第2話 残酷な事実
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「…え?」
信じられなかった。自分が死んだなんて思いたくもなかった。受け入れたくない。受け入れたくなくて光輝の口調は落ち着きのないものになっていた。
「はは…、まさか…そんな訳…。」
もうおかしくておかしくて訳が分からなくなっていた。頭と心も整理できていなかった。そんな光輝にウィルトは後ろ指を指すように
「では、あなたは先ほど高いところから落ちたのになぜ傷一つないのでしょうか?」
と言った。
言われて光輝は自分の身体を慌てた様子で見た。あれほど高い場所から落ちたのに出血すらなく、ましてや骨も折れておらず、ウィルトの言葉通り傷の一つも付いてはいなかった。嘘だと思い、手や足も見た。シャツの一部を脱いで自分の身体を確認してみたが、やはり傷など一つもなかった。
「なんで…?どうして…?」
ますます頭と心の整理が出来なくなった。まるで自分の身体が自分のものでなくなった気がして、気持ち悪くなっていった。軽くパニックに落ちいっている光輝にウィルトは落ち着いた様子で説明した。
「あなたは今魂だけの状態です。痛みを感じることはできますが、身体には絶対に傷は付きませんし、出血や骨折をすることもありません。」
「…魂?…今の俺が?」
魂という言葉を受けて、ありえないという言葉が脳裏を走った。どうしても納得することが出来なかった。光輝は認めたくない一心でいっぱいだった。少し考えるのを止めて、光輝はウィルトに質問した。
「あの…、ウィルト…さん…。」
「はい?何でしょう?」
「もし…俺が…死んでいたので…あれば……その………証拠とか…あるはずですよね…。そんなの…、あるわけ…」
「はい、ありますよ。」
ウィルトは即答して言うと右手で指を『パチン』と鳴らした。すると明るかった空間は青暗くなっていき、テーブルの上にテレビのような大きな画面が空中に現れた。
「この画面を見てください。」
光輝はウィルトの指示に従い画面を見始めた。
そして映った映像を見ているとあることに気が付いた。
「この画面に…映っているのは…!!」
「はい、倒れる数秒前のあなたです。」
驚きを隠せなかった。あの辺りには監視カメラなんかなかったはずだった。そしてカメラで撮られた覚えもないのになぜこんなのに自分がはっきりと映っているのか。どういう経路でこの映像をウィルトが手に入れたのか。分からなくてますますパニックになる。だがそんな光輝を放って、ウィルトは話を進めていく。
「あなたはこの後、急に胸の辺りが痛くなりましたよね?」
「…はい。」
全くその通りだった。光輝はただ『はい』としか言葉を返すしかなかった。真実を突き詰められて、否定することもできなかった。
「では、あなたがこの後どうなったのかを見てみましょう。」
ウィルトはまた右手で指を『パチン』と鳴らした。すると映像は動き始めた。そして映像のナレーションをするかのように話を進め始めた。
「あの後、倒れたあなたを救おうと様々な人があなたに手を尽くしました。」
「……はい。」
「彼らはAEDによる心肺蘇生、人口マッサージ、救急車の要請などをしました。ですが残念なことに心肺蘇生と人口マッサージはうまくいきませんでした。そんな中で救急車が到着して、あなたを乗せて大きな病院に向かいました。」
「………はい。」
「救急車の中で医療スタッフはあなたを救おうといろんな手を尽くしました。そしてあなたは最終的に病院の集中治療室へ運ばれました。」
「…………はい。」
「あなたが治療室に運ばれて3時間後、あなたのお母さんは急いであなたの治療室を訪れました。」
「………。」
「あなたのお母さんは治療室の外から必ず目を覚ましてくれると信じて見守っていてくれました。しかし、その5分後に君は亡くなりました。あなたはまるでお母さんが来るのを待っていたかのようでした。」
「……………。」
「これがあなたの人生の最後です。」
ウィルトは話し終わると右手で指をパチンと鳴らした。すると青暗い空間は明るくなっていき、空中にあった大きな画面はスッと消えてしまった。
そして明るくなった空間にはただ沈黙だけが走った。
「…。」
そして何故か笑いが込み上げてきた。
「はは…、ははは…。」
光輝は涙目になって笑っていた。死んだ?自分が?さっき俺が映っていた映像が俺が死んだ証拠?もう訳が分からなくなっていた。頭と心はもう状況を整理することができなくなっていた。だけども光輝の頭は否定した。
「…そんな訳ない。これはテレビ、テレビのドッキリなんだ…!!俺は死んでない…。死んじゃいない…。死んでなんていないんだ…!!」
否定した。自分におかしなことがたくさん起こっているのは明白に分かっていた。でも否定して、否定し続けた。怖くて否定することしかできなかった。
そんな中でもウィルトは発言を止めない。
「…では脈を測って下さい。生きているのであれば脈を感じること出来るはずです。」
「え…?いきなり何言って…?」
「やれば分かりますよ、早速やってみてください。」
「はい…。」
光輝は右手で拳を作り、左手の人差し指と中指で右の手首の付け根を押さえて脈を測ろうとした。だが測ろうとしたとき左手が震えてしまった。ただ脈を測るだけの当たり前の動作をしようとしているだけなのに手の震えが収まってくれない。その動作をするのが怖いと自分の心が叫んでいたからだった。
「…っ!!」
震える自分の左手を何とか動かして、右の手首の付け根に自分の人差し指と中指を持って行った。そして脈を測った。
「…?」
全く脈を感じることができない。そしてしばらく待ってみたが、一度も脈を感じることができなかった。
「………なんで?」
あるはずの脈が見つからない。左手で押さえている場所を所々変えてみた。だけど、脈などどこにもない。少ししてから、脈を測る手を変えた。それでも、どうやっても脈を測ることができなかった。
「…嘘だ。」
そう言ってから、光輝の身体から冷汗が止まらなくなっていた。目に溜まっていた涙が少しテーブルに落ちた。でも頭の否定する声は消えてくれない。嘘だ、嘘だと否定している。その否定する声は小声ではあるが光輝の口から漏れていた。
「まだ信じませんか…、では心臓の辺りに手を当ててください。あなたが生きているのであれば心臓が動いているはずです。」
ウィルトはとどめとなる一言を光輝に言い放った。
その一言で光輝の口から発言は消えた。だがその発言で頭の考えは一つとなった。そうだ、そうすればいい。脈を自分で測っても分からない人だっているのだから、直接心臓が動いているのを確認すればいい。そうすればこのありえない悪夢も、手が多く仕込まれたドッキリも全てが真実か嘘かはっきりするからだ。
「…!!」
決断した光輝は自分の右手を心臓の辺りに動かそうとした。だけどその右手は全く動いてくれなかった。脈を測るときとは違い、右手は少しも動いてくれなかった。震えも酷くなり、大量の手汗によって手は濡れていた。それでも光輝は何とか自分の右手を心臓の辺りに動かすために震える左手を右手の手首に持っていき、ゆっくりだが左手に力を込めて自分の心臓の辺りまで右手を移動させた。そして自分の心臓が動いているか確認した。
「…。」
心臓は動いていなかった。
「ああぁ…、あああぁ…。」
自分の心臓が動いてないと分かった瞬間、光輝の目はうつろになった。身体を軽く震わせてぽたぽたと涙を落とした。
「…動いていなかったのですね?」
今の状況を無視するかのようにウィルトは発言した。
その言葉は光輝に突き刺さり、ますます震えは強くなっていく。その様子をウィルトは見ていたものの、発言を止めない。
「あなたの肉体と魂はとっくに分かれています。」
「…あぁ。」
もう涙が止まらなくなっていた。
「今のあなたが魂だけの存在だから心臓は動いていないのです。」
「あ…、ああぁ…。」
「もし肉体があるのであれば、ここにいたとしても心臓が動いているはずです。」
「ああぁ…、…ああぁ。」
心臓の辺りを触れていた両手は頭に移動して、身体は前かがみになっていく。
「これはドッキリでも悪夢でもありません。」
「あああぁ…、…あああああぁ!!」
「『月攻匁 光輝』、あなたは死んだのです。」
「ああ…、ああぁ…、ああああぁ、……………うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その一言で光輝の心は壊れてしまった。
「うわあぁぁぁぁぁ!!ぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
光輝は泣いた。子どもが泣きじゃくるようにたくさんの涙を流して泣いた。恥もウィルトが泣く自分を見ている目も忘れて大きな声をあげて泣いた。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!あああ!!ああああぁぁぁぁ!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
死んだ。死んだことによって、当たり前のように動いていた心臓が動かなくなった。脈を測ることができなくなった。痛みを感じるのに血を流すことができなくなった。いつも自分の身に起きていて当たり前だったことが一瞬で消えてしまった。
「あああああ!!あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ウィルトは光輝が泣く様子を静かに眺めていた。
「あああ…!!…ああぁぁ!!」
当たり前のことを失った悲しみはいくら泣いても、いくら叫んでも無くならなかった。
「ぁああ…!!ああああぁぁぁぁぁ…!!」
光輝がいくら泣いたとしても、今自分の身に起こった悲しみを誰かに伝えようとしてももうその声は誰にも届けることはできなかった。




