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酒場1

「リズ、今日はもう家に帰るでしょう? 送るわよ」

 クレアがそう言うと、リズは静かに首を振る。

「私、行きたいところがあるの。行くべきところと言うべきかしら」

「行くべきところ?」

 クレアとイリスは揃って首を傾げた。


「ここって……」

「酒場⁉」

 イリスとクレアは初めて足を運ぶ下町の飲み屋街に気後れしている。

「私、元々あの家に引き取られる前はここで働こうとしていたの。実は少し前からやっぱり働かせてくださいってお願いしてて」

「ええ!」

 クレアとイリスは揃って目を丸くさせた。なぜ? 令嬢が働く⁉ と動揺する。


「私だって薄々わかっているの。無理に貴族令嬢のふりして過ごすより、さっさと家を出てしまった方がきっと気分は楽だってこと」

「え、でも……」

 クレアたちはリズを見て酒場を振り返る。


 酒場? 酒場って大丈夫なの? 危なくない?


 令嬢たちは口に出せず、おろおろと視線をさまよわす。



「リズ!」

 そこへ、鋭く空を切るような、男の声が飛んでくる。イリスはその大きな声にビクン、と身を震わせ、クレアはあ、聞いたことある声だと嫌な予感にじと目になる。



「こんなところで、どうしたんだリズ!」

「ベニー」

 リズを見つけて駆け寄ってくるのは、あの脅迫的な騎士である。

「何があった!」

「え、何が起こったわけでもないけど」

 騎士の勢いに、リズはちょっと引いている。

「貴様ら……」

 その騎士が傍らにいるクレアとイリスの存在に気づいた。そして、彼女達をきつく睨む。


 イリスはなぜと首を傾げ、クレアはなんとなく察する。

「お前達、リズをここに放り込むつもりで連れてきたな」

「ええ?」

 うわあ、始まったー。とクレアは諦めの気持ちで後の展開を見守る。


「リズを追放しようと企み、連れ出してここに置き去りにせんと目論んだんだろう。だが、残念だったな! 俺が来た!」

「なんなんですの、この方……」

「ちょっとね。考えに偏りが見られるようで……」

 大声で見えを切るベニーに対し、イリスとクレアはぼそぼそと小声で話し合う。


「今更密談をして、なんの効果があるというのだ! 神妙にしろ!」

「やめて、ベニー! 私がここに連れて来てって頼んだのよ!」

 熱をもって話すベニーに対して、イリスとクレアはシラーッとそれをただ見る。急にベニーに騒がれて放心していたリズがはっと正気を取り戻して、彼を止める。


「この女達を庇うと言うのか、リズ! 君は優しすぎる!」

「あのね! 別に嫌がらせなんてされてないの! 彼女達は私に親切にしてくれたのよ!」

「リズ! 君は騙されているんだ!」

「聞いて!」

 大声を出すベニーに対抗するようにリズも大声を出すが、それが刺激になるのか、ベニーの興奮は高まるばかりで収まることはない。


 イリスがクレアに顔を向けてきて、言う。

「この方、ちょっと夢を見てらっしゃるんじゃございません?」

「そう。救世主になりたいという夢を持ってらっしゃるようで」

「独り善がりですわね」

 女達はやれやれとため息を吐き合う。


「リズ! 帰ろう! 家まで送る!」

 ベニーがリズの腕をつかんで無理に連れ出そうとした。それを見てさすがにイリスは気色ばんだ。

「あなた! それは、さすがにやることが乱暴なんじゃないですの⁉」

 イリスが指摘するも、ベニーは不遜な態度で睥睨して鼻で笑ってくる。

「目論見が外れそうで慌てたか?」

「そうじゃないわよ! 彼女を気遣ってしてるのかもしれないけど、そんな無理やり腕をつかむような乱暴な真似はやめなさいって言ってるの!」

「お前達の算段など脆くも崩れ去るのだ!」

「言葉が通じないの⁉」

「ああ。通じてないねえ」

「勘助ってやつですな」

 ベニーとイリスの言い合いは平行線をたどる。そこへ騒ぎを見物していたテラス席で飲んでいた爺さん達が茶々を入れてくる。


「女の子は優しく扱わないとだなぁ」

「ああ。もっと壊れ物を扱うようでもいいんじゃないか」

「腕をつかむとかお兄さんそりゃないよお~」

 爺さん達がツッコミを入れ続ける。ベニーは最初は素で気づかずに無視しようとしたが、爺さん達が言いたい放題し出したことにふと気づいた。


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