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40 キリヒメサマ

 無言で俺を睨む黒鬼のボッス軍。

 ボッチと黒鬼ボッス集団の睨み合いが続く。

 多数対少数――これはまるでリア充とボッチの図式そのものだ。

 集団対ボッチ。

 だが俺はひ弱なボッチではない。進撃のアクティブボッチなのだ。

 だから俺は引かない。イキッた奴らに囲まれても引かない。

 なーにこういうことには慣れている。日常茶飯事だ。

 だがしかし、慣れているからといって気分の良いものではない。

 俺の中にどす黒い怒りが湧きだした。

 俺を誰だと思っている? 最強ボッチだぞ。

 最強ボッチに挑むとはいい度胸じゃねえか。

 俺は心の中で粋がって斧を構えた。

 黒鬼ボッス軍が金棒を構えた。


「……」

「……」


 沈黙の拮抗状態が続く。

 ほら、先に動けよ。

 ボッチの俺に先手を期待すんじゃねーよ。

 俺は後出しジャンケンが得意なんだよ。

 だがここはダンジョン。敵は試験官。

 どう考えても進撃ボッチの俺から攻めるべきだろう。

 いいだろう。

 最強ボッチの腕白アタックを見せてやろうではないか。

 俺はメンタル霊を収束させた。

 巨大な黒牛守玉がシュインシュイン言いながら俺頭上に出現した。


 黒鬼ボッス達の表情が固まった。

 俺は悪役よろしく、ニヤリと笑い黒牛守玉を撃とうとした瞬間……。


「そこまでじゃ、お前ら下がれ」


 謎の声がダンジョンのボス部屋に響き、黒鬼ボッス達が一斉に下がった。

 誰だ? 幼女の声だったが?

 あの偉そうな声、姉ちゃんの小さい頃にそっくりだ。

 だが、どこかで聞いたことのある声だ。

 黒鬼達が割れ、その向こう側から一人の幼女が現れた。


「え?」


 それは大きな飴を咥えた小さな幼女だった。

 前髪をばっさり切った特徴的なオシャレカット。

 俺はこの幼女を知っている。

 トイレに行った時に出会った幼女だ。

 なんでこんな所に?

 ここは悪い鬼達がいるから危ないぞ。

 俺は不審者よろしく幼女を守るように前に出た。

 だが、黒鬼達が幼女を守るように囲んだ。

 俺の心にある疑問が浮かぶ、なんで幼女は黒鬼の向こうから現れた?

 まさか……?


「キリヒメサマ、お下がりください、ここは我らにお任せください」


 黒鬼の一人が頭を下げた。

 キリヒメサマだと?

 なんだ? その神みたいな名前は。

 クロミズサマ、コンゴウサマ――似ている。

 ヤオロズの神にはサマが付いている。

 サマをつければ神になれるならば、ボッチサマというボッチのヤオロズもいてもいいのでは?

 ボッチサマ……凄ー強そう……いや弱そう。

 俺がそんなどうでもいい妄想をしていると……。


「この最終試験の目的はダンジョンで一度死ぬことじゃ」


 幼女が飴を口から放した途端、膨大なメンタル霊が噴出した。


「だから余が殺してしんぜよう」


 幼女に死ぬかと言われた俺の足が震える。

 この幼女はヤバイ。矢が倍でヤバイ。

 俺の中のクロミズが、黒牛守が震えた。

 強い。圧倒的なメンタル霊圧で肌がチリチリする。

 ヒョロガリボッチの俺が、おいそれと戦っていい相手ではない。

 今すぐ平伏して許しを請うべき圧倒的な至高の存在だ。

 恥も外聞もかなぐり捨て今すぐファイティング土下座で謝れ。

 クロミズ、クロウス、キンミズ、三柱のヤオロズよ。

 俺に力を貸してくれ。

 ……全力で逃げるぞ。


「どこへ行く?」


 だが俺の退路に幼女が立ち塞がった。


「なっ!」

「なんとクロミズサマにクロウシサマ、コンゴウサマの加護持ちか?」


 幼女……キリヒメサマが笑った。

 まさかこの一瞬で俺の逃亡計画を見抜いたのか?

 まさかこの一瞬で俺の加護を見抜いたのか?

 いや、まだ見抜かれたと決まった訳じゃない。

 いや、まだ逃げれないと決まった訳じゃない。

 俺は周囲を伺う。黒鬼ボッス達が俺を取り囲む。

 いや逃げられない。圧倒的な包囲網。


 だが、何を迷う必要がある。

 そう、何を逃げる必要がある。

 俺には最強のパーティーがいるじゃないか。

 クロミズに黒牛守、キンミズサマ。

 俺は手にしていた斧を収納する。


「降参するか?」

「来い。阿形、吽形」


 俺の一声でイマジナリーウェポン――大魔王の全殲滅剣の阿形、大魔王の全絶滅剣の吽形が出現し、禍々しいオーラが噴出する。


「……ほほう」


 キリヒメサマが笑った。


「なっ」


 黒鬼ボッス達が怖気づく。

 驚くのはまだ早い。

 俺はクロミズの半透明の触手を無数に発現させた。

 俺の背中から、身体から無数の触手が手のように生えた。

 そして過去の偉人の剣をアイテムボックスから取り出し構えた。


「千手幻想?」


 キリヒメサマがそう言った。

 え? そういう技名だったの?

 知ってた? クロミズ?

 勿論クロミズは答えない。


「この、化物め」


 黒鬼ボッス達が叫んだ。

 違う違うそうじゃない。

 化物じゃない……ボチモノだ。

 確かに俺の見た目は無数の触手を生やしたキモイ化物だったのだろう。

 しかし、俺はキモいなんて決して思わない。

 このウネウネ動く半透明の触手をキモいだなんて思わない。

 これはボットモの、頼りがいのある最強の姿だ。

 俺はクロミズと融合したボッチ界最強のボッチの姿だ。

 これが俺の最強ボッチモード。

 見るがよい。ボッチの雄姿を。

 これがアクティブボッチ貴公子の真骨頂。

 ボッチの中のアスリートボッチ。ぽっと出のボッチキングの力を。

 その目に焼き付けるがいい。

 天国の爺ちゃん見ててくれよな。


「責任者の責務を果たさねばなるまいな」


 キリヒメサマが笑った。


「え?」


 俺の右手が不自然な縦回転をして宙を舞う。

 俺の左手が宙を舞う。

 無数の触手が降ってきた。

 俺の身体から生えた触手が分断され、偉人達の武器が宙を舞う。

 全く見えなかった。


「えええ?」


 一瞬で全ての触手が切り落とされた。

 斬撃無効の俺の身体を斬っただと。

 武器が床に当たり金切り音を立てる。

 クロミズ? 大丈夫か?

 大丈夫ボッチよ。

 ボッチ君が答えた。

 いや、お前じゃねーし。

 遅れて、今まで感じたことのない激痛が走る。

 いや走るというよりは激痛が咆哮した。

 一瞬だ。半秒も経過していない。

 全てはスローモーションで過ぎ去る。

 激痛もまた引き延ばされる。

 くそ、斬られた?

 だが、まだだ。

 決して諦めるな。

 あがけ、もがけ、たたけ。


「ノスフェラトゥフレイム……ベクターオール」


 俺は詠唱を省略して、ノスフェラトゥフレイムを放った。

 紫のメンタル霊が輝き、暴走し、巨大な炎の爆球となってボス部屋に拡散する。

 巻き込まれた黒鬼ボッス達が悲鳴も上げる間もなく、一瞬で消失する。

 黒鬼ボッス達のメンタル霊を喰らいノスフェラトゥフレイムが膨れ上がり成長する。

 さらにさらに爆球が膨張し、ボス部屋全体に広がり、床を、天井を、壁を焦がす。

 失った両手の痛みで意識が飛びそうだ。

 立て、立つんだボッチ。

 眼前の敵を倒すまで倒れるな。

 だがキリヒメサマの周囲だけはすっぽりと穴が開き、そこだけノスフェラトゥフレイムが存在しない。

 まるで効いていない?

 ノスフェラトゥフレイムが勢いを無くし縮小していく。

 まさか……ノスフェラトゥフレイムを、メンタル霊を吸い取っている?

 それとも特殊なバリアか?

 こんなの勝てるはずがない。


「くっ」


 激痛で視界が白く濁る。

 意識が朦朧とする。

 俺は最初のダンジョンで学んだ。

 クロミズを扉で挟んだ時に学んだ。

 諦めるな。

 まだだ。

 俺はキリヒメサマを睨んだ。

 細いボッチアイをさらに細め睨んだ。


「ほほう。今のはオリジナル魔法か? ちゅぱ」


 キリヒメサマが飴を舐めた。

 余裕。圧倒的な余裕。

 強者のみが持つという圧倒的な自信に満ち溢れていた。

 キリヒメサマと俺の間にはとんでもない力の差があった。

 雲泥の差があった。

 正直ここまでの差があるとは思っていなかった。

 まるでリア充とボッチぐらいの差があった。

 神の加護を得た俺は強いと勘違いしていた。

 諦めるなボッチ。

 ボッチ君が俺の心の中で叫んだ。

 そうだ。俺はこんなところでくたばっていいボッチじゃねえ。

 選ばれしボッチ界のニューカマー。

 ヤングボッチの至宝なのだ。

 加速して突き進む。アクセルボッチなのだ。

 決して立ち止まらない。

 決して諦めない。

 決して泣き言を口に出さない。

 泣き言は心の中では言いまくるけど。

 それに俺にはクロミズ、黒牛守、キンミズの三柱がいるんだ。

 勝てるはずがなくとも挑むべきだ。

 俺のボットモをがっかりさせたくない。

 もう死んでもいい、ダンジョンで死んでも追い出されるだけだ。

 現実では死なない。

 だから全力で行け。

 それに答えるかのように失った腕の代わりにクロミズが半透明の腕を生やす。

 俺のイマジナリーウェポンの阿形が、吽形が俺の手に瞬間移動したように戻る。


 そうか――お前らもまだ諦めていないんだな。


「……」


 だがどうやって倒す?

 考えろ。思い出せ、弱点があるはずだ。

 俺の冴え渡るボッチ脳を全開させろ。

 ボッチ脳の処理速度をクロックアップしろ。

 液体窒素で冷やし限界まで周波数上げろ。

 考えるんだ。奴に勝てる方法を。


「!」


 これしかない。

 俺は思いついた。

 冴え渡るボッチ脳ここにあり。

 俺は黒牛守の魔法……黒牛守玉を圧縮してクロミズのボットガンから放った。

 クロウスとクロミズの即興の合わせ技だ。

 だがしかし、そんな俺達の渾身の二神合体攻撃をキリヒメサマは虫を追い払うように払った。

 軌道を変えられた俺の一撃必殺の二神合体攻撃魔法がボス部屋の壁に命中した。

 メンタル霊が爆球となり爆ぜ、拡散する。

 そしてその後に残ったのは穴だった。

 非破壊のはずのダンジョンの壁に巨大な穴が開いた。


「え? は?」


 俺は思わず二度見する。


「……」


 残った黒鬼ボッス達も二度見する。


「ちゅぱ」


 だがキリヒメサマは見向きもしない。

 そうだ。俺は弱くない。二神合体攻撃の魔法は弱くない。

 ダンジョンの壁に穴が開いてんだぞ。

 俺達は弱くはない。

 あの幼女が強すぎるのだ。


「よう頑張った。褒めてつかわすぞよ。ちゅぱ」


 飴を舐めたキリヒメサマ。

 そのキリヒメサマの姿が縦に回った。

 いや俺の視界が縦に回った。

 回るボス部屋の壁、天井、そして床には俺の首から下の胴体。

 俺の身体が見える。

 どういうことだ?

 こんな光景見たことがない。

 自分の胴体を見下ろすなんて、首が縦に回らない限り不可能だ。


「かはっ」


 ああ、まさかそんなこと認めたくない。

 首が縦に回るなどあり得ない。

 俺の首が一瞬で刎ねられたのだ。

 このままでは即死。

 動かない胴体。

 眼玉一つ動かせない。

 息が出来ない。

 回る視界。

 全てがスローモーションの世界。

 くそお。

 まだだ。俺は、こんなところで死んでいいボッチじゃない。

 絶対に死ねない。ダンジョンでは死なないけど死にたくない。

 生徒会長の胸に顔をうずめるまでは死んでも死にきれない。

 いつ斬られた? 全く見えなかった。

 斬撃無効が無効化されている?

 激痛が脳を焼く、幻覚痛が失った体から迸る。


 クロミズゥウウウ。俺の頭を繋げろおおおおぉ。


 俺はクロミズに命じた。

 俺の身体から半透明の触手が伸び、俺の首を掴んで胴体に押し付けた。

 俺の首と身体を瞬時に接着する半透明のゼリー状の物体。

 クロミズの万能細胞……ボット細胞だ。

 信じられない激痛に襲われ意識が飛びそうだ。

 滅茶苦茶痛い。

 加護に包まれていた俺は、これまでは痛みなんて感じてたことがなかった。

 加護のおかげで傷一つ追わなかったからだ。

 だが神同士の戦いに加護は効かない。

 くそっ。これがダンジョンでの戦い。

 俺はボットモに頼り過ぎていた。

 いや、そんなことは分かっていた。

 ヒョロガリボッチの俺には何もないのだ。

 あるのはこのねじ曲がったボッチ根性だけだ。

 攻撃的アクティブボッチ希少種とは俺のことだ。

 俺は呼吸を整え、キリヒメサマを睨んだ。


 キリヒメサマの飴を舐める動きが止まった。


「……」


 俺は生徒会長の戦いを思い出していた。

 これが最後の攻撃だ。

 これに賭ける。

 いけええええぇ。


 俺は走った。

 三柱の加護を最大に活用し、走ったというよりは水平に飛んだ。

 圧倒的な身体補助加護を使って飛んだ。

 阿形、吽形、力を貸せ。

 俺の視界に大魔王の剣が出現する。

 クロミズの触手が掴む。

 黒牛守、力を貸せ。

 巨大な斧を触手が掴んだ。


 くらえええぇ。


 俺は半透明の触手で黒牛守の斧を投げた。

 ダンジョン内に物理法則なんて関係ない。

 音速を超え、衝撃波が放射状に広がる。

 現実の速度を越えて進む斧。

 だがしかし、幼女はそれを避けもせず、回避もせず指先一つで弾いた。

 なんてことだ。

 圧倒的な力の差。

 だがそんなこと関係ない。

 思い出せ。

 生徒会長と副会長が見せてくれた技を……。

 一瞬で暴走したミノタウロスを斬った技を……。


 奥義……未来樹開放 次元両断 アギョウアモン。

 奥義……未来樹解放 次元枯葉 ウンギョウアモン。


 俺は二人の技を見様見真似で放った。

 奥義名を適当にでっちあげた。

 俺は三日坊主ボッチだ。

 奥義なんて習得していない。

 そんな根性などない。

 これは勿論、偽物だ。

 だがしかし……。

 ここは想像が現実となる世界。

 想像力……メンタル霊で構築された世界。

 メンタル霊が強ければそれが現実となる。

 想いが強ければ現実となる。

 それがダンジョン。

 俺の妄想は強い。

 いつも寂しくて独りぼっちだった俺の妄想は誰よりも強い。

 誰よりもボッチだった俺の妄想は誰よりも強力なはずだ。

 その溢れる妄想力をクロミズが、変換する。

 俺の意図を汲んだクロミズが、黒牛守が俺の代弁者。


 いけえええええぇ。


 現実を俺の妄想で書き換えろ。

 それに答えろ。大魔王の剣。


 俺の視界からキリヒメサマが消える。

 そして俺の目の前にはダンジョンの、ボス部屋の壁が迫る。

 俺はキリヒメサマを突き破った。

 即ち、奥義は成功した。

 俺は振り向いた。

 そこには真っ二つに分断されるキリヒメサマがいた。

 やったぞ。

 だがしかし、その可愛らしい顔は楽しそうに笑っている。


「なんと奥義まで?」


 なんと、キリヒメサマの分断された身体が合体し、元に戻った。

 なんと、効いてない。

 今斬ったはずだ。

 それが無効化された?

 もしや、切断無効?

 ええい。まだだ。

 まだ、俺は立っている。

 まだ、敵も立っている。

 まだ、攻撃をし続けろ。


 俺は無詠唱でメンタル霊を凝縮して放った。

 キリヒメサマの直前で爆発、飛散する。

 やはりあの幼女にはバリアがあるようだ。


「どうした? それでしまいか?」


 阿形、吽形。

 すまなかった。

 これはお前たちの技じゃなかったな。

 お前たちのやりたいようにやれ。

 斬りたいように斬れ。

 切り裂け。阿形、吽形。大魔王の全絶滅剣。全殲滅剣。

 俺はそのまま大魔王の剣を振り抜いた。


 音もせず、何かが斬れた。

 空気が斬れた。

 空間が斬れた。

 メンタル霊が斬れた。


「なんと次元切断じゃと?」


 俺の妄想は偽物でも大魔王の剣である阿形と吽形の力は本物だ。

 幼女を包むバリアが、次元ごと斬れた。

 俺の眼前に驚きの表情を浮かべた幼女が迫る。

 バリアがない今ならば。

 この至近距離ならば。

 このゼロ距離ならば。

 俺はクロミズの半透明の触手を引き延ばし、メンタル霊を圧縮して放った。


「ジュピタープレッシャー」

「爆式炎荒野」

「絶対零度マイナス補正ガン」

「ボットカッター」

「ボットマイン」

「ボットビーム」


 俺は次々と適当に魔法を、技を放つ。

 どれ一つと習得なんてした覚えはない。

 ダンジョンはイメージだ。

 想像力が全てだ。

 揺らぐな。

 絶対の自信を持て。

 俺の放ったメンタル霊が衝撃波を生み出し、爆炎を、絶対零度の冷気がキリヒメサマに炸裂した。

 世界が燃え上がり、凍りついた。衝撃波が爆ぜた。


「……」


 だがしかし幼女は笑った。


「ほほう。諦めぬか」


 諦めるかよ。

 俺のラッキースケベ人生を終わらせない。

 まだだ。

 俺にはまだある。

 バスの中でおにぎりをくれた隊長の技を思い出せ。

 俺がぶっ殺した隊長の技を思い出せ。

 木曽三川警備団の技を思い出せ。


 天外武装奥義……十王五月雨改改。


 そう心の中で叫びながら俺はクロミズの半透明の身体を分身させた。

 そう。俺は分身した。

 ボットモの細胞、クロミズのスライム細胞を分裂させた。

 これはスライムのみの特殊スキル……分裂。

 俺の周りには分裂した目つきの悪い俺が現れた。

 これはボッチ分身だ。

 ボッチが増殖した。

 これは集団ボッチ。

 それは、もはやボッチではないのでは?

 ボッチが分身して増えたらリア充ボッチなのだろうか?

 くだらないことを考えながら、俺は偉人達の幻想武器を取り出し構えた。

 そして集団ボッチ達が同時にキリヒメサマに斬りかかる。


「馬鹿な? 何故貴様が十王五月雨を使う? なんじゃお主は? あれは凶司に教えた奥義、お主、凶司の弟子か?」

「……」


 勿論ボッチの俺は質問には答えない。

 無言で、無慈悲に俺の分身がキリヒメサマを切り裂いた。


「な?」


 キリヒメサマが別の場所から出現した。

 なんとキリヒメサマは無傷。


「え?」


 その瞬間、俺の胸に剣が刺さっていた。

 キリヒメサマの細い真っ黒な剣が俺の胸に生えていた。

 綺麗な花のように生えていた。

 意識が飛びそうな痛みが全身を襲う。


 痛いということは、俺はまだ生きている。

 俺は痛みを怒りに変換し全武器を発射した。

 過去の偉人たちのイマジナリーウェポンを放った。

 キリヒメサマに刀が、槍が、剣が、斧が突き刺さる。

 ハリネズミにように刺さった数百本の過去の偉人達の幻想武器……イマジナリーウェポン。

 俺は黒牛守の斧を呼び寄せ、力の限りぶん投げた。

 轟音が遅れる。

 漆黒の運動エネルギーが咆哮する。

 真っ黒な衝撃波が壁を、床を襲う。

 世界が漆黒に染められる。

 そして黒牛守玉を、ノスフェラトゥフレイムを放つ。

 体内の液体を凝縮高圧してボットガンから放つ。

 ボットミサイル。

 ボットカッター。

 ボットマシンガン。

 ボットビーム。

 ボッドマイン。

 俺は俺の持てる全ての攻撃を放った。

 きっと、こんな攻撃キリヒメサマには意味がないだろう。

 だがそれでいい。

 あがけ。

 もがけ。

 抵抗しろ。

 諦めるな。

 攻撃し続けろ。

 キリヒメサマが俺から一瞬だけ目を逸らした。

 俺はその一瞬を見逃さない。

 俺は目を閉じ、思い出していた……その長き詠唱を。


「万全世界を強制改変せよ。神の観測結果を無効化し改ざんせよ。全ては観測以前の宇宙に舞い戻る。物質誕生以前に戻り、深淵たる基幹法則は飛散する。カオスがカオス以前に再構築される。観測者達よ目を閉じよ。そして観測者達よ。世界の終焉を嘆け……我が名に命じて許可する。我こそが新時代の観測者である。もがけ、あがけ、さけべ、フラクタル・フル・クライ・ワールド……アンクリエーター」


 この魔法は初めて放つ魔法だ。

 これはダンジョンを構成するメンタル霊を改変する事象変異転換魔法。

 そんな魔法聞いたことないって?

 奇遇だな、俺もだ。

 こんな魔法なんて知らない。

 だがそれでいい。

 知らないからこそ効果的。

 この世の属性攻撃魔法など出涸らしだ。

 火とか氷とか闇とか光とか反物質とかダークマターとかビッグバンなんて、皆がよく思う浮かべるありきたりな属性攻撃だ。

 そんなのは誰でも考える想像の範疇だ。


 だから俺は誰も考えないような魔法を考えた。

 属性の向こう側。

 世界の向こう側。

 理解の向こう側。

 存在しない架空の属性。

 ビッグバン以前のカオス準備属性。

 これはメンタル霊の、想像の向こう側の魔法。

 物理法則、ダンジョンの物理法則が及ばない根幹魔法。

 人の想像が及ばない破壊魔法。


「なんじゃと?」


 それが実行できるかなんか知ったこっちゃない。

 それが存在しているなんて知ったこっちゃない。

 それが有効かどうかなんて知ったこっちゃない。

 実証など不可能。

 計測など不可能。

 観測など不可能。

 まさに悪魔の証明。

 ダンジョンは想像の産物だ。

 想像できるものは全て存在する。

 では想像できない、想像以外の存在は果たして、存在可能となるのか?


 そう、この魔法は俺の中二感覚を研ぎ澄まし徹夜で生み出した最終秘密兵器。

 副会長のメールを待っている間に考えた凶悪魔法。


「これは属性変異魔法?」


 光でも闇でもない第三の言葉にすらならない属性魔法。

 存在色の奏でる音色深淵が全てを飲み込んだ。

 触覚波動が空間を色鮮やかに撫でる。

 重力が泣いた。

 空間が匂った。

 五感が崩壊する。

 メンタル霊が崩壊する。

 世界の法則が破壊された。

 ボス部屋が、ダンジョンが讃美歌を歌いながら崩壊した。

 壁が滲み、訴える。我ゆえに我あり……と。

 存在が自己認識し、自己消滅へと邁進する。

 全てが消え伏せ、燃え上がり発光し、減退し、縮退し、膨張し、声をあげた。

 どんな表現も、どんな例えも当てはまらない破壊攻撃。

 これが俺の最終奥義。


「ダンジョンを破壊してしまうぞ」


 そう、これはダンジョン破壊魔法。

 そして世界が消失した。


「……」


 宇宙誕生以前のビッグバン以前のカオス揺らぎの不安定世界に俺は立っていた。

 破壊不能だったダンジョンの床はない。壁も、天井もない。

 上下も左右も前後も無い。

 あるのは虚無。

 虚無空間。

 俺は何も無い空間に立っていた。

 白でも黒でも七色でもない。

 色が音に聞こえる世界。

 音が色に見える世界。

 物理法則が始まる前の試行錯誤の原始宇宙。


「なんと世界秩序を変えたか? 頭も冴えるか」

「え?」


 だがしかし、キリヒメサマが無傷で現れた。

 全く効いてない。

 無傷。効いてないだと?

 あまりの絶望で気が遠くなる。

 飲んでも呑まれるな。

 違うか?

 冗談を言えるだけましだ。

 まだだ。

 まだ終わってない。


「効かぬな」


 キリヒメサマが笑った。

 この世は不公平だ。

 持たぬ者には厳しい世界。

 この世は地獄。爺ちゃんの言葉を思い出す。

 神であるヤオロズですら敵か。

 何が大いなる力には大いなる責任が伴うだ?

 現実では大いなる力は大いなる者を守るために振るわれるだけじゃないか。

 強者はより強者に、金持ちはより金持ちに、弱者はより弱者に、貧乏はより貧乏に。

 何が人の命は地球より重いだ。

 重いのは金だ。

 金持ちの金だけだ。

 人権など、資本の前では無力。

 圧倒的な力の前では個人の力など無力。

 ましてや社会不適合者のボッチの人権など無きに等しい。

 真面目に生きるのが馬鹿らしい。

 今は全く関係ない世の不条理までもが、俺の怒りに火を付けた。


「くそ」


 俺は諦めない。

 俺の中のボッチイズムを燃やせ。

 ボッチセンシブを燃やせ。

 ボッチソウルを燃やせ。

 クロミズ、黒牛守。キンミズ。

 ……俺と死んでくれ。

 俺は三柱に祈った。願った。

 命令した。懇願した。

 拝み込んだ。

 もう攻撃手段はない。

 偉人達の幻想武器もない。

 俺のイマジナリーウェポンもない。

 クロミズの半透明の触手も勢いを無くしている。

 魔法もネタ切れだ。

 もう俺には何もない。

 何も残されていない。

 メンタル霊が枯渇寸前だった。

 立っているのがやっと。

 ダンジョン内で俺の存在を維持するだけで精一杯だった。


 キリヒメサマが不思議そうに俺を見た。

 案ずるな。俺は逃げも隠れもしない。

 俺はフラフラと歩く。


「意識がないか?」


 意識を失ったように、視線が定まらない。

 俺はフラフラとキリヒメサマに近付く。

 勿論、演技だ。

 ボッチのフラフラ演技だ。

 騙せ。嘘をつけ。


「よくやった。死ぬがいい」


 キリヒメサマが剣を構えた。

 今じゃあああ。

 俺は加速し黒牛守の加護を纏い、キリヒメサマの肩を掴んだ。


「なんと」


 そして俺はクロミズのスライム状の架空の口を大きく開けて、キリヒメサマの身体を頭から喰った。

 可愛らしい子供のようなその神の身体を喰った。

 スライムの身体は全てが口、筋肉、脳だ。消化器官だ。

 俺の身体の全てが口となる。

 クロミズとキンミズの食欲をなめるなあ。


「諦めておらぬか」


 キリヒメサマが俺に食われながらも驚いた。


「度胸もある。気に入った。好きなだけ喰らうがよい」


 俺はその言葉が終わる前にキリヒメサマを喰らった。

 幼女の姿の神を喰らった。

 倫理観? そんなの知ったこっちゃねえ。

 ここは治外法権のダンジョンだ。

 死ぬか、生きるか? 弱肉強食の世界。

 そもそもこいつは子供じゃない。人間ですらない。

 俺は生き残って生徒会長の元に戻らなければならないのだ。


 キリヒメサマは俺に捕食され消えた。


「……やったか?」


 ボッチ君がそう言った。

 そんなこと言うなよ。


「あっぱれじゃ」


 ああ、なんということだ。

 心を非情にして喰ったというのに……。

 ……信じられないことに……。

 今俺が喰ったはずの幼女が、俺の目の前に無傷で現れた。


「なんだと?」


 今度こそ、俺の心は完全に砕かれた。

 ボッチの雲よりも高く、脆いプライドが砕け散った。

 俺はフラフラと倒れるように床に手を突いた。


 ……勝てない。

 俺は最低の最弱ボッチだった。

お読みいただきありがとうございました。

大まかなストーリーに変更ありません。

誤字脱字、読みやすいように修正しました。


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