第3話 後悔を吐く
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「…。」
しばらくして光輝は泣き止んだ。まるで全てを吐き出したかのようだった。
「落ち着きましたか?」
「…はい。」
ウィルトは優しく声をかけた。
「疲れたでしょう?何かお飲みになられますか?」
「…ホットココアでお願いします。」
「わかりました、では。」
ウィルトは右手で指を『パチン』と鳴らした。すると大きめのカップに入ったコアが光輝の目の前に出てきた。
「冷めないうちにうちにどうぞ。おかわりもありますから。」
「…いただきます。」
光輝はカップを受け取り、ココアを少しずつ飲んだ。
ココアの温度はちょうど良い熱さで、味もまろやかで口当たりがとても良かった。飲んでいて心が落ち着いていくのが分かった。虚ろになっていた目は少しだが普通に戻っていった。
「では、これから詳しくあなたの生きた人生の履歴を詳しく調べさせてもらいます。調べによってあなたが天国に行くか地獄に行くのか決めさせていただきます。時間がかかりますので、楽にしてしばらくお待ちください。」
「はい…。」
光輝はただテーブルとココアの入ったカップをただ見つめていた。頭の中は空っぽになり、今まで生きてきた人生やこれから自分がどうなるなんてもうどうでもよくなって、くだらないと思ってしまった。自分がどうなっても意味がないと思い始めてもいた。
「…ところで光輝君、一つお話してもいいでしょうか。」
「…はい?」
何らかの作業をしながらウィルトは光輝に話しかけた。
「突然ですが、神と人間の違いは何だと思いますか?
「え…?」
本当に突然すぎて訳が分からなかった。
神さまと人間の違いなんていきなり言われても、分からなかった。そもそも神さまなんてこの世にいるわけがないと思っていたし、いることを信じようとも今まで思ってこなかったから。
だけどここに来てから色々と考え事をしすぎていたため、もう考え事をしたくなくなっていた。
「…さあ、おそらく凄いくらい違いがあるのでしょうね…。」
ありえないことばかりを目の前で起きてばかりだったのであまり考えず、少しばかり適当に答えた。
「なるほど…。」
ウィルトは少し間を開けた。そして質問の答えを出した。
「実はぶっちゃけ言ってしまえば神と人間の違いなんかほとんど無いのですよ。」
「え…?」
「確かに私たち神は特殊な魔法も使えますし、人間が働いた悪事なんかを全て見ることができます。」
「はぁ…。」
「ですが身体のつくりはほとんど人間と変わりませんし、こうしてやっていることは人間と変わらないのですよ。」
信じられなかった。圧倒的力を持っている神がほとんど人間と変わらないということが。しかしそれでも実感がわかない。でも少し気になってしまった。
「具体的にやっていることが変わらないというのはどういうことなのでしょうか…?」
ウィルトは優しい笑みを浮かべてすぐ答えた。
「人間はご飯を朝昼晩と三回食べますよね?」
「ええ…、はい。」
「人間と食べているものは少し違うこともありますが、私たち神も朝昼晩とご飯を食べているのですよ。」
「嘘…。」
神さまがご飯を…?だけど目の前に出されたココアは自分が知っている味だった。ウィルトがココアを知っているのは偶然かと思ったが、この話が本当ならココアを知っていてもおかしくはない。光輝は深くこのことを知りたくなった。
「…じゃあ、学校というものも存在するのですか?」
「ええ、私も学校には通っていました。」
「…学校に行ったんですか?」
「この仕事に就くために、頑張りましたよ。」
「…!!」
「そして私たち神は人間と同じようにそれぞれの性格・個性というものがあります。怒ったり・泣いたり・笑ったりといった感情があります。人間がそれぞれ違うように神にもそれぞれ違いがあるのです。」
本当だ。人間とやっていることとほとんど同じだ。そして不思議なことに親近感が光輝の胸にわいてきた。
「ということは…、仕事をしたくないとかずっと寝ていたいという欲望をもった神さまもいるということですか…?」
「…もちろんいますよ。私にだってそういうのはありますから…。」
言葉の後にウィルトはテーブルの上で高く手を組んで、組んだ手に顔を近づけてため息をついた。そして少しだがウィルトの声に怒りが混じっているように感じた。あの優しい声とは違ったので少し怖くなった。だがそれがどうしてなのかも気になってしまった。光輝は少しウィルトに聞いてみることにした。
「あの…、心当たりとかあるんですか?」
「…ええ。光輝君あなたをさっき天井まで投げた女の子がいましたよね?」
「あ、ハイ。」
「あの子なんですよ…。」
「えぇ…。」
まさか…。近くにいたのあの子が…?でも髪は少しボサついていたし、目はやる気なかったし…。ウィルトがその子でため息つくほどの存在がさらに気になった。抵抗感はあったがさらに深く入りこんでみることにした。
「あの…、俺を天井まで投げたあの子ってどういう子なんですか…?」
「…あの子はまだ新入りの女神で働き始めた最初の頃は真面目に頑張って働いて将来有望な女神だったのですが、突然と怠け者になり、仕事もあなたにしたような無礼な行動を頻繁に起こすようになりました…」
「は…、はあ…。」
気まずい。会話するのが気まずくなっていく。
「私はそのたびに被害にあった魂と上の神に頭を下げて…、その不祥事によっていろんな神に迷惑かけて…。」
「…っ。」
ヤバい、なんか踏み込んでいけないものに踏み込んでしまったかもしれない。
「最終的には家族の顔を見る時間を減らされて…。」
「…。」
ウィルトは黙り込んでしまった。そして少しだが武者震いしていた。あの最初の落ち着いた様子はもう無くなっていた。
「あ…、あの…ウィルトさん?」
ウィルトは武者震いを続けて理性を保っていたようだが、どうやら限界が来たらしくウィルトの中で何かがブチ切れてしまった。
「あー!!あのニート女神め!!どれだけ私にストレスと不祥事の後処理を与えれば気が済むんだ!!」
もうウィルトの理性は頭から完全に消えていた。
「だいたい上もなんなんだ!!私が何をしたっていうんだ!?こっちは不祥事も起こさないで毎日毎日真面目に働いているのに、なぜあのニート女神の起こした不祥事の後処理を私が全責任をかぶらなくちゃならないんだ!!お陰で休みの日も不祥事の件で上に謝りに行って家族との大切な時間を無駄されてしまった!!まだ子供もまだ小さくて今が大切な時なのに、私は呑気に家庭で過ごしていないで上にとっと謝りに行けっていうのか!?」
ますますヒートアップしていくウィルトの目には今までに与えられた誰にもぶつけられないストレスと怒りしかなかった。
光輝は落ち着けてあげようとしたが、社会の理不尽さに怒っているウィルトをどうすれば落ち着けてあげられるか分からなかった。
「なんで私だけ減給されて、あのニート女神は減給されずに普通にいい給料もらっているんだ!!ちゃんと仕事もしないで引きこもって不祥事を起こしまくるあいつがなんで減給無しなんだ!?あいつが起こした不祥事の件を全て私の教育不足のせいにして、上はなんで私だけを減給の対象にしているんだ!!ふざけるなー!!」
今まで溜まっていた怒りをぶちまけたウィルトはぜえぜえと荒く息継ぎをしていた。人間が働いている社会が厳しいというのはたまに帰ってくる母が会社の嫌な上司や仕事に対してやる気があまりない部下の愚痴を自分によくぶちまけていたから嫌というほど聞いてはいたが、神の世界でも会社の上司や部下によってここまで酷く理不尽な目にあっている神の話を聞くことになるとは思わなかった。そしてこの話に踏み込まなければよかったと少し後悔した。
「す、すいません…。取り乱してしまいました…。」
乱れた髪と服を整えながらウィルトは光輝に謝った。
「あぁ…、大丈夫です…。」
とりあえずその場を苦笑いでごまかした。
「えっと…、その子を…異動とかできなかったのですか…?」
「いえ…、あいにく私にはそのような権利はないのですよ…。」
「あ、そうなんですか…。」
もうこれ以上話すとウィルトの見てはいけない一面が見えてしまいそうになるので、これ以上の会話を光輝は控えることにした。
話が落ち着いてまた沈黙が空間に走り始めた。ココアのお代わりをもらい落ち着いてココアを飲んでいる中で突然と心地の良いベルの音が響きだした。
「おや、終わったようですね…。」
ベルの音が鳴り終わるとウィルトの手に一枚の紙が現れた。その紙をまじまじと見終わると
「光輝君、おめでとう。君は天国に行くことを許されました。」
とにっこり笑いながら言った。
「天国…。」
いまいち実感が湧かない。死んで天国に行くことを許されたとしても何だかあまり気分は良くなかった。
「もちろん、君のお父さんもいますよ。」
「…!!」
お父さんがいる。その言葉を聞いて少し嬉しくなった。生きていて会えるなら会いたいと何度も思った。そんなお父さんに会うことができると思うと胸が高鳴っていった。
「では天国に行きますか?」
「…。」
だが何故か行きますと答えることはできなかった。光輝の心に何かが詰まっているような気がして言い出すことが嫌になってしまった。
「…まあいまいち実感というのはわかないはずですよ。詳しく話せば天国というものが分かりやすくなりますがどうしますか?」
「…お願いします。」
「では、説明します。」
「…。」
「天国というのは生きているうちに特定の条件を満たした魂が次に生まれ変わる順番が来るまで自由気ままに過ごすことを許された場所です。」
「条件…?」
「条件というのは様々なものがありますが、生きているうちに起こしたイタズラや犯罪の軽重度・労働時間と勉学に取り組んだ時間・人間関係の良好具合の三つが主な天国に行くための条件になります。」
「その条件に満たさなかったら…。」
「例外はありますが、地獄行きはほぼ確定になりますね。」
(やはり地獄が存在するのか…。)
「ちなみに地獄という場所は、舌抜きや釜茹でのような酷い仕打ちはありませんが地獄に来た魂にそれぞれ重さの違う重りを腕や足にほとんどの休憩なしに重労働や軽い処罰を与えて、生きていた時に起こした罪を償わさせる場所です。」
(そこまで酷くはないが、やはり地獄には行きたくはないな…。)
「地獄で罪を償った魂は生まれ変わるか一時的に天国に行くことになります。しかし天国で暴力沙汰のようなことをすればまた地獄に送られるか、魂を消滅させられます。」
「消滅…。」
「簡単に言えばもう生まれ変わることができなくなり、完全に世界から消えてしまうといったところですね。」
「もしかして最初に消滅を選んだ人も…?」
「ええ、いますよ。『生まれ変わりたくない、もう自分の存在を消したい』といった魂もいるので。」
「…。」
「さて、説明は以上です。光輝君あなたはどうするのですか?」
「…分からないです。」
自分の心が決まらない。心に何かが引っかかっているものが決めさせてくれない。分からない。自分がお父さんに天国に行って会いたいと思っていても、どうしても決まらなかった。
「…何か心に引っかかっていることがあるのですか?」
「…ぅ。」
見透かされていた。ウィルトが少し笑っているのを見ているとからかわれている気がした。
「生きていた頃に心残りがあるように見えますが、良ければ聞きますよ?」
「…。」
心残り。今自分の心に引っかかっているものを吐き出せばスッキリするだろうか。言ったところで解決なんてしない。だけど言わずにはいれなかった。
「…死ぬ寸前に俺は『死ぬような思いや出来事があれば、このつまらなく生きている今が輝いて見えるのかな』と言いました。だけど…、いざ死んでみてから自分の人生が輝いていたかというと全然違った…。輝いてなんて見えなかった…。俺は勉強や剣道はしっかり取り組んだつもりだったけど、心にはその取り組みをしてよかったといった感情が残らなかった。そして…最終的には大切な自分の進路を俺はきちんと考えないで、その進路…いや人生をドブ沼に捨ててしまいました…。一度でも一生懸命になって…生きる道を探さないで生きたことが…恥ずかしいです…。それが…俺の…心残り…です…。」
最後のほうはもう声がほとんど出ていなかった。
「…そうですか。」
言い切った。これでいい。もう言い切ったから天国に行くと言おう。もう後悔しても意味はないから。諦めてしまおう。
そう思った時だった。
「…光輝君、もし容姿・記憶はそのままで人生をやり直せるのであればあなたはどうしますか?」
「え…?」
予想にもしなかった言葉に光輝は固まってしまった。




