29 試験会場
運転免許試験場?
俺は車の免許を取りに来たのでもバイクの免許を取りに来たのでもないぞ。
ダンジョンに入るための許可証である霊トレーサーの免許を取りに来たのだ。
ここって警察の管轄じゃなかったっけ?
するてーとなにかい? 霊トレーサーって警察関係者だったの?
俺の大嫌いなむやみやたらに職質してくるポリ公なの?
俺みたいな不審者は職質不可避で即逮捕じゃねーかよ。
俺の不安をよそにバスは運転免許試験場の入り口を素通りして、さらに敷地の奥へと進んでいく。
教習コースを越え、裏の駐車場を越えた辺りに差し掛かると古い建物が見えてきた。
それはコンクリート製の古い建物だった。
目的の場所は多分ここだろう。
何故ならば、その建物の玄関先には武器を背負った霊トレーサー達で溢れていたからだ。
「こちら弐班。間もなく到着する。受け入れ準備はどうだ?」
「こちら三班。こちらも肉眼で確認。玄関正面に付けてくだせい」
無線の向こうからはチャラい声が聞こえてきた。
バスは高級車の合間を縫って玄関先に到着した。
そこには校門前で見た黒塗りの拉致車が二台、玄関先に乱暴に斜めに横付けされていた。
俺達の乗ったバスが近付くと一台の拉致車が場所を明け渡した。
玄関先に集まっていた人々が何事かとバスを振り返る。
高級車の中にバスは目立つ。
これだけの視線を受けると俺のボッチン心臓がボチボチしちゃう。
外から車内が見えないとしても、見られているという意識で俺は極度に緊張し、手に大量の汗が滲んだ。
外で待機していた木曽三川警護団の団員が正面玄関前に整列し人間のバリケードを作りはじめた。
「ぎょーさんおるのー」
「今年の新人は豊作ですね」
「……」
「建物内部に入るまでは油断なきようお願いします」
「ふー。到着しやした」
野太い声の運転手がそう一息ついた。
バスのドアが開くと隊長が先に降り、周囲を見渡し、怪しい者が居ないか目視で確認する。
その後、他の警護団員が続く。
周囲の人々は興味津々でその様子を眺めていた。
こんな物々しい警備対象は特権階級のセレブ、もしくは政府要人か、海外の王族だろうと思うだろう。
多分その期待以上の存在がバスから降りてくると思うよ。
震える準備をするがいい。
「では本家の者が紛れていないか、先に降りて見てきます」
細い髪をなびかせて副会長がバスを降りた。
その瞬間、人々の目が大きく見開き、大きく開いた口からは大きな感嘆が、長い溜息が漏れた。
そして一瞬の静寂の後、黄色い声援が爆発した。
玄関先は阿鼻叫喚の天国図となった。
男、女、大人構わずの大喧噪。大騒ぎとなった。
そりゃそうなるわな。
何故なら副会長は容姿端麗、スタイル抜群のスーパー巨乳美少女なのだ。
モデルや芸能人が隣りに並びたくない素人筆頭なのだ。
その姿を一目見ただけで皆の心は鷲掴みされ、魅了され、骨の髄まで虜になってしまうだろう。
必死に副会長に触れようと手を伸ばす若者がいたが、団員が押しとどめる。
それでも諦めない若者に団員が肘を打ち込んだ。
グッジョブだ。
よくやった。俺は発砲寸前のボットガンを下ろした。
「会長。問題ありません」
副会長が振り返った。
「うむ。流石に本家の者もヤオロズ管理下の施設には手出しするまい」
頷きながら生徒会長がバスを降りた。
世界は静寂に包まれた。
その姿を一目見た者は息を止め、動きを止めた。
女神が降臨したのだ。
この薄汚れた現世に美の女神に愛された天使が降り立ったのだ。
数秒後、再び歓声が爆発し、玄関先は再び阿鼻叫喚の天国図となった。
皆の気持ちは痛いほど分かる。
俺は喧騒に紛れてそっとバスを降りた。
誰も俺のことなど誰も気付かない。
この場にいる全ての生きとし生きる者が生徒会長と副会長に釘付けとなっていた。
鳥は鳴くのを止め、虫は飛ぶのを止め、野良猫さえ立ち止まって振り返ったに違いない。
誰もが生徒会長達に夢中だった。俺がバスから降りた事実は誰にも観測されていない。
つまり俺という存在はここにないのだ。
だが俺の心は晴れやかだった。
とても充実感を感じていた。誇らしげだった。
二人の女神の後輩であることに俺は優越感を感じていた。
皆が羨望の目で見つめる女神は俺の先輩なのだ。
この世界に彼女たちの後輩は俺だけなのだ。
えかったなぁ。
俺はダンジョン部に勧誘された時のことを思い出していた。
確かに勧誘の時の言葉は嘘じゃなかった。
女神の後輩という絶対的な地位は一生ものの宝だった。
あそこにいるあのカースト上位のイケメンも、背の高い恵まれたスポーツ万能の肢体の持ち主も、ある意味俺よりも劣っているのだ。
彼らは生徒会長と副会長の後輩でも何でもないのだ。
下民共よ。愚かな大衆共よ。ひれ伏せ。控えおろう。
そして崇めよ。称えよ。その胸元のボリュームに忠誠を誓え。
俺が生徒会長達の威を借り優越感に浸っていると、人の波が割れ、その中から一人の少女が歩み出てきた。
どこにでもよくいる。どこにでも居るごく普通の美少女だった。
その後ろからぞろぞろとイケメン達が、信者のように後に続いた。
そして生徒会長たちの前で立ち止まった。
なんだ?
玄関前が沈黙した。
先程までの大フィーバーが消えた。
生徒会長が胸を揺らした。
「ぐっ」
普通美少女の顔が醜悪に歪んだ。
ボッチの俺はその顔をよく知っていた。
あの表情をする者を何人も見てきた。
それは嫌な奴の象徴。
従ってあれは敵だ。
生徒会長が腕を組んだ。
副会長もそれにならう。
二人の背中の太刀が鳴った。
おいお前ら、悪いことは言わない。
すぐに地面に頭をつけて抵抗の意思がないことを示せ。
木曽三川警護団が、飛び出ようとするのを副会長が眼で止める。
まさに一発触発。
「ふん」
だが敵の少女はフンと顎を逸らして試験会場内に入っていった。
通りすがりに取り巻きの一人が俺を見た。
え? なんで俺の存在を感知した?
この場で俺を見るものなんてないはずだ。
そしてニヤリと笑った。
くっそムカつくその態度。
そいつの見た目は普通のイケメンだ。
なんだ、その辺の野良イケメンか、フッ。
くっそムカつくイケメン死ねよ。
「トーリよ。自信を持て。大いなる力には……」
「はあ」
「頑張ってね」
「カガッチの専用武器、貰ったら見せてくれよ」
「その後はリベンジだ」
「次は負けない」
「はあ」
意気込む木曽三川警護団のおっさんに俺は気のない返事を返した。
「トーリよ。一つだけアドバイスじゃ。一番空いているカウンターを狙え」
生徒会長が訳分かんないアドバイスをくれた。
それアドバイスでもなんでもないよね。
木曽三川警護団のメンツも手を振って見送ってくれた。
A奴やん。E奴やん。
試験会場の中は薄暗く、天井が低く、コンクリートむき出しの古い施設だった。
俺は見取り図を見て受付と書かれた番号の場所に向かった。
受付カウンターは霊トレーサー候補者達でごった返していた。
物凄く混んでいる。怖い。発汗作用がありそう。
受付カウンターの隣にゲートがあり、受付を終えた者はそこに入って行った。
帰りたい。壁の一部となって存在を抹消したい。
もう少し時間をおこう。
とりあえずトイレだな。
俺は混雑する受付を素通りして奥に向かった。
「?」
すると暗い廊下にある椅子に小さな子供が座っていた。
ん? 何だ、あの子? 迷子かな。
前髪をバッサリカットしたオシャレな小さな女の子だ。
だが不思議な女の子だった。
白い小さな顔に黒い大きな瞳で、無表情でこっちを睨んでいる。
俺なんかした? 何もしてないし、何もしないから見ないでくれ。
どこに売っているのだろうか、縁日で売っているような大きな飴を舐めながら、こっちをじっと睨んでくる。
「?」
迷子かな。誰かの付き添いで付いてきたのかな
それにしても美味しそうな飴だ。
俺の腹が鳴った。
子供がその音を聞いたのか目を大きく広げた。
流石に子供のおやつは奪わないぞ。
さっきバスで食べたばかりだというのにこれだよ。
木曽三川警護団がいうように、俺の腹の燃費は悪すぎる。
「ねえ。これ欲しいのか?」
不思議な女の子が俺の前に来て、話しかけてきた
男子高校生が小学生に話しかけたら逮捕されちゃう世の中なのだ。
無視だ。忍法ダンマリだ。
逆に小学生から話しかけられたら、罪には問われないのだろうか?
俺は周りを見る。誰もいない。
目撃者はいない。
誰かに通報される心配はない。
だが俺は無視した。
人がいようが、いまいが関係ない。
どんな時でも華麗にスルー無視。
ボッチの対人スキルを舐めるな。
「ねえ、ねえ。そこの黒いお兄ちゃん」
いやいや俺は黒くはないけど、だが心の中は黒いのは認めるけど。
つか、所見で黒いってどういう教育されてんだ?
「ねえねえ」
女の子が俺のズボンをベタベタの手で引っ張った。
だが無視だ。こんな小さな子と何を喋っていいのか分からない。
よって無視という選択が最適解。
「ねえねえ。ねえってば」
さすがに、これだけ服を引っ張られては無視できない。
いや、無視だろう。なんか面倒くさいガキだ。
関わらないのが最適解。
「ゴフっ」
脛に激痛が走った。
まさかこの子がやったの?
いや、そんな素振りは見えない。
肘打ちも蹴った様子もない。
ただ不思議そうな顔で俺を見ているだけだ。
「な、なに?」
俺は無視を止めた。
「聞こえてんなら無視すんな」
「ごめん」
何で俺、小学生に謝ってんだよ。
「これ欲しい?」
「いや、別に」
そんな舐めかけのばっちい飴なんか、いらんわい。
合法ロリ信者なら何億円でも払っただろうが、俺は合法ロリでもない。
だが、ぎゅるっと俺の腹が物欲しそうに答えた。
「そう。じゃあ、あげる」
小学生は舐めかけの飴を俺に差し出した。
俺はとっさに受け取ってしまった。
うわっ。ばっちい。ベタベタする。
「じゃあ、また後でね」
女の子は走り去って行った。
俺は暗い廊下に独り取り残された。
この飴どうしよう。捨てるか。
それを捨てるなんてもったいない。
とりあえず、収納っと――あれ? 入らない。
アイテムボックスに入れようとするが、何故かクロミズに拒否された。
ベタベタするから嫌なのだろうか。
クロミズ様自体がベトベトしているから、同族嫌悪か?
俺は相棒に失礼な妄想をしつつ、周囲に誰も居ないことを確認してから舐めた。
背徳感を感じながら、幼女の舐めかけの飴を舐めた。
飴は普通に甘かった。
それにしても『また後でね?』とは、どういうことだ?
まあいいや。深く考えても浅く考えても答えはない。
よって思考停止モードに突入。
俺はトイレの個室でゆっくり優雅な時を過ごしてから受付に戻った。
だがまだまだ混んでいた。
どんだけ霊トレーサー候補生がいるんだよ。
わいわいと期待に目を輝かせる新人たち。
うわっ。陽キャの匂いがする。くせい。
ボッチの俺には毒だ。
この雰囲気はボッチの俺にはムリゲー。
並ぶことすら無理。
息をするのも無理。
眺めるのも無理。
もう帰りたい。
「?」
その時、生徒会長のアドバイスを思い出した。
空いてるカウンターを狙えと言っていた。
そんなのアドバイスでも何でもない。ただ当たり前のことだ。
だがその当たり前のことが目の前にあった。
受付カウンターの一つに誰も並んでいない受付があったのだ。
なぜ、皆はあそこに並ばない?
あそこにいる受付嬢が怖いとか?
いや、退屈そうに爪を見ているが、怖そうではない。
どちらかといえば可愛いほうだ。いや可愛い。飛び込みたい。
いや、何かあるに違いない。誰も並ばないということは、何かあるに違いない。
俺のボッチの勘が耳元で囁く。あの女には気を付けろと。
だが可愛い。だが危険。
そんな風に疑問をこね繰り返していると受付嬢と目が合った。
そして、俺を見てフリーズした。
そりゃ、俺なんかの糸目で見られたら驚きますよね。
セクハラ事案ですよね。
そして、受付嬢が不思議そうに首を傾げた。
俺も傾げたい。
俺ってそんな微妙な顔だったか?
激痩せしてちょっとはフツメンになったかなって思ってたけど、首を傾げられるほどのフツメンだったのか?
そりゃそうだよね。痩せたぐらいでイケメンになれたら苦労ないわ。
ああ、モヤモヤする。
そして受付嬢は俺の手にしている受験票を見て、さらに驚いた。
なんなの? 俺が霊トレーサー候補じゃダメなの?
失礼な。俺はこう見えても、ただのボッチだぞ。
ボッチにこんな場所、無理無理。
即ち逃げるのが最適解。
立ち去ろうとした時、受付嬢が手招きした。
俺は周りを確認する。
周りには大勢の霊トレーサー候補者がいるが俺の後ろにはいない。
ひょっとして俺かい?
俺は自分を指さした。
そうよと受付嬢が頷いた。
「……」
マジか。どうやら受付嬢は俺を呼んでいるようだ。
俺はボッチブレインを高速でスパークさせ熟考する。
俺は並ぶのが怖い。なぜならば後ろの奴から陰口を言われているように感じるからだ。
仕方がない。俺は誰も並んでいない受付に向かった。
受付嬢の目に緊張が走る。
俺の糸目にも緊張が走る。
人混みの中でここだけがサイレントエアースポットだった。
受付嬢は喋らない。
勿論俺も喋らない。
周囲の者が俺を稀有な目で見る。
別に順番抜かした訳じゃないぞ。
何でそんな目で俺を見るんだよ?
俺がお前らになんかした?
それともここは予約専用? ここに並んだらダメな受付だった?
受付嬢は俺の疑問に答えない。
「……」
「……これ」
俺は気まずい空気に耐えきれずに受験票を提出した。
「……あの私が見えますか?」
受付嬢が失礼な質問をしてきた。
「はい」
可愛い顔が見えとるがな。ほくろまで見えるがな。
「これは何本」
受付嬢が綺麗な指を三本上げた。
「三」
「ではこれは?」
「五」
「これは驚いた。目がいいんですね」
「はあ」
さっきからこの人、一体何を言っているんだ。
俺の目は細目だが視力はよいぞ。
「……あなたは霊トレーサー認定試験を受けに来たのですね」
「ええまあ」
「……では受験票の名前に間違いはないでしょうか?」
「ええまあ」
「分かりました。はいっ」
受付嬢が大きなハンコを押した。昭和のハンコかよ。
「はい。ではこの奥に進んでくださーい」
受付嬢が奥の大きなゲートを指さした。
そこには空港の手荷物検査のようにゲートがあった。
「はあ?」
「……死なないでね」
俺は疑問符を頭のてっぺんに浮かべながら、金属探知機のゲートのような通路を進んだ。
死なないでね、だと?
俺の人生は死んでいるようなものだが、ダブルヒロインに挟まれた今、死ねるかよ。
「……」
ゲートを抜けると、立ち眩みに襲われた。
これはダンジョンに入った時に起きる現象。
まさか、ここはダンジョン?
「ふえ?」
そこは見たこともない広さの畳の間だった。
天井は大仏殿ばりに高い。
壁には黒い木の柱の間に襖が並び、奥の暗闇に消えていた。
明らかに非現実。
今までのダンジョンはどちらかといえば西洋風だった。
だがこれは襖に畳と、和風だった。
「和風ダンジョン?」
そして目の前に黒い煙が現れ、中から角の生えた巨大な赤い肌の巨人が現れた。
「赤鬼どん?」
「ぐおおおおおぉ」
それを肯定するように赤鬼は雄叫びを上げた。
えっとあれ?
これが試験なの?
「ぐおおおおおおぉ」
赤鬼が肯定するかのように金棒を振り回した。
くっ。メッチャクチャ強そうだけど、やるしかないの?
「……」
自信を持て。俺はできるボッチだ。
俺の霊トレーサー認定試験はこうして突然始まった。
お読みいただきありがとうございました。




