酒場2
「大体、それ制服だろ~」
「お仕事どうしたんですかあ~騎士様~」
「仕事中に女連れ出そうなんてやるねえ~」
「え、あ、はあ? ……」
虚を突かれたベニーが黙る。クレアはベニーが静かになってくれて、ほっとした気持ちになった。
「儂らは告げ口なんぞせんけどぉ」
「上司に見つかったらあれだろ」
爺さんの一人が首を切るようなジェスチャーをすると、周りの爺さんがひゃっひゃっひゃと笑った。
「くっ、いや、だが、リズが」
ベニーはそれでも粘ろうとしたが、そこへ通りの向こうから彼を呼ぶ声が聞こえた。
「ベニー! どうした、何か問題でもあったか?」
それを聞いて、彼ははっと顔を上げる。
「お兄さん、巡回中?」
「上司? 同僚?」
「助け呼ぶ~?」
爺さん達はなおもベニーに素朴な疑問を投げる。
「ベニー?」
近づいてくる仕事仲間の騎士を見て、ベニーはこれ以上粘ることを諦めたようだ。
「くそっ! いいか! 俺の目が黒い内は、お前らの好きにはさせない!」
ベニーがクレアたちにビシッと指をさして宣う。
「いや、今ここを離れるんじゃん」
「その間に好き放題できるよお」
「俺の目が黒い内はってお前から目を離さないとかそういう意味も含んでない? この場合当てはまらんよ」
爺さん達はなおもいろいろ言っていたが、ベニーはそれに言い返す余裕もなく同僚らしい騎士の元へと走り去っていった。
「あれは、ないですわあ」
「本当にないと思う」
イリスとクレアは正直な感想を述べる。リズは苦笑した。
良かったらおごるけど、との言葉に甘えることにしたイリスとクレアであったが――
「え、えーと、これはどう……」
イリスは卓に置かれたジョッキと骨付き肉に戸惑う。令嬢であるイリスにとって、ジョッキに手づかみで食べることを想定された肉はまったくの未体験のものであった。
イリスが目を丸くしてしどもどしているのを横目で見つつ、クレアはジョッキに手を付けた。そして、口をつけてぐびっと飲む。
「お姉ちゃん! いい飲みっぷりだね!」
茶化されてるような賞賛が飛んでくる。クレアは動じず、ジョッキを置くと次いで骨付き肉を手に取った。
よく煮込まれているらしい骨付き肉は手に取っただけで肉が崩れそうになるほど柔らかい。肉が崩れ落ちる前にとさっと口に運ぶ。口に芳醇な肉汁と甘辛いたれの味が満ちる。クレアはその味をしっかりと咀嚼して堪能する。
もぐもぐと咀嚼して、飲み込んだ後、指でさっと口元を拭う。フィンガーボウルで手をすすいで、再びジョッキを持つ。
イリスが一連の動きをぽかんと見ていた。クレアは目が合うと一言、
「美味しいわよ」
とだけ言った。それを聞いて、イリスはくっと口を結んで覚悟を決めた顔になる。そして、骨付き肉に手を伸ばし、それを口に運んだ。その一口はごく小さい。その小さな一口を味わい、飲み込んで、それからジョッキに手を伸ばす。
クレアのように片手で持とうとしたが、イリスには無理だった。彼女は両手で支えながらジョッキに口をつけた。
一連の動きを見守ってクレアは子リスを見ているような気持ちになった。
店の昼の営業が終わり、夜の営業のための準備に入る。その合間にリズと再び話をした。
「私、あの騎士様は本当にないと思うの」
イリスが真剣にリズにやめとけと言っている。リズが困ったように笑う。
「ベニーは確かに、ちょっと一度思い込んだらなかなかそれが抜けないみたい」
「ちょっとじゃないわよ、あれは」
イリスがぶんぶんと手を振る。
「身分違いの恋で盛り上がってるのかもしれないけど……」
イリスはそう言いかけて、リズの表情を見ていて気付く。
「別に恋をしているとか、そういうのはない?」
イリスの言葉にリズがそっと目を伏せる。それは肯定のニュアンスを含んでいた。




