視に痺れを切らしたのか勇者君が斬りかかってきた。
俺は慌てることなく刀を構えた。
先輩たちの戦闘様式を受け継いだ二刀流。
ボッチ流二刀流開眼せよ。
俺は迫りくる聖剣の軌道を予測する。
怒りに任せた単調な攻撃だろう。
金切り音と火花が床に撥ねた。
俺は勇者君の攻撃を防いだ。
だが手がしびれる。
だが今にも倒れそうだ。
だが余裕のボッチちゃんを見せてやれ。
「なっ、僕の攻撃を、聖剣の攻撃を止めただとぉ」
驚愕する勇者君。
「……」
俺も負けじと細いボッチアイを見開いた。
勇者君、意外にやるじゃない。
「ふん。ただのマグレだ。しねえええええぇ」
勇者君は直ぐに体制を立て直し、俺に斬りかかる。
だがその動きは遅い。
だが俺の動きも遅い。
今の俺にはクロミズの無敵の加護も、黒牛守の身体強化も無い。
あるのはこのキリヒメサマの剣技の加護だけだ。
だがそれでいい。
それだけあれば充分だ。
本来ならば、何の修行もしていない俺が刀を振ることなど不可能。
こうやって刀で自分を斬ることなく扱えるだけでも上等、僥倖である。
俺はゆらゆらと、ふらふらと、酔拳爺さんのように応戦する。
一合二合、俺の刀と聖剣が火花を放った。
「くっ」
「ぐっ」
勇者君がよろけた。
だが俺もよろけた。
俺は身を低くして頭を下げて追撃する。
そして体を起こすと同時に逆袈裟で勇者君の聖剣を弾いた。
俺の眼前にがら空きの勇者君の胴体が見える。
俺はそこにもう一振りの刀を叩き込む。
「甘い」
だが、勇者君が左手の聖剣で防いだ。
「なっ」
俺は予想外の勇者君の動きに体制を崩した。
「しねええ」
勇者君の聖剣が俺に振り下ろされる。
俺達の身体能力は互角か?
いや、勇者君のほうが速い。
勇者君にも加護があるのだろうか?
あるはずだ。
打ち合いでは負ける。
長期戦は不利だ。
だったらこれしかない。
能あるボッチはボッチ隠す。
食らえ……。
「ボッチファイヤー」
俺はメンタル霊を少しだけ凝縮させボッチ魔法最弱の魔法を放った。
勇者君のそのイケメンフェイスを焼き尽くさんばかりに俺は卑劣にも至近距離から無詠唱で何の予告もせずに魔法を放った。
「なっ」
勇者君が攻撃を中断し、飛びのいた。
俺の弱魔法が試験場ダンジョンの天井に命中し焦げ跡を作った。
「貴様、魔法を? まさか? 魔法剣士?」
勇者君が叫んだ。
「……」
違うけど? 俺は無言で笑ってやった。
「くっ。生意気に、だが僕にだってある」
勇者君は剣を天井に振り上げた。
そしてイケメンスマイルで笑った。
隙だらけ。
今攻撃してもいいのか?
いや、勇者君の最大の見せ場を奪ってはいけない。
正義の味方の技を邪魔してはいけない。
それはコンテンツ業界の鉄則なのだ。
だから俺はそれに従って待った。
「聖なる雷よ。聖なる光を纏いて我が眼前の敵を撃て。ホーリーサンダーレイスパーク」
ありきたりな長い詠唱と共に眩しい光が剣に纏う。
聖剣に光が集まる。
スゲーかっこいい――と見惚れていると稲妻が真っすぐ俺に迫る。
咄嗟に俺は刀を投げ、そこに落雷する。
轟音が、衝撃が、閃光が試験場ダンジョンの廊下に響いた。
爆炎が、爆球が、閃光が視界を焼いた。
「あはははははっ。驚いたか? これが真の魔法だ。焼け焦げてしまえ。あれ?」
だがそこに俺の姿はない。
俺がいるのは勇者君の隣。
そう。俺は刀を離したと同時に走っていたのだ。
「え?」
俺は驚く勇者君のイケメン顔を思いっきり殴りつけた。
「ぶへええ」
歯を、血を吐きながら吹っ飛ぶ勇者君。
手にした聖剣と共に床を転がり、不協和音を奏でた。
俺は、ステップを踏み、歩数を合わせ、転がる勇者君の顎を蹴り上げた。
「ぼべえええ」
勇者君が壁に激突し停止する。
「いたいいいいいぃ」
俺は勇者君が悲鳴をあげるのを無視して、勇者君の右手を蹴った。
金切り音が弾ませながら転がる聖剣エクスカリバー。
そして左手も同様に蹴る。
聖剣アロンダイトが壁に激突し金切り音を上げた。
「なっ」
自慢の聖剣を奪われて勇者君が動揺する。
そんなに大事だったら手放すんじゃねえよ。
……と頭のなかで吐き捨てながら俺は勇者君の頬を蹴った。
イケメンを蹴った。
無抵抗の人間を蹴った。
気分爽快。スッキリ。ああ、なんて気分がいいのだろうか?
高原のコテージで目覚めたような爽快感。
え? なに? 酷い? 可哀そう?
え? どこが? イケメンだから可哀そう?
じゃあボッチのブサメンは蹴られてもいいのかよ?
無視されてもいいのかよ?
戦いに顔の良し悪しは関係ない。関係あるのは心だけだ。
決して折れない心だけだ。
心が折れたほうが負ける。
俺は勇者君を何度も蹴った。
勇者君の心は折れかけていた。
そのイケ目からイケ光が消えかけていたのだ。
今しかない。
俺はそのぐったりする無防備で無抵抗の勇者君に向けて至近距離から、弱魔法のボッチファイヤーを放った。
勇者君のイエメンにボッチのブサメンの放った魔法がヒットした。
「ぎゃああああ、あついいいいい」
炎に包まれる勇者君。
酷い?
いやいや、酷いのは勇者君のほうだろ。
先に斬りかかってきたのは勇者君の方だ。
これはただの過剰防衛に過ぎないのだ。
ただのやりすぎだ。
逆切れに過ぎない。
逆切れって言葉考えた奴死ねよ。
逆にキレたことを笑ってるんだよ。
先にキレたほうが笑えるだろうが。
自分の所為を棚に上げて人を小バカにしてんじゃねーぞ。
これも芸人のせいだぞ。お笑い界では常識でも現実世界では常識ではない。
その上から目線。人を見下す奴は地獄に落ちろ。
しかもイケメンだ。お前らにブサメンに生まれた俺の気持ちが分かるか?
この腐れイケメンが。
俺は見下しながら架空の唾を吐いた。
「ぎゃあああっつつつうううういいい」
炎に覆われ床を転がる勇者君。
やったかボッチよ。
俺の心の中のイマジナリーフレンドのボッチ君がお約束を思い出したかのように吐いた。
だがフラグの神は動かない。
焦げ勇者君はピクリとも動かない。
終わった。
こうして勇者君ボッチ強襲事件は幕を閉じたのだ。
長いようで短い戦いだった。
勝ったのだ。俺はイケメンに勝ったのだ。
称賛しようではないか。
ハンデを乗り越え勝利した俺を誉めてやろうじゃないか。
よくやったボッチ。
ありがとうボッチ。
自画自賛していると、物音がした。
「?」
なんと黒焦げの勇者君が動いたのだ。
あれ? もしかして死んでいない?
あれ? 光となって消えていない。
ダンジョンで死ねば消える。
だが勇者君は消えていない。
ということは……生きている?
俺の疑問に答えるように勇者君が無言で立ち上がった。
「……」
そして黒焦げだった箇所が消えていく。
その傷が見る見るうちに癒えていく。
「……」
なんと勇者君が全回復した。
なんてことだ。オーマイボッチ。
油断した。
粒子となって消えなかった時点で疑えよ。
勇者君が前傾姿勢のまま歩き出し転がっていた聖剣を拾い俺を睨んだ。
だがその目は俺を見ていない。
まるで焦点が合っていない。
何も見えていないようなその目からは何の意思も感じられない。
「グアアアアアアアア」
勇者君がビーストのように叫んだ。
まさか……暴走?
勇者君が再起動し暴走モードに突入した。
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字修正いたしました。




