99 クロガウと鼻水
「はあ」
生徒会長と分かれた俺は河原にやってきた。
「ダメか」
ボットガンの弾にする為、河原の石を収納しようとするもクロミズの触手もキンミズサマの触手も出なかった。
改めて加護を失ったことを痛感した。
堤防の土手に座り込んで烏の群れをボンヤリ眺める。
烏はいいなあ。一羽だけ群れを追いかける烏がいた。
なんと烏の世界もボッチはいるんだなあ。
「タハハッハー」
ん? 今変な笑い声がしたんだが、まあ気のせいだろう。
「そんな人生の終わりみたいな顔してどうしたんだい? タハハッハー」
聞き間違いでも気のせいでもなかった。
変な笑い方のタハハの暗殺者の山口が夕日を背負って立っていた。
その顔は俺と正反対で自信に満ちあふれ輝いていた。
暗殺者のくせに光ってどうする。
「別に」
俺はいつものようにぶっきらぼうに答えた。
つか傷心ボッチの俺に話しかけんな。
俺は無敵のチート加護を失って激しく落ち込んでんだから、空気のように無視してくれ。
「あれ? 今日は独り? まさかフラれたとか? タハハッハー。まあまた使い魔は探せないいいよ」
「……」
うぜー。死ぬほどうぜー。またフラれた前提ってのが腹が立つ。
「タハハッハー。でもその顔とその態度は心配してくれってアピールしてるようにしか見えないのだが?」
タハハの暗殺者山口が俺の顔を覗き込む。
「……」
「タハハッハーまあ、俺もイマジナリーウェポンを失った時は死にたい気分だったから、その気持ちよく分かるよ。だけどさあ、何故か復活したんだよ。しかもパワーアップして」
「え?」
「消えたんじゃなくて、俺のイマジナリーウェポンはきっと修行に行ってたんだなタハハッハー」
「はあ?」
タハハの暗殺者山口のイマジナリーウェポンは俺が奪い、優しいミルフィーの願いで返してあげた。
だが、パワーアップとはどういうことだ? 俺は何もしていないぞ? まさかクロミズ何かした?
だが加護を失った俺はクロミズに声は聞こえない。
「しかも帰ってきた俺のイマジナリーウェポンにクロミズ様の加護が付いてて驚いたよタハハッハー」
タハハの暗殺者山口が目を輝かせた。
どういうことだ?
まさか、クロミズのアイテムボックスに入れてたからクロミズの粘液が付いたのだろうか? そんなことぐらいでパワーアップするなんてずるい。
返さなきゃよかった。
「君がクロミズ様に頼んでくれたんだよねタハハッハー」
「いや」
違うけど。そんな優しさありませんが?
俺を殺してムカついたから奪っただけで褒められるようなことはしてない。
「隠さなくてもいい。俺達はもう仲間じゃないかタハハッハー」
「は?」
仲間? どの口が、何言ってんの?
「君と俺はクロミズ様の眷族だから、仲間みたいなものだろ? タハハッハー」
タハハの暗殺者の山口が俺の背中をバンバン叩く。
眷族? 仲間? タハハッハー笑わせるな。
誰がお前みたいな殺し屋を仲間にするか。
タハハッハーの口癖が伝染するだろうがタハハッハー。
「まあ、新人戦前に落ち込むのはよく分かるよ。俺もこの暗殺特化のイマジナリーウェポンでどうやって戦うか死ぬほど悩んでたからねタハハッハー」
何勝手に過去編突入してんだよ。てめーの過去編なんて興味ねーよ。
「そんな俺に師匠がこれをくれたんだ」
タハハの暗殺者の山口が何かを取り出した。
「……」
それは不気味な仮面だった。趣味ワリーなお前の師匠。
それよりお前に師匠がいることが驚きだよ。
どんな気持ちでこのタハハッハーを弟子にしたんだよ。
「これは認識阻害の仮面。付けた者の気配を消す魔道具だ。これを付けた俺は敵の背後からこっそり忍びより、敵を殺しまくって準優勝までいけたタハハッハー凄いだろう?」
凄いというか卑怯。
「……」
「君にこれをあげようタハハッハー」
「え? タハハッハー」
俺はあまりの驚きで変な口癖が移ってしまった。
いやいや、そんな卑怯で鬼畜で不気味な仮面なんていらないんだけど?
「これを付けるとメンタル霊を消費するけど、まあメンタル霊が潤沢な君ならずっと付けていられるかもね。タハハッハー」
そう笑いながら仮面を俺に向かって放り投げた。
俺は反射的に受け取ってしまった。
「頑張れよ。同じ眷族として応援してるから。ああ、暗殺依頼があればいつでも言ってくれ。これが連絡先。じゃあ期待しているよタハハッハー」
タハハの暗殺者の山口は満ち足りた顔で夕日に向かって去って行った。
いや、いらないけど?
俺は認識阻害の仮面を見ながら途方にくれた。
「……」
そういえば認識阻害のアイテムって生徒会長と副会長も付けてなかったっけ?
たしか新人戦の優勝賞品としてキリヒメサマから送られたとかなんとか?
二人はあまりに美少女過ぎて目線と告白が絶えず困っていた。
認識阻害。いいかも。
ただでさえ存在感のない俺がこの仮面を付けたらどうなるか?
タハハッハー。
リア充の背後からこっそり近づいてボチ殺すのだ。
メンタル霊を消費するってどれぐらい消費するのだろうか?
試してみようホトトギス。
家に帰るとミルフィーが出迎えてくれた。
「ギョーリギョキャーリ、ギョノとギャチンギョッテギャマホのギャチウケにギター」
何言ってるのか全然分かんない。
加護を失った俺には眷族であるミルフィーの言葉すら理解できないのだろうか?
園と写真撮ってスマホの待ち受けにしたのか?
はっ理解できてる。
「……そうか。それは良かったな」
だがミルフィー大事な話があるのだ。
俺はなんとクロミズの加護を失ったんだ。
俺は心の中てミルフィーに加護を失ったことを伝えた。
「ギェー。ギョーナンダ。ギョノーギャプリギレテー」
ミルフィーは園にアプリを入れてとねだりに行った。
え? そうなんだって軽くない? ちょっとぐらい心配したり、慰めの言葉とかないの? 冷たすぎでしょ。俺はご主人様ですよ?
まあ、ボッチに慣れている俺は気遣われなくてもノーダメージ。
妹の園は俺から見ても可愛いからミルフィーが夢中になるのも仕方がない。
娘に嫌われる父親の気持ちが少しだけ分かったような気がした。
夕飯を食べた俺は認識阻害の仮面を被り、玄関からこっそりと、堂々と家を出た。
フフフ。誰も俺に気付いていない。
ああ、それは前からか。
俺は怪しい仮面を付けたまま、深夜の街をうろついた。
誰にも怪訝な目をされることもなく、国家権力に補導も誰何されることなく、無事に路地裏ダンジョンに入った。
タハハッハー。認識阻害の仮面を付けていれば俺という存在は空気より希薄化し眷族であるクロガウ達でも気付かないはずだ。
突然、激しい痛みに襲われ視界が暗闇に包まれた。
「ぐああああああ。クロガウ。てめー何度言ったら分かるんだ。挨拶代わりに噛みつくんじゃねーよ」
そう怒鳴りながらクロガウを引き剥がした。
「カガウ」
クロガウがそんなもの眷族同士には効かぬと首を横に振った。
「カガウ?」
そんなことよりその腕輪は何だと吠えた。
「神殺しの腕輪だ。ちょっと粗相をして生徒会長に加護が封印された」
「ワガガッガッガッ」
クロガウが牙を出して笑った。
いやいや、笑いごとじゃーんだけど?
せやかて御主人様の大ピンチなんやけど?
ミルフィーもそうだけど御主人様である俺への尊敬と畏敬が足らない。
最近の新入社員かよ。
「いいだろう。どっちが飼い主か叩き込んでやる。かかってこいクロガウ」
そう言い終わる前に俺の視界は暗闇に包まれて、顔や頭に激しい激痛に襲われ目眩とともに現実の路面に放り出された。
痛ええええ。クロガウ、てめー少しは自重と遠慮しろよ。こっちは加護なしなんだぞ。
死んだろうどうすんだ。
「カガウ」
ダンジョンから出てきたクロガウが弱いと笑った。
「くっそ、こんなんじゃ新人戦なんて出た瞬間にボチ殺されるぞ」
「ガッガッガッ」
クロガウがまた笑った。
なんでこいつこんな偉そうなんだ。
ボ主人様は俺だぞ。
「あーそうだクロガウ。前に渡したダンジョンコアを返せ。ダンジョンコアが何の役に立つか分からないがムカつくから返せ」
「……ガガウ」
クロガウがどうしよっかなーて顔で夜空を見上げた。
くっそムカつくこの態度。
てめえダンジョンコアを幾つ持ってんだよ。一個ぐらい返せよ。
「ガガウ」
仕方がないとクロガウがダンジョンコアを吐き出した。
「え? 返してくれるのか?」
「ガガウ」
クロガウが拾えと鼻先を向けた。
いや、なんか唾液まみれでばっちいんだけど?
つか、拾うの? なんかすげー偉そうだけど?
まあいいや。返してくれるなら受け取ろう。
俺は唾液まみれのダンジョンコアを手に取った瞬間、手の中にスッと消えた。
「なっ?」
もしかしてアイテムボックスに入ったのか?
俺はダンジョンコアを取り出そうとクロミズに命ずるが、うんともすんともいわない。
「収納はできるが一方通行? 河原の石は入らなかった。わけ分かんねえ」
俺は深夜の路上にそのまま座り込んで街灯を見上げた。
ダンジョンコアをアイテムボックスに収納しただけでは勝てない。
新人戦には勇者もイケメンパーティーも出る。
それに宿敵のテンドー君も。
テンドー君はクロミズの加護の大半を奪われている。
勝てる見込みはない。
だが勝たないとこの腕輪を外してもらえない。
完全に詰んだ。
「はあ。タハハッハー」
「ガガウ」
元気だせよとクロガウが俺の頭にかぶりついた。
いてーし。それ慰めになってねーから。
つか現実でダメージを受けると本当に死んじゃうから止めなさい。
「ガガウ」
仕方がない。ついてってやらあ、とクロガウが胸を張った。
「え? マジか?」
「ガガウ」
任せろとクロガウが吠えると、街灯が落とす淡い影の中に消えた。
「え? 影の中に入れるの」
「ガガウ」
影の中から顔を出してそう吠えた。
凄ーじゃねーか。漫画の使い魔っぽい。
やるじゃないか。スカートの中も下から覗き放題じゃねーか。
「ガガウ」
その通りだとクロガウが胸を張った。
だがクロガウ。ダンジョンはいいのか? お前一応ダンジョンのボスだろ。
「ガガウ」
心配いらねえとクロガウがダンジョンの入り口に顎をやった。
そこにはいつの間にか出てきたゴブリン達が整列し、いってらっしゃいませ御主人様。とクロガウに頭を下げていた。
いや御主人様は俺じゃねえーの?
「お前達。少しの間クロガウを借りるぞ」
俺がそう伝えるとゴブリン達はニヤニヤとバカにしたような笑みを浮かべた。
くっそムカつくこの態度。
俺が加護を失った途端にこの態度。
我慢だ。今の俺はゴブリン以下のカスた。
ここは父親のように堪え忍べ。優勝して加護を取り戻すまで堪えろ。
元地獄の門番のクロガウがいれば新人戦など、なんとかなるだろう。
「ガガウ」
クロガウが自信満々に頷いた。
いや待てよ。クロガウのことだ。
俺が命じてもピンチになっても、そう簡単には助けてくれないだろう。
それどころか敵と一緒になって攻撃してくるかもしれない。
不安だ。
俺は毎日UFOが落ちてこないかと心配するほどの心配性なのだ。
これでは戦力が圧倒的に足りない。
アバロンを呼ぶか?
いや、アバロンは魔王だ。
新人戦の会場にはキリヒメサマがいる。
そんなところに魔王を呼んだり、力を借りて見ろ。俺が討伐されちゃう。
「はあ。強力な助っ人外人いないかな」
そんな時、ゴブリンの間から何か黒いものが現れた。
「え?」
それはクロミズだった。ミルフィーが飼いたいと駄々をこねたスライムだ。
だがクロミズのコア核の破片やらアドバンのメンタル霊を食わせたことからその姿はもはやクロミズに匹敵する巨大黒スライムになっていた。
クロミズよりもデカい気がする。
巨大黒スライムはその巨体に似合わない可愛い仕草で陽気に触手を振っている。
え? 連れて行けと言っているのか?
「いや、お前は連れて行けないから」
触手がしょぼんと垂れ下がった。
いやいやデカいやん。どうやって連れて行けってんだよ?
「マテ、待て食うな!」
巨大黒スライムが俺に覆いかぶさろうとしていた。
「自分の大きさを考えろ。以前のように小さかったらこっそり持ってたかもしれないけどデカすぎでしょ」
巨大黒スライムが上下に激しく揺れる。
「いや、だから小さくならなきゃ無理だってば」
すると巨大黒スライムが触手を伸ばしてそのままブツリと分離した。
「え? 分裂した?」
巨大黒スライムの破片が、これならどうだと胸を張った。
「え、小さくなったけど、どうやって持ち込もう、んが」
巨大黒スライムの分離身体が俺の口に飛び込んできた。
待て、待て、窒息する。
死ぬから。
だが巨大黒スライムの分離体は俺の抵抗を無視して喉から、鼻から身体の中に入っていった。
「ケホッケホッ」
ごくりと飲み込んでしまった。
死ぬところだったじゃねーか。殺す気かよ。
俺の鼻からスライムの触手が飛び出し、目の前で問題ないとサムズアップした。
つか、これただの鼻水にしか見えねーし。
良い年下思春期の男子が鼻水出してら一生ものトラウマっしょ?
巨大黒スライムの本体が娘を頼みましたわ。とダンジョンに帰っていった。
「え? この鼻水って娘だったの? まあ気持ちだけはありがたく貰っておくよ。つか娘よ。お前は人前で飛び出すなよ。鼻水にしか見えねーんだから」
問題ないと鼻水がサムズアップした。
「……」
今の俺にあるのはサムズアップする鼻水と認識阻害の仮面と二振りのイマジナリーウェポンだけだ。
何度も言おう。勇者もイケメンパーティーもテンドー君も出場する大会だ。
これだけではとっても心許ない。
そもそも俺は新人戦のことを何も知らない。
だから情報収集と傾向と対策と予習が必要だ。
だがボッチの俺には情報屋も頼れる人もいない。
「いや、いる」
奴には大きな貸しがあるし。便利に使ってなんぼのもんじゃ。
俺はスマホを取り出すとチャラ男に電話をかけた。
「こんな時間にどうしたっスか?」
「かかか、加護を失った」
「へーそうなんスか……え? 冗談っすよね?」
「マジっス。生徒会長に神殺しの腕輪を付けられた」
「うわあ。そりゃヤバいっスね」
「……どどど、どうしようっス」
「うーん。取りあえず落ち着いて、今から迎えに行くから、いつもの公園の入り口で待ってて」
こうして俺はボッチイズムをかなぐり捨て、チャラ男にすがった。
お読みいただきありがとうございました。




