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26 宙を飛んだボッチ

 九十度に傾いた視界には猛スピードで去っていく車があった。

 あんなに慌ててどうしたのだろうか?

 何やら周囲で騒ぎ声が聞こえる。


「大丈夫か君?」


 俺に向かって言っているようだ?

 ああ、どうやら俺は車に轢かれたようだ。

 車道に飛び出た俺も悪いがってわざわざ自分から飛び出すはずがない。

 ダブルヒロイン制の主役で最強ボッチの俺に自殺願望なんてあるはずがない。

 誰かに背中を押されて車道に飛び出てしまったのだ。

 一体誰だ? 犯人を突き止めようようと起き上がろうとする。

 だが誰かに肩を優しく抑えられ止められた。


「安静に。だ、大丈夫ですか? 起きたらだめですよ。今、救急車呼びますからね」

「ひき逃げの車のナンバー写真に撮ったから。安心しろよ。君」

「あまり動かさないように、頭を強打しているかもしれません」


 俺の周りに大人達が集まっている。

 おいおい。ボッチは見世物じゃねーぞ。

 だが、誰もが心配そうな表情を浮かべていた。

 俺をバカにしたり、ゴミを見るような目はない。

 俺は人に親切にされたことがない。

 だから物凄い居心地が悪い。

 何故、見ず知らずの俺にこんなに親切にしてくれるのだろうか?

 人は利益にならないことにはしない。

 この大人達は一体なんだ?

 たまたま同じ信号を待っていただけなのに何故こんなに親切なんだ。

 あり得ない。絶対裏があるのだろう――ある訳がない。

 親切な人達なのだ。俺はどこまで性格がひねくれているのだろうか?

 どこで間違ってしまったのだろうか?

 この人達は自らの主張を押し付けてくることも強制することもない。

 ただ車に撥ねられた俺を心配しているのだ。

 滅茶苦茶良い人達じゃないか。

 だけど大変申し訳ないのだが、俺は無傷。加護のおかげで無傷なの。


 だがこの状況で無傷なんて口が裂けても言えない。

 だが言うべきだろう。俺は無事だと。

 だがコミュ障ボッチの俺に上手く説明ができるだろうか?

 だが、やるしかない。親切な人たちを騙すのは心が痛い。


「だだだだっ、ほ、大丈夫なんで、ほほ、ひょうんとに、だいじょうっぶうな、で……」


 俺には無敵の加護が付いていても、お口の加護は付いてなかった。


「ちっとも大丈夫じゃないじゃないか、全くろれつが回ってないじゃないか」

「やはり脳を強く打ったのでしょうか?」

「この噛み方は異常だ。相当強く頭をぶつけたらしい」


 いや、これは通常なんですが?

 自分では普通だと思っていても周りから見たら異常なんだろうか?


「とにかく安静に。しかし何故車道に飛び出たのだね」

「誰かに押されたのを見ました」

「なんだと?」

「誰に?」


 そうだった。俺は野次馬の中に見つけた。

 それは俺の良く知っている人物だった。

 そいつはイケメンで背が高いから目立つ。

 そう、そいつはテンドー君だった。

 この交通事故現場という状況下で笑っているのだ。

 まあ、俺に恨みがあって殺したい気持ちはよく分かるよ。

 俺もリア充のことを毎日死ねばいいのにって思ってるから。

 俺以外全員死ねって思ってるから、ああ家族と生徒会長と副会長と美の少女の女子の生徒とクロミズとスラッシュは別だ。

 だからテンドーの気持ちも殺意も分かるよ。

 人は線で繋がってないからお前の本当の心は分からないが、俺を恨む気持ちは分かる。

 だけどなあ、心で死ねと思ってるだけなら害はないんだ。

 心の中で何を思おうが個人の自由だ。

 人の感情を読み取る装置が出来るまでは脳内犯罪は無罪だ。

 だが、それを口に出したり行動したりすればそれは立派な悪だ。敵対行為だ。

 人に何かを押し付けるのは悪だ。

 優しさだろうが、愛情だろうが、主義主張だろうが、おすすめ商品だろうが、他人に押し付けていい者は、自分が押し付けられることを受け入られる人間だけだ。


 お前は俺が気に入らないからといって危害を加えているのだ。

 それは悪だ。絶対許さないからな。

 テンドーは笑いながら人混みの中へ消えていった。

 今度会った時はボッコボコにしてやる。


「大丈夫か? 寝るな? 寝たら死ぬぞ」


 そう言いながらサラリーマンが俺の頬を叩いた。

 いや、寝てないんだが?


「君。しっかりしろ。寝たら駄目だ。目を開けるんだ」

「頑張って」


 サラリーマン達が大騒ぎしている。

 多分、俺の眼が細いから誤解しているのだろうけど心配せずとも俺は眠くもないし、目も見えているから安心してくれないか?

 ああ、俺のチャームポイントの糸目のことを、どうやって説明する?

 それより動かないでって、言ってなかった?

 頬叩いたら脳も動いちゃうよね。この人雪山で遭難した場合と勘違いしてない?

 俺には加護があるから痛くない。怪我もない。

 救急車が来る前に逃げなければ。


 だからこの優しい人達には申し訳ないが逃げるしかない。

 俺はむくりと起き上がる。


「「「「え?」」」」


 唖然とする大人達にペコリとお辞儀をしてダッシュでその場を後にした。

 ボッチスキル……ラナウェイを使用した。


「え?」

「は?」

「おい君」

「起き上がったらダメ」

「歩いたらダメ、って走ってるぞ。どうなっている?」

「車に轢かれたよな?」

「宙を舞ったはずだ」

「凄い音がしたし、え? でも元気じゃ?」


 ごめん。俺は心の中で陳謝した。

 心の中で謝っても意味がないことは重々分かっている。

 だけどこのまま俺が救急車で運ばれたら大変なことになってしまうのだ。

 俺の身体はクロミズとの同位体なのだ。

 入院などしてしまったら改造人間である俺の正体が人々の知られてしまう。

 家族に余計な心配をさせてしまう。

 でも可愛い妹にお見舞い来てもらえる。それはありだな。

 生徒会長と副会長もお見舞いに来てくれるかな?

 そうしたら副会長の剥いたリンゴも食べれるかな?

 ダメだ。入院してクロミズのことがバレたら大騒ぎになってしまう。

 世界初、スライムと一体化した男子高校生としてギネス記録に載ってしまう。

 識別番号付けられてラボ的な秘密研究所で、薬漬けで人体実験させられる訳にはいかない。


 だから俺はその場を後にした。

 俺はテンドーをどうしてやろうかと、心の中でシミュレーションしているうちに家の前に辿り着いた。

 だが俺は玄関の前でふと立ち止まって考える。

 俺は道路で車に撥ねられて地面を数バウンドした。

 俺の体は不死身でも、服とかリュックは不死身ではない。

 制服とリュックはボロボロなのだ。

 こんな姿を親に見られたらなんて言い訳すればいいんだ。


「トーリどうしたの? ボロボロじゃないの」

「! ヒッ」


 後ろから母親の声がした。

 どうする? どうやって答える? 正直に言うか?

 車道に突き出されて、車に轢かれましたけど、でも無敵の加護のおかげで無事です。なんて口が裂けても言えない。

 だから俺は咄嗟に。


「……転んだだけ」


 イジメられっ子の言い訳ナンバーワン。

 一人で転んだだけ。そんな言い訳が通用するはずがない。


「……そう? ケガはない?」


 通じた。


「まあ」

「まあ……大丈夫そうね。これ持ってって」


 そう言いながら買い物帰りなのか重いマイバッグを俺に差し出した。

 俺は無言で小指にかけて台所まで運び、手を洗ってうがいをしてから、マイバックの中身を冷蔵庫に入れ直し自分の部屋に引きこもった。


 あっぶね。危うく根掘り葉掘り聞かれるところだった。

 とにかくリュックが傷だらけなのはまずい。

 よく考えたらこのリュックでダンジョンに入ってたからな。

 それに中にはクロミズのコアが入っている。

 いっそのこと買い替えるか? だが俺には金がない。

 最近の暴食の胃袋が俺の小遣いを減らしていく。

 バイトでもするか? そうかバイトだ。

 俺は無敵の加護持ちなんだ。肉体労働なんて楽勝だろ。

 だが今のこの貴重な学生時代の時間を労働に充ててもいいのだろうか?

 否。ダメだ。そんなのダメだ。俺は働かないぞ。

 いや働けないぞ。ボッチの俺が人に紛れて働ける訳がないのだ。

 今日もいろいろあり過ぎたが、最後のひき逃げ事件が強烈過ぎてその他を忘れてしまいそうだった。


 俺は夕食までの間、暴れる空腹の胃袋をなだめつつ、ダンジョンでの戦い方を脳内シミュレーションして過ごした。




 ――夕食。


「トーリ」


 父親さんがぎこちなく俺に話しかけてきた。

 母親と目配せしている。これが父親の今日の任務のようだ。


「転んだって聞いたけど、ケガはないのか?」

「まあ」

「……」


 両親が目配せする。

 妹は不思議そうな顔でサラダにドレッシングを大量にかけている。


「本当に転んだのか? 誰かに何かされたんじゃないのか」


 父親にしては珍しく大きな声を上げた。


「……とくに」


 俺はいつもの平静を装い、ボッチ使用ワード上位の万能ワードで濁す。


「……」

「……」

「……」


 沈黙する夕食。


「ところでお兄ちゃん日曜日のデート何着ていくの?」


 そんな空気を読んだ妹が話題を変えた。

 今、なんつった?


「ぶほっ」


 父親が咳き込んだ。


「え?デートなの? うそ」


 母親が箸を落とした。


「は? え? 服?」


「そう。少しはオシャレしないと」

「は?」


 いやだからデートじゃないよ。部活動だもん。

 大きな口を開けてフリーズする両親をよそに妹が会話を続ける。


「だって、お兄ちゃんいきなり体型変わったから服のサイズが合ってないでしょ。制服ダボダボで中一みたいでみっともないし、今持ってる普段着もサイズ合わないでしょ」


 なんて気の利いた妹なんだ。

 俺のことを見ていてくれたんだ。

 なんて優しい子なんだ。姉ちゃんの妹には見えない。

 悪魔と聖母だ。

 しかし、その聖母である妹の言葉が辛辣過ぎて辛い。

 俺の意識は一瞬気が遠くなりそうになる。

 今なんとおっしゃいましたか? ダボダボで中一みたいでみっともない?

 え? 俺って中二だと思ってたけど中一だったの?

 しかもみっともないって

 サイズの合わない制服を着てたのダメだったの?

 だって生徒会長も副会長も美の少女の紗古馬さんも何も言ってなかったよ。

 ああ、でも心の中ではダボダボッチって笑ってたのだろうか?

 いや彼女達を疑うのはよくない。よくないのは俺だ。

 ダボダボッチという汚名から卒業したい。


「そ、そう? すぐ太って戻るからいいよ……」

「ダメ、デブニイなんて絶対ダメ。せっかく人間への段を上り始めたのに、化け物に戻ったら絶対ダメ。人生転がり落ちるのは簡単なんだから」


 妹が食い気味に被せてきた。そんなに激痩せした兄が誇らしいかね。うんうん。

 ところどころ気になるセリフがあったけど気にしないぞ。


「お兄ちゃんがデブニイだと私が笑われるんだよ。私が笑われてもいいの?」


 それは確かにダメだな。俺のせいで妹が笑われるのはダメだ。


「……わかった」


 とにかくこの場を収めようと俺は適当に返事をしておいた。


「じゃあ明日、制服とデート服買いに行こうね。お父さんお金頂戴」


 妹が上目使いで父親に掌を向けた。

 たじろぐ父親は母親の顔を見て助けを求めた。


「確かにトーリのあのサイズの合わない制服はないわ」


 え? なかったの? それ早く言ってよ。


「サイズが合ってないスーツは仕事のできない男だからな、いいだろう父さんがスポンサーになって、トーリをイメチェンさせて、イジメられっ子から脱出させよう」


「え?」

「あなた」

「お父さん」

「あっしまっ」


 何、この空気。これって家族の中で俺がイジメられっ子扱いだったの?

 え? 俺イジメられっ子じゃないよ。

 ちょっと上級生に絡まれたり、クラス全員から無視されたり、リア充にボコボコにされたぐらいで――イジメられっ子だった。


「……」

「……」

「……」

「……」


 父親の余計な一言でとっても気まずい静かな夕食になってしまった。

 いや、全ての原因は俺にある。家族に心配かけたらダメだ。

 俺は無敵の加護持ちだけど、イジメられっ子だ。

 まずはそれを卒業して、これ以上家族に心配かけないようにしよう。

 俺はその為の第一歩を踏み出すことにした。


「服買いに行く」


 俺はボソッと意思表示をした。


「うんうん、行こう行こう。そういえばお父さん私も欲しい服あったんだよねえ」

「そ、そうか、二人で服でも買ってきなさい。父さんのスイスの秘密口座から出そう」

「うちにそんなお金あったんだ」


 母親が父親を睨んだ。


「……いや、ないけど可愛い子供達の為にだな。例えだよ例え」

「やったね。お父さんのそういうところだけ好き」

「そうかハハッ」


 妹あざとい。

 父親チョロイ。

 母親何故か不機嫌。

 俺氏、困惑。

 いつもの夕食だった。重たい夕食の空気はいつもの雰囲気に戻ったのだ。

 妹の目的は俺をだしにして自分の服を買うことだったようだ。

 さすが末っ子は人を操るのが上手い。

 理解ある兄としてその稚拙な提案に乗ってやろう。


 その晩は副会長からのメールはなかった。

 日曜日のことに関する連絡はなかった。

 俺はスマホが気になって仕方がなくて、まったく寝れなかった。


 明け方近くに寝落ちして盛大に寝坊した俺は妹に叩き起こされ、その日の午後、妹とショッピングに出かけた。

 妹と買い物なんて何年ぶりだろうか?

 ボラブルが起きませんように。

お読みいただきありがとうございました。

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