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第55話 被験者No.2

 アランが鍵穴に部屋の鍵を差し込む。解錠の湿った鈍い音が地下通路内に響いた。


 さらに彼はその鍵穴付近の窪みに指をかけ、軽く力を込めて手前に引く。指の圧力が隠されたバルブを開き、「プシュッ」という空気の抜けるような微かな音がした。


 すると、石壁は「ゴゴゴゴ...」と低く重い音を立てながら、右側へ滑るように移動して、開口部はまるで壁の一部が吸い込まれるかのように、ほとんど隙間なく広がった。


 大きさ的には約1.5メートル四方の正方形な石壁の扉だ。開いた扉に対して、大人達は身体を前方へかなり屈ませながら入ってゆく。身長が130センチ程度の私で丁度良い高さである。


 全員が中へ入ると、アランは扉の内部にある窪みに指をかけ、これを軽く引いた。すると今度は石壁が左側へ移動して、閉じると同時に「ゴトン」という鈍い音を立てながら、元の位置にぴたりと収まる。


 完全に閉じた扉は、外から見ると周囲の石壁と完全に一体化し、どこに扉があったか判別できないほど隙間がなくなるらしい。


 私たちは、さらにその奥に進んだ。すると今度は鉄製の扉が現れた。素材はともかく、扉の造りは屋敷の部屋にあるそれとあまり変わらない感じがする。


 アランは先程の石壁と同じ鍵を使って、それを解錠した。だが彼はドアノブに手をかけた状態で、暫く立ち尽くしていた。何か開けるのに躊躇している様子だ。


 ''出来ればその部屋には入りたくはないのだよ''


 私は、先程のアランの台詞を思い出した。


「お父様…」


 私の心中を察したのか、アランは「いや…。何でもない」 そう言うと一呼吸置き、ノブを握る手に力を加えた。


「ギイィィッ」


 扉を開く。部屋に入った一同は、まずその大きさに目を見開いた。


 その広さはまるで二階から一階の大広間を見渡すかのようで、約150坪ほどある。さらに地下に広がるその空間は、藩の大きな米蔵をいくつも合わせたかのような広さで、何百もの人間が一堂に会してもまだ余裕があるほどの巨大さであった。


「こ、これは!?」


 ハウスキーパーが声にならない声を上げる。


「私の亡き父、リチャードの負の遺産だ」


 そう言うとアランは静かに目を伏せた。


 私達はレンガ造りの重厚な空間に、錆びれた鉄製のりょうで作られた急な階段を下る。


 下る前の踊り場では広く見渡せたその地下施設が、段々と下へ降りるに従って、間仕切り壁で仕切られたそれぞれが独立した部屋へと様相を変える。部屋の大きさは様々だが、数で言うと大体8部屋くらいはあるだろうか。


 階段を降り切った所には、地下施設を二分する中央廊下が真っ直ぐ奥に伸び、向かって左側エリアが全て、なにやらひとつの貯蔵庫になっていて、右側エリアには大小様々な部屋が区分けしてある。


 間仕切り壁が両サイドにそびえ立つその廊下は、私の目線にはかなり威圧感があり、なんだか息苦しくなった。


「ねぇ、お父様。右側のお部屋のドアはどこにあるの?」


「えっ?」


「だって階段の上から見下ろした時は、幾つかお部屋が見えたよ」


「あぁ、それは…別の所にあるんだよ」


「ふ〜ん、変なの」 


 私は首を傾げた。


 ハウスキーパーはアランの返答に、にわかに顔をゆがませていた。キヨシとハルも、お互いに顔を見合わせて眉間に皺を寄せている。


 使用人の三人は、この地下施設の、巨大で閉鎖的な空間に漂う不穏な空気に不信感を抱き始めていた。


「着いてきてくれ。こっちだ」


 アランは皆を先導して、廊下を更に奥へと進んだ。


 廊下の突き当たりまで進むと、通路はL字に右へ折れていた。たが、そのまま右に曲がった直後に行き止まりになる。


「えっ!?お父様、道がないわ」


 アランは正面の間仕切り壁のレンガのひとつを抜き抜くと、先ほどと同じ方法でドアの解錠をした。

 その重々しさが、この避難経路に対する皆の不信感を一層広めた。


 アランは皆の動揺を察知していたように、ゆっくり息を吸い、静かに吐いた。そして意を決したように振り返り、私達と向き合った。


「…先ほどの村人の襲撃を、私は以前から予想していた。今回の悲劇は起こるべくして起こってしまった。説明責任は勿論のこと、全責任は私にある。だが今は…」


 事の重大性を感じ取ったのか、皆の息を呑む感覚が分かった。ほどなくハウスキーパーが口を開く。


「分かりました。ご主人様」


 彼女はそう言うとキヨシとハルを見た。二人が頷く。


「私どもは、お仕えする身。どのような時でもご主人様の御心みこころに従う所存でございます。どうかご心配なさらずに」


「…すまない」


 私はこの地下施設に入った時から感じていた嫌悪感の正体が分からずにいた。それどころか、この先の事を考えると、体温が一気に冷え上がる感覚に陥る。その訳の分からない感情に苦しくなり、生きた心地がしなかった。


「行こう。この先に屋敷裏に繋がる非常出口がある。このルートは私の他にはバトラーとヴァレットしか知らない安全なルートだ。


 ドアを開けた先には大きな空間が広がっていた。右側には、この地下施設に下る前の踊り場で確認した、間仕切り壁で仕切られた幾つかの部屋がある。


「そうか!さっきお嬢様が言ってた部屋のドアは、内側にあったのか」


 キヨシのセリフにハルが反応した。


「…でも…あのプレートって、いったい…」


 それぞれの部屋にはプレートが掲げてある。彼女は、そのうちのひとつを指差した。


《被験者No.2》


 その部屋の扉は、なにかによって破壊されたのか損傷が酷かった。唯一、無事だった蝶番ちょうつがいのお陰で、それがかろうじて元は扉だったことが分かる。さらに部屋のまわりにはドス黒いシミの様なものが幾つか確認できた。


「お父様…これは?」


 アランは私に促され、その部屋を一瞥いちべつしたが、すぐ背を向ける。問いには答えなかった。


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