124話 「桃色のドレス」
「王女様! 見て見てっ!」
建国記念祭当日の朝。戴冠式の準備であたふたしていると、突然ジェシカがやって来た。
自慢げな顔の彼女は、今まで見たことがないくらい良い身形をしている。足首までの桃色ドレスを着て、ヒール低めのパンプスを履き、髪は綺麗にとかれて整っている。
一体何があったのか、と思うくらい普段と印象が異なる。日頃の彼女は動きやすそうな格好をしていたものだから、ドレスを着ていると凄く違和感を感じる。
一応、似合ってはいるのだけれど。
「この服、どうかなっ?」
ジェシカは私の前でクルクル回転し始める。動く度に長いドレスの裾がフワリと揺れた。小柄な彼女だから、まるで花の妖精みたいに可愛らしい。
「似合っているわ。ジェシカさん、凄く可愛いドレスね」
私は鏡台の前で髪をセットしてもらいながら、嬉しそうに軽いステップを踏むジェシカを褒める。髪のセットには時間がかかり眠くなりがちなので、彼女が来てくれて良かった。そちらへ気が向いていれば眠りに落ちてしまうことはないはず。
今日はヴァネッサではないが、以前ヴァネッサに髪のセットをしてもらった時のことだ。途中で居眠りしてしまい、首の力が抜けて、頭部が前後にガクンガクンなってしまった。彼女の技量のおかげで何とかセットできたのだが、後でヴァネッサに厳しく注意されたのだ。
そんなほろ苦い記憶が蘇った私だった。
……仕方ないじゃない。眠気には勝てないんだもの。
「よっし! 褒められたっ!」
ジェシカは服装に似合わないいつもの彼女らしいガッツポーズをする。このくらいの勢いがあってこそのジェシカだ。
それから少しすると、「置いていかないでよー」という声と共に、ノアが現れた。その隣には身支度をほぼ終えたエリアスの姿もある。
自力で歩いたり立ったりしているものの時折ふらけて転けそうになるノアを心配しているのか、エリアスはノアの方をチラチラ見ている。恐らく、危なっかしくて放っておけないのだろう。
「ノアさん! 動けるの!?」
私は目を見開き、思わず大きな声を出してしまった。
度重なる負傷により、ついこの前まで寝たきりの状態だったノア。彼が自力で歩けているなんて信じられない。
そこまで高い回復力を持っているとは。これではまさかのエリアス級ではないか。
ノア、恐るべし。天然と見せかけて実は強者だった。
「うんうん。もうだいぶ治ったかなー。王女様優しいねー」
右の耳元に垂れた薄紫色の髪を指先でいじりながらニコニコしているノアは、つい数日前まで寝たきりだったとは思えない元気さだ。話し方は普段通り、表情も穏やか。誰が見ても病み上がりとは想像しないだろう。
「普通に歩けるの?」
「もちろんだよー。こう見えても、結構野生だからねー」
「え? や、野生?」
野生というのは主に動物につけるものだと思っていたので、自分のことを野生と言うなど少々驚きである。柔軟性があるというかなんというか……どう返せば良いのか分からない。
「その通りー。僕とジェシカは野生の天使なんだー」
「ちょ、何言ってんの!? 何をいきなり——」
噛みつきそうな勢いでノアへ駆け寄ろうとしたジェシカだったが、途中でうっかりドレスの裾を踏み、宙で円を描くように一回転して転倒した。
ドタンッと凄まじい音が響く。
ノアはキョトンとした顔になりパチパチまばたきする。その隣にいるエリアスは呆れ顔で、額に手を当てながら溜め息をつく。髪のセットをしてくれている天使も、目の前でいきなり起こったジェシカの転倒に、言葉を失って呆然としていた。
「いっ……たぁ……」
ジェシカは顔をしかめて腰をさすっている。周囲の冷めた空気に、少し可哀想な気がした。
「……って、ああっ!」
続けて彼女は大きな叫び声をあげる。
何事かと思えば、彼女が着ている桃色のドレスの裾が破れてしまっていた。せっかくのドレスを既に破いてしまった彼女は、今にも泣き出しそうな顔になっている。
「破れちゃった……」
するとノアが彼女の近くにしゃがみこむ。
「スリットがおしゃれだねー」
「……え?」
「ここだよー。切れ目ができて、さらにジェシカに似合うドレスになったよー」
「違うよ。これは……」
「僕はこっちの方が好きだなー。ジェシカによく似合ってると思うー」
ノアは泣き出しそうなジェシカを一生懸命励ましている。彼はのんびりしていてマイペースだが、本当は立派な男性なのだろう。大切な女の子が泣かないように努めるというのは偉いことだと思う。
非常に心温まる光景だ。
——しかしそのまま何もなく済むはずもなく。
「ジェシカ! お前は外へ出ていろ!」
エリアスの怒りが爆発した。
「せっかく仕立てたドレスを台無しにするなど話にならん!」
眉間にしわを寄せ、凄まじい形相だ。エリアスがこんな顔つきになるのは久々な気がする。
「まーまー、隊長ったらー」
火に油を注ぐような発言をするノア。あぁもう……、と言いたい気分だ。
今日は建国記念祭の初日。まもなく開会式や戴冠式が始まるという時なのに、微塵の緊張感も感じられない。いつもと何ら変わらない——いや、それどころか、いつもより騒々しい。
けどこんな風に騒がしい方が気が楽になって良いのかもしれない。緊張しないでいられるに越したことはないのだから。




