10 ボッチと生徒会
人は信じられない事態に遭遇すると口が自然と開いちゃうらしい。
それは脳がより多くの酸素を必要とする為だと俺は考えている。
心臓が激しく鼓動するのは、酸素を送る為だろう。
そう、俺の口はポカンと空いて心臓が激しくバクついていた。
つまり信じられない事態に遭遇していたのだ。
信じられない美少女達が信じられない物を背負っていた。
刀にしてはデカいあれは太刀だ。
何で美少女が太刀を背負ってるんだよ。
おかしいだろ。いやおかしくないのか?
朝のサラリーマン冒険者といい最近武器を背負うのが流行っているのか?
「……」
斬られる。
俺は冷静を装い一礼し、速攻で目をそらした。
ガン見していたら斬られるかもしれない。
だがチラチラと目で追ってしまう。
太刀から目線が外せない。
「あらやだ。トーリ君だったのね。名前を間違えてごめんなさい。改めまして私は副会長の横岩千草です。そしてこちらが生徒会長の・・・・・・」
「く、クュロ岩 ヒィズミだ」
えっと、噛んだ?
いやこんな女神のごとく巨乳の持ち主の美少女が噛むはずがない。
いや今、間違いなく噛んだぞ? これは一体どういうことだ?
入学式の挨拶では流暢に喋っていたはずだ。
今の噛みもさっきの噛みもまるでボッチランクA級並の噛みっぷりだ。
まさか生徒会長は俺と同じ噛み噛みボッチ種?
雲の上の存在のような生徒会長が、ぐっと身近に感じられた。
だが、その背負っている武器を見て俺の気持ちはスッと遠ざかった。
なんなの? なんで当たり前のように美少女が武器を背負ってるの?
それが許されるのはコンテンツ業界だけであって現実では決して許されないのよ。
それにどうやって固定させてるの? 太刀は金属でしょ? 重いでしょ?
華奢な美少女が金属の塊を簡単に背負えるはずがない。
お胸の圧倒的ボリュームのほうが重そうだけど。
こんな物を現実世界で持ち歩いていたら国家権力に捕まるだろうが。
俺なんて何も悪いことしていないのに年に数回は国家権力に呼び止められんだぞ。
待てよ。可愛ければ職質されずに済むのだろうか?
美少女は帯刀していても捕まらないのだろうか?
俺は動転して言葉を失い立ち尽くしていた。
言葉を失っているのはいつもだけど。
だが動転するなという方がおかしい。
「……」
ちなみに生徒会長の名前は黒岩泉という。
入学式の生徒会長とは別人なのか?
あれは影武者?
この生徒会長は太刀を背負ってるから間違いなく武者だ。
影武者ではなくサイカワ武者。
実は生徒会長は双子の姉妹とか?
余ってるなら一人持って帰りたい。
背中のその凶悪な獲物が無ければだが。
「呼びつけてごめんなさいね。さあさあトーリ君。座って座って」
副会長がパンと手を叩いて俺に椅子を引いてくれた。
女神のように優しいエスコートで俺の乙女心はキュンキュンです。
だが副会長の柔らかそうな細い髪が太刀の上をサラサラと流俺のボッチハートがギュッと委縮した。
俺が座ったのを見て生徒会長が仏頂面で椅子に座ると背の太刀がカチャガチャと音を立てた。
副会長はお茶を入れてくれるのだろうか? クルリと可愛らしくターンし太刀が可愛く揺れ光を反射した。
ああ、いちいち太刀が気になる。
一度気になるとずっと気になるものだ。
二人が帯刀していることに何の説明もないのだが?
これから説明してくれるのだろうか?
この太刀は父の形見なのじゃ、とか重い話は勘弁だ。
はっ? それとも俺がダンジョンのボスを撃破したことを恐れて臨戦態勢なのか?
いつでも抜けるように帯刀しているのか?
それにしてもどうやってあんな長い太刀を抜くんだ?
どう考えても無理だろう? あれは飾りか?
それともダンジョン部と抗争中で俺は敵として招かれたのか?
だがダンジョン部のことなど何も知らない。
ダンジョン部員も見たことがない。
俺は疑心暗鬼のスパイラルループに迷い込んだ。
「……」
俺は無言だった。
いや、いつも無言だが、今日はとくに無言だった。
油断したら斬られる。
「どうぞ」
副会長がお茶を入れてくれた。
副会長と第三種接近遭遇です。
近い。物凄く近いです。太刀と。
太刀は本物のように見える。
最近のコスプレイヤーは凝ってるなあ。
え? この二人はコスプレイヤーだったの?
それはそれで有りだが。
「……」
「……」
「……」
誰か何か言えよ。
太刀がある空間は非常に気まずい。
こんな時どんな顔すればいいんだ?
『笑えばいいと思うよボッチよ』
いや笑ったら斬られちゃうだろ。
「「「ズズー」」」
茶を飲む音が大きな音となって生徒会室に響く。
二人とも何も言わないのかよ?
ボッチの俺から喋るはずがないだろ。
完全にアウェイなんだぞ。いやホームでも家族ともほとんど喋らないんだぞ。
二人は上級生なんだから配慮してくれよ。
その物騒な武器の所持は認めるから、頼むから何か言ってくれ。
このままでは沈黙に耐えられなくて逃げ出しちゃうだろ。
ちなみに俺は空気に耐えられなくなると自己保身のため逃げる。
敵前逃亡は悪ではない。俺は自己保身の権化のボッチなのだ。
俺は自分の為に生きている。
だから自分を守って当然。自分の心を守って当然。
もう帰ろう。俺が席を立とうとした瞬間。
「……千草から聞いてれないか」
「……会長からお願いします」
「……むむう」
「ほら、早くしてください」
帯刀している割には可愛いやり取りに少しだけ拍子抜けする。
その背の太刀の圧倒的な威厳はどこにいった?
「しょんな、な、なんて聞けばいいんだ」
「普通に、打ち合わせ通りに聞けばいいんです。練習したでしょう」
「しょしょうだが、違ったらどうするのだ?」
「間違いありません。彼です」
「だ、だが、生徒名簿の写真とはまるで別人だが?」
その言葉に俺のボッチの心の臓がボッドクンと跳ね上がった。
ちょっとボス倒したら痩せただけだし。
「痩せただけでしょ」
副会長がフォローしてくれた。
そうだろう、そうだろう。
なんていい人なんだ。副会長もう俺大好きです。
「いいいい、いやいやこの写真撮影したの先々週だぞ、なんで二週間で別人になるのだ。おかしいではないか? まるで別人ではないか? 人違いじゃなかろうか?」
だが生徒会長は納得していない。
俺の古いポッチャリ時代の写真をパンパン叩いた。
あ、俺の写真を叩かないで、俺を叩かないでその小さな白い手で叩かないで。
ああ、何かに目覚めそう。写真でも叩かれたらなんかに目覚めそう。
まあ、確かに一日で激痩せした俺でも信じ難い。
一日で激痩せなんて誰が見てもおかしい。
だが幸いにもボッチの俺のことなど誰も見ていないのだ。
誰が指摘するのだ? 誰が心配するのだ?
「でも目元はよく似てますよ」
「ほんとだ。写真撮るときに目を閉じておる」
いや、思いっきり見開いていたんですが?
糸目キャラに失礼ですよね?
「普通ならあり得ないですが、もし彼が昨日あそこに行ったのならば?」
「むう。確かにそうだが……」
二人でコソコソどころか、よく聞こえる声で内緒話をしている。
「もう私から聞きますね。トーリ君……単刀直入に聞きます」
副会長が大きな目の睫毛をバサッと揺らし俺を見た。
俺は生唾を飲み込んだ。ボクリ。
「昨日ダンジョンに行きましたか?」
副会長が大きな目で俺を真っすぐ見つめそう言った。
その大きなお胸が揺れて、その後を追うように背中の太刀も揺れた。
「へっ?」
俺の口から素っ頓狂な声が漏れた。
太刀を背負ってるからなのか、単刀直入過ぎんだろ。
普通はほら今日の天気の話から始めてお互いの距離を縮めて空気を温めてから徐々に本題に入るが普通だろ。
何いきなりディープなダンジョンな本題から入っちゃってんのよ?
それよりなんて答える?
ダンジョンのことを素直に答えるか?
それとも知らぬ存ぜぬで、すっとぼけるか?
俺の平均的ボッチブレインが高速回転し、脳細胞が激しく発火し、情報伝達物質を大量に放出し、高速演算を開始する。
プシュー。オーバーヒートって、俺の脳細胞はいつのパソコンだよ。
いつもの俺ならばボッチでコミュ障というキャラを最大限に使い逃げ切る。
だが相手は帯刀している。下手な答えをすると切り捨て御免されてしまうかもしれない。
彼女達はダンジョンに関する何らかの情報を持っている。
生徒会とダンジョン部は敵対関係にあった場合はどうなる?
生徒会の敵であるダンジョン部に入った俺は敵か。
斬られる。
ああ。どっちみち斬られる未来線しか見えない。
ああ、俺はどうすればいいんだ。
二人の美少女が俺のことをじっと見つめる。
そもそも、こんな女神のような透き通ったクリクリのお目目に嘘をつけるか?
否。つけるはずがない。
女神を偽ることなどできない。
「……」
俺はボッチらしく無言で答えた。
二人はその無言をどう捉えたのだろうか?
「……ではししし。質問を変えよう。ききき昨日の放課後ダンジョン部から出てくるお前の姿を監視カメラが捉えた。このポッチャリ生徒はお前とは別人のようだが千草がお前だと言い張るのだが?」
「間違いないわ。歩容認証と顔認証は太っていても見抜けるのよ」
副会長は自信満々に答えた。
その仕草が洗練され美しい。
だが今はそれどころじゃない。
監視カメラだと? 歩容認証ってなんだ? 顔認証だと?
確かにこの学校に監視カメラを設置して、イジメを撲滅させたのは生徒会長だ。
だから生徒会長がその監視カメラの映像を見ることも可能だろう。
それは越権行為よ。プライバシーの侵害よ。デストピアよ。管理社会よ。
生徒会長はこの学校の独裁者か。
だがそれはそれでありだな。こんな可愛い独裁者ならありあり。
もう大いに独裁してください。もう誰も逆らいません。
それにその太刀に一体誰が逆らえようか?
俺はその背の太刀をチラリと見た。
生徒会長はダンジョン部を監視していたのか?
やはりダンジョン部には何かがある。
「……」
俺は無言で二人から目を逸らした。
「……ダンジョン部のことをどこで知った? 誰かに聞いたのか?」
生徒会長の声が低くなった。
背中の太刀が窓から入った光を反射し、俺の眼に残像を残した。
生徒会長が一歩踏み出した。
き、斬られる。
「ひい」
俺の口から情けない空気が漏れた。
お読みいただきありがとうございました。




