第5話 異世界を案内する者
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「はあ…、はあ…。」
詠唱を終え、ウィルトは息を切らしていた。
(詠唱が成功していても魔法陣から指一本出ていたら終わりだ…!!)
最悪の可能性である魂の消滅を考えて、ウィルトは急いで光輝の近くまで駆け付けた。
「光輝君、大丈夫ですか!?」
「うう…。」
ウィルトは光輝の存在を確認すると、急いで光輝が魔法陣から出ていないか確認した。
「…ギリギリでした。光輝君があと3cm後ろに下がっていたら指が出ていて転生は失敗でしたよ。」
「…。」
光輝はさっきの『逃げるな』という声に助けられ声の正体が気になったが、深追いしても意味がないので考えるのを止めた。
「立てますか?」
「は、はい…。」
光輝はゆっくりと立ち上がった。魔法陣を見ると魔法陣は優しい白色の光を放っていた。
「さて、そろそろですね…。」
「え…?」
すると立ち上がってからすぐに光輝の身体が光り始めた。キラキラと輝く光の粒子が自分の身体を優しく包み込んでいた。
(とても…、暖かい…。)
あまりの心地よさに光輝は思わず目を閉じしまった。
先ほどの痛み・恐怖もかき消してくれる暖かさは今の光輝には最高の癒しであった。
「では改めて、おめでとう光輝君。あとは君次第です。頑張ってください。」
「ウィルトさん、ありがとうございます。」
「それでは、ご武運を。」
ウィルトはそう言うと左手で指を『パチン』と鳴らした。
すると魔法陣の中心部分に穴がぽっかり空いた。光輝はそれに気づかず、当然のごとく穴に落ちた。
「え…?」
光の暖かさに夢中で何が起こったのか理解できなかった。とりあえず上を向いてみたが、もうウィルトの姿と先ほどの空間も見えなかった。そして恐る恐る下を向いた。そこには青い海と見たことのない大陸が映っていた。光の暖かさが消えて冷たい風が自分の身体に当たるのを感じてようやく自分が落ちているのを理解した。
「またかあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
およそ高度10000mの高さから落下していく。光輝は急いで身体を大の字にした。でも一度もスカイダイビングなんて経験もちろんない、恐怖はどんどん強くなっていく。
「あぁあああ唖アアァああ亜あぁぁア亞あああァァア亜アアああ阿ああっ!!」
どんどん地上の町との距離は縮まっていく、凄まじい速度で落ちていくため恐怖は膨れ上がっていく。
「あああ亜アアぁあ阿亞唖アああ阿唖ぁァああ亜阿ァアあア唖亜あアあっ!!」
光輝が地上との距離が100mになった時にその様子を空中に浮かぶ映像水晶から見ていたウィルトは
「そろそろですかね…。」
と言い右手で指を『パチン』と鳴らした。
すると光輝が落ちる速度はどんどん下がっていき地上10メートルに来た時には落ちる速度はシャボン玉が地上に落ちるくらいの遅い速度になっていた。
「あ…、え…?」
ゆっくりゆっくりと光輝は落ちていく。地上から約10000mから落ちたためにしばらく放心状態になっていた。そして放心状態から戻ってきたときにはもう自分のお尻がゆっくりと地面につき始める時だった。
「っ…。」
そして自分の身体がすべて地面についたとき。ウィルトの声が聞こえてきた。
「この世界の名は『アン・イリス』。そして今いるこの街の名は『コルフルト』。私があなたを助けるのはここまでです。ではよき人生を…。」
こうしてウィルトの声は消えてしまった。
「…。」
光輝は一呼吸おいて、ゆっくり立ち上がった。
そして周りを見た。どうやらここは広場らしい。少し変わった街灯があり、少し大きめの丸い噴水と木製のベンチが幾つか置かれていた。そして人々の服装は髪の色も目の色も日本人とは全く違った。
「本当に別の世界に来てしまったんだな…。」
しばらく辺りを見渡していた光輝だったが、あることに気付いた。
(なんで、俺はみんなから見られていないんだ…?)
光輝の服装は一般的な学校の夏物の制服だ。この世界では恐らくこの服装は存在していないので普通であれば自分は浮いている服装を着ている人物になる。しかし誰も自分の存在に気づいておらず、光輝を素通りしていた。
(どうなっているんだ…。)
訳が分からなかった。けど何故かこの状況でも光輝は自分でも驚くほど落ち着いていた。光輝はとりあえずベンチに腰掛けることにした。
「…。」
そして空をなんとなく見上げた。広がっているのは日本と同じ青く、雲が少しだけ掛かっていた空だった。自分が何故誰からも見られていないのかは結局分からない光輝はただぼんやりと空を見ていた。そして手の位置をズボンのポケットの辺りに動かしたときに違和感に気付いた。
「ん…?」
気になった光輝はポケットに手を入れて、何が入っているのか確かめた。
「これは…。」
ポケットの中には自分がよく使っていたiP●oneが入っていた。
「…はぁ。」
光輝は思わずため息をついてしまった。確かにiP●oneは非常に便利なものだ。けれど電波のない場所ではほとんどの機能やアプリは使えないので、ただのガラクタ同然だ。手元にある今の自分にとっては懐かしいiP●oneを少し見てからズボンのポケットにしまおうとしたその時だった。
『iP●oneの使用を確認。使用者を確認します。』
「なんだ!?」
突然と女性の声がiP●oneから聞こえてきた。あまりにも突然の事だったので、光輝はiP●oneを空中に投げてしまった。
(しまったっ!!)
だが投げてしまったiP●oneは光輝の鼻より少し高い位置で浮いたままになっていた。
「嘘だろ…。」
するとiP●oneは先ほどの女性の声で
『スキャニング・スタート。』
と言うと、内側のカメラから光輝を足元からスキャンを始めた。
「なんだ!?」
iP●oneが突然と始めたスキャンに驚いて、光輝は思わず両手で顔をかくしてしまった。
『スキャニング完了。使用者“月攻匁 光輝”と確認。システムオールクリア。iP●oneの特殊アップグレードを開始します。』
その声の後にiP●oneは横にゆっくりと回り始めた。するとiP●oneの裏側に白い線のような模様が描かれ始め、中心には林檎のマークが消されたが代わりに薄い虹色で羽のシルエットが描かれた。
「どうなっているんだ…。」
光輝は少し唖然としてしまった。そして模様が完全に描かれるとiP●oneは回るのを止めて、画面に『こんにちは』という文字を勝手に映し出した。
『突然驚かしてしまい、申し訳ありません。詳しい話をしたいので、どうか私を手に取り、ベンチに腰かけてください。』
光輝は言われるがままに宙に浮くiP●oneを手に取り、話を聞くことにした。
『ありがとうございます。では説明いたします。』
iP●oneの画面には『同時進行で画面にも説明を映しますので、画面も見てください』と丁寧に書いてあった。
『まずは私についてです。私は神々の持つ特殊携帯端末“N.O.L.U.S.(ノルス)”の一部のプログラムです。』
「…N.O.L.U.S.(ノルス)?」
『簡単に言えばスマートフォンです。』
「…スマホなのか?」
『はい。そうです。』
「…じゃあ、なんで神様が持つスマホのプログラムが俺の携帯端末に入っているんだ?」
『お答えします。あなたが穴から落ちている際に神ウィルトが、あなたが所持していたiP●oneに強制的にN.O.L.U.S.(ノルス)の一部のプログラムをインストールしたからです。』
(いつの間に…。)
『携帯端末に強制的にインストールさせたこのプログラムは、転生した人物の異世界生活をサポートするために、転生の神とN.O.L.U.S.(ノルス)のプログラムの開発者が互いの協力により、転生した人物のみにこのN.O.L.U.S.(ノルス)の一部のプログラムの使用を許可しました。』
「はあ…。」
正直、訳が分からない。非現実だということは頭の中では十分理解できるが、どうしても理解に頭が追いてくれない。
『このN.O.L.U.S.(ノルス)のプログラムの一部をインストールした携帯端末は劇的な進化を遂げます。』
「劇的な進化…?」
『一つの例として、この世界である“アン・イリス”について生きていくために必要な知識・歴史・ルールなどをいつでもどこでも検索できるようになります。』
「いつでもどこでも…!?」
『はい。そして一部の機能・アプリの使用・サイトの利用は制限されますが、いつでもどこでも地球にあるサイトへのアクセス・アプリのインストール・アプリの使用が可能になります。』
「…!!」
驚いて一瞬思考が止まってしまった。そんな奇跡が簡単に起こってしまっていいのかと光輝は少し困惑してしまった。
『そしてアップグレードされたこの端末は、電池切れ・衝撃による損傷・水没や熱などによる損傷が無くなります。』
「凄いな…。」
『以上がN.O.L.U.S.(ノルス)の一部プログラムがこの端末にインストールされた理由です。』
「分かりました…。」
少し理解できない部分はあったが、光輝は話を飲むことにした。
『では、続いてこの端末の使い方を簡単にですが説明いたします。』
「あ、はい。」
『それでは、光輝さんが今一番気になることを心に念じて、私に伝えてみて下さい。』
「それは…、どういう…?」
『あなたが今不思議だと思っていることを頭の中で文章にして、その文章を声に出さずに私に伝えるイメージをしてみて下さい。』
よく分からないが、光輝はとりあえず自分が他の人に認識されないことを疑問詞にして声に出さないで自分のiP●oneに問いかけてみた。
『自分が何故周りの人に認識されないかですか。』
どうやら成功らしい。結構簡単みたいだ。
『お答えします。あなたは現在神による“認識阻害”が掛けられています。』
「認識阻害?」
『認識阻害とはあなたが周りに認識されないための魔法です。現在認識阻害があなたに掛けられているのはこの端末の機能と使用方法について説明するためです。説明する際にこの端末と喋っているあなたが不審者に勘違いされないためにわざと認識阻害を掛けています。』
凄い気遣いだ。よくこんなことまで考えるなと感心してしまった。
『この認識阻害はあなたの質問とこの端末の使い方の説明が終了次第解除いたします。』
「分かった。ありがとう。」
『では、使い方についてもう少し説明します。この端末はN.O.L.U.S.(ノルス)の一部のプログラムをインストールさせましたが、質問などの操作以外である基本操作はiP●oneとはほとんど変わりません。またあなたのこれまでiP●oneでメモしたことやインストールしたアプリのデータは消えずに残っています。』
「本当か…?」
『本当です。気になるようでしたら後からお確かめください。』
あまりにも対応が神対応だ。いや神が対応を行っているから当然なのだろう。
『端末のアップデート・アップグレードは自動で行いますのでお気になさらないでください。では説明を続けます。』
光輝は気を戻して端末の説明を聞く姿勢に戻った。
『私は先ほどにも言ったように異世界生活をサポートするためのN.O.L.
U.S.(ノルス)のプログラムの一種です。あなたが疑問に思うこと・分からないことは基本教えてあげます。ですがあなたの身に危険な出来事に出会ったとしても私は助けることはできません。そしてあなたの異世界生活を楽にさせてしまう質問には答えることはできません。』
「…つまり自分でやれることは自分でやれと。」
『はい。あなたの願いは一生懸命この世界を生きるということ。これくらいのことは当然ではないでしょうか?』
「もちろんです。」
『分かってもらえて何よりです。たまに私は勝手にあなたが分からないと思うことの詳しい説明をしますが、あまりお気になさらないでください。最後に先ほど制作したN.O.L.U.S.HELPについて説明します。』
「N.O.L.U.S.HELP.(ノルスヘルプ)?」
『N.O.L.U.S.HELP.(ノルスヘルプ)は私の喋る声や人格などを設定することができるアプリです。またこのプログラムの詳しい操作方法はこのアプリを開いて確認してください。』
「はい。」
『以上で説明を終わります。なお質問はスリープモードの状態でもできます。直接この端末に声を出して質問してもいいですが、不審者や変質者に間違われたくないのであれば先ほど行ったように頭で念じて私に問いかけて下さい。では何か聞き逃したことはありませんか?』
「…じゃあ、これからこの端末に呼びかける際に、俺はなんてこの端末に呼びかければいいんだ?」
『この端末の名前は“iP●one N.O.L.U.S.”と神々に言われていますが、このプログラムには名前は付いていません。光輝さんが名前を付けてください。』
「名前か…。」
正直いきなりプログラムの名前を考えるのは光輝の頭には少し難しいことであった。
「…んー。」
あまりこういったことに頭を使わないので光輝は
「…じゃあ、“ノルス”で。」
と普通の人が考えそうな名前をプログラムに名付けた。
『了承しました。それでは今後先は私を“ノルス”とお呼びください。では他に質問はありますか?』
「いや、もう無い。とりあえず聞きたいことは聞いた。」
『では認識阻害を解除します。ここからはあなたが道を切り開いてください。』
そして説明が終わるとiP●oneの画面はいつものホーム画面に戻った。光輝はベンチから立ち上がり、iP●oneをズボンのポケットにしまうと街をぶらりと歩くことにした。
少し歩くと大きな通りに出た。人々は何気なく歩いていた。買い物を楽しむ人・会話を楽しむ人・本を読む人もいた。そんな人たちを眺めながら光輝は通りをぶらりと歩いていた。そんな中で光輝は視線を感じていた。
(やっぱりか…。)
認識阻害がと取れたので、光輝は町の人に認知されるようになった。そのため光輝の学生服姿はこの街にいる人にとっては何とも珍しい服装になっているのでやはり嫌でも注目を浴びてしまった。
(まあ…、仕方ないか…。)
あきらめて視線を我慢することにした。
そしてまたしばらく歩いていると少しお腹が空いてきた。
(そう言えば、ココアしか飲んでなかったもんな…。)
お腹が減ってきて光輝は近くにあったベンチに座り、今ある問題を再認識することにした。
一つ目は自分が無一文だということ。二つ目は寝る場所が無いということ。この二つをどうにかしない限り自分は一生懸命に生きていくことが難しいと考えた。
だが今の光輝の手元にある情報はこの世界の名前が『アン・イリス』だということと今自分がいる街の名前が『コルフルト』だということだけだった。
あまりにも情報が少なすぎて、もう自分ではどうしようもできない状況になっていた。
(ああ…。)
結局どうすればいいのか分からないので、光輝はノルスに聞くことにした。
(ノルス、聞きたいことがある。)
『はい。何でしょうか?』
(俺はどこに行けば、無一文の状況から抜けられる?ヒントだけども教えてくれ。)
『確かにこのままでは無一文のままで餓死してしまいますね。では無一文の状況を変えてくれるかもしれない場所を教えましょう。』
(あるのか?そんな場所が?)
『あります。その場所は“ギルド”と呼ばれています。』
(ギルド…?)
『日本で例えるならハローワークと市役所が一緒になった場所です。』
(なるほど…。)
もしかすれば、この世界で生きていける自分に合った職も見つかる可能性も高い。
『この場所はあくまでも参考の一部です。ギルドに行きますか?』
(…今の状況を打破できるかもしれないなら、そこに行こう。)
『ではあなたの頭にギルドまでの道のりを頭にアップロードさせます。それを頼りにギルドまで行ってください。』
すると光輝の頭にギルドまでの道のりを描いた地図のようなものが頭に浮かび上がった。
(分かった。行こう。)
そして光輝は立ち上がって、案内された場所へ歩き始めた。
歩いていると市場に遭遇した。人がたくさんいて店主や店員が大きい声で客を自分の店に呼び込もうとしていた。
「さあ!今日も新鮮な野菜を大量に仕入れたよ!特におすすめはこの真っ赤なでみずみずしいトマトだよ!この新鮮なトマトはいつもなら一個190クルフの所を今日は特別に160クルフだよ!買った買った!!」
「錬金術やポーションの製作には薬草は必須!!今日だけはこの店にある薬草はすべて150クルフだよ!!見るだけでもいいから気軽に見ていって!!」
「冷たくて甘いスムージーはいかがですかー!?沢山の種類のフルーツから自由に選んであなた好みのフルーツスムージーを250クルフで提供しまーす!!」
「みんな大好きな牛肉!!今日仕入れたばかりのフルフール牛の肉が1kgで1,790クルフだよ!!一つしかないから早い者勝ちだよー!!」
「冒険者もそうでない人にも、とにかく超便利なポーションありまーす!!万が一のケガや病気に即座に対応できます!!様々の効果を持つポーションが七つセットで今日だけ2,700クルフだよー!!数に限りがあるから、ポーションが欲しい人は早く買わなきゃ損だよー!!」
「トロットロのチーズとトマトの濃厚ソース!!そしてカリッカリの生地がたまらない!!自家製ピザはいかがですか!?ドリンク付きで720クルフ!!ぜひ食べてくださーい!!」
「冒険者には何が起こるかわからない!!万が一の全滅を考えて転移結晶はいかがですかー!?これさえあればいつでもギルドにひとっ跳び!!五回まで使える転移結晶がここでは一つ4,200クルフ!!ほかの店よりも800クルフも安いよー!!」
馴染みのあるものから見たことないものまでこの市場にはあった。お祭りのように楽しく騒がしい市場はこの世界を何も知らない光輝でも向かえ入れてくれたような気がした。
そうして市場を抜けて目的地にたどり着いた時にとても大きな建物が見えた。
「凄いなぁ…。」
日本でも毎日とても大きなビルを見ていたが、異世界で初めて見る30mの高さもある大きな建物に日本のビルとは違う迫力を光輝は感じていた。
「ここが…。」
『そうです。ここがこの異世界“アン・イリス”で最も大きなコルフルトのギルドとなります。』
この場所から光輝の物語は始まっていく。




