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101 闇の住人降臨

「ギョーリ、ギンギンゲン、ギンギンゲン」


 柔らかな双丘に手が触れようとした瞬間、ゴブ語訛りのミルフィーの声が聞こえた。


「グハッ」


 突然、鳩尾に激痛が走った。


「ギョーリギンギンゲンにギョクレル」


 新人戦に遅れるって? いやいや新人戦は明日だろう。

 せめて夢の中ぐらいはラッキースケベを堪能させてくれよ。

 ここにはそれを阻止する副会長も居ないんだからな。


「トーリ君。今日は新人戦よ」


 え? この声は副会長?

 だがここは夢の中。たとえ副会長だろうとも止められない。

 俺の煩悩、妄想、欲望の三元力は誰にも止められないのだ。

 突破して見せる。そしてあの黄金曲線の双丘に――。


「トーリよ。さっさと起きんか」


 ひっ。この声はまさか生徒会長?

 生徒会長の美麗ボイスで起きろと言われましても今は夢の中の生徒会長と、ニアミス必死のそれどころじゃないんですよ。


「カガッチ。マジで新人戦に遅刻するっスよ」


 てめーチャラ男。俺の桃源郷に勝手に侵入してくんじゃねえよ。


「おいおい、こっちは徹夜だってのに。ざけんな! 破るぞこの服!」


 このオラオラ系の声は武闘派デザイナーの太一だっけか?

 一回しか会ったことねーのに、てめー呼ばわりしてんじゃねえぞ?


「お兄ちゃん。もういい加減に起きないとパソコン開いちゃうよ。いいの? 生徒会長さんたちに見られても?」


 園よ。今なんつった?

 いや、それよりも俺の可愛い妹が姉ちゃんのようなセリフを履いたぞ?

 止めねば、今すぐ飛び起きて、妹が姉化するのと、ログインを阻止せねば。


「わわわ、分かった。おおお、起きる。起きるからそれだけはご勘弁をー!」


 俺は慌てて飛び起きたと同時にボチフリーズした。


「え?」

「ギョーリオキギャ」

「トーリ君。急いで。バスが待ってるから」

「いつまで寝ておる。迎えに来たぞ。はようせい」

「カガッチ、意外に部屋綺麗っスね」

「てめえ。さっさとこれに着替えろ」

「お兄ちゃん、何やってんのよ。さっさと起きてよ恥ずかしいから」


 なぜ、ボッチの聖域に生徒会長と副会長とミルフィーとチャラ男と太一と妹が居るんだ。


「なんで? ここに?」


 俺は状況判断能力を著しく欠如したような声でそう言った。


「トーリ君。今日は新人戦なんだけど? 校門前で待ってたのにちっとも来ないし、電話も出ないし。だからみんなで迎えに来たのよ」


 副会長が肩をすくめた。


「そうだ。たるんでおるぞ。はよう準備せい。バスで待っているぞ」


 生徒会長と副会長が部屋から出て行った。

 彼女達が残したエアーを吸い込みたい衝動に駆られるが、今は目撃者が多すぎる。

 いや待てよ。欠伸を偽装すればイケるか?

 欠伸は酸素を取り入れるための自然な行為。

 従って、この状況下では怪しまれるはずがない。

 俺が大きく欠伸をしようと――。


「ふあー、ギャ」


 俺が思いっきりエアーを吸い込もうとした瞬間、何かが飛んできた。


「お前の戦闘服だ」


 太一が紙袋を投げつけた。

 てめー邪魔すんじゃねーよ。生徒会長達の残り香が飛散してしまったではないか?


「さっさと着替えろ」

「なんだよこれ?」

「てめーの新人戦の一張羅を徹夜で用意したのに何だその言い草は?」


 太一が拳を振り上げた。

 待って、暴力禁止、反対。ガンジー平和ボッチの俺はゴブリンも殺さないのよ。


「!」


 ん? 新人戦? その言葉でボッチブレインが再起動する。

 そして俺は時計を見て、細い目を限界にまで見開いた。


「あーっ!!!」


 やべえええ。くっそ寝過ごした。

 今日は新人戦だった。こんちくしょう。


「ややややや、ヤベー。矢が倍でヤベー」

「カガッチ、落ち着くっス。着替えは後で。とにかく顔を洗ってバスに乗るっスよ」


 チャラ男が俺を引っ張る。


「え? このまま? いや、ちょっと待って。着替えがまだ」

「バスの中で着替えるっス。顔だけ洗いに行くっスよ」

「案内します。洗面所はこっちです」


 園がチャラ男を誘導する。

 加護のないひ弱ボッチの俺はチャラ男に引っ張られ、階段を転げるように降りると洗面所に放り込まれた。


「三分待つっス」


 俺は慌てて洗面所から飛び出すと怪訝な顔をした母親がいた。


「あらトーリ、いってらっしゃい」

「あ、えっと。行ってきます」

「お兄ちゃん。頑張ってね」


 俺が急いで靴を履いていると妹が手を振った。

 何を頑張るというのだ? 俺はいつもボッチトラックを全力疾走だぞ?


「カガッチ。マジでヤバイっス」

「ちょッ」


 俺はチャラ男に引っ張られ、外に飛び出ると眩しい太陽が闇属性の俺の目を焼いた。

 そして大通りで待っていたバスに放り込まれた。


「カガッチ確保、出発っス」


 チャラ男が運転手に笑った。


「了解。急ぐぞ」


 俺が乗った途端、プシューと音を立て、ドアが閉まりバスが走り出した。


「はあ。なんとか間に合いそうっスね」


 チャラ男が腕時計を見ながら、汗を拭いた。

 俺はヨロヨロと座席に手を置きながらバスの中を進む。

 座席に座っている木曽三川警護団のオッサンたちがニヤニヤと笑う。

 昨日、ボチ殺された記憶がフラッシュバックしたので、俺は不愛想に無視した。

 お前ら何回俺を殺した? 一生恨むからな。覚えてろよ。


「トーリよ。遅いのじゃ。ちゅぱっ」


 最後尾の座席で前髪パッツンの幼女の姿をしたキリヒメサマが頬を膨らませていた。

 子供のくせに朝から偉そうだな?

 こんなところに居てもいいのかよ?


「居ってはいかんのか?」


 いや、居てもいいけど新人戦の準備はいいのかよ? あんたダンジョン協会の偉い人じゃなかったのか?


「皆が気を使って余に何もさせないのだ」


 それって役立たずってことじゃねえ?


「違うのじゃ。余は偉いのじゃ。皆が全部やってくれるのじゃ」


 それを戦力外通知というのでは?


「なっ。くうぅ。言ってはならんことを。お主は本当に性格が悪いのう。そんなんでは友達など一人もできぬぞ?」


 俺にはボットモがいるからいいんだ。

 でも今は封印されて音信不通だけど。

 ああ、このままボットモと連絡つかなくて自然消滅したらどうしよう。


「新人戦当日に遅刻とは。トーリよ。たるんでおるぞ……」

「すいません」


 俺は生徒会長に平謝りした。

 夢の中でセクハラしようとしてこともついでに謝っておいた。


「そうじゃ、たるんでおる。お主の巻き添えで余も遅刻するではないか? 開会式の挨拶に間に合わなんだら、どうしてくれる? ちゅぱ」


 だったら先に行っとけよ。なんで一緒に行く必要があんの?


「新人戦の前でナーバスになっているお主を励まそうとしたのに、この扱い。余はショックじゃ」

「そりゃどうも。ありがとう」

「気持ちがこもっておらんぞ」

「まあまあ、キリヒメサマ。なんとか開会式には間に合いそうっスよ」


 チャラ男がキリヒメサマをフォローした。

 先日の暴走ダンジョンでパーティーを組んだからって仲間面してんじゃねえ。という目で睨んだ。


「ナンスか?」

「なんじゃ?」

「……別に」

「トーリ君? そんな目で人を睨んだらダメよ」


 副会長に睨まれたじゃねえかよ。


「……えっと、すいません」


 なんで俺謝ってんだよ。腹立つなぁ。


「寝坊したからじゃ」

「睨むからっスよ」

「くっ」


 チャラ男とキリヒメサマは単独でも俺をイライラさせるのにペアになったらイライ二乗だ。


「おい。さっさと着替えろ。戦闘服の説明する」


 太一が俺を睨んだ。

 不公平だ。少数を多数でリンチする民主主義みたいじゃないか。


「え? ここで?」


 それにいくらボッチの俺でも美少女の目の前で着替えることに躊躇してしまう。

 いや、ありか? 横目でチラチラと着替える俺を見る生徒会長。大ありだ。

 俺がその場で寝巻を脱ごうとすると――。


「カガッチ、待った。カーテン引くから、その中で着替えてきてくださいっス」


 チャラ男がバスの中の一部をカーテンで隠した。

 くっそ。このバスってロケ車? 芸人でも着替えるの?

 用意周到過ぎてムカつくわ。

 俺はカーテンで囲まれたシートの中で太一が持ってきた紙袋を開けた。


「え?」


 これに着替えるの? マジで?

 服に無頓着な俺でさえ躊躇するデザイン。

 ただでくれても絶対に着ないだろう。


「どうだ? 凄いだろう」


 太一の自信満々な声が聞こえる。

 確かに凄いな。いろんな意味で。


「もっと良いリアクションをせんか。太一がせっせと夜なべしたのだぞ」

「……」


 生徒会長に怒られた。皆機嫌が悪いな。

 誰のせいだ? 寝坊した俺だな。

 寝坊した原因は何百回も殺されたことだから俺の責任じゃない。


「ききき、聞いておるのか?」

「……はい」


 俺は観念して太一が徹夜で夜なべして縫ってくれた戦闘服に着替えると皆の前に出た。


「「「「……」」」」


 皆がポカンと口を開けてフリーズした。

 おいおい、何か言えよ。ボッチみたいに黙ってんじゃねえよ。


「……どう?」


 俺は恐る恐る聞いてみるが――。


「「「「……」」」」


 だから黙ってないでなんか言えよ。人は線で繋がっていないのよ。

 だから口に出して意思表示しないと伝わらないのよ。

 似合ってんのか? 似合ってないのか? どっちだよ。


「うーん。なんか黒いな」


 太一がボソリと呟いた。

 いやお前がそれを言うなよ。お前が作った服だろうが。


「うむ。確かに黒い。地獄の申し子か、闇の住人にピッタリじゃな」


 キリヒメサマが眉を顰めた。


「ままま、まあ、ににに、似合っておるぞ。魔王の部下みたいで」


 生徒会長が噛んだ。絶対に似合ってないよね。


「トーリ君。笑顔、笑顔」


 副会長が手を叩いた。


「はあ」


 俺は満面の笑みを浮かべた。


「……ギョーリキモイ」


 ミルフィー。キモイって言葉は男子に使ってはいけない言葉って知ってる?


「カガッチ、一旦鏡見るっス」


 チャラ男がどこからともなく鏡を差し出してきた。


「うっ」


 俺は自分の姿を見て立ち眩みを覚えた。

 そこに居たのは紛れもなく闇の世界の住人。

 寝ぐせの付いた髪が角のように見える、

 睡眠不足で細目は更に細く尖り、青白い肌は黒い服でさらに際立っている。

 良い子のみんなが見たら泣いちゃうような邪悪な見た目。

 これはあれだ。完全にボッチのヴィラン、ボヴィランだ。

 この容姿ならばお巡りさんに職質されても、勇者に狙われても仕方がない。


「ギョーリ、グロイ」


 いや、グロくはないだろう? ミルフィーさん? ご主人様に対して、辛辣になってない?

 だが自他ともに認める程、黒い。確かに黒い。

 これはあれだ。クロミズと一体化しているからだろうか?


「うーん、おかしいな。服はカッコいいのに」


 太一が首を傾げた。

 いやいや、あんたのセンスのせいだよね?


「確かに馬子にも衣裳の逆じゃな。ちゅぱっ」


 お前ら、大概にせいよ。明らかにこの服がおかしいだろ。

 太一が用意した服はライダースーツのような川のつなぎだった。

 デザインよりも機能美を追求したのは分かる。

 だが鋲が多いのだ。無駄に鋲が打ってあるのだ。

 どこぞの世紀末覇者の雑魚か? 古のヘビメタロッカーかよ。


「……」


 なんでこんなダサい服を。

 期待したのに。戦闘服に期待したのに。

 加護がない俺にはこの服が頼りだったのに。

 俺は太一を睨んだ。


「くっ、ズズ」

「おいおい。嬉し泣きか」


 太一が俺の肩に手を置いた。

 いや、泣いたんじゃない。鼻から鼻水、もといスライムが飛び出たのだ。

 油断するとスライムが飛び出ちゃうの忘れてた。


「なんというか、似合ってるっスよ」

「うん。トーリ君、とても似合ってるわよ」

「トーリよ、かかかか、カッコいいぞ??」

「A級霊トレーサーのキリイのような戦闘服じゃの?」

「ギャーギャッギャッギャッ。ギャナミズ」


 皆が俺を慰め始めた。

 でも何でミルフィーだけ笑ってるの?


「……」


 俺は気まずい反応を返した。


「コホン。まあ、そのうち見慣れるしな」

「そうねえ。あくまでも戦闘服ですから」

「まあ、お主は何を着ても似合わぬしのう。ちゅぱっ」

「ギャッギャッギャ。ギャナミズ、ギャナミズ」


 ミルフィー笑いすぎだろ。ご主人様だぞ。少しはフォローしろよ。

 しかもこれは鼻水しゃなくて、ミルフィーが飼いたいって、駄々こねたスライム様だぞ?

 まあいい。太一が夜なべしたのは事実だ。

 ダサくても俺の為に頑張ってくれたのだ。

 ここはあれだ。あれを言わねばならないだろう。


「……とにかく服をありがとうな」


 俺は太一に礼を言った。


「え? ああ、おう」


 太一が目を逸らした。

 フン。参ったか? 俺は常にボットダーウィン進化しているのだ。

 モノ言わないボッチから、モノ言うボッチに進化したのだ。


「まあ、そのあれだ。この服はお前の希望通り、動きやすいようにシンプルに作った。素材はブラックドライキラーの皮を使っているから強度は保障する。そして微細魔石が埋め込まれているから多少の魔法も防げるぜ」


 へえ。そうなんだ。でも何の皮って言った?


「そして無数に打ち込まれた鋲は、ブラックキールイーターの牙を削ったものだ。これは硬く、敵の剣を受け止めることも可能だ。そしてタックルすればダメージも与えられるぞ」

「……」

「縫製糸はカーボンファイバー並みに強力なブラックシークスパイダーの一級品だ。凄いだろ?」


 太一が両手を広げた。


「それにブーツはブラックキールイーターの牙が埋め込んであるから、蹴っても大活躍……」

「へー。それは凄い凄い。それで頼んであった機能は?」


 太一の説明が長そうなので話を遮った。


「……ふっ。聞きたいか?」

「ああ、衝撃無効は?」

「アホぬかせ」

「魔法反射は?」

「そんな服があったら魔法使い全滅だって言っただろ」

「じゃあ……」

「メンタル霊吸収も、アイテムボックスに気配察知、クロミズの触手も無理だ」


 全否定された。それって全然使えないってことでは?


「……じゃあ透明化機能は?」

「んなもんあるかよ。暗殺者の認識阻害の仮面でも持ってこいや」

「……ああ?」


 俺は心の中で手を叩いた。

 持ってるわそれ。


「それって……これのことか?」


 俺はリュックからタハハの暗殺者山口から貰った隠密の仮面を取り出した。


「「「「……」」」」


 バスの中が再び沈黙に包まれた。

 えっと、皆さん?


「トーリよ。ちゅぱ」

「うわっ。マジかよ」

「おいおい、カガッチそれは」

「千草。私は頭が痛いのだ」

「トーリ君。これをどこで?」


 皆が俺を睨んだ。


「えっ? 知り合いに貰った」


 俺は出所を濁した。だが嘘は言ってない。


「貰ったじゃと?」

「千草よ。私は頭が痛い」

「欲しくても簡単に貰えるようなもんじゃないっスよ」

「そう。トーリ君。これは暗殺ギルドのメンバーに与えられるものよ」

「ええぇ!」


 俺は素っ頓狂な声を上げた。

 暗殺ギルド? また物騒な組織があるもんだ。

 これは暗殺者のタハハの暗殺者山口に貰ったもんで……あっ!

 あいつ暗殺ギルドのメンバーだったのか?


「……暗殺ギルドって?」


 俺は皆の顔を見た。


「その名の通り、霊トレーサー専門の暗殺者ギルドよ。霊トレーサーしか殺さないし、霊トレーサーはダンジョンで死んでも死に戻りするだけだから、現実の暗殺者のように酷い集団ではなないけど、強制的にダンジョンの外に出されるから、好かれてもいないわね」


 副会長が久しぶりに解説してくれた。

 暗殺者ギルドって本当にあるんだ。

 タハハの暗殺者山口もやるじゃないの。

 つか俺も暗殺されたっけ。タハハッハー。


「カガッチ。暗殺者ギルドに入ったんスか?」

「いや、ないない」

「じゃあ、なんでくれたんだ?」


 会長が副会長を見る。


「トーリ君。ちょっと目を離した隙に何をしてくれたの」


 副会長が首を傾げた。


「……なんかすいません」

「キリヒメサマ、これって本物っスか?」


 チャラ男がキリヒメサマを見る。


「うむ。本物のようだな。トーリよ。それを被ったら姿が消えるぞ。ちゅぱ」


 キリヒメサマがニヤリと飴を掲げた。

 マジで? 本当に認識阻害効果あんの?


「カガッチ、試してみるっスよ」

「ああ、付けてみろ」


 チャラ男と太一が笑った。

 ヤレヤレだぜ。仕方ないな。


「……」


 俺は認識阻害の仮面を被った。


「なっ」

「消えたっス」

「あれ? トーリ君?」

「トーリよ? どこに行った?」

「消えたのじゃ。消えたのじゃ。ちゅぱっ」

「ギョーリがギナイ」

「カガッチが消えた?」

「おおおおお、消えたぞ」


 バスの中に驚きの声が上がった。

 マジか? 本当に俺って消えたのか?

 認識阻害の仮面ってスゲーじゃん。

 だけど、これクロガウには丸見えだったぞ?

 怪しい。騙されている可能性は――ないか。


「ギョーリ? ギョーリ?」


 ミルフィーがバスの座席の下を見て回っている。

 まさか眷族のミルフィーにも見えないってことは本当に消えたのか?


「こいつは驚いたぜ」


 太一が顎に手をやった。

 シッシッシッ、フハーハッハッハッハッ。

 消えたぞ。俺という存在は完全に空気ととなって消失した。

 真のインビジブルボッチとなった俺がすることただ一つ。

 夢にまで見た生徒会長の双丘に進撃することだ。

 夢の続きと、しゃれこもうじゃないか?

 息をしなければバレないはずだ。


「はっ」


 待てマテ。慌てるな。皆に騙されて俺は裸の王様状態かもしれない。

 イジメられっ子の俺は疑心暗鬼の塊なのだ。

 まずは消えたかどうか、チャラ男で試そう。


「……」


 俺はチャラ男の背後に回り、頭を小突いた。


「ん? あれ? 誰もいない? まさかカガッチっスか?」


 チャラ男がキョロキョロしながら叫んだ。

 クックックッ。見えていない。見えていない。

 タハハの暗殺者山口、グッジョブだ。良いものをくれたぞ。

 このまま生徒会長に――クックックッ。


「ギョーリ? ギョーリ? あれ? ギョコにもギナイ。ゲーキタベギョウ」


 ミルフィーがケーキにフォークを刺した。

 いやいや諦めないで。もっと僕を探してよ。ご主人様が行方不明なのよ?


「ん? ギョーリ?」


 次の瞬間、ミルフィーが俺の目にフォークを突き刺してきた。


「!」


 俺は息を殺して回避。おいおい、今のは目に突き刺さる軌道だったぞ?

 偶然だ。偶然ミルフィーの持ったケーキが俺の目に近かっただけだ。


「ギョーリ?」


 ミルフィーのフォークが俺の喉に向かって振り下ろされた。


「!」


 またも急所を? 俺は転がりながら回避。シートにぶつかってよろめいた。


「ミルフィー。本当は見えてんだろ」


 俺は股間に迫るフォークを持ったミルフィーの手を掴んだ。


「ギャテテテ。ギャレタ?」


 えへへへ。バレたじゃねえ。何さっきから急所攻撃しまくってんだよ。

 マスターだぞ? 主よ。ご主人様よ。

 それに致死的攻撃は現実では止めてくれない?

 無敵の加護もないから死んじゃうのよ。分かる?


「ワカンギャイ」

「チッ。もうバレたのじゃ。つまらん。ちゅぱっ」

「え?」

「トーリ君。認識阻害の効果は同レベルか上位レベルには効果ないのよ」

「ええ?」

「カガッチ、騙されたっス」

「……」


 騙したな? 純情ボーイの俺を騙したなあああぁ。


「まあ外したほうが賢明だぞ? 認識阻害の仮面は下位レベルの者には効果あるが、恐ろしく燃費が悪い。今のトーリでは、数分でメンタル霊が底を突くぞ?」


 生徒会長がお菓子を口に入れながらそう言った。


「え?」


 今の俺のメンタル霊容量はカスだ。


「新人戦に出れなくても知らんぞ?」


 キリヒメサマが肩をすくめた。


「ひいいぃ」


 俺は慌てて認識阻害の仮面を外した。


「……クッ。使えねー」


 俺はバスの床を見つめた。

 このダサい服に使えない仮面。

 詰んだ。完全に詰んだぞ。

 加護無し、修行の成果なしの俺。

 新人戦に勝てる要素が一ミクロンもない。

 詰んだ。完全に詰んだ。

 やっぱり本番直前でダメな俺にはお似合いだ。

 矮小で空気で、役立たずのポンコツボッチの俺なんか消えてしまえばいい。


「カガッチ、これを着るっスよ」


 負のスパイラルに落ち込んだ俺にチャラ男が何かを差し出してきた。


「これは?」

「ああ、俺の昔の予備のコートっスよ。少しは防力が上がるっスよ」

「はあ?」


 これをどうしろと?


「あげるっスよ」


 こんな灰色のバッチイコートなんて要らんな。


「……」


 俺が受け取ろうとせずにフリーズしていると。


「おい、このコートはまさか?」


 太一が横から奪い取った。


「木曽三川傭兵団の時のコートっスよ?」

「なんで木曽三川傭兵団のコートを?」

「ああ、俺ら元木曽三川傭兵団。今は巫女様の護衛っス」


 チャラ男が頭を掻いた。

 バスの運転手や、その他のオッサン共が照れ笑いした。


「はあああああ!」


 太一が叫んだ。

 てめー耳元でうっせーぞ。


「まあ、そんな訳で、このコート着ると、少しだけだけど防御力が上がるっスよう」

「少しどころじゃねーぞ。これはアビエイターガーイーターの皮じゃねえか!」


 太一が目を見開いた。

 なんだその池の主みたいな魔物。


「さあ? 何の素材かは知らないっス」

「防御力上がるの?」


 俺は疑念の目でバッチイコートを見た。


「スゲーってもんじゃねーぞ。この縫製。デザイン。デザイナーは誰なんだ?」

「さあ? 知らないっスね。副長に聞けば分かるっスけど」

「副長はどちらに?」

「隊長と一緒に討伐レイドに参加してダンジョンっスよ」

「信じられん。初めて見たぜ」


 興奮する太一。

 とても凄そうには見えないんだが?


「でもまあ今の防御力ゼロのカガッチには役に立つと思うっスよ」

「そうじゃな。弱体化したお主にはこんなバッチイコートでも必要じゃな。ちゅぱっ」

「バッチイって酷いっスよ」

「確かにそうだの」


 チャラ男とキリヒメサマの言葉に生徒会長が何度も頷いた。


「弱体化?」


 だが副会長だけが首を傾げた。


「この木曽三川傭兵団時代のコート着て、新人戦で負けたら隊長以下、全員に殺されるっスよカガッチ」

「うっマジで?」

「マジっス。これを着るということは俺らの仲間として出るんですからね」

「じゃあ、要らない」


 俺の脳裏に昨晩のシゴキがよぎった。

 こんなバッチイコートにそんな防御性能があるようには見えない。

 よって殺される未来線しか見えない。着ても着なくても死しかない。


「酷いっスよ。俺の優しい気持ちをポイ捨てされたっス」

「トーリよ。せっかくだから貰っておけ」

「はあ」


 生徒会長が言うなら仕方がない。

 俺は渋々コートを受け取った。


「これはスゲーぞ。俺の戦闘服に、木曽三川傭兵団のコート、それに認識阻害の仮面か……これで負けるはずねえなあ? トーリ。ハッハッハッ」


 太一が俺の背中をバンバン叩いた。


「ギョーリ、ギャンギャッテ」

「うむ、精進せい。ちゅぱ」

「そうだぞトーリ。木曽三川警護団に朝練を受けたのだ。恩は成果で返すのだ」

「……トーリ君」


 副会長の声が低い。

 なんか怒ってる?

 え? 俺なんかした?

 チャラ男に酷いこと言ったから怒ってるの?


「すいません。着ます。着ます」


 俺は慌ててコートを纏った。

 黒いライダースーツが灰色のコートに隠れ、黒過ぎ問題が解消されたような気がした。

 ほら? 着ましたよ。これでいいでしょうか?


「……」


 俺は副会長に愛想笑いを浮かべた。


「その腕輪は何かしら?」


 その無表情と無感情の言葉で、バスの中の温度が絶対零度まで下がった。


お読みいただきありがとうございました。

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