第1話 非現実の幕開け
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「………全く、いつまで寝てるのよこの魂は…。」
(…ん?)
愚痴を呟くような女の人の声がした。光輝はその声でようやく意識を取り戻した。
(ああ…、そういえば俺あの時急に胸の辺りが痛くなって…、ここまで意識を失っていたんだな…。)
意識がだんだんと戻っていく、どのくらい意識を失っていたのだろうか。色んな人に迷惑をかけてしまったな、助けてくれた人にお礼を言わないと。色んな感情が混ざり合いながらも光輝はゆっくりと目を開けた。
しかし、彼が見たその光景は自身の目を疑うものだった。
「…!?」
壁、天井、床は正方形や長方形の白いタイルがバラバラに敷きつけられ、壁と天井の白いタイルには形も大きさも色も時刻を表す文字も時刻を示す針も時が進む速さも針のまわり方全てがバラバラな時計がいくつもあり、おもちゃのようにとても大きく透き通った純度の高い宝石がタイルに埋め込まれており、形・色・大きさ・開け方が違った無数の扉、人と同じ大きさのものから直径30㎠もある様々な形や色をした目玉が瞬きをしながらギョロリといろんな場所を見つめていた。
(…何処なんだここ!?)
もう頭の中はその言葉しか出てこなかった。目を覚ましたはずなのにまた夢に戻されたと信じたかった。ここは夢の中なんだと思いたかった。でも今自分の見ている光景があまりにも衝撃過ぎて意識がはっきりしてしまった。間違いなく今見ている光景は現実。頭の中ではその光景を現実とは認めてはいなかった、けれど光輝の心はその光景を勝手に現実だと認めてしまっていた。
「…。」
光輝は唖然としてしばらく辺りを見渡していた。そして、ようやく頭が落ち着いてきてやっとその光景を自分に受け止めることができるようになり光輝は我に戻った。だが光輝はまたしても自分に異変が起きていることに気が付いた。それは自分が誰かにYシャツの後襟を引っ張られていることだった。異様な光景に目を奪われていたため自分が少しずつ後ろに引っ張られていたことに気づくことが出来なかったのだ。
(いったい誰が…!?何のために…!?)
恐る恐る光輝は自分を引きずっている人物を見ようとした。だけど首が思うように動かず、後ろ姿すら見えなかった。ダメかと思い諦めて壁の方向を見ていたが、奇跡というものがあるらしく偶然にも奇妙な物ばかりが埋め込まれている壁に何故か大きな鏡が一つ埋め込まれており、そこに光輝を引きずっている人物が一瞬だが鏡に映った。それを見て光輝はまた自分の目を疑ってしまった。
光輝を引きずっていたのは自分と同じ年くらいの女の子だった。
「…。」
色々と驚き過ぎて頭が一瞬真っ白になってしまった。
なんで同じ年くらいの女の子が大きなあくびをしながら俺を軽々と引きずっているのか。どうして髪と瞳が薄い緑色なのか。色んな言葉や感情が頭を駆け巡った。そんな中ではあったが光輝は何故かこの女の子を見て、一瞬だが目を奪われていた。
それは光輝自身も分からなかった。見たところ女の子の髪は少しぼさっと乱れ、目は眠たいせいなのかあまり開いていなかった。少しだらしないと思う所もあった。それでもそのだらしなさすら受け入れてしまっていた。
それはまるで美しい女神さまに心を奪われた気分だった。
光輝の頭が少し混乱している中で、女の子は光輝を引きずりながら歩いていた。しばらくしてから女の子は突然歩みを止めた。どうやら目の前に壁があるらしい。そんな行き止まりと思われた壁に女の子は左手をスッとかざし、
「Between life and death, open the wall under the name of the goddess Melfia」(生と死の狭間よ、女神メルフィアの名のもとにその壁を開け)
と突然と何か魔法のようなものを詠唱した。
すると女の子の手が青白く光り、ただの白い壁から直径20㎠程の魔法陣が現れ、その魔方陣が一回転すると、壁が形はバラバラであるものの規則正しくひび割れ始めて、そのひび割れた壁は光の粒子となり消えていった。
そしてひび割れた壁の向こうに新たな空間が広がっていた。新たに現れた空間は全体的に丸く広がっており、空間の色は薄い黄色がベースとなっていた。そして壁には金色で花や植物のような模様が描かれていて、空間の色と同じ丸いテーブルと椅子が空間の中心に置かれていた。またそのテーブルと椅子にも金色で花や植物のような模様が描かれていた。そして天井も空間と同じく丸く広がっており、その天井は星空が映り、色んな色や大きさの綺麗な星々が天井いっぱいに広がっていた。
光輝はその壁がひび割れている様子や部屋の中を詳しく見ることができなかった。けれど引きずられて空間に入った際に壁に光の粒子が集まってきてひび割れたはずの壁は何事もなかったように元に戻っていく様子を呆然と見ていた。
そうした中で男の声が聞こえてきた。
「メルフィア、彼を連れてきたか?」
「はいウィルト様、こちらにいます。」
「そうか…、ってお前!?何故彼を引きずって連れてきたんだ!?」
「こいつ、ここに来てから気絶していまして…。だから30分程気が付くのを待っていたのですが一向に起きてくれないし、待つのが嫌になったので仕方なくここまで引きずってきました。」
「大切な魂に何てことをしているんだ!!お前は彼が起きるまで待つといった忍耐力が少しもないのか!?」
「はいはい、反省してますから…。」
女の子は怒る男の声を無視して口に手を当てて、大きくあくびをした。
男は怒りに身を震わせていた。どうやら男はかなり怒っているようだった。
(…何の話をしているのだろうか?)
話が気になったが、光輝は気絶したフリを貫くことにした。
「…とりあえず彼を椅子に座らせてあげなさい。彼が目を覚ますまで私が待ってあげよう。」
「…はーい、よいしょっと…」
女の子が返事をした瞬間『ぶんっ』という音がした。光輝はその音に気が付き目を開けた。
そこには星空が見えた、何故見上げていたはずの星空がこんなに近くにあるのだろうと思った。そして数秒して星空は遠くなっていった。何故?と思ったが光輝は瞬時に理解した。
(俺さっき投げられて…、今落ちてる!?)
そうしたうちに身体が半回転して、下の景色が見えた。そして自分が椅子めがけて落ちていることに気が付いた。どんどん椅子との距離は近づいていた。
「嗚呼あアあ亜あぁあアあ亜アアぁあァあ嗚呼ああぁあア亜ァああアあー!?」
落ちていることがはっきり分かった光輝は、恐怖のあまりに我を忘れて叫んで椅子めがけて落ちていった。『死ぬ、絶対死ぬ。』そう心の中で連呼していた。
そうしていくうちに椅子との距離は近づいていく。椅子との距離が縮まるごとに光輝の意識は薄れていきながらも、ただ声を上げて涙目で叫んでいた。
「あア嗚呼ああァぁ亜あああアアああぁ嗚呼あアア亜アぁあアああァぁぁ!!」
そして、『ドカーン!!』という大きな音を立てて光輝は椅子に落ちた。
「うぅ…。」
あまりの凄まじい衝撃で光輝は目を回してしまった。
「おいメルフィア!!お前彼に何てことを!!」
「はい、座らせたので帰りまーす。」
「ふざけるな!!待て!!仕事に久しぶりに来たと思えばなんてことを!!」
「乙でしたー。」
「っこらぁぁぁぁぁ!!まだ勤務時間中だ!!勝手に帰るんじゃねぇー!!」
我を忘れて怒る男の声を無視して、少女は入ってきた壁に左手をかざして壁を開けて帰っていった。
男は『はあはあ』と息継ぎをして自分の怒りを静めた。そうして我に返り、光輝が目を回していたことを思い出した。
「…君大丈夫か!?」
「…。」
光輝はまた意識を失ってしまい、返事が出来なかった。
男は光輝をちゃんと椅子に座らせて、目が覚めるまでしばらく待つことにした。
「…痛って」
椅子に落ちて5分経ち、光輝は目を覚ました。
(確かあの時に投げられて、椅子に落ちて…。)
そして目の先にスーツのような白い服と眼鏡を身に着けた男に気付いた。
(誰だ…?)
「おや、ようやく気が付いたようだね。」
男は優しくにっこりと笑いながら
「ようこそ『月攻匁 光輝』君。私はこの『生と死の狭間』の神様の一人ウィルト・ラムフォルティスです。気軽にウィルトと呼んでください。」
と礼儀正しく男は挨拶をした。
しかしそんな男の礼儀正しい挨拶とは裏腹に、光輝の頭の中は『は?』と言う言葉が駆け巡った。
なにせいきなり目の前の人物が私は神様ですと変な台詞を言ったのだから。正直に言って信用なんて出来なかった。だけど今まで見た奇妙な光景のせいなのか、僅かだが気になってしまった。恐る恐る光輝は口を開いて質問した。
「あの…、神様ってどういうことですか…?」
ウィルトと名乗った男はすぐに言葉を返した。
「まぁいきなり私が神様だなんて言っても信用はできないと思います。ですが光輝君あなたと私は初対面なはずなのに、何故あなたのフルネームを私が知っているのか気になりませんか?」
光輝は一応それも気になってはいた。なんでこの男が自分の名前を知っているのか。だけど神様といった言葉のインパクトが強いせいで、一瞬脳裏から飛んでいた。色々と考えているとウィルトは手に持っていた複数の書類を光輝に手渡した。
「これを見てください、そうすれば分かると思いますよ。」
光輝はその書類に目を通した。
だが、その書類は目を通していくたびに違和感が膨らんでいった。所々に自分の顔写真が張ってあり、文章の中身はこれまでに自分が起こした出来事、今まで体験した出来事が記されていた。自分でも分からない部分があったがそこに書かれていた出来事・体験はすべて正しかった。
(なんだよ…、これ…。)
お父さんが死んだこと、高校受験を上位で合格したこと、剣道を始めたこと、料理を覚え始めた日などが秒単位で付くほどの正確さで示されていた。
誰にも言った覚えもなかった。それがなぜこの書類に書いてあるのか。色々と頭が混乱していくうちに気付けば最後のページとなった。
最後のページには今日の出来事が書かれていた。
部活動をするために家を出て学校に行ったこと、剣道バカの部長のせいで昼過ぎまで練習に付き合わされたこと、急に胸の辺りが痛くなって倒れたこと。
そして、最後は『END』という文字が急に胸の辺りが痛くなったと書かれた少し下の中心に書かれていた。
「…『END』。これは…?」
「おや?まだ気がつきませんか…?」
そしてウィルトは冷静に
「あなたはもう死んでいるのですよ。」
と言った。
「…え?」
その言葉を聞いて光輝は頭が真っ白になった。




