21 ボッコボコッチ
俺の初めての女性との、しかも伝説の美少女との繋がりを、唯一無二の絆を絶たれた。
俺はお前らを絶対に許さないぞ。
俺は昨日までの俺じゃない。ひ弱なボッチではない。クロミズと融合した強ボッチなんだ。
俺がクロミズの力を開放しようとした瞬間。
『あの言葉を忘れたのかボッチよ?』
ボッチ君が俺を引き留める。あの言葉って何だ?
生徒会長の言葉が頭をよぎった。
大いなる力には大いなる責任が伴う。
おっと、確かにそうだった。
生徒会長はクロミズの力を人前で使ってはならないと言っていた。
だからここは我慢するしかないのか?
『つか現実では加護は使えないボッチよ』
ボッチ君がヘヘっと笑った。
そうだった。あの圧倒的な力はダンジョン限定なのだ。
ダンジョン内ではA級霊トレーサーを一瞬で血祭にあげる絶対無敵な俺だったが、現実ではただのヒョロガリボッチに過ぎない。
どれだけ吠えても、キレても、現実では弱いままなのだ。
どどど、どうしよう。
だから俺は腫れぼったい目の筋肉に血流を送り奴らを睨んだ。
これは殺意も、ボッチャハキも込めていない普通の睨みだ。
俺はうまく喋れない、喧嘩もできない。
俺ができるのは、こうやって睨むだけだ。
「なんだ? その目は?」
「ああん? やんのか?」
「そうだ。やっちまえ!」
「監視カメラは止めたぞ」
「既に人払いは済んでる」
突然、上級生が俺の腹を殴りつけ、流れるような動作で俺の頭を掴み、そのまま硬い床に叩きつけた。
俺は痛みよりもその圧倒的な暴力の展開に茫然とした。
こいつら喧嘩慣れしている。
その攻撃に合わせたように絶妙なタイミングで両脇から挟んでいた上級生も体重をかけて俺を床に押し付ける。
俺の両腕が根本から変な方向に折れ曲がる。
上級生達は倒れた俺を罵声と奇声のリズムに合わせて蹴った。
お手本のようなテンプレリンチだ。
こいつらどこでこんな王道リンチを覚えるのだろうか?
そんなのは決まっている。みんな大好きアニメやドラマや漫画だ。
暴力シーンをアクションシーンと言い換えて、見せつける映画やドラマや漫画だ。
アクションシーンって言っちゃえば殴る蹴るの違法行為も暴力も許されるのだ。
海外の映画ならば、何の罪もない警備員ですら皆殺しにする正義マン野郎どもの圧倒的な暴力をアクションシーンと称して見せられるのだ。
ニュースでさえ再現CGで殺人の仕方を詳細に報道する世界なのだ。
ここは暴力推奨世界なのだ。
監督ちゃん。この展開だと会話ばかりでつまんないよね。
やっぱり冒頭はアクションシーンで引き込んで飽きさせないように数分ごとに殴り合いと怒声シーンが必要だね。
そんな視聴率目的で簡単に殴るシーンを追加するんじゃねーよ。
殴るのは立派な犯罪だぞ。殴ったら死んじゃうだぞ?
サスペンスなんて転んで後頭部打っただけで死んじゃうんだぞ。
つか救急車呼べよ。それまだ死んでないから。ああ、そんなこと言ったら物語が進まないだろう。
そんなどうでもいいことを考えながら現在進行形で俺は絶賛ボコられてた。
「ブキャキャキャ!」
「泣け、喚け、叫べ」
「痛いか? 痛いか」
なぜ、こんなリンチ中なのに、コンテンツ業界の闇にツッコミを入れられる程に俺は冷静なのかというと――痛くないのだ。
痛覚が壊れたのかってほど痛みはない。
衝撃は感じる。だが痛みはない。
こんなに蹴られまくっているのに吐血なし。
腫れぼったい細い目がこれ以上晴れ上がる気配すらなし。
ノーダメージ。俺の頭に一つの言葉が浮かんだ。
その者、打撃無効なり。
あれ?
あれれ?
それってダンジョン限定だったんじゃないの?
なんで現実でダンジョン内と同じような加護が効いてるんだ?
おかしい。俺は上級生の靴が目の前に迫るのを見ながらクエスチョンマークに埋もれていた。
クロミズの加護はダンジョン内限定だったはずだ。
ダンジョン限定の加護が、なぜ現実で発揮されているんだ?
生徒会長が嘘を言うとは考えられない。
だが俺は絶賛ボコリング中だが激痛の一つもない。
するってーとなにかい?
現実でも無敵のボッチってことかい?
「フフフ」
地面に転がっている俺の口から気持ち悪い声が漏れる。
上級生達は気付いていない。
俺が真の力に覚醒したことを。
クロミズと同化した今ならこんな奴ら真っ二つに――。
『歯向かうリア充は皆殺しボッチよ』
ボッチ君が拳を鳴らした。
確かにその気持ちは分かる。
だがA級霊トレーサーを皆殺しにしたんだぞ?
待て、待て。危ない危ない。
俺の暴れる触手でモザイク必須のグロシーンのオンパレードになるぞ。
ダメだ。反撃はダメだ。過剰防衛過ぎる。
危うく殺人鬼になって逮捕されて巨乳美少女ダブルヒロインを失うところだった。
だが、このまま蹴られていいのか? このまま耐えるか?
いっそのこと少しだけ反撃するか?
いや、危険だ。クロミズは強すぎる。
少しの反撃で傷付けてしまう可能性があるのだ。
どうする? 考えろ俺。
「ほらほらぁ。どうした? 声も出ねーか? 叫べよ泣けよ」
「生徒会長様に話しかけられたからって調子に乗るんじゃねーよ屑が」
「さていつまで耐えられるかな?」
「あはは」
「もうこのまま学校辞めちまえ」
「再起不能にしてやる」
「……」
少しぐらい反撃してもいいのでは?
いやまて。デコピン一発で脳みそが吹っ飛ぶかもしれない。
ここはやはり父さん譲りの忍法ダンマリで嵐が去るまで耐え忍ぶしかないのか?
「おいおい、動かねーぞ。こいつ死んでね?」
「蹴ったぐらいで死んでたら俺なんか連続殺人鬼だぞ。いいから続けろ」
「……」
俺は父さん譲りの忍法ダンマリで耐える。
「声も出さないし、やばくねえか?」
上級生の一人が俺を蹴るのを止めた。
どうしたもっと蹴ろよ。
お前の力はそんなものか?
さあ、無抵抗な俺を蹴ろよ。
「ふふ」
感情を制御したボッチマスターの俺が笑ってしまった。
「こいつ、キモイ。なんか笑ってんぞ」
「ドMか? キモ」
「なんか、怖いんすけど」
なんか勝手にドン引きして俺へのリンチが止まった。
諦めたらそこでリンチ終了ですぞ。
いや、別にドMでも何でもないけど、こいつら意思が弱すぎだろ。
ああ、意思が弱いからこそ集団でつるんでリンチなんてしてんだった。
「ふん、つまんね。行こうぜ」
「ちっ」
「ぺっ」
ご丁寧にも上級生が俺の顔に唾を吐いた。
父さん。忍法ダンマリは凄いよ。俺は無抵抗で耐えたよ。
アクションシーンに汚染された男子高校生のリンチに耐えたよ。
うわでも、ばっちい。
だがクロミズが吸収したのか、すぐに不快感が消えた。
ありがとな。そしてすまない。ボットモよ。
こんなひ弱な俺に愛想をつかしてもいいんだよ。
俺は何事もなかったかのように立ち上がると、埃を払って、割れたスマホを拾う。
高校に行っても仲間外れにならないようにと両親が買ってくれたスマホが破壊された。
人見知りで友達がいない俺が孤立しないようにと買ってくれたスマホが破壊された。
そんな両親の愛情よりも無課金で頑張っていたゲーム画面が頭に浮かんだ。
まあデータはサーバー側にあるだろうから大丈夫だろう。
だけど、このままスマホが使えないとログインボーナスが得られないではないか。
俺は茫然と割れた液晶を眺めていると、掌からクロミズの細胞があふれ出し、割れたスマホを優しく包んだ。
「え?」
綺麗な透き通った半透明のゼリー状の物体がスマホにすっと染み込んでいく。
「はい?」
ちょ、このままでは水没シールが反応してしまう。
一体クロミズが何をしているのかと思って見ていると、なんと液晶のヒビが消えていった。
「直った?」
俺はスマホが直った事実に度肝を抜かれた。
えっと、これどういう原理?
「とにかくすげー」
そして今までと同じように無課金ゲームにもログインできた。
クロミズは割れたスマホも直しちゃうなんて、まさに神細胞だな。
流石ボットゴッド細胞だ。
これからは敬意を込めてボット細胞と呼ぼう。
ありがとうクロミズ。お前は俺の唯一無二の最強のボットモだ。
早く部活行って一緒にケーキでも食べようぜ。
俺は気持ちを切り替え、今日は何のケーキがあるのだろうと期待に胸を膨らませ、生徒会室に向かって歩こうとした時。
「……あの」
目をウルウルさせた美の少女の女子の生徒が立っていた。
あれ? 泣いてる? 花粉症かな? 俺はこの細い目のお陰で花粉症に悩まされたことはない。
それともまさか、俺の魔族のようなダークな容姿が泣いちゃうぐらい怖かった?
どこかで会った?
ボッチ君。お前の知り合い?
『知らないボッチよ』
「……」
ああ。そうだ。きっと俺の後ろの人間に声をかけたのだろうと、振り返るも誰もいない。
この渡り廊下にいるのは二人だけだ。
もしかして。宝くじの当選確率よりも低いと思うのだがこの美の少女の女子の生徒は俺に声をかけてきたのだろうか? またまたそんなご冗談を。そんなこと地球が滅びてもあり得ない。
こんなキモイボッチ野郎に話しかけてくれるのは家族と物好きな人間だけだ。
いやいや生徒会長と副会長は物好きじゃないぞ。
俺はボッチらしく無視して無言で通り過ぎようとすると。
「あの、その見て見ぬふりしてごめんなさい。 保健室行こ」
目をウルウルさせた美の少女の女子の生徒が俺の腕を掴んだ。
女の子の腕を握られたという前代未聞の衝撃が襲ってこない。
その者、衝撃無効なり。
くっ。これは受けてもいい衝撃だから遠慮せずに襲ってこいよ。
こういう衝撃こそが生きてる証なんだろうが、なんでも阻止するのは本人の為にならないのよ。
過保護になっちゃって社会人になった時、社会の荒波にあっさり揉まれて即リタイアしちゃうことになるのよ。
だからこういうラッキーイベントの衝撃は無効化したらダメだからね。
俺はクロミズに必死に訴えた。
だが俺の中のクロミズはうんともすんとも言わない。
我、可憐な女子との接触を無効化しないことを切に願う。
「ねえ? 大丈夫?」
「……だ、ああ、大丈夫だから」
俺は小声で、その可憐な小さな白いスベスベのおててを振り払った。
「え?」
美の少女の女子が泣きそうな顔をした。
いやいや、これは本心ではない。女の子から掴んできた手を離したい訳がない。
だがボッチの俺にはヘビーシチュエーション。
「そんな訳あるはずないじゃない。ボコボコにされたんだよ。手当しなきゃ」
「……いや、ほほほ、ほんとに大丈夫だからぁ」
俺はせっかく伸ばしてくれた優しさをまたも拒否した。
とにかく、この場から逃げ出したかった。
「そ、そう? でも、痛いところない?」
困った。俺は人にあまり優しくされたことがない。
だからどんな態度をとっていいのか分からない。
『笑えばいいと思うボッチよ』
「ヒヒッ」
俺は満面の笑みで笑った。
「えっと」
美の少女の女子の生徒が心配そうな顔をした。
違う。違うそうじゃない。
はっ。これは夢だ。こんなボッチな俺を心配してくれる存在がこの世にいるはずがない。
この子は幽霊だ。現実の存在じゃない。俺の願望が生み出したイマジナリーガールだ。
「頭でも打った?」
美の少女の女子が大きな目で俺の頭を見つめる。
近い近いニアレスト近い。俺は自分の太ももをつねった。地味に痛い。
自分の痛みは感じるようだ。ということは夢じゃないようだ。
ではこれが夢でなければなんだ?
罰ゲーム? どこかでこの様子を見て腹を抱えて笑っている仲間がいるのでは?
ああ、くそ。俺はなんて卑屈なんだ。自分でもこの疑り深い卑屈な性格が心底嫌になる。
今まで誰も俺のことなど見ていなかった。だから急に見られても反応に困る。
「……」
「本当に大丈夫?」
「……」
「私は三組の紗古馬 芽奈。あなたは?」
「……カガサカトーリ」
「サカトーリ君? 変わった名前ね。名前が原因でイジメられることはよくあるからね」
美の少女の女子の名は紗古馬 芽奈さんという。 あらやだ。名前まで可愛い。
「ほら、スマホ貸して。何かあったら気軽に連絡してきてね」
紗古馬さんは、俺のスマホを強引に奪って俺の指で強引にロックを解除させ、自分のアドレスを勝手に登録した。
「……え?」
いやいや、それよりも今なんて言った?
サカトーリ君ってそれは一体それは誰のことだ?
なにそのイタリアンシェフみたいな名前。
「……なんで?」
「……私も昔イジメられてたから独りの辛さは分かっている」
いや俺はお独り様ヒャッホー世紀末状態だから辛くないんだが?
ちなみに俺が聞いたのはそっちの疑問じゃなくて、苗字と名前の分ける場所がおかしいってところなんですけど。
加賀 坂通っておかしいだろ。
あれ? おかしくないのか?
だったらサカミチ君って呼んでよ。
「だから、私が話相手になってあげるね。なんかこのスマホベタベタしてるんだけど、サカトーリ君って汗っかきなんだね」
そう言いながらひきつった笑顔で俺のスマホを裏返した。
「!」
スマホのガラス部分が震えている。
普通のスマホはあんなゼリー状に震えない。
もしかしてあれ直したんじゃなくてクロミズの分身体がスマホに張り付いているだけでは?
分かる。分かるぞボットモよ。俺達やっぱり似た者同士のボットモだよ。
あんな綺麗なおててで触られたら、べとべとしちゃうもんね。
俺はそのスマホを羨ましそうに眺めていると。
「だから自殺しないで、生きてればいいことあるからね」
「えっ? え?」
待て待て、待てい。俺が自殺するように見えるのか?
俺は既に巨乳美女二人のダブルヒロイン制の主人公で、最強の加護を得たチート野郎なんだぞ。死にたいなんて思ったことないぞ。
あっても過去に二、三回しかないぞ。
今の俺は巨乳に囲まれて幸せ過ぎて、俺の幸せバロメーターが振り切れてキャパオーバーでボッチ脳が破裂してしまうぐらいの幸せラッキーボッチなんだぞ。
自殺なんて論の外。アウトオブワールドだ。
「だから死なないでね。悲しむ人がいることを忘れないで。私も悲しい」
俺ってば自殺しそうに見えちゃうの?
つか自殺なんて考えたことねーよ。
俺が死ぬぐらいなら、あいつらが先に死ねよ。
何でリア充より先に死ななきゃならねーんだよ。
リア充なんてウェーイして死んでしまえばいいんだ。と心の中で悪態をついていると、美の少女の生徒が心配そうに俺を覗きこんできた。
「サカトーリ君。あなたはもう独りじゃないからね。こんなに可愛い私のアドレスゲットできたんだからね。さっそくいいことあったでしょ?」
「ちょ、」
名前の訂正ぐらいさせてくれないかな?
俺はサカトーリじゃないよ。
おすすめピザのメニューの横にある写真じゃないよ。
「また明日ね」
そう笑いながら、美の少女の女子の生徒の紗古馬さんは去って行った。
確かに彼女は可愛い。
あの可愛さは間違いなくカースト上位民だろう。
小さな顔にクリクリお目目に小さな口。長くて細い手足。
どからどう見ても上位人。
だが、サカトーリ君って呼ばれても俺のことじゃないみたいで、ちっとも嬉しくないぞ。
それになんだかモヤモヤする。完全に同情でアドレスを拝領した。
きっとこの番号に電話は適当だ。かけても使われてないと怒られるはずだ。
俺はこんなラッキーピュアイベントなんて信じないぞ。
そんなふうに卑屈に疑心暗鬼に陥っていると、突然スマホが鳴った。
「ひっ」
俺は変な声をあげてしまった。
「もしもし? サカトーリ君? メイナだよ。今この電話番号を偽物だと思ったでしょ」
「いいいいい、いやあぁ、そそそそ、そんなことは」
俺は動揺して、ドドドどもりまくった。
「あああ、ひっどおい。最低。傷付いちゃうなメイナ」
電話の向こうから可愛らしい声が聞こえる。
メイナって誰だ?
ああ、今の俺をイタリアンシェフ呼ばわりした子か。
「とにかく、身体に異常があったら病院行くのよ。じゃあね。変なこと考えないでねサカトーリ君」
「は、はあ」
何が起きた?
何と俺のスマホには女子高生のアドレスが二件も登録されているのだ。
こりゃあ、人生の全ての運を使い果たして明日ハードラックで死ぬかもしれないな。
俺はモヤモヤした気分で生徒会室に向かった。
残念ながらダブル巨乳女神のお出迎えはない。
俺は無言でケーキを全部美味しく暴食した。
そしてスラッシュへのお供えの入った段ボール箱を抱えてダンジョン部の部室である教室へ入ると眩暈に襲われダンジョンに転送された。
「スラッシュ。ご飯だぞー……ってなんじゃこりゃ」
そこは昨日と同じダンジョンだったが同じではなかった。
通路には見知らぬ大量のゴブリンが溢れていたのだ。
ゴブリンってなんで分かったかって?
「ギョギョギョギョギョ」
とリア充みたいに叫びながら襲い掛かってきたからだ。
お読みいただきありがとうございました。




