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103 新人戦開会式

「ちょっと、そこのあなた。もしかして新人戦出場者の新人さん?」


 どこかで聞いたことのある声がした。


「ええまあ」


 俺はいつものようにぶっきら棒の無表情で答えた。


「げっ? あなたはまさか、あのキモイ新人?」


 それは九尾の受付嬢だった。

 いくら繊細なピュアガラスハートの持ち主の俺でも面と向かって言われたら傷付くわ。

 サクッと割れちゃうよ?


「なんか生意気に散髪して、生意気にお洒落してたから全く気付かなかったわ。あれ変ね? あの化け物じみた加護が感じられない? クロミズサマのメンタル霊がない。あれあれぇ??」


 生意気で化け物じみていて悪かったな。

 つか髪切っただけじゃキモイのから卒業できないか。

 高校デビュー失敗。ボッチは世間に出たら駄目だな。竪穴式住居で縄文土器の模様を刻むのがお似合いだ。


「何かあったの?」


 九尾の受付嬢が心配そうに顔を傾けた。


「……ああ、これ」


 俺は溜め息をつきながら神殺しの腕輪を振った。


「ふふふ。あらやだ神殺しの腕輪じゃないの。何かおいたでもしたのかしら? まあいい気味ね」

「……」


 いい気味だと? ちょっとは労れよ。前途ある新人の俺が封印されちゃったんだぞ?

 きっと試験の時に尻尾を喰ったことを根に持っているのだろう。

 なんて小さな奴だ。

 俺のようにイジメられても動じないタフボッチを見習うんだな。


「加護が封印されたなら、あなた予選からね。そこのゲートを潜ると開会式会場に出られるわ。まあ、もう遅いから遅刻だけどね」


 九尾の受付嬢が笑顔でゲートを指さした。


「……はあ、ありがとう」


 遅刻か。まあいいや開会式とかそういうの苦手だし。

 皆の後ろでひっそり立っているよ。


「まあ、せいぜい頑張ってね……あ、ちょっと待って」


 トボトボ歩いている俺を九尾の受付嬢が呼び止めた。


「……」


 何か用か? と俺は無言で睨むも受付嬢は大きなつり目で俺をじっと見たままだ。

 何か言えよ。コミュ障の俺かよ。


「……これ……返すわ」

「え?」


 それは九本の尻尾が付いた可愛いモフモフストラップだった。


「あなたに食べられた私のメンタル霊の集合体。返品されたけど、なんかベトベトしててキモイから返すわ」


 これは試験で戦ったときに食った九尾の尻尾のメンタル霊が具現化したものだ。

 ベトベトしているのは、クロミズが吐き出したからだ。


「……いいのか?」


 このモフラップからは膨大なメンタル霊が感じられる。

 今の出涸らしボッチの俺からすると、喉から手が出るほど欲しい一品だ。

 だがこんなの貰っていいのだろうか?

 違反にならないのだろうか?


「ええ、ならないわ。あなたが私から奪ったものだから」


 九尾の受付嬢はクルクルと指で回しながらそう言った。


「……」

「それに何か嫌な予感がするのよね」

「はい?」


 嫌な予感?


「一つだけ約束して。これは予選では使わないでね」

「え?」


 一体何を言っているんだ? これから予選だぞ?

 予選で使わなければいつ使うんだよ。肌身離さず大切に持っておけってか?

 まあ、九尾の受付嬢は可愛いし、形見だと思えば持ってやるが?


「誰の形見よ。ふざけてるとここから追い出すわよ」

「ひいい」


 俺の口からか細い声が漏れた。

 読んでやがる。こいつ俺のピュアマインドに土足で侵入して読んでやがる。


「そりゃ読めるわよ。卑猥なことを考えたらキリヒメサマに刻んで貰うわよ」

「……分かった」


 俺はゴクリと喉を鳴らした。だがそんな確約はできないがな。

 今の俺はメンタル霊がないカスなんだ。


「……大切に使ってね」


 受付嬢がモフモフストラップを俺に向かって放り投げた。


「ああ」


 俺はぶっきら棒に受け取るとストラップを眺めた。

 膨大なメンタル霊が感じられる。


「ほら、ここに付けると、不愛想なあなたでも少しはキュートよ」


 そう言いながらモフモフストラップを俺の腰に付けてくれた。


「あああ。ありがとう」


 俺は受付嬢との近接接近遭遇にドギマギしながらそう言った。


「まあ、その腕輪のせいで少しは大人しくしてくれると思うけど、気を付けてね」


 九尾の受付嬢が人間離れした可愛い笑顔で笑った。


「ええまあ、はい」


 俺は首を傾げながらゲートを潜った。

 受付嬢の態度に戸惑う。俺のことを恨んでいるのか心配しているのか?

 両方だろう。大人だから割り切れるんだろう。

 だが俺はまだピチピチの男子高校生だから感情と煩悩のままに生きるから、嫌いは奴を許すことはできない。

 いつか俺もリア充を許せる日が来るのだろうか?

 いや永久に来ない。

 そんなことを考えながらゲートを潜ると激しい眩暈に襲われ、俺は別の場所にいた。


「!」




 霞むような高い天井の隙間から差し込む陽光が霊トレーサー達を祝福するかのように照らしていた。

 どいつもこいつも背筋をピンと伸ばし、希望と夢と野望のオーラをビシッと噴出していた。

 眠そうな俺のダルダルオーラとは正反対だ。

 周囲の観客席の保護者達が新人霊トレーサーの息子や娘達を誇らしそうに眺めている。

 そういえば親が同伴ということは霊トレーサーって遺伝するのだろうか?


 まさか俺の親って霊トレーサー? ははは、そんな馬鹿な。

 父親はただの寡黙な会社員だし、母親は専業主婦だし、姉ちゃんは……?

 それはあり得ない。あの人が霊トレーサーだったらこの世の終わりだ。破滅だ。

 俺だけが特別だ。姉ちゃんも妹も社交的で俺だけがシャイボーイなのだ。

 待てよ。妹の園にも霊トレーサーの素質がある?

 園が霊トレーサーになるなんてお兄ちゃんは絶対反対、許しません。

 まあ俺だけが突然変異の特殊個体なのだろう。

 こんな性格だし、こんな見た目だし、被害妄想が人の形になったようなものだからな。


 生徒会長達はどこだろうか?


 観客席を見回すが光る巨乳は見当たらない。

 まさか帰った?

 そんな……あり得る。俺なんか応援しても無駄。

 生徒会長は俺に神殺しの腕輪をはめた罪悪感で見ていられないのだろうか?

 副会長は生徒会長のことしか考えてないしな。

 木曽三川警護団のオッサンどもは俺に恨み抱いているし、所詮ボッチはボッチか。


 観客席の上にある大きな窓からは見たこともないギザギザの高い山脈からは細い滝が幾つも流れ黄金の雲海に消えていた。

 その光景は明らかに非現実。

 新人戦会場となるのは天空鬼ヶ島――別名、運転免許試験場ダンジョンだ。


 受付のゲートから飛ばされたときには既に開会式は始まっていた。

 つまり遅刻だ。

 新人の列の最後尾にしれっと紛れ込んだ俺に気付く者はいない。

 誰も俺のことなど眼中にないのだ。


「……霊トレーサーは強ければ正義。弱ければ悪。ダンジョンは魑魅魍魎が跋扈する無慈悲な戦場である。己の足で立ち、己の手で栄光を掴め。弱ければ死ぬ。強くあれ……」


 何人目だろうか? ダンジョン協会のお偉いさんの長い話が俺の耳から入って、溜息と共に鼻から出て行く。

 俺は我慢できずに何十回目かの欠伸を噛み殺した。


 この中には俺がぶっ殺した暴走勇者や、俺がぶっ殺したイケメンパーティーがいるだろう。

 奴らは仇の俺を虎視眈々と探しているに違いない。

 目立つな。見つかるな。スニーキングボッチミッションだ。

 このまま最後尾で空気に紛れていれば見つからないはずだ。

 俺はこう見えても気が小さい。オドオドするのがデフォ。


 だが案ずるな。今の俺はあの時の俺とは違う。

 カリスマ美容師によって暗殺者にクラスチェンジし、太一のダサい服で変装をしているのだ。

 そして何より俺のメンタル霊はかつての数万分の一以下しかない。

 今の俺は最弱の無能でボッチボッチと泣き叫ぶ、ただのヒョロガリボッチに過ぎない。

 だから見つからないはずだ。


 力を失った俺はこの新人達の中でも最弱だろう。

 従って俺だと身バレする要素が一ミクロンもない。

 怪我の功名か、この神殺しの腕輪のおかげで奴らに見つかることはないのだ。


「……魔物は人の心の闇が生み出した存在。放置しておけば逆に人の心を蝕み、さらに増加する。君たち霊トレーサーはそれを阻止するための最終防衛隊。だが魔物を撃退しても誰にも褒められない、認められない。孤独で寂しい存在だ。だが人類を闇から救済していることは事実。そのことを我々だけが知っている。我々は君たちを決して見捨てない。君達がダンジョンで魔物を狩る限り、我々は全力で支援することをここに誓う」


 ――まだ続くのか。話が長い。このまま立ったまま寝てもいいかな?

 昨日の夜、木曽三川警護団から特訓という名のイジメを受けた俺の目からは生気が失われ、きっと死んだ魚のような目をしているだろう。

 ああ、それは元からか。


 そういえばクロガウ元気にしてるかな?

 俺の影に入って付いて来てるはずだが?


 俺は自分の影を見つめながらそんなことを考えていると、影がボチッと盛り上がった。


「!」


 なんと突然、クロガウが影から顔を出したのだ。

 しかもそこは前に並ぶ女子のスカートの真下付近。

 羨ましいやら、けしからんやら、顔を出すんじゃない。と俺はクロガウを睨んだ。


「ガウ」


 何か問題か? と吠えた。コラ吠えるな。気付かれるだろうが。


「しー」


 俺は指を口元で立てた。

 なんだ? こいつら全員が敵か? 仕方がない食ってやるか、とクロガウが舌なめずりした。

 ダメダメ。まだ試合どころか予選も始まってないから、影の中で大人しくしててくれ。


「ガウ?」


 だがクロガウはご主人様の俺の言うことを全く信じていないのか、影から出ようとしている。

 まずい。まずいぞ。使い魔であるクロガウを持ち込んでいたのが運営にバレたら失格になるかも。

 俺は慌ててクロガウを押さえようと、しゃがんでクロガウの頭を押さえつけた。


「ガウ?」


 ほほう。力比べか面白いとクロガウが影から必死に出ようとする。

 だから止めろって、俺はクロガウを必死に押さえつける。

 だが加護が封印された今の俺はクロガウよりも弱い。

 このままでは押し負ける。


「え? 何? やだ。この人痴漢?」


 突然、目の前の女子がスカートを押さえながら俺を見降ろし叫んだ。

 いや、違うの。こここ、これは、そそそその、俺の使い魔のクロガウが出ようとしてあの――。


「ちがっ」


 俺は全否定しようとするが、床に両手をついて上を見上げる不審者そのもの。

 誰がどう見てもスカートの中を覗き込もうとしている痴漢のようにしか見えない。


「開会式で声を上げられないと思って痴漢するなんて最低」

「いや、これはそのちちち、違う」

「うそ」


 女子が涙目で俺を睨んだ。

 周囲の人間が気付き俺を睨む。

 まずい。このままでは正義マンに取り押さえられる。

 隠れなければ。どこに? 最後尾とはいえ、周囲には隠れるような遮蔽物はない。

 スニーキングボッチミッションは失敗。

 どどど、どうする。試験前に痴漢で失格なんて目も当てられない。

 ああ、このまま消え去りたい。空気のように透明になりたい。


「あっ」

 そうだ。俺にはこれがあるじゃないか。

 俺は認識阻害の仮面を被った。


「あれ?」

「今ここにいたキモイやつは?」

「消えたぞ?」


 助かった。こいつらは俺より格上の新人ではなかったようだ。

 この隙に逃げよう。

 クロガウめえ。わざとだ。絶対わざとに決まっている。

 ご主人様を困らせようとしたに違いない。

 俺は仮面を付けたまま正反対の列まで音も立てずにしれっと移動してから仮面を外した。


「ふう」


 誰も俺の存在に気付いていない。

 今度は男子の後ろに並ぼう。ついつい白い太ももの後ろに並びたい衝動に駆られるが我慢だ。

 クロガウがまた現れても目の前にあるのは男子のケツだ。

 女子を痴漢するよりもマシだろう。




「……続いて迷宮会ヤオロズ代表キリヒメサマ」


 ちっ。キリヒメサマもスピーチに間に合ったか。残念。

 転べ転べ、その威風堂々として格好つけているが俺は知っているんだぞ。ポンコツぶりを。

 転べ、転べ。

 だが俺の怨念を無視して前髪パッツンの幼女が無事に舞台に上がった。


「誰が転ぶか馬鹿者!」


 キリヒメサマが俺の心を読んだのか叫んだ


「え?」

「はい?」


 だが皆は何のことだか分からない。キョトンとした顔をした。


「独り言じゃ。えーコホン。皆の者。今日は良き日じゃ。こんなにも沢山の新人がいることを心から喜んでいる。この新人戦全力で戦え。全力で楽しめ。その力を存分に余に見せてたもれ。今年の新人は近年稀に見る逸材が揃っておると聞いておる。この中には勇者や魔王候補がいるかもしれぬな……」


 キリヒメサマが間を空けた。


「おおお」

「は? 勇者? マジかよ」

「あいつだろ」

「今魔王って言わなかったか?」

「魔王もいるなんて聞いてない」

「勝てる気がしねえ」


 ざわめく会場。

 勇者はあいつだが魔王候補までいるとは初耳だ。

 保護者たちも互いの顔を見合わせている。

 魔王の存在は初耳のようだ。

 勇者がいるということは魔王もいるということか。

 まあいい。ボッチの俺には関係ない。


「だがそれがなんだ? 最後にものを言うのは技術やメンタル霊量ではない。心だ。霊トレーサーの資質はランクやメンタル霊の総量では決まらない。勝利に必要なのは……諦めない心だ」


 キリヒメサマの言葉に会場が静まり返った。

 異議あり。ダンジョンでの戦いはメンタル霊容量が全てなのだ。


「諸君の中にはメンタル霊容量で全て決まると思っている者もいよう」


 キリヒメサマが俺を見た。くっそ。また人の心を読んだのか?


「諸君らはメンタル霊容量と認定試験の結果によってランク付けされているが、そんなものは魔物には関係がない。彼らの知ったこっちゃない。ランクが高かろうと低かろうと、戦う意思がなければ戦えない。メンタル霊容量にかまけて鍛錬を怠った者は一度の敗北で立ち直れないほどのダメージを負う。逆にメンタル霊容量が低くても必死に鍛錬に打ち込んだ者は、敗北に慣れ何度でも立ち上がる。諸君。我々や諸君の先輩らが見るのはランクではない。戦いぶりだ。じゃから死ぬ気で勝て。以上じゃ。ちゅぱ」


 キリヒメサマが俺の目を見て笑った。

 俺は勿論、無反応で無視した。

 説教はもうお腹一杯だよ。二度まで言うな。

 俺は加護とメンタル霊を失った。いいだろう。

 では諦めない折れない俺の意思を示そう。

 決して折れることのないボッチの孤高のプラチナマインドをここに打ち立てよう。

 生徒会長と副会長がハートに目を輝かせるぐらい見せつけよう。

 二人にとって俺はただの便利な兵隊かもしれない。

 だが二人に俺が特別な存在だってことを見せつけてやる。


「続いて新人代表……」


 へえ。新人代表なんているんだ。優等生め。

 俺はそういうリア充で陽キャで皆に選ばれる存在が一番嫌いなのだ。

 サスペンスの冒頭のように転んで頭を打って死ね。

 俺が下品な笑顔を浮かべていると――。


「蒼岩 手史郎君」


 え? どっかで聞いたことある名前だが?


「はい」


 最前列から一人の高身長のイケメンが歩き出した。

 転べ。転んで三回転ひねりしろ。

 だが俺の怨念は届かず、悠々と自信たっぷりで舞台に上った。


「!」


 マーフィーさん何故イケメンには甘い。

 俺が登壇した途端に転んで鼻血出しているはずだ。

 イケメンめえ。死ねよ――ん? 俺はこいつを知っているぞ。


 こいつは暴走勇者君だ。

 なんでこいつが新人代表なんだ? 勇者だからか? イケメンだから?

 恐らくその両方だろう。

 まずい。目を合わせるな。隠れろ。いや、隠れる場所なんてどこにもない。

 だったら下を向け。いつものように地面を見てやり過ごせ。


「皆さん。霊トレーサー昇格おめでとうございます。そしてダンジョン協会の皆さま、このような切磋琢磨の場を設けていただき心より感謝いたします。私たち霊トレーサーは特別な存在です。ダンジョンに入ることができます。普通の人間が知らない世界を垣間見ることができます」


 そう言いながら会場を見渡した。

 俺以外の皆が固唾を飲みながら、話の続きを待つ。


「それゆえ、増長し、自惚れ、弱者を、他人を見下すこともあるかもしれません。ですがそれは大きな間違いです。キリヒメサマも仰ったように霊トレーサーの神髄は心です。メンタル霊がいくらあろうと意味がありません。S級の私が言うのも嫌みに聞こえるかもしれませんが、私は自らの力を過信し、増長して相手を見下し、あっさり負けることを経験した」


 確かにお前は増長してお天狗さんだったからな。フヘヘ。


「え?」

「うそだろ?」

「勇者だろ?」

「誰が倒したんだ?」

「きっと、ベテランの誰かが彼のためにやったのよ」

「ええ。新人に負けるはずがないわ」


 新人達がざわつき始めた。

 それ俺ですわ。新人の俺がボチ殺したんすわ――なんて言えない俺は下を向いたままだ。


「私から皆さんに一つだけお願いがあります。自分が弱いことをよく知ってください。自分のランクを忘れてください。常に相手は格上だと思って挑んでください」


 暴走勇者君が偉そうなことを言い始めた。

 腹黒勇者めえ、良い格好しやがって。俺はギリギリと歯ぎしりした。

 こいつこんな口調じゃないはずだ。まさか俺に負けて改心したのか?

 いやいや、そんな簡単に人間改心できたら世の中全員善人で溢れるわ。

 人は簡単には変わらない。

 俺の心がボッチのままであるように。

 お前のその善人面の下にも醜い下心があるに違いない。


「今日我々は己の力を試す絶好の機会を与えられました。皆さん。悔いのないように一緒に頑張りましょう。新人代表……蒼岩手史郎」


 暴走勇者君が首がむず痒くなる演説を終えると、拍手喝采が巻き起こった。


「「「「かっこいい」」」」

「「「「すてき」」」」


 女子達が黄色い声を上げた。

 やはりこの世は顔だ。顔が良ければ何を言っても格好いいのだ。

 今の言葉を俺が言ってみろ。ヒソヒソと笑い声が漏れるだろう。

 イケメンなんて全員死ねよ。まあ一回殺してるからいいか。

 俺は暴走勇者君をボチ殺した光景を思い出して溜飲を下げた。


 その時、静まり返った会場に能天気なメロディが鳴り響いた。


「いっ」


 バイブの振動と共に俺のポケットが震える。


「え?」

「スマホ?」

「誰だ?」

「ここはダンジョンだろう?」

「電子機器は使用できないはずだ。何でスマホが鳴っているんだ」


 それはだなスマホをクロミズのベトベトの粘液で覆っているからだよ。

 どういう原理がリア充に叩きつけられて壊れたスマホをクロミズが直した。

 それ以降ダンジョン内でも普通に使えるようになったのだ。


「しかっし、ふざけた着メロだな」


 ふざけてないよ。これは家族からの着信音。

 どうせ、園が面白がって電話してきたのだろう。


「一体誰だ?」


 ざわめく会場。

 犯人探しが始まる。

 キリヒメサマが俺を睨んだ。


「……」


 ボッチのピンチ。どうしよう。このまま知れぬ存ぜぬで白を切るか?

 だが音のするのは俺からだ。


「この辺から聞こえねえか?」

「ああ、聞こえる」


 皆の視線が俺に集まろうとした瞬間――。


「おっと、もしもし、ああ今、開会式の真っ最中じゃ、難易度設定? そんなの最高難易度にしとけばよいのじゃ。じゃ切るからな」


 キリヒメサマが棒演技でスマホを耳に当てた。

 そして、借り一つじゃぞ、という笑顔で俺を見た。

 助かった。ありがとうキリヒメサマ。感謝いたします。今度カロリーバーを三本お供えします。


「スマン。余じゃった」


 キリヒメサマが前髪パッツンの頭を搔いた。


「なんだキリヒメサマか」

「キリヒメサマなら納得だな」

「だが、こっちから聞こえたよな?」

「ああ、聞こえたぞ」

「せ、静粛にするのじゃあ……という訳で新人戦の始まりじゃあ、門をくぐれ、試練を乗り越え、更なる高みへ望め」


 キリヒメサマが異論は誤魔化すように両手を広げた。


「「「「おおおお」」」」

「これにて新人戦開会式を終了します。参加者達は前方のゲートに進んでください。階級によって自動的に行き先が変わります、A級以上は明日からのトーナメントに備えてください。それ以下の者は予選会場に転移します。保護者、関係者の皆様は観客席にご移動ください」


 アナウンスが流れる中、新人達が一斉にゲートに向かって走り出した。

 勿論、俺は走らない。目立ちたくないし、無駄な体力は消耗したくないからだ。

 何より見つかりたくなからだ。

 気を抜くな。ここで油断して勇者に見つかるとヤバイ。

 いつものようにひっそり、空気のように存在感を消せ。


「おい、そこのお前。フヘーヘッヘヘッ」


 その時、誰かが俺を呼び止めた。

 やばい。見つかった。殺される。

 忍法知らんぷりで無視しろ。


「おい、待てってば」

「!」


 肩を掴まれた。

 間違いなく俺に声をかけてきている。

 しかも変な笑い方で。

 絶対危ない奴だ。無視だ。だが肩を掴まれている。

 俺がビクビクしながら顔を上げると。


「それって認識阻害の仮面だろ?」


 見知らぬ男がそう言った。

 良かった。勇者じゃなかった。

 俺がボチ殺したイケメンパーティーじゃなかった。

 つか、誰だよお前? イケメンか? 死ねよ。


「……ええまあ」


 俺は不審者を見るような目で睨んでやった。

 なんで認識阻害の仮面のことを知っているのだ?


「そうか、俺も持ってんだわ」


 そして認識阻害の仮面を出した。

 それを持っているということはまさか?

 しかもこの変な笑い方――?


「俺は暗殺者ギルドの苅田正嗣だ」


 陽気な声でそう言った。

 それはとても暗殺者には見えない陽気なイケメンだった。

 変な笑い方さえなければモデルか俳優のようなイケメンだった。

 暗殺者って変な笑い方がデフォなの?

 それよりなんで俺の周りはイケメンばっかなの? 少しは分けてよ。


「……トーリだ」


 俺は小声で答えた。


「トーリはどこの暗殺ギルド支部なんだ?」

「さあな?」


 俺は本気で首を傾げた。

 タハハの暗殺者山口はどこの支部なんだろう?

 つか支部ってあんの?


「まあ普通は言わないよな。秘密主義の暗殺ギルドなら当然か」


 マサツグと名乗る暗殺者が俺の肩を叩いた。


「……ええまあ」

「まあ、俺ら暗殺者に新人戦は厳しいけどお互い頑張ろうな」

「厳しい?」

「フヘーヘッヘヘッ、そりゃそうだろう。こんな晴れ舞台では暗殺なんてできないだろう」

「あー」


 明るい会場と観客席があるのだ。暗殺どころか明殺になってしまう。


「まあ、でもこの認識阻害の仮面があれば別よ」

「はあ」

「これでどこまで行けるか分からんが、互いに頑張ろうぜ。フヘーヘッヘヘッ」

「ああ」

「じゃあな」


 爽やかな笑顔と変な笑い声を残して暗殺者のマサツグは去っていった。

 まあ、悪い奴ではなさそうだったけど友達にはなりたくないな。

 なぜならイケメンだからだ。

 それにしても暗殺者になったら変な笑い方をする決まりでもあるのだろうか?


「……ボチーチッチチッ」


 俺は暗殺者のように笑いながらゲートを潜った。


お読みいただきありがとうございました。誤字脱字修正しました。

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