side_B 01天道
天道君視点になります。
何故俺がこんな目に。
俺は黒岩家の次期当主だぞ。
そもそも何でその黒岩家次期当主の俺がダンジョンに入れないんだ。
姉さんも弟も入れるのに何故俺だけ入れない。
俺だけがダンジョンに入れないなんておかしい。
こんなことはおかしい。あり得ない。何かが間違っている。
そしてあんな訳の分からないキモいコミュ障が何故ダンジョン部に。
何故、執行部入りを果たしてんだよ。
誰の許可を得て入ったんだよ。絶対に許せない。
追い詰めて退学に追い込んで引きこもりにしてやる。
俺は頭の中で何通りもの退学手段を考えながら敷地の端にある研究所に足を運んだ。
「あら、天道。貴方がここに来るなんて珍しいね」
研究所の主任……一番上の姉、咲姉さんが大きな欠伸で俺を出迎えた。
そのどこか可哀そうな同情がかった目で俺を見るのはやめてくれ。
俺はダンジョンに入れないだけで可哀そうな奴じゃないんだ。
でもそれも今日で変わる。
俺は決めたのだ。
ずっと俺のプライドが拒否していたが、そうはいっていられない。
俺はダンジョンに入る必要があるのだ。
どんな手を使ってもだ。
「咲姉さん。決めたよ。俺、あの実験をやるよ」
俺がそう言うと咲姉さんは欠伸を途中で止めて、眠そうな目を見開いた。
ずっと拒否し続けていたのだ。
この実験をできるのは俺しかいない。
俺が拒否すれば実験は止まる。
実際研究は何年もとん挫していた。
俺がやると言わなかったから。
「……いいの? 道具には絶対頼らないって言っていたのに、どういう風の吹き回しだい?」
咲姉さんが大きな目で俺を見つめてきた。
そこには同情の色はない。
あるのは驚愕だけだ。
驚くのも無理はない。
「なんとしても、どんな方法でもいい、とにかくダンジョンに入る必要があるんだ」
俺は唇を噛んだ。
「ほほう。今年の新入生に強力な霊トレーサー候補でも現れたのかい?」
咲姉さんは鋭い。
いや、黒岩家の女性陣は皆鋭い。
人の心を読めるんじゃないかと疑いたくなるほど鋭い。
「……」
俺は無言で肯定する。
そうだ。
あの訳の分からんキモい男がダンジョン部入りだと?
執行部入りだと?
許せない。
あいつは絶対に許せない。
あんなキモい男がダンジョンに入れて、俺が入れないなんて何かが間違っている。
「まあいいだろう。知っての通り、霊キャスターはまだ試作段階だ。メンタル霊特殊フィールドの持続時間は長くて三十分。それを超えると強制排出される。強制排除はダンジョン内の死亡と同等の効果のはずだ。激しい頭痛に襲われるから強制排出は避けるように」
「ああ」
「よろしい。電子機器は外しておくように。ダンジョン内では電子機器は動かないので、検査機も記録もお前頼みだ。体感した感想、使用報告をまとめるように」
「ああ」
そう言いながら咲姉さんが埃を被った武骨なバックパックを持ってきた。
これが霊キャスター。
メンタル霊を増幅し普通の人間でもダンジョンに入ることができる装置だ。
つまりメンタル霊がない俺の為に研究所が作り上げた俺の為の装置だ。
いや、ダンジョンに入れない全ての者達用にと開発されたものだ。
霊トレーサーの数は少ない。
だが世界は変わるのだ。
この霊キャスターが量産されれば、ダンジョンの勢力図は大きく塗り替えられる。
普通の人間でもダンジョンに入ることが可能となるのだ。
つまり霊トレーサーに独占されていたダンジョン利権を奪取することが可能なのだ。
この霊キャスターは無限の可能性を秘めているのだ。
考えてもみろ。霊トレーサーの数は全人類の数パーセント以下だ。
全ての人類がダンジョンに入ることができるのだ。
住宅事情。交通事情、全てがひっくり返る。
ダンジョンは想像が現実化したものだ。
人類に残された最後のフロンティアなのだ。
だがこれはまだ試作品だ。メンタル霊を集めるのは霊トレーサーの助力が必要である。
高価なメンタル霊集合石……魔石を大量に消費するゆえ、コストが高い。
それにデカくて重い。
ダンジョン内では電子機器が使用できないため、アナログ式の巨大な装置になるのだ。
それらの問題はこの霊キャスターが量産化されれば自ずと解消されるだろう。
「ダンジョン研究所まで行って戻れ。ここのダンジョン構造は頭に入っているな?」
「ああ」
ダンジョン研究所……それはダンジョンに設置された黒岩家の研究施設だ。
黒岩家の古式ダンジョンを勝手に研究所と呼んでいるだけだ。
それが実際にどんなものかは知らない。
俺はダンジョンに入れないのだ。
だが知識としては知っている。
俺は研究所ダンジョンの見取り図を思い浮かべた。
この古式ダンジョンは、代々伝わる我が家の避難所。
いや防空壕だった。
戦時中の巫女達の願いにより具現化した避難ダンジョン。
空襲から逃れるため、先祖達はここに避難した。
それ以来ここは隠し倉庫、避難所、そして研究所として利用されているのだ。
元々防空壕の研究所ダンジョンは単純な構造だ。迷うはずもない。
「今、第三研究所ではレイガンの試験中だ。危ないから近寄るなよ」
「ああ、分かっている」
第三研究所。その見取り図が頭に浮かんだ。
俺は頭がいい。一度見れば覚えられる。
ダンジョンの知識だけは誰にも負けない。
そして顔もいい、背だって高い。
さらに運動神経もいい。
だが、ダンジョンにだけは入れない。
たったそれだけで俺は無能の烙印を押され、軽んじられてきたのだ。
同情の目で可哀そうにと慰められてきた。
何が可哀そうだ。
俺は可哀そうな存在ではない。
たった一つの欠点で俺の評価は地に落ちていた。
ダンジョンに入れないということは、全ての長所を帳消しにするほどの短所だった。
ダンジョン利権の覇者……迷宮会の中でも最も力を持つ黒岩家ではとくに。
ダンジョンに入れない俺は死人と同じだ。
だがそれも、この霊キャスターがあれば解決するのだ。
「ダンジョン突入時には軽い目眩に襲われるが直ぐに収まる」
「ああ、行ってくる」
俺は霊キャスターを背負った。
重い。だが運動神経抜群の俺にとってはたいしたことはない。
「ではがんばれよ」
その咲姉さんの言葉を合図に俺の視界が回り、激しい目眩に襲われた。
「え?」
気付くと俺は見知らぬ石造りの場所にいた。
「なっ」
これがダンジョン?
知識では知っていた。
話には聞いていた。
そして何千回も妄想し、夢想していた。
ダンジョンの光景を。
俺がダンジョンに立つ日のことを……。
俺はダンジョンに入れたのだ。
霊キャスターという装置を利用してダンジョンに入ったのだ。
俺はあまりにも非現実だが現実的でもあるダンジョンの光景に息をするのも忘れ見惚れていた。
「これで勝てる」
だが慌てるな。これはきっかけに過ぎない。
この装置はきっかけにすぎないのだ。
きっと、このきっかけが俺の中の才能を活性化させ、俺は装置なしでダンジョンに入れるはずだ。
全てはここから始まるのだ。
俺の霊トレーサーへの道は開いたのだ。
あとは何度もダンジョンに入って、俺の隠されたメンタル霊を蓄積するだけだ。
苔生した石壁。
すり減った石畳。
光を発する天井。
黒い鳥居が何千、何万基と並び、何処までも真っ直ぐ続いていた。
その奥から、ダンジョンに似つかわしくない音が鳴り響いていた。
自動小銃の軽音のように聞こえる。
確かレイガンの試験と言っていたな。
レイガン……それはダンジョン製の銃。
黒岩研究所が今最も力を入れている研究の一つだ。
ダンジョン内では電子機器は作動しない。
同時に化学反応も上手く反応しない。
そう火薬が使用できないのだ。
だからダンジョン内では銃は使用できないはずだった。
だが見つけたのだ。ダンジョン内で燃焼する物質を。
ダンジョンで銃が使用出来たら戦闘方法が一気に近代戦へと移行する。
霊トレーサーは幻想武器……イマジナリーウェポンというダンジョン専用の武器を所有している。
イマジナリーウェポンは個人によって優劣の差が激しい。
だがこのレイガンはそういったことはない。
個人の資質に大きく左右される不安定なものではなく、一定威力を持った兵器なのだ。
誰でも扱え、誰にでも魔物を駆逐することが可能な兵器。
このレイガンと俺の背負っている霊キャスターが量産化されれば、我が黒岩家の力は、権威は絶対的なものとなるはずだ。
適性がない普通の人間も霊キャスターを使用してダンジョンに入り。レイガンで武装すれば、人手不足は解消される。
霊トレーサーという個人に頼った戦いは過去のものとなる。
近代戦の幕開けなのだ。
俺は近付くなと言われていた第三研究所のドアを開けた。
そこは高い天井に広い部屋。
かつては防空壕だった部屋が今では研究所となっているのだ。
傭兵達が自走小銃を構え、その後ろには研究員達がいた。
「これは? これは……天道様、一体?」
研究員の一人が俺の姿を見て、驚き、俺の背中のバックパックを見て納得したように頷いた。
「見ての通り、霊キャスターの試験中だ」
「その様子ですと稼働に問題なさそうですね。痛みなどはございませんか?」
「ない。それよりレイガンの調子はどうだ?」
「はい。命中、威力共に申し分なしですね」
「これが量産できれば時代は変わるな」
「ええ、ですが火薬の代替え素材が希少です。量産はまだまだ先でしょう」
俺は栄光ある未来に心躍らせた。
俺はもうダンジョンに入れるのだ。
あのキモい新入生のことなど、どうでもいい。
勝手に執行部でもダンジョン部でも遊んでいればいいのだ。
俺は先に行く。
この霊キャスターとレイガンで俺はこの迷宮界を支配するのだ。
「隊長。クロミズサマのダンジョンからメンタル霊圧が消えました」
「なんだと?」
「まずい、このままではギュウキサマが攻め込むぞ」
傭兵共が慌ただしく動き出した。
今なんと言った? クロミズサマのメンタル霊圧が消えた?
そんな馬鹿な。
クロミズサマは我が家の守護神だぞ。
それが消えた? クロミズサマの霊圧が消えた?
そんなこと聞いたことがないぞ。
もしかして、今ならクロミズの加護を得ているあいつらを倒せる。
「今の話もう少し詳しく聞かせろ」
俺は傭兵の隊長らしき男に尋ねた。
「はあ、部下に霊圧に敏感な者がいましてね。クロミズサマの霊圧が消失したと言うんですが、何かの間違いかと……まあ気にしないでください」
「だがクロミズサマが消えるとギュウキサマが暴れるのでは?」
「ええ。だがヤオロズ同士のいざこざは我々にはどうすることもできません」
「天道様。今日はもうお帰り下さい」
研究員が俺を帰らせようとする。
だが今は絶好の攻め時だ。
こに機会を逃すのは間抜けだ。
「おい、お前ら、今からクロミズサマのダンジョンに向かう。俺の護衛として付いてこい」
「え?」
傭兵共が目を合わせ、隊長の顔色を伺う。
「僕を誰だと思っている。俺は黒岩家の次期当主だぞ、クロミズサマに何があったのか確かめねばならない」
俺は上から目線で命じた。
「天道。お前も当主の自覚が出てきたか。うんうん。霊キャスターも問題ないようだし、いいだろう。傭兵の方々、天道をお守り下さい」
咲姉さんがいつの間にかダンジョンに降りてきていた。
そして俺の意見に同意してくれた。
何を考えている?
まさか俺の考えを読んだ?
「はあ、ですが我々はレイガンの試射を……」
「これもその試射の一環である」
「はあ?」
咲姉さんの言葉に傭兵の隊長が首を傾げた。
「もしよろしければ、このまま貴方方にはレイガンの試験を続けてもらいたいと考えている。もちろん報酬は払う」
その言葉が決め手となったようだ。
傭兵達の目の色が変わった。
「それは、ありがたいお話です」
隊長が頭を下げ、他の傭兵共もそれに倣う。
金に汚い傭兵共が。
「では天道。クロミズサマに何があったのか見て参れ」
「ああ」
「傭兵団の皆様もお願いいたします」
「はっ」
「天道。無理するなよ」
「ふん、愚問。俺はもうダンジョンに入れるのだ。クロミズサマのダンジョンも入れるのだ。ハハハハ」
俺は黒岩家の次期当主なのだ。
「行くぞ」
待っていろよ。
何が巫女だ。
俺が黒岩家の次期当主だ。




