102 副会長の願い
「これは私の推測ですが……トーリ君が約束を破って加護を使ったことを知った会長が、神殺しの腕輪を使用するという苦渋の決断をしたのでしょう」
「うっ」
副会長の、いつもよりも静かで小さな声が俺の心を抉る。
合ってます。百二十パーセント合ってます。
その推理力。捜査一課の特命係に入れるよ。
「トーリ君。会長はね、あなたが入部してくれたことを本当に心から喜んでいたのよ。これで新人戦も優勝できるって、今年も安泰だって、会長は天道君のことで、周りから色々言われてたからね、霊トレーサーの新人が現れたことをとても喜んでいたの」
「うう」
返す言葉もございません。今はふざけている場合ではなかった。
「千草、それとこれは話が違うのでは?」
「いえ、違いません。会長がどんな気持ちでその腕輪を取りに行ったかを考えるだけで胸が痛みます。あそこは会長にとって嫌な思い出しかない場所なの。そこへ行かせる原因を作ったのはトーリ君なのよ」
「ううう」
「あなたが会長との約束を守って、人前で加護を使っていなかったら、会長は苦しまずに済んだのに。新人戦の勝利を捨ててまで、あなたにその腕輪を嵌めたことの意味を理解しているかしら? あなただけを責めるつもりはありません。私が忙しさを言い訳にして、後輩であるトーリ君を木曽三川警護団の皆様に任せて、放ったらかしにしたことは私の責任です。それは反省しています。だけど約束を守らなかったのは誰かしら? 誰も持っていない加護を自慢気に使って、強くなった気で周りの人々を苦しませたのは誰かしら? 会長を苦しめたのは誰かしら? あなたはダンジョン部の一員ではなかったの?」
副会長の静かな説教が止まらない。怖いよう。
いっそのこと怒鳴ってもらったほうがいいよ。
もう止めて。俺の体力と精神力は虚無よ。いくら打たれ強い俺でも凹むぞこれ。
誰か助けて。でも確かに俺が悪い。加護を使いまくった俺が悪い。
だが待って欲しい。俺だって好き好んで加護を使いたいわけじゃなかったってことを?
ああ、そもそもダンジョンに送り込んでクロミズと戦わせたのは、あんたらだろ?
いかん、人のせいにするな。悪いのは生徒会長でも副会長でもない。俺だ。
俺は誰かのせいにするのは止めたのだ。
悪いのは約束を破った俺だ。生徒会長とは確かに約束した。
全面的に俺が悪い。くっ。殺せ。
「……」
この副会長の怒りっぷり、ダンジョン部の退部だってあり得るだろう。
この美少女とお別れするのは辛いけど、自分で蒔いた種だ。
その責任の実は俺が摘み取ろう。辞めます。
「もうよい。千草。そのへんでよい」
「……ですが会長」
「確かにトーリは人前で加護を使った。だがそうさせたのは私だ。トーリを無理矢理やりダンジョンに飛ばし、クロミズサマに会わせたのは私だ。私に責任がある。だがクロミズサマから、あんなに強力な加護を、それにキンミズサマや、キリヒメサマの加護を得るなんて誰が想像しただろう。しかも使い魔を主従させるなんて全く想定外。さらにイマジナリーウェポンではなく、ヤオロズウェポンを持つなんて、新人のやることとは到底思えない。この事実を知っていてもなお、信じがたい」
「……」
俺はボッチのように黙りこくった。
「だが、強大な力を手にしたものは気付かないうちに、その力に溺れてしまう。かつての私がそうであった。だからトーリには私と同じ轍を踏んでほしくない。ただそれだけだ。新人戦に勝つことだけを願っていた私に責任がある」
「……会長」
窓の外の街並みが音もなく流れていく。
重いよ。空気が重いよ。俺が変なこと言って空気を凍らせたよりも千倍重い。
まるでバスの中だけ重力変異があったような重圧が俺の肩に圧し掛かる。
「分かりました。もうこのへんでお説教はよいでしょう。それでトーリ君が加護を使ったことの経緯は?」
副会長がレーザービームを目から発射した。
お説教終わってないじゃん。第二ラウンドの開始じゃん。
皆、咄嗟に目を逸らす。キリヒメサマなんて顔ごと目を逸らした。
てめえ隠す気ゼロだろ。
「キリヒメサマ、何かご存じかしら?」
「さ、作戦通りじゃ。余はトーリがこうなることを願っておった」
副会長の言葉にキリヒメサマが開き直った。
「すいません。悪いのは俺っス。俺がカガッチに頼んだんス。暴走ダンジョンに一緒に行って欲しいって頼んだんっス。悪いのは俺。カガッチは頼まれて仕方なく加護を使っただけっスよう」
チャラ男が副会長の目線に耐えられずにゲロッた。
「いやいや、嫌々そうは見えんかったぞ? トーリは楽しんでおったぞ?」
てめえ、諸悪の権化が偉そうに。ベラベラ喋ったのはあんただろう?
「キリヒメサマ。空気読んで」
チャラ男がキリヒメサマの耳元で叫んだ。
「お? なぜじゃ?」
「話がややこやしくなるっス」
「そう。道山さん。なぜ暴走ダンジョンへ?」
「そ、それは」
チャラ男が俺のように黙った。
「もう全部吐いたほうが楽だぞ?」
生徒会長が笑った。
「はあ。キリヒメサマのダンジョンで得た魔石の換金を頼まれて、裏換金所に持って行ったら、この魔石を手に入れた者の力が借りたいってなりました。以上。俺首っスか?」
チャラ男が換金したことまで言いやがった。
終わった。絶対没収されるだろう。
「そうですか……ヤオロズの重鎮であるキリヒメサマが行うことには、人である私が何か言うつもりも反論も、意見もありません。ただ同じ人が行うことに関しては、言いたいことも、思うところもあります。道山さん?」
「は、はひ」
副会長の低い声にチャラ男が息を呑んだ。
「あなたには、いえ木曽三川警護団にトーリ君の教育を頼みましたよね」
「「「「はひ」」」」
バスの中にいるオッサン共が息を呑んだ。
「あなた方に一任したのは間違ってました。やはり後輩の育成は私たち、ダンジョン部員が自ら行うべきでした。先程も言いましたが、トーリ君を放っておいた私たちにも責任があります。木曽三川警護団の皆さまだけを責めるのは、筋違いかもしれません。トーリ君にオーバーキルされた屈辱や恨みもあるでしょう。トーリ君を面白がって構うのは分かります。ですがトーリ君は新人なのです。いや新人にすらなっていない素人同然なのですよ?」
副会長が俺を見て、木曽三川警護団を見る。
「トーリ君は生まれたときから霊トレーサーとして育てられてきた者たちとは違います。一か月前にはダンジョン界のことすら知らなかったのですよ。そのことをどうか忘れずに、これからの接し方には気を付けて、これを反省として、今後も後進の育成に尽くしてください」
「「「「「はっ」」」」」
全員が頭を下げた。
「期待してますよ」
「「「「「はっ」」」」」
怖い。副会長を怒らせたら怖い。しかも期待しているって完全に上から目線の言動。
殿か、妃かよ。この上に立つ者の貫禄。とても俺の一個上には見えない。
「ということでトーリ君。換金したお金は没収します。クロミズサマの加護を封印されている今では、収納袋から取り出すこともできないでしょうが、新人が持つ金額としては、少々多すぎます。高額アイテムを購入するときは私が払いますから」
副会長はアイテムボックスのことを知っている。
そりゃそうだろう。副会長はクロミズサマの巫女なのだ。その能力を知っていて当然だ。
「そしてキリヒメサマ」
「はひ?」
キリヒメサマが飛び上がった。
「面白がってトーリ君ばかりを依怙贔屓するのは止めてください」
「ぬぬ? さっき余がやることに何も言わんと言ったではないか?」
キリヒメサマが頬を膨らませた。
「ええ、今までやったことに関しては何も言いません。だから今後はトーリ君だけ依怙贔屓するのを止めていただきたい。これはお願いです。そして木曽三川警護団の方々には加護を与えてください」
「なぬ? なぜじゃ?」
キリヒメサマが首を傾げた。
「そもそも木曽三川警護団が弱いからこうなるのです。彼らが強かったら道山さんもトーリ君に頼る必要はなかったはずでは? トーリ君を面白がってたとは思いたくありませんからねえ」
「そ、そうっス。加護がないからっスわ」
チャラ男が飛びついた。
「じゃが、此奴らはビシャカリサマの忠臣であるぞ?」
「だから何ですか? 複数加護がご法度とも? トーリ君はいくつ加護を持っていると? 彼だけ特別扱いしろと? ダンジョン界の重鎮であるキリヒメサマの言葉とは思えませんねえ」
「「うっ」」
俺とキリヒメサマが同時に息を呑んだ。
「これは私たちのお家事情で誠に申し訳ないのですが、黒岩家の立場は悪いのです。天道君が霊トレーサーとなった今、黒岩家には戦力が欲しい。トーリ君に加護を与え、親身になってくれるキリヒメサマは黒岩家にお味方したと、受け取ってもよろしいでしょうか?」
副会長が期待と拒否は認めませんという目でキリヒメサマを見つめた。
「なぬ? それは……」
その大きな目にキリヒメサマが言葉を濁した。
副会長がこう言っているのだ。従ったらどうだ?
「じゃが」
躊躇するなんてキリヒメサマらしくない。
「スマホ」
と俺はスマホの加護を取り消すぞという意味を込めてそう言った。
「分かったのじゃ。黒岩家につこう。だがそれでは戦になるぞ?」
キリヒメサマが副会長を睨んだ。
「もう戦になっています。迷宮宗家は戦争中なのです。赤岩家。蒼岩家。彼らは黒岩家を弱体化させるためにあらゆる手段を使っています。彼らはもう仲間ではありません。人の敵は魔物ではありません、人です。天道君に霊トレーサーの資格がないと判明したときに、彼らは攻撃してきました。先代が亡くなり、天道君のお父様が本家を継いだときにもそう。私たちはずっと苦渋を舐めさせられてきましたが……それももう終わりです」
副会長が大きな目に大きな意思を込めてそう言った。
その言葉が重い。なんか俺の説教からズレてないかい?
「……千草、今その話は関係ないのでは?」
「関係があります」
「私たちは今。滅亡の岐路に立たされております」
「え?」
大袈裟になにを?
「迷宮家の中での黒岩家の力は弱いのです。私はそれを許しません。会長が楽しく、気楽に生きていける未来を作りたいのです。そうするためには強くならねばなりません。誰が何を言ってこようとも、ぶれない。蹴散らす絶対的な力が欲しいのです」
副会長は言葉を切った。
「木曽三川警護団の皆さま。私と一緒に死んでください」
「「「「おおおおおおおー! 姫様」」」」
「……皆さんの力をお貸しください。トーリ君という戦力を手に入れた今、私たち黒岩家は飛翔します。進撃します。復活します。そのためには力が必要です。キリヒメサマ。木曽三川警護団に加護を与えてください。彼らをもっと強く鍛えてください。来るべき戦争に備え、黒岩家の復活のために。もう会長にこんな惨めな思いはさせたくありません」
副会長が頭を下げた。長い細い髪が後を追った。
「「「「この身に誓って」」」」」
「そ、それも全て想定通りじゃ」
嘘つけこの野郎。
「ほ、本当じゃぞ? お主を試験場で見たときからこうなることが分かっておったぞ。ちゅぱっ」
「キリヒメサマ。有難うございます。皆も千草の思いを叶えてやって欲しい。我らのお家事情に巻き込んで済まない。だが黒岩家はもう我慢しない。次期当主が霊トレーサーでないと笑われ、馬鹿にされてきた時代は終わった。黒岩家の次期当主、天道は性格がねじキレておるが、それは我らがおるから無視しても構わぬ。皆の者、我らについてきてくれ」
「「「「おおおおおおー姫様」」」
なんかオッサン共が歓喜に震え、拳を突き上げた。
なにこれ?戦国時代? 空気が読めるボッチに進化した俺もこの空気に乗らねばなるまい。
「おおー」
俺も拳を突き上げた。
「ではトーリ君は新人戦優勝をお願いしますね」
「え? 無理」
俺は即答した。
「無理ではありません。加護がなくともあなたは霊トレーサーです。そしてクロミズサマの眷族です。そして私たちの後輩です。それのどこに負ける要素がるのですか?」
「はあ?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。加護の無い俺には無理っスよう。
「心配せんでもよい。余の眷族でもあるからな。ちゅぱ」
キリヒメサマが飴を掲げた。
「それにビシャカリサマもお認めになったし」
木曽三川警護団のオッサンが胸を張った。
「それに俺の服を着ている。負けることはねえ、負けたら許さねえ」
太一が久しぶりに声を喋った。
「ギョーリギャンガッテ」
ミルフィーがケーキを食べた。
「では早速作戦会議だ」
「「「おおおおお」」」
会長の声に皆が手を上げた。
「はい、では早速トーリ君に新人戦のアドバイスを……」
副会長が止まった。
ん? どうしたのだろうか?
「どうした千草? 「心配いらぬ。新人戦など簡単ぞ? 千草と私はトーナメントでも連戦連勝。負けなしだったぞ。ハッハッハッ」
会長が自慢げに笑った。
「確かに俺でも優勝したっスよ。だから余裕っスよ」
「俺は隊長と副隊長がいたから三番だったが、カガッチなら余裕だろ」
「俺の時はリンダちゃんがいたから準優勝だったな。リンダちゃんマジ天使」
「ということでここにいる者は全員上位者じゃ。その者達が大丈夫だと言うならば安心したろう?」
会長、大事なことを忘れてませんか?
今の俺は加護が封印された弱者ですぞ?
「ちょっと待って、この中でA級以下の者は?」
「……」
副会長の問いに皆、互いの顔を見るだけだ。
「ここにおるのは全員A級だけじゃぞ? おう、そうじゃったな。今のトーリの階級はD級じゃったな」
キリヒメサマが俺を見た。
皆が俺を見た。
「「「「ああー」」」」
「そうなのです。ここにいる者は全員A級霊トレーサー以上だから新人戦の予選から出た者はいません。従ってアドバイスができません」
バスに乗っている木曽三川警護団はチャラ男を含めて全員がA級霊トレーサー。
生徒会長と副会長はS級。予選を経験した者は誰もいないのだ。
「トーリ君。私からのアドバイスはこれだけです。とにかく頑張って」
「え?」
それアドバイスでもなんでもないですよね
「ギョーリ、ギャンギャッテ」
お菓子を食いまくってたミルフィーが励ましてくれた。
そうだな。頑張るよミルフィー。
「巫女様。そろそろ到着です」
「トーリ。勝てよ」
生徒会長が大きな目で真っすぐ俺を見た。
そんなクリクリお目めで見つめられたら加護の無い俺には大ダメージ。
「はっ。必ずや」
俺は生徒会長姫に戦国武将のように頭を下げた。
「ギャ、ギャナラズヤ……ギャハッハッハッハッ」
ミルフィーが俺の真似をしながら笑い転げた。
え? 今のどこが面白かったの?
「ギャハハハ。ギャナラズギャ……ギャーハッハッハッ」
バスが到着するも運転免許試験場ダンジョンの玄関前には既に誰もいなかった。
「トーリ。もう開会式が始まっておる。急げ」
「ではトーリよ。また会おう。ちゅぱっ」
キリヒメサマが消えた。
消えた? そうだ人間じゃなかった。キリヒメサマって神様だったよ。
「トーリ君。開会式が始まってます。受付を済ませて」
「観客席におるからな」
「カガッチ頑張るっス」
「我らのコートを着て負けたら殺すからな」
「隊長がいないからって気を抜くなよ」
「あれ? そういえばリンダ先生は?」
すっかり忘れていたが我がダンジョン部の顧問であるリンダ先生が見当たらない。
「リンダ先生は急用で来られないの。録画で応援するって」
それは応援ではないのでは?
「トーリ君の優勝を信じてたの。まさか神殺しの腕輪を嵌めるとはリンダ先生も思ってなかったからね」
「頑張れよーカガッチ」
そう言いながら皆は別の入り口に向かった。
俺は誰もいない施設にポツンと取り残された。
「ちょっと、そこのあなた。もしかして新人戦出場者?」
お読みいただきありがとうございました




