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27 路地裏ボッチの反撃

「こっちはどう? やっぱこっちも可愛い。どっちがいい?」


 妹が鏡の前で服を交互に当てていた。


「……まあまあ」

「……どっちが可愛い?」


 どっちも可愛い。俺の妹は可愛い。

 このまま穢れないまま、真っすぐ真っ白なままで育ってほしい。

 決して姉ちゃんのように歪まないことを切に願うのみだ。


「……ねえ聞いてるの?」

「……まあまあ」

「……もういい。邪魔だからあっち行ってて」


 可愛い妹の将来を憂いているというのに店の外に追い出された。

 なんでこう怒りっぽいのだろうか?

 少しはボッチの沼のように深い心を持って欲しいものだ。

 それよりも俺はちゃんと受け答えをしていた。

 どっちも可愛いと常識に答えたじゃないか?

 どっちかを選ばなければならなかったのだろうか?


「はあ」


 俺の制服と普段着はあっという間に買い終わって、妹の長い買い物に付き合わせれていた。

 これからどうしよう。極悪無双の姉ちゃんとの苦い経験から判断すると、あっち行っててって本当に行ったらキレられるはずだ。

 だから視界には入らないけど、声が届く場所にいるのが最適解だ。

 俺は店から出て、隣の店との間の隙間に入った。

 なんという隙間が似合う男だろうか?


「マジウケるんですけど」

「ぎゃはは」


 そこで副会長から連絡を待ちつつ日課のログインボーナスを受け取っていると、どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。


「キャハハハ」

「マジ凄くね? 俺ヤバくね?」

「ヤバくねえよ」

「かっ。ウケル」

「!」


 俺の血の気が一気に引いた。

 この下品は頭悪そうな会話をする奴らを俺は知っている。

 俺は恐る恐る顔を上げた。


「げっ」


 そして直ぐにうつむいた。

 なんと昨日俺をイジメていた上級生達が一列に並んで我が物顔でこっちに向かって歩いていた。

 歩道を横一列で歩くなんて昔の不良漫画かよ。

 なんでわざわざ今日、この場所でこの時にエンゲージしてしまうのだろうか?

 俺は自分のバッドラック体質を呪った。

 ああ、ボッチの神は私に試練を与え続けるのですね。

 だが俺は元々、クラスでも目立たない空気君だから、こうやってスマホをいじって下を向いていれば気付かずに通り過ぎるだろう。

 下手に動いたら目を引いてしまう。

 大丈夫だ。俺は空気より薄いライトエアーだ。

 念のため、父親譲りの忍法ダンマリにサイレントエアーも重ね掛けしておこう。

 通り過ぎれ、こっちを向くな。

 俺なんか無視しろ。

 ああ、ボッチの神様。これからボッチイズムに心頭しますから今回は見逃してください。

 俺が一人ならば問題ない。

 大事な妹がいる今はマズいっスよう。


「あれ? こんなところに俺らの友達がいるぞおぉ」

「おほっ。これは、これは」

「へっへっへ」

「財布君発見」


 だが俺の祈りはボッチの神に届くことなく、地面に叩きつけられた。

 くっそ。なんで気付くんだよ。今までバカ騒ぎしてたじゃねえかよ。

 ハッ。もしかして俺って自分で思っているほど空気君ではないのだろうか?

 よくよく考えれば、イジメられている時点で目立っているよな。

 これは考えを悔い改めなければなるまい。

 だがそれは後だ。今どうするかだ。せっかく買った服が汚されたら妹に申し訳ない。

 それよりも何よりも俺の可愛い妹の存在が、野獣に毛が生えたような野人に露呈することのほうがヤバイ。

 ボッチの三十六計逃げるに如かず。

 俺はパッシブスキル。ラナウェイを使用した。

 つまり駆けだした。逃げた。スタコラサッサした。


「あっ、待て」

「あいつ生意気に一丁前に逃げやがった」

「追っかけろ」


 後ろから荒っぽい声が聞こえる。

 獲物を見つけたように目を爛々と輝かせている原始人がここにいます。

 アウストラロピテクスさん。親戚ですよ。

 クロマニョン人さん。お仲間ですよ。文明社会に馴染めない暴力至上主義の無法者がいますよ。

 お巡りさんこいつらですよ。


 俺は交番で眠そうに欠伸をしているポリ公に目で助けを求めた。

 だがポリ公は目を逸らした。

 くっそ、流石は強気者の味方だ。

 将来の納税者の有権者を無視するとはいい度胸じゃねえか。店長のポリ公呼んでこいや。

 これだから国家権力は使えない。

 あいつらは、弱い者イジメしかしないからな。


「待てってんだろうがあ」

「待てやあああ」


 くっそ、待ちゆく人々は知らんぷり。誰も助けてくれない。

 だったらどうするか?

 簡単なことだ。自分の身は自分で守る。

 俺は俺を助ける。

 ということでボッチの三十六計逃げるに如かず。


「くっそ、あいつはええぞ」

「逃がすな」

「くっ!」


 俺は慌てて人気のない路地裏に逃げ込んだ。


「ゼーゼー」

「へっへっへ」

「もう逃げられないぜ」

「何逃げてんだよテメエ」

「さっさよ金出せよ」

「人の顔見て逃げるなんてショックだわ」

「俺ら友達だろ」

「分かってるよなあ」

「心が壊れたから慰謝料よこせや」


 上級生たちがニヤニヤしながら俺の退路を塞いだ。

 こういう能力はどこで身につけるのだろうか?

 勿論、漫画やアニメや映画やドラマだ。

 今後、青少年に悪影響を与えるイジメシーンを禁止にする法案を可決しよう。


「つかさ。人気のない場所に自ら逃げるなんて、お前分かってるじゃねーか」


 フフフ。そうだ。

 俺は分かっている。

 分かってここに逃げ込んだのだ。

 あえてね。あえてここを選んだのだ。


「……」


 俺はニヤッと笑ってやった。


「てめええ」

「あんだその顔は?」

「反笑いしてんじゃねえぞ」

「マジムカつくんですけど?」


 そうだ。俺の仕草が人をイラつかせることは知っている。

 だからイジメられる。仕方ないとそれを受け入れてきた。

 だが、これ以上ボロボロの服で家に帰る訳にはいかないのだ。

 買って貰ったばかりのスマホを壊すわけにはいかない。

 家族に心配かけるわけにはいかないのだ。


 これまでは我慢していればよかった。

 だが昨日の夕食での家族の顔を見たら、もう変わらなきゃダメじゃないか。


 俺は俺の為に生きる。

 そこに次の一文を追加する。

 俺は俺の大切な人の為に生きる。


 むむ、なんだか急にボッチ物語の主人公っぽくなってきたぞ。

 だが家族を大切にしすぎるとそれはそれでマフィアになってしまう。

 ファミリー以外は敵だ、的なマフィアとか反社会勢力の戦闘民族になってしまう。

 幸い、うちにはマフィアより怖い姉ちゃんがいるからその点は問題ない。

 既に凶悪なファミリー至上主義、いや、姉至上主義専制君主制度が布かれているのだ。

 ええい、そんなことはどうでもいい。

 いい加減横道に思考が逸れるこの癖を直さないと交通事故にあってしまいそうだ。

 いくら専制恐怖の姉が身内にいても、俺は争いを好まない平和推進派ガンジーボッチだ。


 平和的手段、会話で解決するのだがそれは話が通じる相手の場合だけだ。

 だが俺は会話が下手だ。交渉決裂どころか悪化すること請け合いだ。

 だったらどうするか?

 話し合いが不可能な相手とは拳で話し合いをするしかないだろう。


 そう、暴力沙汰になってポリ公にパクられないように人目につかないこの路地裏に逃げ込んだのだ。

 俺はもう無抵抗な、まな板の上のボッチではない。

 今日から俺は攻撃的でアグレッシブでフィジカルな好戦的な駆逐ボッチに生まれ変わるのだ。

 もう喋れないとか、口下手だからとか、くだらない言い訳はしない。

 俺には強い味方がいるのだ。

 ボットモがいるのだ。ボットモの無敵の加護があるのだ。

 だから負けるはずがない。

 数々のゴブリンを無慈悲に屠ってきた俺のレベルは三レベルは上昇している。

 こんなウェーイに巻けるはずがない。


 クロミズ手加減しろ。こいつらは激しく弱い。

 絶対殺すなよと心の中で唱えながら俺は走った。

 クロミズが俺の願いを聞き入れ、俺の身体をちょっとだけアシストする。


「は?」

「え?」

「なんだこいつ?」

「逆切れか?」


 驚く上級生達が迫る。

 俺は屈んで足払い。


「ぎゃああ」


 上級生の一人が空中で横回転。

 そして受け身も取れずに頬から固い路面に激突し、白い歯が飛んだ。


 なんとかなり手加減したはずだが大ダメージだったようだ。

 もっと落とせ。こいつらは触ると壊れるシャボン玉のように儚い生き物なのだ。

 奴らのウェーイ口が悪いのは、彼らの心の弱さをカバーするためだ。

 怒鳴るのは弱い自分を鼓舞させているだけだ。


「てめえええ」


 俺は殴りかかってくる上級生の顎を軽く、撫でるように優しく蹴り上げた。


「ぎゃあああ」


 醜い顔から白い歯が飛んだ。


「いでーいでーいでえええええええ」


 泣き叫ぶ上級生。


「え?」

「は?」

「な、」


 俺は驚いたままの隣の上級生の服を掴んで地面に押し倒した。


「かはっ」


 背中を強打し呼吸が止まる上級生の顔をサッカーボールのように軽快に蹴る。

 白い歯が飛んだ。


「ゴボゴボゴボゴ、ぎゃああああ」


 遅れて叫び声がこだまする。

 そしてその横の上級生のみぞおちに肘を入れる。

 上級生は吹っ飛んで路地裏の壁の雨樋を破壊した。


「ぐああああ」


 そして倒れた所を蹴った。

 白い歯が飛んだ。

 何故顔ばかり蹴るかって? 昨日顔ばかり蹴られた仕返しだよ。

 歯に歯を。かの有名なハンムラビ法典にしっかり書かれていたはずだ。

 そしてこれは復讐なのだ。リベンジボッチなのだ。

 俺はやられたことを忘れない。

 今だにランドセルを背負わされた登下校を忘れない。


「なっ、貴様、なんてことするんだ」


 上級生が叫んだ。

 なんてこと? はて? こいつは自分達が昨日俺にしたことを覚えていないのか?

 なんという鳥頭。


「……」


 俺は無言で上級生達全員のスマホを取り出すと地面に叩きつけた。


「ひいい、やめろ」

「俺達が何したっていうんだ」

「そこまですることないだろ」

「きさまあああ」

「いでえええええ」

「……」


 よく叫び、よく喋る奴らだ。

 俺は切れ長のボッチアイで睨んだ。


「ひいいい」

「う」

「いでええ」

「なんだよ。なんでそんなに強いのに昨日は?」

「……」

「まさか、これがお前の本当の力なのか?」

「……」


 そうだ。思い知ったかバッテンと俺は路地裏の壊れた自転車を蹴った。

 これ以上やったら死んでしまう。

 だから物に当たった。

 壊れていた自転車は蹴った瞬間に壊れ、さらに壁に激突しバラバラになった。

 盗まれた自転車の持ち主さんスンマセン。文句は盗んだ奴とこいつらに言ってください。

 俺は悪くない。

 悪いのは社会。大人。総理。マスコミ。経団連だから。


「ひいい」

「悪かった、ワワワ悪かった」

「くっそ、俺達は悪くない」

「そうだ」

「……」


 涙と血で顔を汚した上級生が泣きわめいた。

 俺は無言で睨みつけた。

 悪いだろ。

 多数で少数を囲むのは悪いだろう。

 数の暴力だ。選挙と同じ。数が多ければ正義。

 だから少数は悪なのだ。

 ってことは悪いのは俺のほう?

 ええい、惑わせるな。口車に乗るな。

 集団で暴力を振るわれている俺が被害者なのだ。


「ひいいいいい」

「ひいいい」

「悪魔」


 今なんっつった? 悪魔だと?


「ふっふっふっ」


 俺の口から笑みがこぼれた。

 確かに俺はダークボッチ界のニューカマーだ。

 闇の貴族の男爵バロン貴公子とは俺のことだ。

 イジメられっ子が力を手に入れたらどうするか?

 そもそもクロミズの加護が現実でも作用しているのは、こうする為だったのではないだろうか?

 俺がイジメられていたのを憂いて、クロミズがそのダンジョン限定の加護を現実でも開放してくれたのではないだろうか?

 人は平等ではない。体格も違うし、生まれた環境も、育った環境も違う。

 俺はたまたま口下手のコミュ障のボッチだった。

 だからイジメられたのだ。今回のイジメの理由は何だっけ?

 生徒会長が俺を名指ししたことにテンドー君が嫉妬したことが伝播したのか?

 どちらにせよイジメの理由はもう何でもいい。

 ターゲットになった俺はこのまま何もしなければ卒業するまでずっとイジメられっ子のままだったろう。


「……」


 もう一度俺は睨んだ。


「ひいい」

「きさまああ」

「警察だあ」

「痛いよう」

「いたいいたい」


 何を言っている?

 自分が被害者になった途端これかよ。

 俺が泣き叫んでも許してくれたか?

 俺が警察呼んだか? ポリ公野郎さっき無視したよね?

 怒りのリサイクルで倒れた上級生のスマホを蹴飛ばした。


「ぎゃあ」


 この世は声が大きいものが目立つ。

 だから声が大きい者が正しいように見える。

 だが声を出さない者が大半だ。

 なぜ声を出さないか? 皆大人だからだ。

 お前達のように子供のように泣き叫び、権利やら自由やら叫ぶ者は全員子供なのだ。

 自分達だけが声を上げていると主義主張を掲げていると思いあがっているだけだ。


 俺は地面に這いつくばる上級生達を残し、スッキリしたようなしないような感覚で路地裏を後にした。


 アディオス。

 お前らに会うことはないだろう。

 学校ですれ違ってもお前らが道を譲れ。

 分かったな?

 と俺は心の中で捨て台詞を吐いた。


 その時、突然スマホが震えた。


「ひいい」


 俺の口から情けない声がこぼれた。


「もうお兄ちゃん今どこ? どこにいんのよ? 重いんですけど? 荷物持ってよ」


 可愛い妹からだった。

 案の定、理不尽な要求をしてきた。

 荷物持ちですと?

 ランドセル持ちのプロに荷物運びをオーダーすると?

 よかろう。


「……すすす、すぐ行く」




 俺は上級生を置いて何食わぬ顔で店まで戻った。


「もうどこに行っての。ああ、言わなくてもいい。それよりこれ持って」


 妹は当たり前のように買い物袋を俺に差し出した。

 ダメでしょ。男だからって荷物持たせるのは?

 レディーファーストは下心があるダンディだけの恋のテクニックなのよ。

 無条件で荷物持ちなんてすると思うなよ?

 そう心で無双しながらボッチアイで断固拒否の視線を送るが、俺の両手は買い物袋でふさがった。


「くっ」


 屈してしまった。

 無敵の神のボットモである俺を荷物持ちにするとは、もしかして妹は姉ちゃん化しているのだろうか?

 ああ、考えるだけで恐ろしい。

 どうか神様。妹が姉ちゃんのような悪にならないように心から願います。


 その後は、ポリ公に職質されたり、誘拐犯と間違われることもなく、何の誰何もなく俺たちは無事に帰宅した。


 夕食時に妹が俺の不甲斐なさを両親に過剰報告して、俺は小さくなりながらも何杯もご飯をお替りした。

 そして部屋に戻るとなんとメールが届いていた。


「おおお? え?」


 だが残念ながら副会長じゃなかった。

 美の少女の紗古馬さんからだった。


 駅前で上級生達見たけど何もされなかった?


 え? 何で知ってるんだ?

 もしかして彼女も副会長のような鑑定スキル持ちか?

 いやいや、それは困る。

 それとも駅前にいたのか?

 俺が上級生をボコったことも知っている?

 いや知っていればこんなメールは送ってこないだろう。

 俺は三十分ほど悩んだ。

 そして最高の返事を思いついた。


『とくに』


 ボッチボキャブラリー使用頻度最上位の言葉で短く手短に簡潔に答えた。

 男がダラダラと長い文章なんて書いちゃダメなのだ。

 男は不器用なほうがモテるのだ。そう日本では決まっているのだ。


 すぐに返信メールがあった。

 早い。なんという早さだ。

 あれ? 違う。返信がない。返信がないのにメールが来た?

 まさか、これは待ちに待った副会長様からだ。


『トーリ君。連絡遅れてごめんね。ちょっと忙しくて、それで明日は七時に校門前に集合ね。部活動だから制服で来てね。遅刻厳禁ね』


 くはっ。俺は架空の吐血を吐いた。

 制服だと? わざわざ服を買いに行った意味がねえ。

 いやあるか、サイズの合ってないダボダボの中一みたいな制服姿で行かなくてすんだ。


 俺は一時間程苦悩して返信した。


『了』と。


 こうして俺の波乱万丈な一日が無事に終わった。

 上級生に大事な妹の存在が露呈することなく、こっそりとボコれた。

 これで奴らも大人しくなるだろう。

 うん。とてもいい一日だった。

 今までは泣き寝入りのダンマリボッチだったが、これからは違う。

 イジメられっ子の復讐劇が、進撃が今ここから始まるのだ。

 俺をイジメてた奴らよ。震えて眠れ。


 フハハハハッと部屋で高笑いしていると、妹が「うるせえ」と壁パンしてきて、凹んで寝た。

お読みいただきありがとうございました。

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